まなみさんのクリスマス。 国家魔導術士 いたりん 外伝
「国家魔導術士 いたりん」の外伝です。今回の話の主人公はまなみさんです。普段、オネーサマキャラ全開のはずの彼女が……。
続きは本文で。
本編:国家魔導術士いたりん http://ncode.syosetu.com/n1785bx/ もよろしく
――全く、年末が近づくと毎年面倒なものに出ないといけないなんて……。このときだけはこの家を恨むわ。
年の瀬が迫る十二月、まなみさんはボヤいています。毎年この時期に開かれる財界主催のパーティーに顔を出さないといけないからだった。彼女自身は面倒な恒例行事をパスしたいのですが彼女の事情がそれを許さないのです。
桜庭財閥総帥の孫娘であり、役員ではないもののその境遇ゆえに財閥の動向を知ることのできる存在、それゆえ彼女の立場は複雑でした。
公の場に顔を出さないと、様々な憶測が憶測を呼びかねないため、顔継ぎとしてこのようなパーティー等には参加せざるを得なかったのです。まなみさんは悩んでも仕方ないので、割りきることにしました。
有象無象の派手な服装が集う会場でもまなみさんの燃え上がらんばかりの真紅と烏の濡羽のような漆黒のコントラストが鮮やかなパーティードレスが映える。いくら気の進まないパーティーであっても、そういうところの手を抜かないまなみさんは大人です。
――ま、しょうがないか。とりあえず、やることやってさっさと帰ることにしましょう。
割りきったまなみさんはパーティーに参加している財界、政界の大物に愛想笑いを振りまきます。彼女はこういう場所に何度も出席しているので立ち振舞に関しては手慣れたものでした。ただ、あちらこちらから聞こえるひそひそ話に思わず一瞬眉をひそめてしまいます。
(桜庭財閥のカワリモノお嬢さま、今年も参加しているのね)
(魔導術士やってるってね、けっこうドンパチやっているらしいよ)
(イイワネェ……。やりたい放題やっても財閥がもみ消してくれるんじゃない? 財閥総帥の孫娘ってイロイロ得だわねぇ)
まなみさんは人知れず、拳に力が入ります。爪が手のひらに食い込むほどに。毎回そんなウワサ話に悔しい思いをするまなみさん。それでも、立場上愛想笑いは絶やさず参加者と歓談し続けます。ほとんど苦行に近いものでした。
――人の苦労を知らないで、勝手なことを……。いつ聞いても、慣れないわ……。
ため息をつき、無責任なウワサ話に辟易し、何となく会場内を見渡していると、軍部の関係者らしき一群が視界に入りました。
――あれ、軍関係の人も来てるのね……。ま、軍需産業の関係者が来てるからいてもおかしくないんだけど。ェ……? ちょっとやだ! アイツも来てるじゃない、なんで……?
まなみさんなの視界には、数人の軍人さんが入っていました。その中に彼を見つけてしまいました。最上特務少尉その人です。彼を見たとたん、彼女は今までに経験したことのない胸の高鳴りを覚えました。胸の高鳴りに足が震え、手先がしびれる感覚を覚えます。あまりの変化にまなみさんは更に動揺してしまいました。
――え、えっ? ど、どういうこと? 何この感じ。私としたことがこんなに狼狽えるなんて……。どうしたの、私……? あ、やだ、近づいてくる。手を振るんじゃないわよ……。
まなみさんに気がついた最上特尉は金の装飾がついた濃紺の礼服に身を包み、にこやかに近づいてきます。見ようによってはどこぞの王子様にも見えなくもない。対するまなみさんは笑顔が引きつり、なんとか口角は上げることができたましたが目が据わっていました。
「姐さんも来てたんですか。こんなところで会えるなんて奇遇ですね」
「……えぇ、まぁ……」
――何が『奇遇ですね』だ! こんなところで姐さんなんて呼ばないでよ、まったく! アンタがいるとこっちは調子狂うのよ。あぁっ、他の人に勝手に紹介しないでよ、もうっ!
「……あ、っと失礼。先約がありますの」
「あらら、もう行かれるんですか。それは残念。また事務所で」
まなみさんは挨拶もそこそこ、特尉の元から逃げるように離れます。
――さっさと逃げよ。このままじゃ、ダメになる。……どうしてアイツの前だといつものようにできないんだろう? 好意……? まさか、そんなはずはない。あるはずない。私は……。
――――☆――――☆――――
パーティーの次の日、事務所にまなみさんはいつものように出勤しました。
事務所には既に特尉と杏が出勤しており、二人で何やら盛り上がっているようでした。
――何盛り上がっていんるんだろう? 二人で勝手に……。なんかやな感じ。
それでもまなみさんは大人です。そんな疑念をおくびにも出さず、いつも通り二人に挨拶します。
「おはよう」
「あ、まなみ。おはよ」
「おはようございます、姐さん」
まなみさんに挨拶もそこそこ、二人はそそくさと何事もなかったように自分の仕事を始めました。二人だけで盛り上がっていたのが嘘のよう。まなみさんはそんな二人に何か違和感を感じます。
――あれ、何この感じ? ちょっとよそよそしくない? 私何かしたかな? 気に入らないわね……。失礼しちゃうわ。
一人まなみさんが憤慨していると、事務所の電話がなりました。素早く、特尉が電話にでました。
「はい、いたりん魔導術士事務所。最上は私です。はい、はい。ええ。分かりました。すぐに伺います」
「例の件?」
「ええ。杏さん。行きましょうか」
特尉あての電話のようでした。彼はどこかへ呼び出されたようでした。何故か杏と出かける算段をします。
「まなみちょっとお願いね。最上くん行きましょう」
――えっ? どういうこと? なんで杏と二人で出かけるの?
呆気に取られ、二の句が告げないまなみさんを置いてきぼりにして二人は事務所を出ていきました。
――置いてきぼり……? なんで……。
一人事務所に残されたまなみさんは首をかしげるばかりで、自分の置かれた状況が分かりません。彼女は事務所の窓から杏たちが歩いていくのをただ見送るしかできませんでした。特尉と二人連れで歩く杏はまなみさんからは心なしか楽しげに見えました。
気分を変えようと事務所の掃除するまなみさんでしたが、気もそぞろで気がつくと同じところを掃き掃除してみたり、雑巾で拭き続けたりしていました。
――あぁ、何かやだ。みんなアイツが悪いのよ。アイツが来なければこんな気持ちになんてならなかったのに。それに杏も杏よ! 嬉しげに一緒に歩いて行くなんて! 何考えているのかしら……。
まなみさんは自分のもやもやした気持ちを新参者と親友の責任にして晴らそうとしました。しかしそんなことで気持ちが晴れることはありませんでした。心の奥底からわき上がる負の感情が彼女を揺り動かし、次から次へと淀みなくわき上がる怒りやいら立ちの感情は彼女をもってしても抑え難いものでした。その感情は抑えても、抑えてもわき上がり彼女を苛みます。その感情にいっそ身を任せて、何もかもを破壊したい衝動にかられたりもします。それだけでなくその激情が彼女の心臓を責め立てました。彼女の心臓は激しく鼓動を刻み、抑えても抑えても抑えきれない鼓動は命の躍動ではなく、悪魔の呪詛に彼女には思えました。
――ダメな人間ね……。こんな感情ひとつ思うままにできないなんて、まだまだ修業が足りないわ……。コンナジブンガ、キライ。コンナジブンナラ、イラナイ……。
まなみさんは自分のなかで激しく蠢く人には言えない感情に打ちのめされ、憔悴しました。打つ手なく、一人事務所の奥でたたずむしかありませんでした。
それ以来、まなみさんはやることなすこと何となく歯車が噛み合いません。
例のテロ組織の関係先とおぼしき会社を探ったときには、のらりくらりと質問をはぐらかす会社幹部に大激怒、危うく最大出力で術を行使しかけ、あわてて杏に止められ事なきを得たとか(結果的にはそれが脅しとなって焦った会社幹部がヘマをして戦略物資の不正取引が明かになり会社幹部は検挙され、まなみさんの行為は不問になりましたが)。
また別の日、練習場で術の訓練をしていたまなみさん。その日は今一つ集中できず、いつものように標的を思うように落とせません。ついには癇癪を起こし、鬱憤ばらしとばかりに最大出力で術を行使したため超局所地震が発生、その日の事務所はご近所からの苦情殺到で仕事にならなかったとか……。
はたまた別の日、まなみさん珍しく朝から体調不良。彼女からはアルコールに匂いがほのかに香ります。彼女の弁では、新しく手に入れた珍しいワインを一人で飲んでいたら、思いの外口当たりがよく深酒してしまったとか……。その日一日、事務所は仄かなアルコールの香りが漂いました。
あまりのまなみさんの失態ぶりに杏さん、ちょっと頭を抱えてしまいます。まなみさんの変容に心当たりの無い杏さんどうしたのものかと思案顔になってしまいました。
「……どうしたんだろう? 本当にしたんだろう、まなみ……?」
「何か考え事ですか?」
まなみさんの変容に事務所の奥で思案顔の杏に特尉が話しかけます。まなみさんはちょっと外出中のようで事務所の中には姿は見えません。
「最近のまなみ変だと思わない? いつものまなみならあんなことヤラカシたりしないんだけどなぁ……。最上くんはどう思う?」
「どう思うと言われても、付き合いが浅いんでよくはわかりませんが、見た感じ“できる女”オーラの塊みたいな女性だと思っていたのですが、実際はそうでもないみたいですね」
「……最近のまなみを見るとそうなるわね。んでも、以前の彼女ならそんな失態はしなかったし、こっちが嫌になるぐらい“できる女”感を出しまくって、そのとおりの結果を出していたのにねぇ……」
「そうなんですか? ……何か心境に変化でもあったのでしょうか?」
「わかんないのよねぇ……。あの娘、昔から自分の悩みとかそういうことは自己完結で処理してしまって、人を頼らないから……。時折、何を感じているのか分からない時があるのよねぇ」
「まぁ、一般論になるかもしれませんがいわゆる“できる女”ほど、何かのきっかけで崩れると一気に崩れるって言いますもんね。当面様子を見守るしかないんじゃないですか?」
「そうねぇ……。んでも何かしてあげられないのかぁ……」
「どうでしょう、しばらく一人でゆっくりしてもらうってのは?」
「そうねぇ、それも考えなきゃ……。あ、まなみお帰り」
杏が最後まで何かを言いかけたところで帰ってきたまなみさん、特尉と話をしているところを耳にしてしまいました。杏と特尉の話の終わりの部分だけを耳に挟み、全部聞いていない彼女の心には自分はいらない人間になったのではと不安がよぎります。
――いらない人間ってこと……? え、私が……?
それでも気丈にまなみさん、そんな不安を表に出さず大人な対応を心がけます。それでも、一度心の奥に広がった疑念は深く広くまなみさんの心に広がり、重くのしかかるのです。
――――☆――――☆――――
そんなこんなで時は過ぎクリスマス当日、まなみさんは一人事務所で待機しています。例のごとく杏と特尉の二人は外勤で事務所にいません。クリスマス頃といえば、日も落ちるのが早く、辺りはもうかなり夜の帳が降りてきています。街の街灯が灯り、その下では家族連れ、会社帰りのサラリーマンたちそしてカップルが楽しげに連れ立って、各々の目的の場所へ歩いていきます。どの人を見ても、明るく見えたのは街灯の光だけではないようでした。
ひと通り、自分の事務作業を終え、事務所の中でうつろげに街の様子を窓から眺めているまなみさん、その表情は冴えません。街を行き交う人々を見つめているとなぜかしら心の中に隙間風が吹きこむような感覚を感じ、自然と孤独感を感じました。そして、街の風景がゆらぎ出します。街灯の光はにじみ、人影も蜃気楼のように揺らぎます。ふと視線を事務所の中へ移すと、薄暗い事務所が広がっていました。人気のない寒々とした薄暗い事務所。特に根拠はないけれど彼女にはこの事務所が自分の居場所ではないようなそんな疎外感を感じました。
――イラナイ人間は長居するべきではない……かな。
漫然と事務所の暗がりを眺めていたまなみさんはふとそんなフレーズが心に浮かびました。
――そういえば、お祖父様が何か新規事業を立ち上げたいとか言ってたわね……。私、関わろうかな……。ここでの役割は……。 ……ないみたいだし。
まなみさんはそう思うと便箋とペンを取り出し、したため始めました。
“退職伺い” ……と。
そこまで書いて、まなみさんのペンが止まりました。
何故かペンを進めようとするたびに、この事務所を立ち上げるまでの思い出が脳裏に浮かび、なかなかペンを進めることができません。進めようとするたびに思い出が邪魔をするように浮かび上がり、書き進められません。
――困ったな……。なんで……。もういらない人間のはずなのに……。
まなみさんが書きあぐねていると、事務所の扉が開きました。
そこには大きな荷物をかかえた特尉と杏がいました。
「あれ? まなみ何してたの? 事務所の電気もつけないで……?」
「ェ……? あ、杏おかえり」
まなみさんは慌てて、書きかけた便箋を丸めてゴミ箱へ放り込みました。
「……何かいてたの?」
「ん? 大したものじゃないわ。それより、何その荷物? どこかでパーティーでも……?」
「そうよ。パーティーするの。だって、今日はクリスマスでしょ?」
まなみさんがそう言うと杏はこれ以上ないぐらいの笑顔で答えました。
「さあさあ、パーティーの準備よ。奥片付けて」
「えっ? 今から……? ここで?」
「そういうこと」
杏は有無を言わさず、クリスマスパーティーの準備を始めました。まなみさんは何がなんだかわからず、杏のすることをじっと見つめていました。
「ほらほら、何しているの、まなみ! 手伝ってよ」
まなみさんは言われるがままに手伝い始めました。杏は特尉に持ってもらっていたオードブルの盛り合わせをテーブルの上に並べました。こういうことに慣れているのか、特尉は手際よく紙コップや割りばしを人数分並べていきます。
「さぁ、クリスマスパーティーのはじまりー!」
今ひとつ目の前で展開されている状況が飲み込めず、キョトンとしたまま紙コップを抱えているまなみさん。そんな彼女の前で杏は妙にハイテンションで盛り上がっています。マイペースだったのが特尉は淡々と二人の様子を面白げに観察しています。いつの間にか杏と特尉は差しつ差されつしています。
「……どうして? もう私なんていらな……」
「まなみ、飲むのよぉ~」
いつの間にか出来上がっていた杏はまなみさんの話を全く聞きませんでした。
「あはははぁ、クリスマスサイコー!」
「杏……」
まなみさんは杏に戸惑うばかりで何もできません。そのうち、騒ぐだけ騒いだ杏は寝てしまいました。
「杏、今日はどうしたんだろう? 最上くん何か知ってるの?」
「杏さんね。喜ばしたかったみたいなんですよ、姐さんを」
「私を?」
「それに、誕生日なんじゃないですか杏さんの」
――あっ! そういえば今日は杏の誕生日……。
「一緒に楽しみたかったんじゃないですか……。言ってましたよ『昔みたいに楽しくやりたいな』……ってね」
まなみさんは何も言わず、特尉の言葉を噛みしめるように聞いていました。
――杏……。ゴメンネ。
「……ま、湿っぽい話はここまで。どうです姐さん、もう一杯?」
「そうね。もらおうかしら」
特尉はまなみさんに酒をつぎました。
「ありがと。アンタも飲むの?」
「へっへぇ。いいんですかぁ? いいなら、一杯……」
まなみさんが特尉のコップに酒を注ごうとして、やめました。まなみさんはあることに気づいたからです。
「アンタそういえば、未成年じゃない! ダメよ飲酒は。特に特高生は問題になるでしょうに!」
「まぁ、いいじゃないですか~」
「ダメったらダメ!」
「そこをなんとかぁ~。おねぇーさまぁー」
「アンタがそういうセリフを吐くと気持ち悪いのよ! ダメッたらダメなのぉー」
まなみさんの特尉に対する言葉遣いはだんだんとぞんざいになっていきました。普段の猫をかぶった言葉遣いはどこへやら。ただそう言いつつ彼女の目からは今までの思いつめた陰りはなく光が戻っていました。
こうして、まなみさんのクリスマスの夜は更けていきました。
――まだやれそうね、この場所で。ありがとう、杏。ありがとう、クリスマス。
――最上特務少尉、アンタはオネーサマがしっかりとした“教育的指導”をしてあげるから。期待してなさい。フフっ……。
どうだったでしょうか?
こんなまなみさんもいいかなと思いまして書いてみました。
ご感想お待ちしております。
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