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北畠への謀略2

永禄9年7月 多芸御所 大広間


「御所様。ここ数カ月、火付けが頻発しております」


御所とは北畠具教のことである。

家督は息子の具房に譲っているが、実権は具教がいまだに握っていた。


「うむ。それは聞いておる。先頃、この多芸の付け城でもあったの」


「大河内城、坂内城、阿坂城なども火付けに合い申した。砦を含めますと、十を超えまする」


「わしの木造城もあったわ。米蔵や馬屋が焼けて難儀しておるよ。全く」

ため息交じりで気の抜けた発言をしたのは、具教の弟で一族衆の木造具政であった。

どうもこの木造具政は、抜けたところがある。全く空気を読めていない。


「それで?」

具教は、具政を睨み尋ねる。


「は?」


「何か掴んだのか?」


「・・・。!?」

具政は具教の言わんとすることが分からず、具教の顔を見た。

そしてハッとする。具教の顔には青筋が走っていたのだ。具政の背中に冷や汗が流れる。


「それほどの被害を受けたからには、当然何処の仕業か調べたのであろうな?」


「・・・。申し訳ございませぬ」

具政は答えることができなかった。

修復するのにかまけて、何もしていなかったのだ。



「御所様」

家老である水谷刑部が答える。

具教は、刑部の方を見た。


「その件に関しては、私のもとに報告が入っております。伊賀忍者の仕業でないかと」


「伊賀忍者?」


「はっ。火付けの手口に伊賀の特徴がみられるとのこと。百地党のものとみられる燃え滓も見つかっております」


「ふむ」


「おそらく、どちらかの大名からの依頼を受けてありましょうが」


忍者衆というものは、自らの意思で動くことはまずない。忍者の集団は大きくても数百の程の雑多な勢力である。

大名や商人などの依頼を受けて工作や妨害、護衛などを引き受けていたこと多かった。

土豪や野武士の類と同じで、扱いは極めて低かった。


「だが由々しき事態である。

たかだが忍者如きにこけにされ放置しておいては、我が北畠の沽券にかかわる。

中将殿、伊賀に攻め込み鉄槌を加えてきなされ」


「はっ」

具房は父に向き合い頭を下げた。


「お待ちくだされ。伊賀は隘路に次ぐ隘路。攻略は困難を極めますぞ。

伊賀についてはそれがしにお任せくだされ。話をつけて参りまする。」

あわてて、木造具政が声を上げた。伊賀は木造ら中伊勢の管轄である。

少なからず交流もあり利権もある。勝手に踏み込まれては困るのである。


だが、その言葉は具教を不機嫌にするだけであった。

具教は具政を睨みつけ、声を荒らげた。


「ならば、汝も具房殿に呼応して伊賀に攻め込まれよ!急ぎ城に立ち返り支度をされい!」


「(くっ。)か、かしこまりました。しからばご免」

具政は苦虫を噛んだような表情をしながら平伏し、あわてて大広間を出て行った。

他の者が侮蔑の視線を送る。



具教は、改めて具房と向き合い声をかけた。

「中将殿。存分に手柄を立てられよ。だが、無理強いはなされぬな。

北畠の力を見せつけてくるだけでよい」


「はっ。承知致しました」



***


北畠具房は御家人衆ら3千を率い多芸御所から北上し、伊賀に攻め込んだ。

時を同じくして、木造具政も中伊勢の国人衆を加えて同じく3千を率い攻め込む。

ただ木造勢の動きは鈍かった。彼らは伊賀忍者の屈強さを十分に知っていたし、できるだけことを荒立てたくなかったのだ。


一方、北畠具房は張り切っていた。

家督を継いで以来、初めての大戦である。家臣より「新御所」とも呼ばれるが、実権は父具教が握っており、実際は若殿扱いである。

父に自らの力を見せつけたい一心であった。


伊賀に入りすぐに百の程の小勢に襲われたが、即座に先陣が応戦すると敵は一目散に逃げ出した。

その後も数度襲撃を受けたが、難なく蹴散らすことができた。

具房の軍勢には「伊賀衆、当たり易し」と侮る空気が流れ、具房に「このまま一気に伊賀を乗っ取りましょうぞ」と進言する者が現れる程であった。



***


永禄9年7月25日朝 多芸御所 北畠具教居室


具教は桟敷に降り、剣の素振りをしていた。

朝欠かさず行う日課である


「申し上げます」


そこへ近習が走り込んできた。


「何事だ」


朝のひと時を邪魔され、不機嫌に顔も向ける。


「御所様、一大事でございまする。中将様の軍勢が壊滅したとの知らせが」


「何!」


具教は近習を鋭く睨みつけ言い放った。

近習は当代随一の剣豪に睨まれ縮み上がる。しかも具教は剥き身の剣を持っているのだ。


「みっ、皆様。大広間にてお待ちで・・・ございまする」


なんとかそれだけ声に出し、平伏し縮こまっていた。

具教は、剣を仕舞い大広間に向かった。



***


「一体何があった。申せ!」


具教は、大広間に入るなり言い放った。


「はっ。中将様が軍勢が壊滅とのこと」

家老の水谷刑部が答える。


「それは聞いたわ!中将殿、具房殿は無事か!」


「はっ。先に戻って参った報告によりますと、命は取り留めたものの瀕死の重体とのこと。生き残った兵とともにこちらに向かっておられます」

刑部は努めて、ゆっくりと話す。

怒る具教を収めることが第一だからだ。


「急ぎ迎えの隊を差し向けよ!」


「ははっ」

あわてて、何人かの部将が出て行った。



「しかし、順調に進んでおったのではないのか?」


具教は少し落ち着き、刑部に問いただした。


「は。それが・・・。

折からの暑さで、中将様が木陰でお休みになられていた所、突如忍者が降ってきたとのこと。

家人が身を挺してお守りして直撃は免れたものの、右太腿を切られたそうでございまする」


「同時に四方より襲撃され、お味方は大混乱に陥り兵は散り散りに。

 中将様が重傷を負われたため即座に退却を決めたそうですが、その後も執拗に襲撃を受け、ついには壊滅状態に陥ったとのこと」


「しかし、無理はするなと言いつけておいたはずではないか?」


「はっ。攻め込んだ当初、伊賀衆は当たるだけですぐ逃げ去ったとのことにございます。巧妙に誘い込まれていたのかもしれませぬ」


「ふむ」


「それに・・・。中将様は気負われていたのかもしれせぬ。

家督を継いで以来、いつも思い悩んでおいででした」


「そうか」




***


数日後、具房は敗残兵につれて帰還した。

多芸御所までたどり着いた兵は千に満たず、多くの者が傷ついていた。


具房は輿に乗せられ運ばれてきたが、まさに死にかけていた。

右太腿は半分断ち切れた状態であったので戦場で切断したが、その後の満足な手当てができず膿んでいた。出血もひどい。


「父上・・・。申し訳ございませぬ。多くの・・・者を・・・、死なしてしまい申した」

具房は、朦朧とした意識のなか、父を見つけ謝った。


「しゃべるでない。今はゆっくり休め。早う薬師を」


「はい。・・・」

具房は、そのまま意識を失った。


数日後、具房は懸命な処置によって一時意識をを取り戻したが、しばらくして破傷風による高熱を患い亡くなった。享年20。



当主具房を失った北畠家は、前当主の具教が当主の座に再度就任した。

具房には子供はなく、具教の三男もまだ幼なかった。


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