第三話 嘘つき
更新かなり遅れてしもた…
第三話 嘘つき
「お別れは済んだか?」
ソナタと入れ違いにホタルが医務室に入ってきた。マリオンは顔をあげ、頷く。
「随分と長い間眠っていたな。
残念だが我が艦でアーティファクトのパイロットが決められている就寝時間を過ぎている。ほとんどのパイロットは床についているだろう。
よって今日予定していた顔合わせは中止にする。明日に延期だ。
いいな?」
威圧するようなホタルの言いぐさに、マリオンは圧倒され、何度も首を縦に振った。するとホタルは「悪いが今日はここで寝てくれ。部屋の用意がまだできていないんだ」と言い残し、部屋から出ていった。
どうしてあんな高圧的な態度をとるのだろう? マリオンはソナタから渡されたペンダントをかけながら、首を傾げた。ホタルはこの戦艦――ホウセンカの艦長らしいからその威厳を示す為だろうか? まぁ……それなら納得できなくもない。でも、もう少し優しい言い方をしてほしかったな。
マリオンは布団を頭からかぶる。そして何時も持ち歩いている万能小型機器――ソラムが無いことに気が付いた。マリオンは布団から出、あたりを見渡す。壁際に自分のカバンがかけられているのを見つけ、中を漁る。あっさりソラムは見つかった。彼は部屋の電気を消し、再び布団を頭から被った。
マリオンは布団の中でソラムの電源を付け、その明るさに目を細める。光はユミトのモニターから発せられた輝きを思い出させた。
突然不安に胸が締め付けられる。モニターに映し出された「ようこそ」という文字が鮮明に思い出された。何がよろしくなのだろう? 文字通りユミトのパイロットとなった事への祝福だろうか? それは何か違う気がする。
第一ユミトとは何なのだろうか? マリオンの中に考えたことも無かった疑問が浮かび上がる。それは一瞬でマリオンの心の中を支配した。
何か触れちゃいけないようなモノに触れてしまった気がする。何かとても暗く、邪悪な何かに……。疑問が不安を煽り、恐怖へと変化していく。体の芯から冷えていく様だった。
マリオンは布団を払いのけ、胸のペンダントを強く握りしめる。装飾された金具が手に食い込み、少し痛かった。
大丈夫。大丈夫だ。絶対大丈夫。だって僕は希望に満ち溢れているのだから。
マリオンは不安と恐怖を打消し、ソラムを弄り始める。画面の上に表示されている時計の針がふと目に入った。
あれ、まだこんな時間なのに。マリオンは首を傾げる。部屋を出ていく前、ホタルは就寝時間を過ぎたから顔合わせは延期だと言っていた。しかし今の時刻は九時。こんなに早く寝るだろうか? いくらなんでも早すぎる気がする。マリオンは目をしょぼつかせながら不思議に思った。もしかして他の理由があるのだろうか? 憶測が胸の中から這い出してくる。が、マリオンはそれを鼻で笑い、ソラムを弄るのを再開した。
暫くしてソナタにメールを送るよう言われたのを思い出した。
まだ別れてから少ししか時間が経っていないが、送らないよりはいいだろう、と思い、彼はソラムに文字を打ち始める。
『一応メールしておきます』
返事は直に帰ってきた。
『随分と早いね。もう私が恋しくなったのかな? トコロで他の人と顔合わせはもうした? やっぱりまだかな? これからするの?』
相変わらず返信が早いな、とマリオンは思いながら、明日に延期になりました、とだけ伝えた。
『あーやっぱり? ま、そういう事もあるよ。せっかくなんだから今日一日よく寝て、明日にそなえなよ。緊張しないように予め脳内で予行練習しておくのもいいかもよ? 貴方は昔から緊張しやすいんだから』
またすぐに返信がきた。マリオンは半ばあきれながら「わかりました。おやすみなさい」とだけ返信した。
マリオンはソラムの電源を切り、枕の下にしまう。そして目をつぶった。
しかし睡魔は中々彼を襲いに来ない。緊張しているからだろうか? 彼は寝返りし、ギュッと目を瞑る。反って目が覚めてしまった。
不味いな……。マリオンは心の中でぼやく。こういう時はどうしたらいいのだろうか? マリオンは知恵を走らせるも、中々いい案が浮かんでこない。思考を重ねるうちに、ソナタから自己紹介の予行練習をしろ、と言われたのを思い出した。それと同時に、考え事をしていると自然に眠くなるという事を思い出す。マリオンは恥ずかしさ故あまり乗り気ではなかったが、他にすることが思いつかなかったため、彼は自分が見知らぬ大人たちに挨拶をしている場面を想像し、その世界に入り込んだ。
――二
ドアを叩く音により、マリオンは目を覚ます。彼は欠伸をしながら「どうぞ」と言った。
「失礼するね。おはよう」
見たことも無い黒髪の少年に、マリオンは目を丸くする。彼は綺麗に畳まれたパイロットスーツを脇に挟んでいた。彼は微笑を浮かべ、スーツをマリオンに押し付ける。それははヒンヤリと冷たかった。
「貴方は?」
マリオンは目を丸くしたまま問いかける。すると少年はニコリと笑い「トラシオンだよ」と答えた。
「あ、よろしくお願いします」
マリオンは恐る恐るといった感じで会釈をする。すると彼は「もっと砕けた言い方で話していいよ」とまた笑顔を見せた。
「あ、はい……じゃなくて、うん? よろしくお……よろしくね」
「うん、よろしく。神託者さん」
神託者さんと呼ばれ、マリオンは首を傾げた。するとトラシオンは手を伸ばし、マリオンの頬に触れる。その手もまた、冷たかった。
「聞いてるよ。君はユミト様の神託を受けた救世主なんだろ?」
彼の言葉を聞き、マリオンは納得、と手を叩いた。そして嬉しさから頬が思わず緩む。ユミトに認められたという実感が今になって湧いてきた。
「マリオンだよね? 昨日艦長から聞かされているとは思うんだけど、今から君と供に戦うアーティファクト部隊の人達と顔合わせをしてほしいんだ。すぐにパイロットスーツに着替えてもらえるかな?」
「わかりました。すぐやります」
トラシオンは「わかった。待ってるね」と答え、部屋から出ていく。マリオンは急いで皺ひとつないパイロットスーツへ着替えようとするも、焦ったからか少し手間取ってしまった。
着替え終わった後マリオンは申し訳なさそうに部屋から出、ぺこりと頭を下げた。
「お待たせしました……」
「うん、少し遅いね。もう少し早く着替えられるようにした方がいい。いきなり戦闘空域に巻き込まれた時に、そんなゆっくり着替えてたら、色々と間に合わないと思うからね」
きつい口調のトラシオンにマリオンは面食らう。彼は「気を付けます」とまた頭を下げた。するとトラシオンはマリオンの肩に手をのせ、「ま、次に生かせればそれでいいよ。あと敬語。使わなくていいからね」と真っ白い歯を見せる。マリオンはホッとし、歯茎が見えるほど笑い返した。
――三
トラシオンはArtifactと彫られた扉の前で立ち止まり、手をかざす。すると扉は軋む音を立てながら、ゆっくり開いていった。
「ついたね。入って」
トラシオンに促され、マリオンは軽く会釈をしながら部屋へ入る。灰色の長椅子に、短髪の赤髪でガタイのいい男と、色白く、灰色の髪の毛を無造作に後ろに束ねた女が、座りながら煙草を吸っていた。二人とも年齢は三十前後に見える。
「あれ、先に来ていたんですね? 少し意外でした」
トラシオンはマリオンの方を向き「紹介するね」と続けた。
「灰色の髪のあの人は蘭さん。そして男の人の方がルナティコさん」
トラシオンが一息つくと背後からドアの開く音がした。
「そして貴方はいつも通りですね。シオンさん」
トラシオンがゆっくりと振り向く。それにつられるようマリオンも後ろをむいた。
「おーまだ叩いてないのによく私いるってわかったねー」
マリオンやトラシオンと同い年くらいの、金髪で、浅黒い肌の少女が、右手に拳を握ったまま目を丸くしている。その横にはメガネをかけた銀髪で、長身の男が立っていた。
「そりゃもう背中を見せるたびにシオンさんには殴られていますし。流石に馴れますよ」
トラシオンは肩をすくめ、隣の男へ視線を移す。そして「珍しいですね」と続けた。
「何時も時間に厳しい貴方が遅れるだなんて。今日は何かあったんですか? ルールさん?」
ルールと呼ばれた男はそれに答えず、マリオンをジッと見つめる。そして部屋の奥にあるロッカーへ向かい、それによりかかった。トラシオンはやれやれ、といった様子でため息をつく。マリオンはトラシオンを含めた五人の顔をまじまじと眺めた。
ルナティコと呼ばれた男は老け顔で、頬に深い切り傷がある。目つきは獣のように鋭い。マリオンは彼に睨み付けられていることに気が付き、慌てて視線をずらした。
蘭と呼ばれた女は鼻が低く、全体的にのっぺりとした顔つきをしている。が、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
シオンと呼ばれた少女は目元にアイシャドウを、唇に紅色のルージュを濃く塗りつけており、ケバケバしい。彼はマリオンの視線に気が付いたのか、何故か得意げな顔をした。
ルールと呼ばれた男はハンサムな顔つきなのだが、暗い雰囲気を漂わせている。彼は虚ろな目つきで、床とにらめっこをしていた。
そして最後にトラシオン。彼はマリオンが目を向けると直に笑顔を作った。彼は彫りの深い顔をしており、ギラギラと輝いている大きな目が印象的だった。しかし笑顔の時は優しい表情を見せる。その時綺麗な白い歯が、少しだけ見えるのだ。
マリオンはもう一度全員の顔を眺める。そしてトラシオンにこれで全員か、と問いかけた。
「本当はあともう一人いるんだけどね。最近ソラティスとの戦闘で負傷しちゃって。今は意識不明の状態なんだ。ま、意識が回復したら紹介するよ。
それじゃあ早速自己紹介と行きましょうか。マリオンから始めてもらえる?」
マリオンは表情を強張らせ、ついにこの時が来た……、と心の中で呟く。そして昨日の夜練習した流れを思い出そうとした。
「希望組から来ました。マリオンと申します。以後宜しくおねがします」
これだけ言うとマリオンは言葉に詰まってしまった。昨日考えていた内容が全く思い出せない。彼は額に脂汗を浮かべながら懸命に知恵を絞る。
「えっと、僕は子供の頃から希望組に居て、そこでアーティファクトを使った模擬戦闘を何度も行ってきました。だから戦闘に関しては少し自信があります。特に接近戦が得意です。
後は……あ、八歳からソナタさ……じゃなくて先生に色々な言語を教えてもらってきました。木星語ができる前にメジャーな言語だった英語とか、フランス語とか。後スワヒリ語も少しはいけます。
趣味はオカリナと尺八です。尺八の方はあんまり上手じゃないんですけどね。
えーと、えっと、好きな教科は物理と生物です。歴史も近代史には興味があります。でも古代とか昔の歴史は全く知りません。以上です!」
途中で何回かつまずいたものの、無事終えたためマリオンはホッと胸を撫で下ろす。そしてもう少し練習しておけばよかった、と心の中でぼやいた。
そして「次お願いします」とシオンの方を向く。彼女はニヤリと笑った。
「はーい、シオンです。年齢はなんと十七歳! 残念だったなロリコン供あーんど熟女好き達! 援交したいおっさんは後で名乗り出てね、金玉潰すから。
趣味は編み物と料理! なんてババアが精出してやりそうなことには興味ありません! はい、次のババア! どうぞ!」
シオンが蘭を指差す。ババアとは彼女の事を指しているのだろう。
「明・蘭だ。特に話すことは無い。次へ行け」
彼女の言葉が終わると一瞬の沈黙が流れる。トラシオンが「ルナティコさん、お願いします」と促した。
「ルナティコ」
彼はそれだけ言うとマリオンを睨み付ける。トラシオンは今度はルールに自己紹介をするように促した。
「ルールだ。特に趣味は無い。特技も無い。だがこのアーティファクト部隊の隊長をやらせてもらっている。以上だ」
シオン以外あっという間に自己紹介が終わってしまい、トラシオンは呆れたとでも言いたげな表情を見せる。そして「これで終わりかな」と呟いた。
「まーだトラシオンの分やってないじゃーん」
シオンが騒ぎ立て、彼は思い出したように手を叩く。ぱちんと小気味の良い音がした。
「ああ、そうだったね。まだボクの自己紹介がまだだった」
トラシオンはそう言うと背筋を伸ばす。
「それじゃあ改めて初めまして。トラシオンと申します。ボクはこの船では調教師をやらせてもらっています」
「調教師?」とマリオンは問い返す。てっきり彼もアーティファクトのパイロットだと思っていた為、少し戸惑った。すると彼は背筋を伸ばしたまま、「そう。調教師」とにっこり笑った。
「調教師は簡単に言うとパイロット専用のお世話係といったところかな? 君達パイロットの体調管理をしたり、部屋を掃除したり。まあ雑用だと思ってくれてもいいよ」
彼の説明を聞き、マリオンはなるほど、と納得した。そして
「パイロットはルールさんとルナティコさんとシオンさんと蘭さん……ですね? 後一人は今休養中でここにはいない。それでトラシオンさん、じゃなくてトラシオン君は調教師……と。間違いはないですよね?」
マリオンは最後に一応聞いておきますね、と付け加えながら問いかけた。
「間違える要素なんてないんじゃないのー? マリオンは心配性? それともアホ?」
シオンが横から茶々を入れてくる。トラシオンは彼女に制止する仕草を見せ、「そうだよ。何も間違ってない」と答えた。
トラシオンはまた笑顔を見せる。そして「それじゃ、最後にあだ名をつけないとね」といった。彼は唇に親指をあて、考え込む様な草をする。マリオンは「別にいいよ」と言うも、トラシオンはそれを無視し、「マラーノ」なんてどうかな? と手を叩いた。
「マラーノだと?」
ルールが意外そうな顔をする。そしてすぐに眉をひそめた。
「よくないですか? マラーノって? 『マ』しかあってないですけど。彼にピッタリのあだ名だと思うんです」
トラシオンは笑顔を崩さずにマリオンを除いたパイロット達全員の顔を見る。
意外な事に、先程までマリオンを睨み付けていたルナティコが真っ先に首を縦に振った。続いて蘭が「お好きにどーぞ」と、どうでもよさ気に答え、シオンが「いいんじゃない?」と、笑い返し、ルールは渋い顔を浮かべた。
そして最後に「いいよね?」と、強い口調でマリオンに問いかけてくる。彼はただ、うなずくしかなかった。するとトラシオンは満足げな顔を浮かべる。
「あ、ここで一旦お開きにしませんか? 昼ごろにマラーノの歓迎会を予定しているんです。ボクも準備手伝いに行かなきゃ……。よかったら他の人も手伝ってくれませんか?」
トラシオンの誘いに答えたのはシオンだけであった。彼は「やっぱり」と笑いながら、マリオンに「時間が来たらまた呼びに行くからそれまで待ってくれないかな」と尋ねた。
「いいけど、僕まだ自分の部屋が何処にあるかもわかっていないんだ」
「あ~、そっか。そうだね。まだ自分の部屋何処かも知らないんだ。
えっとね。この部屋出てからエレベーターで二個上の階に上って、その階の右手側の一番奥にある部屋がそうだよ。ちゃんと名前書いてあるからすぐわかると思うよ」
彼の説明をもう一度頭の中で繰り返した後、マリオンはありがとう、と残し部屋から出る。そして言われた通り自分の部屋へ向かった。
続く
第三話読んでくれた人どうもありがとう。
(´º∀º`)次も読んでくれるとマジ嬉しい。
文法ミスor誤字があったら教えてくださいー。