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第四章

第四章





翌朝、一行は決意を込めて町に入った。

最初から全員隠密の術をかけている。


城ぐるみだとしたら、当然兵士達も警戒しているだろう。

その城下町なら、普通に歩いているだけでも

当然危険となる。


一行はミクリィの祖父の言葉通り、城を目指した。

ミクリィの目には迷いがない。

真っ直ぐに前を見ていた。


「…お願いがある。あたしと爺を一対一で戦わせて」


とミクリィは朝、一行に言った。

それぞれ驚いたが、ミクリィの決意を見て承諾した。




城に着くや否や、その入り口に祖父は立っていた。

一応気づいてないようであるが、リーは隠密の術を解く。


「……姫様……」


気づいた祖父は、少しだけ悲しそうに剣を握った。


「来い、爺。あたしが、いや、あたしだけが相手する」


そう言って剣を握ったミクリィは

すでに祖父に仕掛けていた。


祖父は難なくこれを受け、剣を返すが、紙一重でかわされ

容赦なく次の素早い剣が降ってきた。


祖父は、ミクリィの動きが明らかに昨日とは

違うことを瞬時に悟る。

心の迷いがない剣は、ともすれば美しいとさえ見える

剣線をいくつも作った。


そして祖父もそれを見切る。互いの剣の応酬を

一行は見守った。


祖父が剣を振るえばミクリィが受け、返し

ミクリィが剣を振るえば祖父が受け、返す。


激しい金属音に兵達が集まったが、祖父の激しい

一喝により、加勢を阻止された。


何度目かの応酬の後、祖父の剣がミクリィの頬を薙ぐ。

その剣はミクリィの頬を浅く斬り、出血させたが

振り払いに通り過ぎて、祖父の手操にすぐには戻らない。


その隙目がけてミクリィは祖父に大きく剣を振るった。

祖父は目を閉じて、己に降りかかる刃を覚悟した。



ごん、と大きな音がした。

ミクリィは剣の刃でない方、つまり峰で祖父を思いっきり

殴ったのである。


峰と言っても重い金属の剣である。

たちまち祖父は頭を抱えてうずくまった。


「…あたしからの説教とげんこつだよ、爺」


言ってミクリィは剣を祖父に向けた。


…やがて祖父は剣を捨て、


「…参りました」


と言った。

一行はミクリィの勝利に沸いた。



と同時に、兵士達が一斉にリー達に襲いかかった。

あわてて祖父が止めるにも関わらず、兵士達は止まらない。


ミクリィはそのまま祖父を背に庇いながら

兵士達を峰うちにしてった。


だが、数が多く、相手の勢いも大きい。

その上、今祖父と戦った疲労がミクリィにのしかかった。

それでもミクリィは剣を振るう。


そして、少し遠くの兵士から放たれた弓がミクリィに迫った。

ミクリィは目の前の兵士を倒したばかりで

とっさに体が反応出来ない。


ミクリィは痛みを覚悟した。

瞬間、祖父がミクリィを庇って前に出た。


「爺―――!?」


祖父は満足そうに目を閉じた。



キン、と音がした。

祖父に痛みは走らなかった。


驚いた祖父が見ると、長髪の女性が手をこちらにかざしている。


リーが魔法障壁で矢を阻んだのである。

リーは祖父に女性と勘違いされたのだ。


そして次の瞬間、兵士達は床に倒れた。

すでにリーとミルファルによって倒されていたのである。


「ふう…こんなところかしら?」


ミルファルは鞭を翻しながら言った。


「大方は…ただ、あそこに大本がいます」


リーは城の窓の内側で笑っている者がいるのを

察知していた。

そしてその者は城の中へ消えていく。


「彼の者は、我が王にござります」


祖父が一行にひざまずいて言った。


「…なぜ、あたし達を狙った?」


ミクリィが聞いた。


「こちらが間違っていたとはいえ、手にかけようとしたのは

 事実、どのような処罰でも受けまする」


と前置きしてから


「王の命とあれば、自分が背けば兵士や民にまで

 王の権威はなくなるでしょう。権威がなくなれば

 民に混乱が生じます」


と祖父は述べた。

ミクリィは大体察しがついていたのか動じなかった。


「…なぜ父様はあたしの命を狙う?」


ミクリィは聞いた。


「自分には覚えはありませぬが、王は恨みがあると

 仰っていました」


「嘘だ!!」


思わずミクリィは声を上げた。


「はい、嘘だと思われます」


祖父は返した。


「……ど、どういう意味ですか……?」


セイファが聞いた。


「…王は変わってしまわれたのです。何やら怪しげな

 客から怪しげな品を渡されてからは、王は王で

 なくなってしまいました」


「…怪しげな品…」


思わずリーはつぶやいた。


「はい。今更自分が申し上げるのも恐れ多いながらも

 どうか王を救ってくだされ。王はもはや民にも正気の

 政を扱っておりませぬ。どうかなにとぞ願います」


言って祖父は土下座した。


一同の答えはあらかた決まっていたが

その前にミクリィが、


「…条件がある、爺もあたし達に協力すること」


と言った。

祖父は驚いたようであるが、同時に平伏すると


「…畏まりました」


と承諾した。







「ようやくこれで、怪しい品と王様に面会出来るのかしら?」


城に入ったリー達は王がいると思われる場所へ向かった。


「…おそらくは。しかし注意してください。

 ここは敵の懐の中です」


「対策班」のことを祖父に話すわけにはいかないので

リーは言わなかったが、もし、怪しい品を渡した客が

今回の事件の大本ならば、一筋縄ではいかない可能性がある。

リーは警戒を強めた。


「……え、えっと……ち、治療終わりました……」


「かたじけない」


「い、いえ……」


歩きながらミクリィと祖父の治療にあたっていた

セイファが治療を終えたようだ。

だが、その祖父の並々ならぬ威圧感からか、セイファは

ちょっと怯えている。


「王はおそらく珠玉の間にいらっしゃるはずです」


祖父は先頭に立って一行を案内した。


「……あなたの祖父って、何かすごいわね」


ミルファルがミクリィに向かって言った。


「あー、それ同感。あたしも昔いたずらしたら

 容赦なく痛いげんこつ降ってきた覚えがある。

 それにうちで爺は「鬼の老大将」って呼ばれてるから」


「…やけに納得の別名だわ」


ミルファルは苦笑いしながら首を振った。


やがて一行は、その部屋の前に立った。


瞬間、扉が吹き飛んで中から凄まじい力が

吹き飛んだ扉と共に襲いかかってきた。


轟音が辺りを埋め尽くす。力に触れた壁が

消えていった。


そして力が収まった時、一行の一番前で

手をかざしているリーがいた。


「…結構なお出迎えじゃない、まだ部屋に入ってないって

 いうのに」


ミルファルは部屋の奥を見つめた。


「いや、お見事。吹き飛ばせなかったとはな」


王は手に黒く明滅する物体を手に言った。


「――!!気をつけてください、あの黒い物から

 かなりの高密度な魔力の反応がします!」


祖父に気付かれないように、イルが全員に警告をした。


「…早いですね、もうビンゴですか?」


思わずリーは言った。


「何のことだ?」


王は返したが、リーは答えない。


「まさかお前が裏切るとはな」


王は祖父を見て言った。


「裏切ってはおりませぬ。間違った王を正しい道に導くのも

 家臣の務めでござりまする」


「間違っているだと?世を見てみろ、とっくに間違っている」


王は祖父に言った。


「はいはい、その元凶が出しゃばらないの。さっさと

 やられてくれない?」


ミルファルは鞭を翻しながら言った。


「娘よ、父に剣を向けられるのか?」


「すでに祖父に剣を向けたよ、あたしは」


ミクリィは剣を構えて言い返した。


「参らせて頂く……」


祖父は気迫をみなぎらせた。


「……気をつけてください。彼はどうやらあの物体に

 操られているようです。ですが彼自身から強大な力を

 感じます…。ミクリィさんとおじいさん、そして

 ミルファルさんが上手く連携しても厳しい相手だと

 思われます」


リーは冷静に相手の戦力をはかった。


「なら、あの物体を奪えばいいってこと?」


「いいえ、あの物体を奪えば、こちらが取り込まれて

 しまうでしょう。破壊したいのですが、簡単に破壊出来る

 とは思いません。破壊出来なければ、難しいですが

 彼を気絶されるしかないでしょう」


リーは戦闘目的を絞って一行に言った。


「…セイファさん、絶対にそばから離れないでください」


「わ、分かりました……っ!」


言って、リーは以前よりセイファ達に

抵抗がないことに気付いた。


(…お、おや……?)


ちょっと戸惑うが、戸惑っている場合ではない。

意識を集中させる。


「ふふ、来い!」


そして、戦端が開かれる。

戸惑う暇なく、その声が戦闘開始の合図となった。





「さっさと目を覚ませ!」


ミクリィから鋭い一撃が王に撃ち込まれる。

王は難なくこれをかわして波動をミクリィに撃ち込んだ。


瞬間、ミクリィは強い力に引っ張られた。

波動は壁を壊し、突き抜けてどこかへ行った。

ミルファルが鞭でミクリィを引き戻したのだ。


「こういう使い方も出来るってわけ。女だし

 鋭くも柔らかくなきゃね」


言ってそのまま王に叩きつける。

王は避けたが、体制が崩れた。


「失礼」


と言って祖父がそのまま剣を払う。

王から血がのぼった。

物体を庇い、あえて体を刃にさらしたのだ。


一瞬、それを見たミクリィと祖父の動きが

鈍くなる。


「これくらいで動揺するか?」


王はそれを見逃さず、波動を連発して叩きつけた。


動揺から意識を奪われていた二人は、何とか直撃は

避けたがかすっていた。

かすった部分から血が流れる。


それを見た王は満足げにうなずき、


「さっさと終わりにしよう」


と言って一気に力を開放した。


そして巨大な波動を瞬時に三人に叩きつけた。


その波動は大きすぎて避ける場所などどこにもない。

三人は波動に包み込まれた。


そして次の瞬間、王は倒れた。


「…そうですね、さっさと終わりにしましょう」


全員を魔力障壁で守ったリーは、余力を持って

王を気絶させていた。


「……はあ、やっぱこうなっちゃうか。…リーには

 かなわないな…。あたしももっと強くならなくちゃね」


ミクリィは苦笑いしてリーを見た。

祖父は何が起こったかよく分からないようである。


「だからこそ、リーなのよ。そんなリーは、私は

 大好きよ?」


と言ってウインクをした。

リーは対応に困った。


「は、はい……暖かいです……」


と言ったセイファはリーにしがみついた体勢のままだった。

波動から吹き飛ばされないように必死にリーに

くっついていたらしい。


「……はっ、す、すみません!え、えっと

 ち、治療します……っ!」


我に返って真っ赤になったセイファは、そのまま

三人の治療を始めた。


和やかなムードだが、リーは気を抜いていない。

まだ王の手には物体が残っているのだ。


瞬間、治療に向かっていたセイファ目がけ

物体から波動が放たれた。


「――危ない!」


「え……?」


セイファを庇ってリーは物体を見据える。


一行もまだ気の抜ける場面ではないと知って再び緊張した。


物体はそのまま王の手を離れ、浮遊し、そして

いつの間にかに浮かび上がったフードの男の手に収まった。


「……」


男は何も喋らないが、リーには男がひどく不気味に思えた。


そして男は城外の森を一瞥してから一行に背を向けると

そのまま歩きだし、そして溶けるように消えて行った。


一行はそれを驚きと共に見つめていた。







「あの者が品を王に渡した客でございます」


祖父は一行に言った。


リーは不甲斐なかった。いくら高密度な魔力に

阻害されていたとはいえ、隠れていた男に気付かなかった

のである。


いや、それともとリーは思った。

もしかすると隠れていたわけではなく、転移してきたのでは

ないか。

気配を察知出来なかったのはそのせいである。


それでも転移の気配もなかった。

リーはどちらにせよ、不甲斐なく思った。


「先ほどの正体不明の者に関する情報が集まりました。

 各地に出没し、様々な手段を使って魔力を強奪した

 形跡があります」


イルはリーに向かって言った。


「先ほどの高密度の魔力は以前、観測されたものと

 規模は小さくあれ、極めて似ていました」


「……では、あれが今回の大本、というわけですか?」


リーはイルに聞いた。


「…確証はないですが、可能性は極めて高いと思われます」


イルはそう返した。


「各地で強奪した魔力を一か所に集めていれば、それを

 気の遠くなるような長い年月をかけて繰り返せば

 観測された魔力の大きさにもなりえると推測します」


リーは少し驚いた。

プロテクトサポーターなどで遠回りしているかのように

思っていたのだが、今回は一直線に大本に突き進んで

いたのかもしれないと。


「先ほどの者の反応は消失しましたが、近くの森に

 かすかに魔力の揺らぎを発見いたしました。おそらくは

 その場所に潜んでいると推測します」


リーは男が消える前に森の方角を見たのを思い出した。

罠かもしれないが、イルの言うとおりそこが

潜伏場所、またはその出入口である可能性が高い。


「分かりました。……心強い情報、本当に

 ありがとうございます」


「…いえ」


リーは心から感謝した。


イルの顔が少し赤くなった。







王はしばらく昏睡状態にあるようだった。

セイファが薬を祖父に渡して、ミクリィが


「しばらく王が目覚めるまでは爺が政を行って」


と祖父に頼んだ。

祖父は一瞬ためらったが承諾した。











一行は祖父を城に置き、目的の森の手前で野営した。

疲労の回復と治療、そして強大な敵に立ち向かう前に

一呼吸を入れるためである。



リーも今回ばかりは自分も一緒に休息を

とった方がいいと思った。

野営地に結界を貼った後、リーも床についた。


「……リファインド様……」


そして、横になったリーをイルが呼んだ。

リーにしか聞こえない音量である。


「…なんでしょう?」


リーも声を潜めて聞き返した。


「……彼女達も、次の戦いに連れて行くのですか?」


リーは一瞬返答に困った。

確かに過去の戦闘を振り返ると、三人は成長してはいるが

リーには遠く及ばず、足手まといになることも多かった。


「……確かに、ここに置いて私一人で行くって手も

 ありますね……」


三人の命を大切に思うなら、ここで置いていく方がいい。

万一、リーですら手こずる相手なら、今度は

庇いきれなくなるかもしれない。

誰かを失う危険性がある。


「…ですが、確実に成長しています。今回は急で

 追いついていませんが、この世界にあった方がいい

 戦力でしょう。……連れて行こうと思います、それに……」


「…それに……?」


イルは続きを促した。


「……それに……上手くは言えませんが、何も言わずに

 行って、彼女達を裏切れません。ですが、言えば

 絶対反対するでしょう。命の危険を覚悟でついてくると

 思います」


リーはそう判断を下した。


「……そうですか…」


イルは嬉しいような、悲しいような表情をした。


「…………彼女達は……リファインド様の「仲間」ですか?」


少しの沈黙の後、イルは思い切って聞いた。


これは「支援」を超えた質問だとイルは思った。

思ったが聞かずにはいられなかった。


「…「仲間」……ですか……?」


言ってリーは考えた。

今まで「支援」以外、仲間などいなかったリーである。


考えて、考えて…。

そしてリーは答えた。


「……すいません、正直、分かりません。…「仲間」という

 ものを私自身、あまり把握していないので……」


「……そうですか…」


「…ですが」


リーは思った。


「…ですが…?」


イルは聞いた。


「…おそらく、いくらか感謝しているんだと思います。

 彼女達に対して…」


「……そうですか…」


イルは微妙な表情ながらも、少し微笑んだ。


「……そして、そのきっかけを作ってくれたイルさんにも

 感謝しているんだと思います…」


イルは珍しく、驚きをはっきりと表情に表した。

が、


「……しかし、彼女らをプロテクトサポーターに

 勧めたのは私です、ご迷惑ではなかったでしょうか…?…」


とためらいがちにリーに言った。


「……確かに、うろたえることは多かったですがね」


リーは苦笑いをした。


「……すいません…」


イルは頭を下げた。


「ですが、おそらく何か、それ以上のものをもらって

 いるのでしょう。そして、だからこそ、それに対して

 感謝してるんだと思います。…ですから、謝らないで

 ください。イルさんには本当に感謝しています」


「……そ、そんな……」


イルははっきりうろたえた。

イルの顔は真っ赤である。


「…ですが、それもちゃんと、任務を無事に終えてこそ

 意味のあるものだと思います」


リーは言った。


「…そしてそれも、無事に任務を終える手助けに

 なってくれることになるかもしれないって思います…」


言いながら、リーはそろそろ自分が就寝出来ると悟った。










リーは夢を見た。


夢の中のリーは、また昔のままのリーだった。

人々が行きかう中、苦しんでいるリーは倒れたままである。


通行人の中には両親の顔を見かけた。

両親はリーに気付くそぶりすら見せず、そのまま

通り過ぎた。


リーは激痛に襲われた。

だが、いくらもがいても痛みは治まらず

むしろ悪化していった。


痛みに耐えきれず、痛みに降伏しても

痛みは治まらない。

リーは苦しみもがいた。




すっと痛みがやわらいだ。

温かいぬくもりがリーに伝わった。


怪訝に思ったリーだが、辺りに人影は見えず

そこには自分一人しかいなかった。

だが、何かの気配がする。


その気配から優しい気がリーに送られてきた。

リーはその気配にあらがえず、安らぎと共に目を閉じた。






そこで目が覚めた。


そして目に入ってきたのはセイファの顔である。

セイファの顔が上にあった。


「……あ……だ、大丈夫ですか……?」


「……セイファさん…?」


リーは不思議に思った。

なぜセイファの顔が上にあるのかと。


「う、うなされていたので……だ、大丈夫ですか……?

 な、何か悪い夢でも……?」


「夢……?…!?」


はっとリーは気づくとセイファから起き上がった。

リーはセイファに膝枕してもらっていたのだ。


「す、すいません……というかなぜ膝枕を…?」


リーは疑問に思って聞いた。


「…あっ、ま、まだ寝てて大丈夫ですから……。

 ……え、えっと、昔おばあちゃんに私が悪い夢を見た時に

 こうしてもらったんです……。それで……」


「……そうでしたか…」


リーは納得したが、


「…感謝しますが、でも、重かったでしょうに、しかも

 若い女性が男性に対して、むやみやたらととる行為では

 ありません」


と困ったようにセイファに言った。

セイファは小さく笑った。


「…ほ、本当にリーさんってお堅いんですね……」


と言い、そして


「で、でも何だか温かくって……安心します……」


と微笑んだ。


「……かないませんね…」


リーは困ったように苦笑いした。


少しの沈黙の後、


「……り、リーさん、ありがとうございます……」


とセイファが口を開いた。


「…?いや、この場合礼を言うのは私の方では…」


セイファは首を横に振った。


「い、いえ、そのことではなくって…」


改めてセイファはリーを見た。


「い、今まで何回も、私はリーさんに助けてもらいました……。

 そ、それに、た、ただの道具屋の私を、リーさん達と

 い、一緒に旅をさせて頂いています……」


そしてまた、セイファは照れたようにうつむいて地面を見る。


「そ、その上、我が身をかえずに、り、リーさんは

 私達の世界を救おうとしてくれています……。

 そ、そんなリーさんと、皆さんと一緒にいることが

 わ、私には幸せなのです……」


セイファは目を閉じて、胸に両手をあてた。


「た、ただ町で道具屋をしているだけでは、み、皆さんと

 出会えませんでした……だ、だから改めて、お、お礼を

 言いたいのです……っ」


そしてまた、リーを見た。


「で、ですから、あ、ありがとうございます……っ!」


言ってセイファは頭を下げた。


言われたリーは驚いた。

これまで自分はただ単に任務をこなしていただけである。

礼を言われる覚えはない。


そう言ったが、


「い、いえ、それでもリーさんには……お……お礼を……

 いいたいの……です……」


と言ってそのまま目を閉じ、床に倒れた。

リーは少し驚いたが、セイファは穏やかに寝息を立てている。


どうやら夜中に目が覚めて、そのまま眠かったようである。

話していながらも眠気に耐えきれず、寝てしまったらしい。


リーは自分のせいでセイファを起こしてしまったと

そっとセイファに謝った。


「……感謝しているのは、セイファさんの方だけでは

 ありませんよ…」


と言いつつ、リーはセイファを魔法で寝床まで運んだ。

言われたセイファの顔が微笑んだ気がした。


そしてまた、リーも寝床に戻り目を閉じた。


もう悪夢にうなされることは少なくなるんじゃないか。

リーはそんな予感がした。









翌日、一行は森の魔力のひずみに向かっていた。


「……今回の相手は、「対策班」の任務の大本の可能性が

 高いです。相手は世界規模の戦力です。戦えば命がないかも

 しれません。…それでも来るのですか?」


とここに来る前に、リーは三人に聞いた。


「は、はい……っ!お、及ばずながら、いざという時の

 治療をします……っ!」


「足手まといになることは分かってる。でも、それでも

 行きたい。…いざとなったらためらわずに、あたしを

 見捨てて。それでも相手に一矢報いることくらいは

 出来るはず」


「同感ね。それに、リーが来なかったら、気づかなかったかも

 しれないけど、気付いてたら私達だけで戦わなきゃ

 ならなかった相手よ。どっちみち私は戦うわ」


それに、とミルファルは付け加えた。


「私はリーについて行くって決めたんだからね。

 例えそこが天国でも地獄でも」


そしてウインクをしてリーを見た。


「……かないませんね…分かりました…」


リーは首を振った。


「ですが、今回ばかりは私も保証しかねます。

 十分に注意してください」


と真剣に三人に言って、リーは同行を改めて許可した。





ほどなくして一行は、イルの報告地点に到着した。


確かに魔力のひずみがある。

それは微々たるもので、普通の者でも手練れの者でも

察知することは不可能であったが、リーは正確に察知した。


「……覚悟はいいですか?」


リーは三人に言った。


「覚悟って、何の覚悟?」


「決まってるじゃない。勝利後にリーを押し倒す覚悟よ」


「ふ、ふぇえええええっ!?」


三人のやり取りにリーは苦笑いした。

おかげで緊張が吹き飛んでしまった。


今までの任務に、強敵かもしれない相手と戦う前に

こんなに余裕のある心で行けた事があっただろうか。


少なくとも、リーにはそのような経験は

なかったように思った。


リーは三人にそっと心の中で感謝しつつ

息を再び吸い込んで、


「…では……これより魔力のひずみの先へ……

 これにつながっている先へ……行きます!」


と言った。


「お気をつけて…」


チップからイルの心配そうな声が聞こえた。




魔力のひずみは「ゲート」とも言われ、扉のような

ものである。

それは離れた場所と場所をつないでいることが多い。


一行はほどなくして、薄暗い場所に到着した。


そこは闇しかなかった。


上も見ても下を見ても、前を見ても後ろを見ても

どこまでも続く暗闇が続いているだけである。


「あら、夜かしら?」


「…いいえ、こういう空間なのでしょう」


リーは見切った。


ただの夜ならば、味方の位置を普通に把握出来るが

この闇のせいで、味方の位置を知ることを阻害されている。


リーはとっさに辺りを照らした。

一行の姿かたちが明確に映し出された。


「それにしても、ここの主は留守?」


ミクリィがきょろきょろと見回して言った。


「……いえ、お出迎えのようです」


リーは真っ直ぐ前を向いて言った。


リーの前にフードの男がいた。

こちらをじっと見つめている。


念のためにと隠密の術を全員にかけておいたが

どうやら見破られているようだ。


リーは緊張した。



リーの術を見破れる者は、「裁断」のメンバーの何人かと

世界規模の異変を起こせるクラスの者に

いるかいないかである。


例外にミルファルがいるが、彼女の場合は

単ににおいだった。

男は視線で真っ直ぐにこちらを見ている。


一行は構えた。

言葉は不要。

というか向こうが何も喋らなく、また喋れるのかも

分からない。


構えた一行に対して男は薄く笑い、何かを投げる

ジェスチャーをした。


瞬間、例の黒い物体の何倍も大きい、その黒い物体が

一行の前に立ちふさがった。


瞬間、ものすごい圧力がかかったように

一行は感じた。


「――危険です!その物に込められた魔力量は

 計測された魔力と同じ、いえ、それ以上に高い魔力が

 込められています!」


イルが叫んだ。


計測された魔力というと、複数の世界をまとめて

消し去る威力があると言われた。


そして、それ以上ということは、その気になれば

この空間ごとリー達を消すことなど容易いだろう。


リーの額に汗が流れた。



物体は意志を持っているかのように動き回り

魔法の雨を一行に振らせた。


それもとにかく強力で数が多い。

ミクリィもミルファルも回避に徹するのみである。

反撃の機会が、全くと言っていいほどにやってこなかった。


リーはセイファを庇う必要があるので、回避はせず

その魔法を受け止め続けていた。


そして受け止めて愕然とする。

今までどんな攻撃、特に魔法であれば

ほぼ無効化してきたリーだが、少し手傷を負ったのだ。

リーは更に気力を高めて集中した。


男の方は離れた位置にいるまま動かない。


それを見たリーは不思議に思った。


男から全くと言っていいほどに何も感じないのである。

生体反応も敵意も意思も存在自体も、何もかも。


闇に阻害されていても戦闘開始前には

常に感じていたが、今は何も感じなかった。


そして、その感じていた気配は物体にあることを

リーは気づいた。


リーは直感した。

おそらく男と物体が同化しているのだろう。

だが、こちらが男の本体を叩く暇を作らせてくれるとは

思えない。


男の位置は遠くにあり、闇があり、そして物体がある。

簡単には手出し出来なかった。


「――っ、ここまで来て、なんの手ごたえもないまま

 負けるわけにはいかないって!」


ミクリィが魔法の雨を気合で抜けて

剣を振るった。


「同感ね。……それに、こういう輩にはきついお仕置きが

 必要と決まってるのよ」


ミルファルが魔法の雨の間隔を見切って

鞭を振るった。


「お、お二人とも……頑張って……!!」


セイファが二人に声援を送る。

二人の動きが加速したかのように見えた。


そして何回か、剣にも鞭にも手ごたえを感じた。

だが、物体は弱まる気配はない。


そして急に物体は、魔法の雨を振らせながら

もの凄い勢いで二人にぶつかり、二人を突き飛ばした。


「――ミクリィちゃん、ミルファルさん!」


セイファが叫ぶ。

リーはセイファを守るのに精一杯で

二人の援護には回れなかった。


「――っ!」


「――!?……こ、このくらいなんだって言うのよ……!」


二人はうめいた。


「……わ、私はリーについていくって決めてるの……!

 …そして、リーの周りの幸せを邪魔するものから……

 リーと皆を……守るんだから……っ!!」


ミルファルは一瞬、そこから消えた。

次の瞬間に、目にも止まらぬ鞭の早業を物体に叩き込んだ。

どうやら今まで本気を隠していたらしい。


しかし、全て直撃しているにも関わらず

物体には傷一つつかない。

結局ミルファルは魔法の雨に倒れた。


「ミルファルさん!!」


セイファがミルファルに向かって叫んだ。


そして、物体の注意がこちらに向いたと

リーは察知した。


ふと、足元にミクリィの剣が転がっているのを

リーは見つけた。

先ほど吹き飛ばされた時に飛んできたらしい。


瞬時にリーは判断した。

相手はあれだけ二人が攻撃しても傷一つない。

それに、複数の世界を消滅させる魔力を相手に

まともに戦って勝つことは、リーにも難しいように思えた。


一瞬のうちにリーにある戦術が浮かんだ。


そしてその戦術を使う決心をすると同時に

リーは三人とイルに対して心の中で詫びた。


「セイファさん、終わったら二人の治療を頼みます…!」


と言ってリーは結界の中にセイファを閉じ込めた。

セイファは驚いた。


そしてリーはそのまま床の剣を手に取る。


「……ありがとう、私は「仲間」を得られて幸せでした」


と言うと、リーはそのままその剣で

自らの体を貫いた。


セイファとイルが悲鳴を上げた。


物体は、大量のリーの血を浴びた。

そして、そのまま何かに苦しんだかと思うと

やがて地に落ち、動かなくなった。



リーは血を触媒とした、非常に効果のある術を使ったのだ。

代償が大きい分、威力も高い。

その上、量も多かった。


確実に物体に勝つためには、この方法しかないことを

リーは悟ったのだ。


案の定、物体は停止し、男も倒れて灰に帰った。

この術を破れるものは例え「裁断」のメンバーであっても

不可能だろう。

リーは最後の手段を「仲間」のために使ったのだ。



結界の解かれたセイファが、泣きながら自分に

駆け寄ってくるのを、リーはぼやけた視界の中に認識した。


リーは薄れゆく思考の間際に、ミクリィとミルファルの

無事を祈った。
















「リファインド様、こちらの世界越えの受け入れ準備が

 整いました」


「…分かりました」


一行は、初めてリーがこの世界に来たときの

森に来ていた。


「えーもう出来たの?もうちょっと伸ばしてよ、イル」


「いいえ、準備が出来ました」


「あら、残念。つれないのね」


「あ、あはは……」


今日は、リーが元の世界に帰る日である。

三人はリーの見送りに来ていた。







あの後、リーは森の中で目覚めた。


見ると、三人共泣きそうになった顔でこちらを

覗き込んでいたが、リーが目覚めると、喜びで本格的に

泣き始めた。


リーはなぜ自分が生きているのかが不思議だった。

大量の血に魔力を載せて相手に放ったため、リーの

魔力もほぼ空になっており、自らに回復魔法をかけること

すら出来なかった。


リーは確実に自分は命を失うと思っていた。


「……い、イルさんが、私に回復魔法を教えてくれたんです…」


セイファが答えた。

元々回復魔法が使えそうな気配がしていたセイファに

イルが窮地で頼んだところ、本当に使えて

それでリーは助かったという。


「わ、私だけじゃありません……み、ミクリィちゃんと

 ミルファルさんからも力をもらって、や、やっと

 出来たんです……」


最初はセイファ一人では無理だったが、三人手をつないで

セイファに力を送ったところ、なんとか使えたらしい。


リーは三人に命を救われた事を知った。


「バカっバカっ!!リーのバカーーー!!何でそんなこと

 したのよでも生きててよかった、わーーーーんっ!!」


中でもミルファルの取り乱しっぷりは

想像を越えて凄まじく、リーを唖然とさせた。


したが、同時に安堵し、少ししてリーは再び気を失った。


(……良かったです、みんな無事で……)


失う間際、リーはそんな事を思った。








「……本当にありがとうございました。皆さんがいなかったら

 私はここにはいられませんでした。本当に、本当に

 ありがとうございました」


リーは深く頭を下げた。


「そ、そんな……っ、わ、私達の方こそ、い、いっぱい

 助けられて、め、迷惑もかけちゃって……!」


セイファはあわてた。


「そうそう、リーがいなかったら、今ここに

 全員いなかったよ。……もしかしたらこの世界も」


ミクリィはうなずきながら言った。


「そうね。私達はリーの命の恩人であると同時に

 リーは私達の命の恩人なのよ。…それでいいじゃない?」


ミルファルはウインクをしながら言った。


「…僭越ながら、私からもお礼を言わせてください」


チップから声が聞こえた。


「…リファインド様を助けてくださって、本当にありがとう

 ございました」


イルは深く頭を下げた。


「気にしないで、というかイルも恩人だよ。イルが

 いなかったら出来なかったんだから」


「そうね、誰かこの中の一人でもいなかったら、今ここに

 全員いなかったんだから」


「は、はい……で、ではみんなが恩人同士ってことですね……」


三人は笑顔で言った。


「……ありがとうございます…」


イルは照れたように赤くなった。

しかし、画面の外で声がしたと思うと表情を戻し、


「それでは残念ながら時間です。リファインド様、ご帰還

 願います」


と言った。

いよいよお別れである。


「…分かりました」


うなずき、リーは地面に書いた魔方陣の真ん中に立った。


「……やっぱり、私は連れて行ってくれないの?」


ミルファルがすねたように言った。

だが、


「でもいいわ。それなら私は私で「対策班」の

 一員になって見せる。それでリーについていくんだから」


と言った。


結局三人の記憶は消さないことにした。

リーが三人を信じた証でもある。


そしてリーがこの世界に居続けることは出来なかった。

脅威が取り払われた今「裁断」のメンバーが元の世界

ではない場所にいることは、その力の大きさゆえ

世界の均衡を崩しかねないのだ。



「で、でも……や、やっぱりそれ以外では、も、もう

 私達とは会えないんでしょうか……っ?」


セイファが悲しそうに言った。


「私も、いや。剣ももっと教わりたい。もっとリーと

 みんなといたい。でも……」


ミクリィが地面を見た。


それを見たリーは、三人に微笑んだ。


「……皆さんにお願いがあります。…もし、いつか

 他の世界で異変が起きて、私が任務に就いたら……

 また協力してくれませんか?」


とリーは言った。

三人とイルは驚いた。


「り、リファインド様!?そのような事例は前代未聞です!

 第一、何人もつれての世界越えの魔力消費量は

 いかりリファインド様でも消耗してしまいます!」


と言ったが

リーは首を振って、


「大丈夫です。消耗で済むならそれはまた回復します。

 そしてその消耗の代わりに彼女達が戦力として

 来てくれるのなら、安いものです」


と言った。


「……まあ、本当ならそんな危険な異変など

 起こらないに越したことはないんですがね」


と苦笑いした。


「い、いいんですか……?」


とセイファはリーに聞いた。


「こっちがお願いしているのですから、いいに決まってます」


とリーは答えた。


三人は喜んだ。


イルも渋々と言った様子だが、承諾してくれたようだ。


「……分かりました。有事の際は三人に連絡を入れます。

 そのチップもそのまま持っていてください」


と三人に言った。

チップは「対策班」の秘密に大きく関わるもので

任務終了後に回収する予定だったが、これも

リーとイルが三人を信じた証である。


「…分かった、大事に持ってる」


ミクリィは真っ直ぐに言った。


「い、いつでも連絡……待ってますね……っ」


セイファは胸に手を当て、そして両手にしっかりと

チップを持って言った。


「今すぐにどっかで異変起きてほしいわね」


チップを持ったてを宙に上げながらミルファルは言った。

一同に笑いが沸いた。


ひとしきり笑った後、リーは


「…それでは、またいつか」


と世界越えの術を発動させた。


三人の前に、リーを中心として魔力の渦が発生する。

それは風圧となって三人を包んだ。


そしてリーはしずかに


「…皆さん……本当にありがとうござ……いや」


それでもはっきりと三人に聞こえる声で


「…ありがとう、助かったよ、みんな…」


とリーは言った。


三人は一瞬驚いたものの笑顔で、


「どういたしまして」


と答えた。


「…それでは、また会うときまで健在でいてくださいね」


リーは三人に言った。


「なんだ、結局敬語に戻っちゃうの?」


ミクリィが笑いながら聞いた。


「はい。やっぱりこっちの方が使い慣れるのと

 この方が私らしいですから」


と言ってリーは笑った。

三人にも笑いがこぼれた。


「…では」


と言って、リーはその場から姿を消した。











AYND-R- 完










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