自治都市ルノール
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
俺たちが自治都市セイヴェルンから戻ってきた一月後。自治都市連合の決議を経て、辺境は自治都市連合入りを認められた。
ルノール村は自治都市ルノールとなり、統治機構も評議会という名称に改められた。評議員の顔ぶれはまだ揃っていないが、俺が親しくしている人間の中では、ラウルスさん、リカルド、コルネリオ、クリストフの四人がすでに確定している。
ラウルスさん以外の三人については、その若さから批判の声もあったが、リカルドは引退宣言を出したフォレノさんが後継として指名しているし、コルネリオは培った人脈と、なによりセイヴェルンの大物評議員の家系がものを言った。
クリストフについては、マデール商会がモンスターを使役して流通に警備に開拓にと大活躍し、辺境で大きな影響力を持っているが故の選出であり、その事実に文句をつけられる人間はいなかった。
なお、コルネリオの評議員就任については、リカルドが制御していく予定の王国派閥と、今後発生するであろう帝国派閥に対する牽制も意図していた。
もはや、コルネリオがミルトン家を継ぐことはないだろうが、その繋がりは健在だ。生え抜きの辺境組が暗躍を苦手としている分、セイヴェルン派閥として睨みを効かせることを期待されていた。
そんな中、当然ながらクルシス神殿は評議会とは無縁の存在であり、彼らのような苦労はない。
……なんてことがあるはずはなかった。
「――それじゃ、お昼までに掃除を終わらせて帰って来るのよ?」
「うん! 分かったわお姉ちゃん!」
「分かりました、ジュネ司祭」
ルノール分神殿で雑務を担当している年少組、元気印のマリエラと生真面目なフィロンの声が神殿に響く。
そして、二人に指示を出していたのは、三日前に辺境へ来たばかりのジュネだった。
プロメト神殿長から正式な許可をもらい、セイヴェルンのクルシス神殿からルノール分神殿へと修行に出された彼女だったが、その到着の早さには驚かされた。セイヴェルンからの手紙が王都の本神殿に届き、さらにその返事がセイヴェルンに到達するには、どう考えても一月以上かかる。
にもかかわらず、彼女は俺たちがセイヴェルンを発った一月後には辺境についていたのだ。どうやら、見切り発車で辺境目指してやって来たらしい。駄目だったら普通に辺境で働くつもりだったそうだが、そこまでする動機が不明でちょっと怖い。彼女自身はいい子だと思うんだけどね。
何はともあれ、この神殿の神官が六人になったということで、人手が完全に不足していたルノール分神殿としては、願ってもない増援となっていた。
「――まさか、セイヴェルンから女の子を連れて帰ってくるなんて思わなかったわ」
そんなジュネの仕事ぶりを確認していた俺は、耳元で囁かれた声に苦笑を返した。
「その表現は色々と誤解を生むだろ……」
そう答えると、声の主――セレーネは艶然と微笑んだ。
「そうかしら? これでも、ミュスカになんて説明しようか悩んでいるのよ?」
「いや、普通に説明してくれよ……」
「『聖騎士』さんも王都へ帰ってしまって、一人で健気に頑張っているあの子にひどい仕打ちね……」
「ひどい仕打ち云々はともかく、メルティナがいなくなったのは心細いだろうな」
そう、戦争被害者の救済のために派遣されてきた『聖騎士』メルティナとミュスカだが、メルティナは俺たちがセイヴェルンから帰って来るのに合わせて、王都に帰ってしまったのだ。
それでも、バルナーク大司教の懐刀と言われる彼女を長期間にわたって派遣してくれていたのだ。教会派の下心はどうであれ、彼女がモンスターの襲撃を幾度となく返り討ちにしてくれたのは事実だし、治癒魔法も惜しみなく使ってくれた。その点については心から感謝している。
ちなみに、『聖騎士』は剣匠となったクルネと手合わせをしたがっていたが、教会派の彼女と、クルシス神殿所属と見なされているクルネの戦いは、試合形式であっても色々と飛び火しそうなため実現していない。
クルネも乗り気だったし、ひょっとすると二人でこっそり手合わせをしていたのかもしれないが、それは俺の与り知るところではない。
「けれど、代わりにもっと大勢の教会派が来るかもしれないわね。……自治都市連合に認められたということは、将来性を認められたということだもの。
将来への投資と考えて、採算を度外視して教会を建てようとするかも」
「あー……やっぱりセレーネもそう思うか?」
「ええ。ミュスカに帰還命令が出ないのもその布石なんじゃないかしら」
「だよなぁ……」
セレーネの言葉に深く頷く。今までは唯一の宗派施設であるため気にしていなかったが、このまま行けば、そう遠くないうちに宗派間の勢力争いが辺境で勃発する可能性があった。
ちなみに、ルノール分神殿でこの手の話ができるのは彼女だけだ。オーギュスト副神殿長はそっち系の話は好きじゃないし、エンハンス助祭はそもそも興味が皆無だ。シュレッド侍祭はそれなりに興味を示しているが、まだ若くそこまで気が回らないのが実情だった。
そういう意味では、元々が貴族令嬢であり、広い視野で人の動きを見ることに慣れているセレーネはありがたい存在だった。
「神殿派だって、近いうちに何か言ってくるだろうな」
「少なくとも、教会を建てることが決まれば、一斉に押し寄せてくるかしらね……」
「そう長くは続かないと思っていたけど、今までの独占市場がなくなるのは残念だな」
辺境に宗派施設が立て続けにできる様子を想像して、俺は溜息をついた。どんどん移住民が増えている今となっては、宗教組織を胡乱な目で見る辺境民は相対的に少なくなっている。多少の赤字を覚悟すれば、他の宗派施設が進出できる余地はありそうだった。
「――ねえ、なんの話?」
と、そこへ首を突っ込んできたのは、さっきまで俺が観察していたジュネだ。向こうの神殿の排他的な思想が影響しているのか、俺以外のクルシス神官に対してはどことなく壁がある彼女だが、持ち前の明るい気性もあるし、そのうち打ち解けてくれるだろうと期待していた。
「いや、教会や他の神殿が、そろそろ辺境に施設を建てたがる頃合いだと思ってな」
「あ、私も不思議に思っていたの。どうして他の神殿が一つもないのかな、って。セイヴェルンにはたくさん宗派施設があったから、違和感が凄いのよね」
「まあ、そこには色々と事情があってだな」
最近まで辺境に宗派施設は存在していなかったこと、クルシス神殿は転職事業の稼得能力で無理やり開殿したことなどを説明すると、ジュネは目を丸くして驚く。
「そうだったんだ……ひょっとして、神子様って凄い人?」
「能力でゴリ押ししただけだからな。凄い人じゃない」
「普通に考えると、転職能力を持っている時点で、凄い人の範疇に入るものじゃないのかしら……」
と、珍しくセレーネがツッコミ役に回る。
「周りに濃い人間が多すぎて、とてもじゃないが自惚れることができないな」
「あら、類は友を呼ぶものよ?」
「セレーネのようにな」
そんな軽口を叩いている俺たちを、ジュネが面白そうに見ていた。気付いて首を傾げてみせると、彼女は慌てたように口を開く。
「あのね、前にも思ったけど、神子様って全然神子らしくないなって。ウチの神殿ではともかく、自分の神殿にいる時はもっとそれっぽい雰囲気なんだと思ったのに」
まあ、セレーネは神学校時代からの仲間でもあるからなぁ。余計に「らしさ」がなくなるのは自覚している。
それに、オーギュスト副神殿長の前では新米社員みたいなノリの時もあるし、エンハンス助祭に対しては最近ツッコミ役ばっかりだ。
「……安心してくれ。お客さんの前では、ちゃんと神子だろうが神殿長代理だろうがそれっぽく振る舞っているぞ」
「その考え方の時点で、何かが違う気がするわ……」
「ジュネ司祭、大丈夫よ。カナメく……神殿長代理はいつもこんな感じだけれど、ちゃんと取り繕っているから」
「セレーネさん、それはフォローしているの……?」
そんなやり取りの中、俺はわざとらしく咳払いをした。
「まあ、それはともかく、他の宗派の市場参入は避けられないだろうな。なら、俺たちは先行者として何ができるか。それを考えておく必要がある」
「市場って……」
なんだか呆れた呟きが聞こえたが、とりあえず無視しておこう。
「例えば祭りについてだ。この前の技芸祭もそうだが、収穫の時期や季節、年の変わり目なんかの祭りをしやすいタイミングについては、クルシス神殿の祭りのイメージを強く植え付けて、他の祭りをしにくくするとか」
「それ、なんだか陰険じゃない……?」
「あとは合同神殿の建立で釣るのもありだな。教会は資金力が桁違いだからともかく、他の宗派はそんなに余裕がないはずだから、乗ってくるかもしれない」
合同神殿とは、小さな街なんかに建てられている宗教施設で、七大神の神官が各一、二名ずつ詰めている小規模なものだ。それぞれの財布を持ち寄ることで、単独の神殿では採算が合わないような地域への進出を可能にする利点があった。
「向こうも様子見としてはちょうどいいだろうし、こっちは他の神殿の規模を最小限に抑えられる。一人でも神官を置くようになれば、神殿としてのテコ入れの優先順位は下がるだろうから、こちらもありがたい。……まあ、長期的な観点では時間稼ぎにしかならないかもしれないが」
「カナメ君、相変わらず性格が悪いわね……あ、もちろん褒めているのよ?」
なんだか、セレーネがまったく嬉しくない褒め言葉をくれたぞ。そして、今度はジュネが提案をしてくる。
「でも、神子様の話からすると、ここの人たちはクルシス神殿を特別視してるわよね? その関係を強化するとか、そういう方向では考えてないの?」
「それは大前提だからな。それに、今の移住民の増え方からすると、クルシス神殿を特別視してくれる人たちの数は相対的に減ってくるはずだ。新しく移住してくる人たちは、移住前に信仰していた宗派の信徒になる可能性が高いからな」
「それもそうね……神子様、意外と苦労してるの?」
なんだか気の毒そうに、ジュネがこちらに視線を送ってくる。
……そうなんだよなぁ。いくら転職事業という柱があるとは言え、それだけで万事がうまくいくわけではない。そして、その最たるものが教会派や他の神殿の権謀術数だ。正直、関わりたくない。
そういう意味でも、あの人に手伝ってもらいたいところだけど……さて、どんな返事が来るかなぁ。
◆◆◆
魔法研究所ルノール支部は、村長邸の小屋を改造して作られており、その面積は非常に小さい。そのうち移動する予定らしいが、現状では、暮らすのにも不自由しそうな手狭な空間となっている。
その狭い一室で、俺は机を挟んでミルティと向かい合っていた。
「カナメさん、いつでもいいわよ」
「分かった。……それじゃ、いくぞ」
その声と同時に、俺はミルティに転職能力を行使した。上級職への転職に特有の、力がごっそり抜けていく感覚が身体を襲う。
だが、以前と比べると、その負担は小さいように感じられた。今までは三、四回で上級職への転職は打ち止めだったが、もう少し余裕があるように思える。
「本当に……賢者になったのね……」
机のステータスプレートを見て、ミルティは信じられないように呟く。
「たぶん、近いうちに転職できるとは思う。……ミルティ、身体の具合はどうだ?」
「とても調子がいいわ。それどころか、魔力量や、魔力の制御能力が格段に向上しているのを感じるわね」
「そうか、それはよかった」
俺はそう答えると、自分自身の感覚に意識を集中した。ざわ、ざわ、という音がまた聞こえてくる。
「ところでミルティ、今、なんだかざわざわするような音が聞こえないか?」
「え? 特に何も感じないけれど……」
「そうか……いや、ごめん。ありがとう」
俺はそう返すと、自分の思考に入り込む。
これは、セイヴェルンでクルネが剣匠へ転職できた理由を調べるための実験だった。
まだ転職できるほどの資質はなかったにもかかわらず、あの時点でクルネは転職した。それは事実であり、クルネは今も剣匠のままだ。
ただ、気が付けばクルネの資質は転職可能なレベルに達していたため、あの時の転職を再現することができなかったのだった。
そこで考えたのが、同じく上級職の資質を持っていたミルティだ。彼女も当時のクルネと同じように、上級職の資質が芽生えており、うち一つはもう少しで転職できそうなレベルになっていた。
「じゃあ、次にいくぞ」
「ええ、分かったわ」
ミルティの返事を確認すると、俺は再び転職能力を行使する。そして、今度は彼女を時空魔導師へ転職させた。
そう、驚いたことに、ミルティは上級職の資質を二つ持っていたのだ。もうすぐ転職できそうな賢者と、まだ兆しがある、といった程度でしかない時空魔導師の二つだ。
上級職が二つとは俄かに信じられないが、彼女は遅咲きの天才の部類だったのかもしれない。『村人』として生を受けていたのが間違いだったんじゃないかと思うくらいだ。
彼女を転職させると、同時に頭の中のざわめきが大きくなる。……賢者に転職させた時よりも、だいぶ音が大きくなったな。
そして、ここまで音が大きくなったおかげで分かったことだが、俺の頭の中でざわざわとしているのは、やはり人の声のように思われた。意味のある言葉ではなく、群衆から聞こえてくるようなアレだ。
「カナメさん、どうかしたの?」
いや――そう言いかけて、俺は彼女への返答を思い直す。俺がミルティの下を訪れたのは、上級職の資質を持っているから、という理由だけではない。魔法学者としての彼女の意見を聞きたかったのだ。
そこで、今の自分の状態……というか違和感を詳しく彼女に伝える。ミルティはしばらく考え込んだ後、じっと俺を見つめた。
「そうね……そのざわざわした感じは、セイヴェルンのクルシス神殿に行ってからなんでしょう? そして、その日には資質が不足している人間の転職が可能になっていた。
短絡的だとは思うけれど、やっぱりカナメさんの転職能力が、セイヴェルンのクルシス神殿で強化されたようにしか思えないわね。……もちろん、それくらいはカナメさんも気付いていると思うけれど」
「やっぱりそうなるよなぁ……。じゃあ、このざわめきみたいなやつも……」
「ええ。固有職資質が不足しているほど、ざわめきが大きくなるのでしょう? 資質を超えた転職をさせる場合、そのざわざわする何かが影響していると考えるのが妥当じゃないかしら」
ミルティの結論は、俺とほぼ同じものだった。それなら、クルネを剣匠に転職させた時のざわめきが、いつの間にか聞こえなくなったことにも説明がつく。
「となると、セイヴェルンのクルシス神殿は俺に力をくれたのか……?」
そう呟くと、ミルティは頬に手を当てて考え込んだ。
「……どうかしら。あまり楽しい感覚じゃないのでしょう?」
「そうだな。人が頭の中で喋っているような感覚で、かなり気持ち悪い」
まるで、大勢の小人が俺の耳元で喋り続けているみたいな感覚だ。耳鳴り程度であればそれなりに無視もできるが、今なんかは会話をするのも少しつらい、といったレベルだ。
ミルティを賢者にした時は耳鳴りが少し大きい程度だったが、時空魔導師の資質は小さいせいか、かなり精神にくるものがあった。
「ミルティ、そろそろ魔術師に戻してもいいか?」
「少し名残惜しいわね……ふふっ、冗談よ。カナメさんの体調のほうが優先に決まっているもの」
そう笑うミルティの固有職を魔術師に戻すと、謎のざわめきはまったく聞こえなくなる。やはり、背伸びして転職させた場合に発生するようだな。
見方によっては、俺に力を貸してくれる超常現象と言えなくもないが、得体が知れなくて使いたくない。それが本音だった。
「……ありがとう、ミルティ。このざわめきについて整理できたおかげで、少し落ち着いたよ」
「そう? 役に立てたのならよかったわ」
「逆に、俺が役に立てるようなことはあるか? ずっと協力してもらってばっかりで、さすがに少し気が引けるんだが……」
「もう、そんなことは気にしなくていいのに……あ。そう言えばカナメさん、この前クーちゃんが――」
「ん?」
そうして、幾つか他の相談や雑談をした後。俺は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ神殿に戻るよ。ミルティ、本当にありがとう」
「ええ、また手伝いが必要なら言ってね」
ミルティも立ち上がると、俺を入口まで見送ってくれる。セイヴェルンのクルシス神殿で得たものは毒か薬か。なんにせよ、極力使うべきではない力だろう。
そう自戒しながら、俺は神殿へ向かって歩き出した。
◆◆◆
「え? 今度は王都に行くの?」
「ああ。会わなきゃならない人が何人かいるんだ。付いて来てもらえないか?」
「わ、私はカナメの護衛なんだから当然じゃない」
「あ、それもそうか」
クルネとそんな会話を交わしたのは、ジュネがクルシス神殿に来てしばらく経った頃だった。彼女がテキパキと業務をこなす人材であったことは嬉しい誤算であり、そのおかげで俺のスケジュールには若干の空きが発生していた。
「けど、誰に会いに行くの? プロメト神殿長?」
そう尋ねる彼女に、俺は首を振ってみせる。
「もちろん顔は出すけど、メインじゃないさ。クルネにも関係あることなんだが……」
「え? 私に?」
クルネは不思議そうに小首をかしげた。そんな彼女に答えるように、俺は視線をその腰へと移す。そこには、彼女が使用している剣が吊られていた。
「ミルティから聞いたんだが、あまり剣が馴染まないんだって?」
「……うん」
クルネの表情に陰が差す。黒飛竜との一戦で、長年にわたって彼女の相棒を務めてきた愛剣は折れてしまった。その代わりにと、アルティエロさんたちから似たような形の剣を数本もらっていたのだが、どれもクルネにはしっくり来ていないようだった。
そこで、こっそりラウルスさんに訊いてみたところ、「握りや重心の位置といった理由も考えられるが、何よりも剣士は剣を心の拠り所とする。長らく愛用してきた剣が折れたとなれば、精神的なレベルで代用の剣を拒絶しているのかもしれぬ」という回答が返ってきて、解決の難しさに頭を抱えたものだ。
そこで、ミルティやコルネリオ、リカルドに相談したのだが……彼らの答えは「カナメが剣を贈るのが一番」だったのだ。
それが正しいかどうかは分からないが、ずっとクルネには助けてもらっている。それで彼女の不調が収まるなら安いものだった。
しかも、ミルトン商会の主であるアルティエロさんという強カードを手に入れたおかげで、僅かながら地竜の素材を売り払う当てができたため、今の俺には金銭的余裕もある。
もちろん、剣の良し悪しなんて俺には分からないから、彼女自身を武器屋なり鍛冶屋なりに連れて行くことは必須だけどね。なら、最高の剣を提供できそうな人物の下へ連れて行きたかった。
「王都に、鍛冶師の資質持ちがいる」
そう告げると、クルネの目が驚きで見開かれた。
「ほら、岩蜥蜴の討伐パレードの時に話しかけてきたスキンヘッドのおっちゃん一家がいただろ? あそこの男の子のほうなんだが……」
「えーと……」
どうやら、クルネは覚えていないようだった。まあ、ほとんど接点がなかったから無理もないか。
「もともと鍛冶職人として修業している子だし、鍛冶師に転職すれば、頑丈な剣を作ってくれるんじゃないかな、って」
まあ、頑丈な剣というよりは魔剣の類になるかもしれないが。そう説明すると、クルネは嬉しそうに笑みを浮かべた後、戸惑ったように口を開く。
「えっと……もしかして、そのためだけに王都に行くの?」
「いや、実を言えば、鍛冶師の辺境への招致は、自治都市ルノールの優先事項の一つなんだ。だから、巨大怪鳥便だって経費で落ちる」
「あ、そうなんだ……」
俺が正直に答えると、クルネの嬉しそうな表情が少しだけ曇った。どうかしたんだろうか。
「ただ、もし交渉が決裂した場合でも、移住は嫌だが転職はしたいと言い出す可能性はあるだろ?
その場合は、せめてクルネの剣だけは打ってくれるよう交渉しようと思ってさ。前の剣を持っていけば、同じようなバランスの剣は作ってもらえると思うんだ」
彼らとは長らく会っていないが、それくらいの頼みは聞いてくれる気がする。
「俺がクルネに贈りたいだけだから、使い勝手が悪ければ、家の倉庫にしまうなり売り払うなりしてくれればいいよ」
俺はそう念を押しておく。鍛冶師に転職したとしても、鍛冶技能自体がどこまで底上げされるのかは未知数だし、そこは言っておかなきゃな。
「えっ……!?」
すると、クルネが驚いた声を上げた。彼女は信じられないという表情で俺を見ている。
「カナメ? 今、なんて……?」
「や、使い勝手が悪ければ、倉庫行きにするなり、売り払うなりしてもらったら、って」
そう答えると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「そこじゃなくて、その前の言葉のほう!」
「ええと……俺がクルネに贈りたいだけだから、か?」
その言葉を聞いて、クルネは花が咲いたような笑顔を浮かべる。それは、街中で見かけたら十人中十人が振り返りそうな眩しい笑顔だった。
その笑顔を直視するのはどこか気恥ずかしかったので、俺は視線を少し横に逸らした。
「だから、費用は気にしないでいいぞ」
「ふふ、分かったわ。……ありがとう、カナメ」
「お礼はいい剣が手に入った時でいいよ」
上機嫌なクルネにそう答えると、俺は今後のスケジュールを頭に描く。
あまり頻繁に辺境を空けたくはないが、こればっかりは外せないからな。最近、クリストフの巨大怪鳥便を占有してしまっている気がするが、許してもらおう。
そう結論付けると、俺は鍛冶一家の説得プランを練るのだった。