第二話 大丈夫
第二話 大丈夫
合流した戦艦にて、マリオンとソナタを、強面な男が迎えた。
「君がマリオン?」
男の問いにマリオンはこくりと頷く。すると男はごつごつした手を差し出してきた。マリオンは一瞬戸惑うも、その手を握りしめた。
「はい。宜しくお願いします」
男は目を細め、ホタルだ、と名乗り、「まだ宜しくすることになるかはわからないがな」と呟いた。それにマリオンが反論をしようとした時、ソナタが割り込んできた。
「すいません。早速で悪いのですが、はじめてもらえますか?」
ホタルは彼女の方へ視線を移し、「そうだな」と答えた。
いよいよか……マリオンは胸の中で呟く。先程自分で自分を奮い立たせたというのに、いざとなると緊張がぶり返してきた。もしこのテストに失敗したらどうなるのだろう? 教育の成果が出なかった為、もう一度希望組に戻されるのだろうか? それとも見捨てられるのだろうか? 彼の中に不安が走り抜けた。
マリオンはソナタの顔を見る。彼女は何故か自信満々の表情を浮かべていた。その顔を見ているうちに緊張の糸が解けていく。そうだ、逃げないと決めたんだ、と彼は心の中で改めて決意を固める。そして「案内してください」とホタルに頼んだ。
――二
「ここだ」
hopeと書かれた巨大なガレージの前に三人は立ち止まる。カチッと言う音がしたかと思うと、ひとりでに鉄の扉が開いた。暗闇がマリオンの視界を奪う。彼は唾をのみ、一歩後退した。
嫌な汗が噴き出してきた。何か嫌な予感がする。例えようのない恐怖に全身が包まれている気分だ。
ホタルが部屋に入ると同時にガレージ全体に明かりが灯る。奥の方には大きな、とても大きな神――ユミトが立っていた。
「これに乗るんですよね?」
ソナタがホタルに尋ねると彼は彼女を一別し、「これ扱いか」とぼやいた。
「ユミト様のご決断を」
ホタルがユミトにむかって深々と頭を下げる。マリオンがポカンとホタルを眺めていると、ソナタがドンとマリオンの背中を押した。彼は慌ててユミトの方へ向かい、その足もとから全身を眺めた。全長は五十四センチメートル、重さは五百六十二トン。数字としては知っていたものの、実際に目にしてみると想像以上だ。
白い体に黄色の鎧を纏った全身からは神々しささえも感じられた。
「審判が始まる」
ホタルが言い終わるや否やマリオンの体が宙に浮き、胸元の方へとゆっくり向かっていく。そしてユミトの胸元が大きく開き、マリオンを吸いこんだ後、また閉じていく。
ソナタは完全に閉まるのを確認し、「またあれをやるんですか?」と尋ねる。するとホタルは笑顔で答えた。「お前の時と同じようにな」と。
――三
ユミトの中に用意されていたシートに腰を下ろし、マリオンはホッと胸をなでおろす。思っていたより座り心地がいい。これなら頑張れる気がする。
マリオンは機内全体を見渡した。
「アーティファクトはユミトを一から十までマネしたってホントだったんだ。何からないまで同じだ」
彼は真っ暗なモニターを睨み付ける。一つだけ違うところがあるとするならば、アーティファクトのモニターについている起動スイッチがなく、それがあるはずの所に大きな手形が彫られていることだろう。マリオンは大丈夫と呟き、小さな手をその手形の上に合わせた。
するとモニターが輝きはじめ、マリオンの視界を奪う。彼は思わず目を閉じ、顔を両手で覆った。
見たことも無い風景が頭の中に入ってきた。博物館に希少種として展示されている草花があたり一面に広がり、見たことも無い生物達が走り回っている。そして風が吹き、草花とその生物達の毛皮を揺らした。
その風景が消えると同時にモニターから発せられている光が徐々におさまり始める。何かが落ちる音がした。
マリオンはまだ目をしょぼつかせながら落ちた何かを手繰り寄せる。スベスベした丸い物体であった。
次第に視界を取り戻していき、それが何なのかわかった。ヘルメットだ。青いヘルメットだ。彼はそれを撫でまわしながら観察する。すると後頭部に小さな穴がたくさん空いているに気が付いた。
「なんで穴?」
無数の穴を撫でまわしながらマリオンは首を傾げる。そしてそれを被ってみた。
ヘルメットの大きさはピッタリであった。ふうと息をつき、彼はシーツに座り直し、よりかかろうとするその時、鋭い痛みが全身を駆け巡る。彼は頭を押さえ、唸った。
同時にモニターに再び光が灯る。マリオンは反射的に顔を覆った。しかし今度は先程の様に視界を奪うほどではなかった。
彼は恐る恐る指の隙間からモニターを見つめる。木星文字で「ようこそ」と書いてあった。しかしその文字はすぐに消え、マリオンは意識を失った。
――四
「あ、おーはーよ。目覚めた?」
マリオンが目を覚ました時、真っ先に視界に入ってきたのは腰の後ろで手を組み、彼の顔を覗き込んでいるソナタだった。そして次に自分がベットの上に寝転がっているのを把握する。
「ソナタ……さん?」
体を起こしマリオンは彼女を見つめた。状況が飲み込めなかった。
「そだね。ソナタさんだね」
彼女は驚くほど明るい声で答える。マリオンは
「なんで? ここは?」
「知りたいのなら子供の頃みたいにおねだりしなさい」
「何処ですか?」
「おい、いいの? お前それでいいと思ってるの?」
マリオンはぶすっとした表情であたりを見渡す。どうやら医務室の様だった。
「医務室ですよね?」
「ううん。違うよ」
違わないはずがない。尿瓶は薬瓶が棚の上に並んでいるのなんて医務室以外あり得ないはずだ。今度は語尾を強め、同じことを尋ねる。するとソナタは大げさに肩を落とし、「うん、そうです」と答えた。
一瞬気まずい空気が流れる。するとソナタが思い出したように手を叩き、「おめでとう!」と手を叩いた。
「はい?」
「はいじゃない。覚えてないの?」
マリオンは首を縦に振った。そしてユミトの中で「ようこそ」という文字を見た後は記憶にない、と彼女に伝える。すると彼女はやれやれと首を横にふった。
「はぁ……もったいない。仕方ないから大量出血貧血覚悟の大サービス。無償で教えてあげるね。
君はユミトの神託を受けたんだよ」
ソナタの言葉を聞き、マリオンはポカンと口を開ける。言っている意味がわからなかった。
「それって……まさか?」
「そうだね、テスト合格だね。おめでとう!」
彼女の言葉を聞き、マリオンはよかった……と呟く。嬉しさよりも安心感が強かった。
マリオンは笑顔でソナタを見上げる。彼女はハッとした表情を見せ、一瞬視線を宙に泳がせるも、すぐに笑顔を返した。
「ここで悲しいお知らせがあります」
突然ソナタが真面目な顔をし、声のトーンを下げたため、マリオンは目を丸くする。彼女がこんなふうに話すのは初めてだった。
「今日で君ともお別れです」
また言っている意味がわからない……。マリオンは暫く無言のままかソナタを見つめ、「なんで?」と尋ねた。
「だって私は貴方がユミトに認められるために専属していた先生です。その貴方がユミトに神託を無事受けることができた今、私が貴方の面倒をこれ以上見ることはできません!」
彼女の言葉を聞き、マリオンは視線を落とす。確かに彼女の言う通りだった。
「じゃあ……もう会えない?」
「さぁ? こればっかりは私にもわからない。だって貴方は今から希望組四期生マリオンではなく、この戦艦、ホウセンカの戦闘員の一員なんですもの。
でも安心して。会えなくても、小まめに連絡は取るつもりだから。毎日メールするね」
ソナタはそういうとポケットの中に手を突っ込み、小さなペンダントを取り出す。そしてそれをマリオンに握らせた。
「ばいばい」
彼女は部屋を去っていく。マリオンはその背中を見つめることしかできなかった。
続く
文章中でミスがあったらバシバシ指摘してください。
(´º∀º`)次回も読んでくれると嬉しいな