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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
転職の神殿を開きました
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新体制

【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】




「これが……新しい剣……」


 ロンメルさん一家が辺境へ移住し、そしてフェイムが鍛冶師ブラックスミスとなって一月ほど後のこと。完成したというクルネの剣を引き取りに、俺とクルネはフェイムの工房を訪れていた。


 フェイムから差し出された長剣を、クルネは緊張した面持ちで受け取る。ぱっと見た感じでは、クルネのかつての愛剣と似たようなフォルムだ。


 それもそのはず、フェイムはクルネから折れた愛剣を借り受けており、それを参考に同じような使い心地の剣を作ろうとしていたのだ。

 自分が思うように剣を作りたいという職人のプライドもあるだろうに、それよりもクルネの使いやすさを優先した彼の心意気は嬉しいものだった。


地竜アースドラゴンの角から作り出した剣だ。『硬度強化』と『自動修復』を最大限まで付与してる」


 その説明に俺たちは頷く。クルネの最大の要望は「折れない剣」であり、その二つの機能は予想通りだ。


「ただ、その二つは素材と相性がよかったからリソースが余った。だから、『魔力付与』の機能を追加している」


 切れ味を向上させる付与魔術エンチャントでもよかったが、あまり必要がなさそうだった。そう告げるフェイムの言葉に異論はなかった。


 魔力付与とは、幽霊ゴーストのように物理攻撃が通じない相手にも、攻撃が効くようになる付与魔術エンチャントだ。魔法効果を付与されている武器は、多かれ少なかれ魔力付与の性質を持っているらしいが、やはりそれを目的として付与された剣には及ばない。


 斬れぬものなし(アブソリュートネス)という強力な物理攻撃特技(スキル)を持つクルネだが、実体を持たない相手には意味がない。光剣ルミナスブレードだけは効果があるそうだが、それでも効き目は今一つだと言う。

 そういう意味では、納得のいく付与魔術エンチャントだった。幽霊ゴースト殺し(バスター)としての機能以外にも、魔法の迎撃や防御にも役立ちそうだし、一般的にはこっちの機能のほうが凄く見えるかもしれない。


「うん、ありがとう!」


 そして、クルネに驚いた様子はなかった。何度かフェイムが神殿に来ていたのは、その辺りの打ち合わせをしていたのかもしれないな。となると、律儀に説明しているのは出資者である俺のためだろうか。


「それと、『自動回復』が低レベルだが付与されている。これは意図していなかったものだが、地竜アースドラゴンの素材の特性に引っ張られたんだと思う」


「へえ、そんなことがあるのか……」


 なんだかオマケをもらえた気分だな。戦いながらクルネが回復できるわけか。低レベルだとは言え、長時間の戦いなんかでは役立つかもしれない。


付与魔術エンチャントは以上だが、剣本来の能力を最大限に高められたと思う。火を噴いたり、雷を纏ったりはできないが……」


 たしかに、伝説レベルの素材を惜しみなく使った割にはシンプルだな。頑丈で、色々斬れる剣。それだけだ。

 しかし、同時にクルネらしいと思うのもまた事実だった。


「方向性を決めたのは私だもの。後悔はないわ」


 そう言うと、クルネは嬉しそうに剣を鞘にしまった。まだ斬れぬものなし(アブソリュートネス)を発動しての試し斬りをしていないが、大丈夫だという確信があるのだろう。


「フェイム、この剣に銘はあるのか?」


 鞘に納められた剣を見ながら、俺はフェイムに問いかける。すると、彼は首を横に振った。


「これはあんたの……あんた達のために打った剣だ。二人で決めてくれ」


「えっ?」


 いきなりの無茶ぶりに驚いたのか、クルネが剣を取り落としそうになる。


「そんなことを言われても……ねえ、そもそも銘って必要なの?」


「さあな……ただ、一つだけ言えることがあるぞ」


「どんなこと?」


 不思議そうなクルネに対して、俺はニヤリと笑う。


「もし名付けないなら、こいつの銘は『剣姫』になるだろうな」


 それは俺たちがこの世を去った後の話になるだろうが、たぶん間違いないだろう。『剣姫』と呼ばれた剣士が愛用した、世界最高峰の魔剣が銘もなく残されるのだ。後は想像に難くない。


「それは……ありそうね……」


 クルネも同じことを考えたのだろう。反論の声はなかった。


「……無理に今決める必要はない。後で功績に応じた銘がつけられることもある。……とりあえず、あんたに使ってもらえるなら、俺はそれでいい」


「うん、分かったわ。……フェイム、本当にありがとう。大切にするね」


 感謝の言葉を述べると、クルネは嬉しそうに剣を持ち直す。そして、嬉しそうな表情のまま、なぜか俺に剣を差し出した。


「……ん?」


 彼女の真意が分からず、俺は首を傾げた。荷物持ちをしろということだろうか。別にいいけど、珍しいなぁ。


 そう考えていると、フェイムから声が飛んでくる。


「その剣を発注したのはあんただぞ、神子様」


 いや、これはクルネの剣だし、別にわざわざ俺を通さなくてもいいと思うんだが……。そう言いかけて、俺はようやく気付いた。仲間の装備を新調した感覚でいたけど、この剣はクルネへのプレゼントだったな。


 俺は彼女から剣を受け取ると、わざとらしく咳払いをした。この剣を渡せばすむだけなんだが……なんだか照れるな。


「えーと……その、なんだ。……いつもありがとう、クルネ。これからも頼む」


 出てきた言葉は、なぜか辿々しいものだった。クルネが「カナメ、大丈夫?」とか笑い出しそうだな。そんな予想をしながら、俺はクルネに剣を渡す。


 だが、クルネの反応は予想と異なるものだった。


「カナメ、ありがとう! 一生大切にするから!」


 彼女は渡された剣を抱きしめると、花が咲き誇るような笑顔を浮かべたのだ。


「お、おう……」


 予想外の展開に戸惑いつつも返事をすると、俺はフェイムに礼を言って工房を後にする。鍛冶師ブラックスミスの噂はすでに広まっており、魔法の武具の製作依頼が来ているらしいからな。あまり時間を取るわけにはいかないだろう。


 工房から出ると、俺はクルネに話しかける。


「なあ、クルネ」


「どうしたの?」


 その声は弾んでいて、彼女の上機嫌ぶりが窺えた。俺は剣を見ながら口を開く。


「その剣もだけどさ、ラウルスさんの防具一式とかも銘がつきそうだよな」


「そう言えば、発注するつもりだって言ってたわね。……ラウルスさんの装備なら、たしかに『辺境の守護者』って銘が与えられそうよね」


 まあ、それにしたって数十年後の話だろうけどさ。それにしても、自分たちがいなくなった後のことを考えるのは変な気分だなぁ。


「ラウルスさんが銘をつけるとは思えないから、そうなる可能性が高いよな。……もしくは、意外と奥さんの名前をつけたりして」


「あ、それはありそうね……愛妻家だし」


「ただ、あのラウルスさんの巨体に見合う鎧の銘が女性の名前じゃ、違和感が物凄い気もするが……」


「そう? 喜ぶと思うんだけど……」


 そう呟くと、クルネは新しい相棒の柄に手を当てた。そして、どこか落ち着かない様子で口を開く。


「ねえ、カナメ? この剣の銘なんだけど……」


「ん? いい名前があったのか?」


「……ううん、なんでもない」


 そんな会話を交わしながら、俺たちは神殿への帰途についたのだった。




 ◆◆◆




 ルノールの街には、生産系の固有職ジョブ持ちが三人住んでいる。そして、彼らの工房の中で最もクルシス神殿に近いのは、細工師アルティザンを主とするノクトフォール工房だ。


 なんせ、クルシス神殿を出て十軒ほど建物をやり過ごせば、もう工房に着いてしまうのだ。そんな距離の近さも手伝って、俺はちょくちょく工房主に相談をしに来ていた。


 現在のミレニア司祭の役職は『クルシス神殿特別顧問』であり、当然ながらクルシス神殿への出入りはフリーパス。毎日神殿へ来る必要もない。

 まあ、彼女は毎日のようにクルシス神殿……の庭に顔を出しているので、あまり疎遠になった気はしないんだけどね。


「あら、カナメ君とクルネさんじゃない。いらっしゃい」


「お邪魔します」


 工房の奥からかけられた声に会釈を返すと、俺は工房の手前部分……商品を陳列する店としてのフロアをのんびり眺めた。


 現在のところ、商品は置かれていない。その理由はいくつかあるが、なんと言っても魔道具は高級品だ。店番の一人もつけずに魔道具を陳列するわけにはいかない。


 しかし、工房主であるミレニア司祭は、奥の工房に籠もって細工物を作り続けているため、店番をすることができない。早いところ誰か店員を雇えばいいと思うのだが、今のミレニア司祭にとっては優先順位が低いようだった。


「カナメ君、これはどうかしら?」


 ようやく奥から出てきたミレニア司祭は、手に持っていた細工物を見せてくる。それは、彼女がかけている眼鏡によく似ていた。


「眼鏡ですか?」


 そんな当たり前の答えに、なぜか司祭は大きく頷く。


「そうなのよ! ついにレンズを作ることに成功したのよ! さすがに無理だと諦めていたのだけれど、細工師アルティザンの力は凄いわね。カナメ君にはいくら感謝してもしきれないわ……!」


「それって、どの段階から手を出したんですか? まさか原料を溶かすところから始めたんじゃ……」


 そう尋ねると、彼女は笑いながら手を横に振った。


「興味はあるけれど、さすがに無理よ。これは、形になったレンズを研磨するところから手掛けたものね。

 製造工程に早い段階から携わっていれば、多くの付与効果を与えたり、より強い機能を持たせたりすることができるようなのよ」


 説明しながら、ミレニア司祭は俺に眼鏡を手渡してくる。かけてみろと言うことだろう。そう解釈すると、俺は躊躇いなく眼鏡をかける。


「あら、カナメ君は躊躇しないのね。眼鏡をかけるとなると、不思議と躊躇う人が多かったのに」


「まあ、眼鏡をかけている人は希少ですからね」


 とは言え、元の世界では、珍しくもなんともなかったからなぁ。褒められてもさっぱり嬉しくない。

 そんなことを考えていると、俺は視界が変わったことに気付く。今までも感じてはいたが、こうもはっきり見えるとは思わなかった。


「魔力を見ることのできる眼鏡……ですか」


「ええ、眼鏡と相性がいいのは、やっぱり『視る』タイプの付与効果だもの。これがあれば、魔力感覚がない人でも魔力を理解できるんじゃないかしら」


「たしかに、これは凄いですね……」


 相槌を打ちながら、俺は周囲を見渡す。奥の工房から色々な魔力が噴き出ているのは当然として、やはり一番身近なところにある強大な魔力と言えば……。


「クルネの魔剣、魔力のせいでぼやけて見えるぞ……」


「そうなの? ……あの、ミレニアさん。私もかけてみていいですか?」


「もちろんよ、試してみてちょうだい。女の子用のデザインだから、クルネさんに着けてもらえるのは嬉しいわ」


 ミレニア司祭の許可を得て、今度はクルネが眼鏡をかける。眼鏡のイメージがまったくないクルネだったが、お洒落なデザインのせいか、意外と似合って見える。


「わっ、これが魔力なんだ……」


 魔力を初めて見たクルネは、驚きの声を上げると周囲をきょろきょろと見回す。そして、自分の腰に視線をやると、少しだけ顔を引きつらせた。


「この剣、本当に凄い魔剣なのね……この眼鏡を通してみるとまるで違うわ」


「それを言うなら、地竜アースドラゴンの竜玉あたりはもっと凄そうだけどな」


「それ、爆発しないわよね……?」


 俺とクルネがそんな話をしていると、ふと工房の扉が開かれた。珍しいな、お客さんだろうか。陳列用の商品が少なく、まだ看板を掲げてもいないため、ここを訪れる人間は噂を聞きつけた商人くらいだが……。


「お? まだ正式に営業してないってのは本当だったか」


「ちょっと、そう言いながら図々しく入ってんじゃないよ」


「そうだぞ、ノクト。まずはちゃんと挨拶するべきだろう」


「……ん?」


「……え?」


 俺とクルネは、入って来た人物たちを見て、なんとも間の抜けた声を上げた。同時に、こちらに気付いた彼らも目を見開く。


 そんな中、最初に沈黙を破ったのは彼らのリーダーだった。彼は軽く咳払いをすると、爽やかな笑顔を浮かべる。


「久しぶりだね、クルネ。……ついでにカナメ、君も久しいな」


「アルミード、みんな……!」


 姿を現したのは、クルネの元パーティーメンバーたちだった。




 ◆◆◆




「せっかく来てくれたのに、ごめんなさいね」


「いやいや、できたての工房だって聞いてたからよ。品物がなくても当然だ。……また、売り物が店に並んだ時にでも邪魔させてくれ」


 ミレニア司祭の言葉を受けて、クルネの元パーティーメンバーの一人、自称盗賊(シーフ)のノクトは楽しそうに声を上げた。それから二言、三言と言葉を交わすと、ミレニア司祭は工房へと姿を消す。後に残されたのは、工房の入口に立った八人の集団だった。


 とりあえず神殿に連れて行くか。それとも、宿の確保のほうが先だろうか。そんなことを考えていると、ノクトが上機嫌で声をかけてくる。


「いやいや、カナメよう。辺境ってのはいいとこだな! 初めて入った店の女主人が、いきなり知的美人と来たもんだ。そりゃ、お前さんが本拠を移したがるわけだぜ」


「それはよかったですね……」


 ああ、そう言えばこんな人だったな。彼の性格を思い出しながら、俺はにこやかに相槌を打つ。


「ただ、どっかで見たような気がするんだがな……」


 ノクトの言葉に、俺は苦笑いを浮かべた。彼らはクルシス神殿に雇われて神殿に出入りしていた時期があるんだから、ミレニア司祭と顔を合わせてるはずなんだけどな……。さすがに覚えていないか、辺境にいるはずがないと思い込んでいるのか。


「けど、どうしてこの工房に来たの?」


 クルネがそう尋ねると、アルミードが無駄に髪をかき上げた。


「なに、クルシス神殿の近くに細工師アルティザンの工房があると聞いてね。ちょうどいいから、行きがけに覗いてみようと思ったんだ。……まさかクルネがいるとは思わなかったけどね」


「いきなりクルネが見つかるなんて、運が良かったよ」


「これもリーダーの執念と言うべきか、それともサフィーネの執念なのか……」


 アルミードの言葉に続けて、弓使いのカーナと薬師ケミストのマイセンが口を開く。クルネのほうしか見ていないアルミードは無視して、俺は残る二人に根本的な疑問をぶつける。


「ところで、どうしてここへ来たんだ? 王都の手紙を読んだにしては早すぎるような……」


「手紙、ですか?」


「ああ、やっぱり違ったのか。一月ほど前に王都へ寄った時、いつもの宿屋に伝言を残していたんだが……」


「それは申し訳ありませんね。私たちは自治都市セイヴェルンを訪れた後、シュルト大森林沿いに辺境……いえ、自治都市ルノールを目指して来たのですよ」


 なるほど、それじゃ王都には寄らないな。俺はマイセンの説明に頷く。


「私たちがここへ来た理由は、彼女から話してもらったほうがいいでしょうね」


 そう言うと、マイセンは後ろに控えている女性に視線を送った。地術師アース・メイジのサフィーネだ。俺は思わず空を見上げたが、幸いなことに飛行モンスターの姿は見えなかった。


 その彼女は、どこかしょんぼりした様子でこちらへ進み出る。


「神子様、お久しぶりです。……あの、心配しなくても大丈夫です。もう闇雲に飛行モンスターに攻撃を仕掛けたりはしませんから」


 サフィーネは俺の視線の意味に気付いたようだった。転職ジョブチェンジ前は商会で働いていただけあって、そのあたりは察しがいい。


「実は、私たちがセイヴェルンの街へ向かったのは、黒飛竜が現れたという噂を聞いたからなんです」


「黒飛竜を?」


 たしかにアレは最強クラスの飛行モンスターだと思うが……。やっぱり殲滅したいんだろうか。


 そんな物騒な図をイメージしていると、サフィーネは首を横に振った。


「黒飛竜は特別なんです。……と言うよりも、私が飛行モンスターを憎んでいたのは、黒飛竜のせいですから」


 その表情に翳が差す。彼女の過去に何かしらの事件があったことは、なんとなく気付いていたが……。


「私が住んでいた村は、とても小さな村でした。少し不便な場所にあったので、人の出入りもほとんどない。そんな村でしたけど、みんなで支え合って生きていたんです」


 まるで辺境の村みたいだな。そんな感想を抱きながら、彼女の言葉に耳を傾ける。


「たまたま、私が遠出をしていた日のことです。村に帰った私が目にしたものは、壊滅した村でした。

 無事な建物は一つもなく、生きている人も見当たらない。みんなの亡骸や充満する血の臭いの中をかき分けて、私は自分の家に走ったわ」


 遠い目をしていたサフィーネは、ぎゅっと目をつぶる。


「家だった場所にあったのは瓦礫の山だった。半狂乱になって瓦礫をどけて……そして、まだ息のある妹を見つけたの。そこで、黒飛竜に襲われたことを知ったのよ。

 だけどその妹も、『お姉ちゃんが無事でよかった』って……それが、最期の……」


「――彼女を残して、村人は全滅した。そこを、偶然村を訪れた行商人に拾われた」


 言葉が出なくなったサフィーネに代わって、仲間のグラムが説明を引き継ぐ。基本的に寡黙な男だが、さすがに放っておけなかったのだろう。その様子に彼らの結束を見た気がして、俺は思わず表情をゆるめた。


 そして、今度はマイセンが言葉を続ける。


「……そんなわけで、彼女にとって黒飛竜は不倶戴天の敵なのですよ。かの飛竜ワイバーンの噂はたまに耳にしていましたが、いずれも村が滅ぼされ、飛竜ワイバーンはどこへやら、というパターンでした。

 ですが、今回の話は違いました。なんせ、あの黒飛竜を倒したというのですからね。まだ情報もろくに集まっていませんでしたが、サフィーネのたっての願いで、私たちはセイヴェルンヘ向かったのです」


 なるほど、それでセイヴェルンに行っていたのか。彼らの行動の理由が判明して、俺は一人納得した。


「ま、セイヴェルンの評議会は何も教えてくれなかったがな! ……ったく、自分とこの面子がかかってるとは言え、ちっとくらい教えてくれてもいいのによ。まだ酒場の連中のほうがいい情報を持ってたぜ」


「……そして、酒場で情報を集めたところ、なんと黒飛竜を倒した英雄は、我々もよく知る人物ではありませんか。それなら、彼らに話を聞きに行ったほうが確実に決まっていますからね。……とまあ、そういうわけなのです」


「そうだったんだ……」


 クルネは複雑な表情で呟く。まさか、あの黒飛竜にそんな因縁があるとは思わなかったのだろう。


「で、実際のところはどうだったんだ?」


「……黒飛竜と戦ったのは事実です」


 話し辛そうなクルネに代わって質問に答える。そして、相変わらずノクトの勘は冴えていた。


「歯切れが悪いな……やっこさんは生きてんのか?」


「……クルネの特技スキルで頭を盛大に割られていましたからね。最後の力を振り絞って逃亡しましたが、通常ならどこかで息絶えているレベルです。いくら竜族の回復力が優れているとは言え、限度がありますから」


 そう答えながら、俺はサフィーネのほうをちらりと窺う。黒飛竜は生きている。もしくはもう死んでいる。どちらの答えが彼女の心に安寧をもたらすのだろうか。


 そう悩んでいると、彼女は力のない笑顔を浮かべた。


「そうですか……そうですよね。セイヴェルンの人たちも、黒飛竜は頭を真っ二つに割られたって言っていましたし、やっぱり死んでるんですね。

 ……クルネさん、神子様、ありがとうございます。おかげで、なんだかすっきりしたような気がします」


「それならいいのですが……」


 たしかに、彼女の顔は穏やかに見える。だが、それはどちらかと言うと燃え尽きたとか、気が抜けたとか、そういう類の表情であるように思えた。


 そんな彼女の気を紛らわせるものはなんだろう。そう考えた俺は、彼らに元々用事があったことを思い出した。解決にはならないが、この依頼なら気が紛れるかもしれない。


 そう判断した時だった。通りの真ん中を闊歩していた馬車が、突然俺たちの前で動きを止めた。辺境では珍しい、やや凝った作りの馬車だ。いささか年季が入っているきらいはあるが、よく手入れされていることが窺えた。


「なんだ……?」


 馬車の不思議な行動に首を傾げる。そうしている間にも馬車の扉が開き、品のよさそうな老夫婦が姿を現した。


「アンドリュー様、どうなされたのですか?」


 そこへ不思議そうに声をかけたのはアルミードだ。その様子からすると旧知のようだが……。


 俺がそう訝しんでいると、彼はくるりと俺たちのほうへ向き直った。


「クルネ、カナメ。紹介するよ、僕たちがこの辺境まで護衛してきたアンドリュー・レイム・メルハイム様と、奥様のノルン・ミア・メルハイム様だ」


 なるほど、辺境へ来たがっていた人の護衛依頼を受けていたのか。それならお金を浮かせて移動できるもんな。さすが抜け目のないパーティーだ。


 ……じゃなくて。俺は現実逃避気味だった思考を元に戻すと姿勢を正した。予想外の初接触だが、()()()()とは友好的な関係を築く必要があるからだ。


「ようこそルノールの街へお出でくださいました。クルシス神殿にて神殿長代理を務めているカナメ・モリモトと申します」


「おお、これはご丁寧に。貴方が転職ジョブチェンジの神子様でしたか。()()()()()()()()()()()()としてお招きに預かりました、アンドリュー・レイム・メルハイムと申します」


 そう言って、彼は優雅に一礼する。その所作は、さすが皇族と言うべき洗練されたものだった。


「予定より早く着いたものですから、つい物見遊山に走ってしまいましてな」


 その言葉は、アルミードたちに向けられたものだった。意外と気さくな人物のようだと、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「もしよろしければ、評議会までご案内しましょうか? 評議員がアンドリュー様をお待ちしていると思います」


「おお、そうしてもらえると助かりますな。時間前に乗り込むのは気が引けまして」


「分かりました、お任せください」


 これが、メルハイム帝国出身の評議員となるアンドリューさんとの出会いだった。




 ◆◆◆




 ルノールの街に設けられた評議場。……と言えば聞こえはいいが、その実態はルノール村の集会場だ。

 今後の辺境のために必要な施設はいくらでもあり、それらに優先してまで評議場を建てる必要はない。今使っている集会場で事足りるではないか。そう考える人が多かったためだ。


 場合によっては、見た目は非常に重要な要素を持つ。それは分かっているが、さすがに辺境の人々の反感を買ってまでするべきことではない。それが評議会の考えだったのだ。


 だが、そんな建物を評議場として紹介されれば、帝国暮らしの長い人間は顔をしかめるかもしれない。俺はそんな懸念を覚えたが……。


「おお、これは落ち着いた造りですな」


 評議場を目にしたアンドリューさんは、そう言って笑顔を見せた。うまい表現だな。実際にどう思っているかは分からないが、その反応には好感が持てた。


 そして、俺たちは評議場の中心部である会議室へ歩を進める。アンドリューさんが来訪した旨を告げると、部屋の中にいたメンバーが一斉に立ち上がった。


「ようこそお出でくださった。……私はラウルス・ゼムニノスと申す」


 まず口を開いたのはラウルスさんだ。彼は大きな手を差し出すと、アンドリューさんと握手を交わす。


「――おお、『辺境の守護者』殿ですな。ご勇名は帝国の端にまで轟いておりましたぞ」


 ちなみに、この評議場にいるのはラウルスさん、リカルド、コルネリオ、クリストフの四人だけだ。まだまだ評議員の予定人数には足りていないが、ほとんどの枠はまだ選考中だ。

 もしこれでラウルスさんがいなければ、ただの若者の集会だと思われても仕方ないくらいの集まりだが、ラウルスさんの存在感のおかげか、アンドリューさんが気分を害した様子はなかった。


 続けてコルネリオ、クリストフが挨拶を交わし、最後にリカルドが口を開く。


「初めまして、リカルド・ゼノ・クローディアと申します。この度は、招きに応じて頂きありがとうございます」


 その名乗りを聞いて、アンドリューさんは興味深そうに瞳を光らせた。


「ほう、貴方がリカルド王子ですか。帝国の一部では、爪を隠していた鷹が飛び立ったと話題になっておりますぞ」


「恐縮です。止まり木が勝手に成長した感もありますが……買い被りだと思われないよう精進いたします」


 リカルドはそう答えると、思い出したように一言を付け加える。


「ああ、それと……私はもう『王子』ではありません。()()()()()()()()()()()()()()()()


「おお、これは失礼しましたな。これでも、共に()()()()()()()()身として、リカルド殿には親近感を抱いておるのですよ」


 ……そう、俺たちが評議員として迎え入れることにしたアンドリューさんは、皇位継承権を放棄して辺境へとやって来たのだ。


 彼を推薦してきたのは、戦争時に捕虜にした帝国軍司令官、ハロルド侯爵だ。彼と交わした密約により、辺境と帝国の窓口となって帝国の過干渉を防ぎつつ、辺境の発展を妨げない人材を推薦してもらったのだ。


 戦争での大敗で後がない侯爵のことだ。ここで愚昧な人物を送り込んでくることは、残された最後のチャンスを放棄することに等しい。

 そのため、推薦されたアンドリューさんは、概ねこちらの要望にそった人物であるはずだった。


「リカルド殿のご活躍は、似たような境遇の人間に希望を与えたことでしょう。それは、クローディア王国の人間のみならず、私のような帝国の人間にしても同じことですぞ」


 そんな会話が続き、一息ついた頃。アンドリューさんの雰囲気が少しだけ変わった。


「――ところで、一つお伺いしたいのですが……。実は、私は歴史を調べることが趣味でしてね。ハロルド侯爵より、この地は非常に歴史的価値が高いエリアであると、そう教えられたのですが……」


 その言葉が、古代文明の遺跡を指していることは明らかだった。もともと、その可能性を示唆してハロルド侯爵に取引を持ち掛けたのは俺だしな。

 リカルドの目くばせに気付いた俺は、軽く頷くと口を開いた。


「アンドリュー評議員は、もはや自治都市ルノールの重鎮です。となれば、隠し事をするわけには行きませんね」


 俺は軽く釘を刺すと、正直なところを話すことにした。どうせ、可能性が確信に変わるだけの話だ。


「ルノールの街からそう遠くない場所に、古代文明の遺跡があります。あの巨大さからすると、当時の有力な都市であった可能性が高いでしょう」


「おお……!」


 そう切り出すと、アンドリューさんの表情に喜色が浮かんだ。歴史好きは本当だったのか、それとも美味しい話になりそうだと思ったのか。もしかすると、ハロルド侯爵のために喜んだのかもしれないな。


「ただ、帝国出身のアンドリュー評議員はご存知でしょうが、古代文明の遺跡には危険がつきものです。下手な人間を送り出しても犠牲者が増えるだけ……いえ、それどころか遺跡が自壊してしまう恐れもあると聞きます」


 その説明に、アンドリューさんは大きく頷く。


「そこで、アンドリュー評議員のご意見を聞かせて頂きたいのです。……この話は、私たちだけで勝手に進めるわけにはいきませんからね」


 もちろん、実際にはいくらでも勝手に話を進められるのだが、古代遺跡を餌にして人を派遣させた以上、それなりに通すべき筋はあった。


「……なるほど、帝国や侯爵の体面にお気遣い頂いたわけですな。神子様は――いや、失礼。この場では神殿長代理とお呼びしたほうがよさそうですな――遺跡についてよくご存じでいらっしゃるようだ」


「招聘した古代文明の研究者から教えてもらっただけですよ。……ところで、いかがですか? 遺跡の探索について、何かご懸念等があればご教示頂けませんか?」


 そう問いかけると、アンドリューさんはしばらく考え込んでから意見を述べる。


「神殿長代理のお言葉通り、下手な人間を古代遺跡の探索に向かわせるべきではありません。古代遺跡の知識と、危険が迫った時に的確に対処できる経験。そして、暴走した魔工巨人ゴーレムに対処できる戦闘力。これらは必須でしょうな」


 その意見には俺も賛成だった。かつて遺跡に迷い込んだ時は、危険な雰囲気を感じなかったが、用心してしすぎることはない。


「そして、ちょうどよいことに、その人材に心当たりがありましてな……」


「心当りですか?」


 リカルドの目が、ごく僅かに細められた。帝国にとって有利な人材を推薦されては、後々面倒ごとが起きる可能性もあるからだ。


「実は、私をこの地まで護衛してくれた冒険者パーティーがおりましてな。聞けば固有職ジョブ持ちが複数いて、経験もなかなか豊富なようです。古代遺跡の初探索となれば、彼らが適任でしょう」


「ああ、アルミードたちのことですか?」


「左様です。彼らが大陸でも指折りの冒険者であることは間違いないでしょうな」


「そうでしたか。……実は、私の護衛はもともと彼らのパーティーメンバーだったのですよ」


「ほう、それは面白い偶然ですな」


 そんな会話を聞いて、リカルドの表情から険が取れる。アルミードたちのことはリカルドも知っているし、彼らに探索の話を持ち掛けるという俺の提案にも賛同していた。ただ、彼らがアンドリューさんの護衛として同行していたことを知らなかっただけだ。


「実は、私たちも彼らとは浅からぬ縁がありましてね。もともと彼らに遺跡の探索を依頼するつもりだったのですよ」


 そう説明したのはリカルドだ。その言葉に『彼らを抱き込もうとしても無駄ですよ』という言外の含みが見てとれる。自分で提案しておいてなんだが、評議会の内部で牽制し合う体制って、本当に大変だなぁ。


 何はともあれ、古代遺跡を探索する準備は整った。さすがに俺は参加しないが、一緒に遺跡へ行ったクリストフが、巨大怪鳥ロックに同乗して彼らを遺跡へ案内してくれるはずだ。


 かつて見た遺跡の、どこか懐かしい光景を思い出しながら、俺は探索の詳細を話し合うのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ワクワクして読み進められます、それは一重にこの物語が面白いからです。 [気になる点] どうか完結までお願いできたらな、と思います。このまま読むと話半ばで止まってしまいます、ご無理ならば致し…
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