北畠への謀略1
伊勢攻め本格化
永禄9年4月 信貴山城 茶室
「ふう」
俺は、濃茶を飲み一息ついた。
「お茶がおいしい。癒され申す」
今日は、俺と道意殿2人だけの一客一亭の席だ。
茶室は平素の居室から離れていて、日常から離れることができることができる。気持ちを切り替えるのに丁度良い。
茶室の亭主である道意殿は御伽衆で良き相談相手でもある。
「何か思い悩んでいらっしゃる様子。いかがなされた」
「・・・。道意殿には隠せませぬな。北畠攻めのことです」
「火付けの件や北畠政成への調略は、滞りなく進んでいると聞いているが」
風の強い日を見て、霧山城への火付けを行うこと。北畠一門である北畠政成を調略し裏切らせることは決まっている。
「いや。懸念は、当主である北畠具教殿です。火付けが成功し霧山城が焼け落ちたら・・・」
「当然、大河内城に移るだろうな」
大河内城は、霧山城から下り伊勢平野に入るところにある城だ。天然の要害であり、攻めるのは困難を極める。史実でも織田信長が万の兵で包囲し降参させるのに50日もかかった。しかも落城させたのではなく、自らの息子を具教の養子に入れて降伏させたのである。
「彼の御仁に大河内城に籠城されたら、攻め落とすのは至難です」
「うーむ、なるほど。だが北畠が城は一に霧山、二に大河内。他に誘導するすべはないぞ」
「安濃津でも行ってくれればいいのですが」
「あそこは具教の息子とはいえ、他家である長野家の城。それは無理だ。いっそのこと、大河内を先に焼いちまうか?」
道意が冗談交じりで言う。
「それこそ、無茶というものにて。できるものならやりたいですが」
俺も笑う。
「とすると・・・」
俺と道意が見つめ合う。考えることは同じだ。
「 ・・・、 殺るしかない。か?」
「しかし、彼の御仁は、斬るのも至難ぞ」
北畠具教という人は、本当に厄介だ。
北畠は南北朝時代の北畠親房以来の朝廷の功臣であり、具教自身も権中納言である。また、香取神道流の塚原卜伝から直々に教えを受けた剣豪でもある。具教の時代になって、北畠は大きく力を盛り返し伊勢志摩をもとより大和伊賀まで影響を与えるようになった。その上、上泉信綱など当代の剣豪とも交流もある。とんでもない傑物なのだ。
「斬れる人物がいるとすれば、柳生しかない。だが柳生庄を安堵するなどそれなりの見返りが必要だぞ」
柳生は土豪である。利をもって話せば可能ではある。
柳生一族は松永家に仕えていたこともある。
「策を練ってみますが、やむを得ない場合はよろしく頼みます」
そう言って、俺は頭を下げた。
悩みは尽きそうもない。
****
居室に戻った俺は、小間使いの楓を呼んだ。
楓は伊賀藤林の女忍者で、藤林との連絡係でもある。
妾である茜の昼間の姿なのであるが・・・。
「楓。長門殿と連絡を取ってほしい。できれば、直接会いたい」
「はい。かしこまりました」
楓は、平伏した後、すっと立ち上がる。
俺は楓の後姿をじーっと見つめる。
うーん。やっぱいつ見ても美しいなあ。すらっとしてるのに、出てるところは出てる。
今夜、茜に慰めてもらおうかな。
すると、視線を感じたのか、楓が振り向いた。
ドキ!!
「殿?なにか?」
「あ、いや。なんでもない」
楓は、そのまま出て行った。
やばかった。
鼻の下は伸びてなかった、と思う。
***
その夜
ふと、気配がして跳ね起きると、忍者が天井から降ってきた。
横に転がり、あわてて太刀を取る。
「何者だ」
俺は、思わず叫んだ。
「わしでござるよ」
忍者は頭巾を取った。藤林長門であった。
「長門殿。冗談はよしてくだされ。もう少しで斬るところでしたぞ」
「ふっ。藤勝殿に斬られるなど、わしが老いぼれてもないわ。ま、なかなかの身のこなしであったがの」
くくく、と小馬鹿にするように笑う。
「・・・」
めっちゃ、なめられてるな。
ま、正直勝てる気はしない。悔しいけど。
「天井裏には、見張りがおったはずですが?」
俺の寝室の天井裏と床下は、女忍者が交代で見回りをしている。
「天井にいたネズミか?眠らせておいたわ。
まだまだ未熟よ。今度、鍛え直さんといかんの」
わはは、長門はひとしきり笑った。
俺はジト目で長門を見るが全く気にしていないようだ。
ちなみに、女忍者は皆、藤林の者である。並の忍者が頭目に勝てるわけもない。
「お呼びしだてした件ですが」
「ああ、北畠の件ですな」
「道意殿と話したのですが、北畠は強大。特に当主の北畠具教を除くのは、難しい」
「確かにそうですな。並の者では、暗殺するのも難しかろう」
「それに中納言の地位にある人間を闇討ちするのもよくはない。何か策はないでしょうか?」
具教は当代の剣豪を援助し支持もあり、それなりの地位のある人間を暗殺するのはまずい。方々から非難の声が上がるのは、間違いない。
没落した名前だけの守護とかを殺したくらいなら何のことはないが、北畠はそうではないのだ。
「そうですな。こんな手はいかがですかな」
長門は、ニヤニヤしながら言う。何か面白いことを思いついたらしい。
「なんでしょう」
いやな予感しないのだが。
「北畠の砦や城に火を付けて回り、伊賀忍者の仕業との噂を流さばよい」
「そんなことをすれば、北畠が伊賀を攻めるのではないですか?」
「さよう。具教殿は激情家でもある。必ずそうなる。
だが、それこそ思うつぼよ。存分に攻めてもらえばよい。初めに動員できるのは五千くらいであろう。それくらいで伊賀が落ちるわけもない。
一度失敗すれば、今度は具教殿自らが出陣することもあるかもしれん」
「具教殿自ら来れば、付け入る隙はいくらでもあると」
「さよう。討つことはできぬも傷を負わすことは可能だろう。それに伊賀で戦うのは、南の百地一派が中心になる。奴らの力を削ぐこともできる」
「ほほ。一度で二度おいしいですね。
うまく行けば、北畠が何千もの兵を失うことになる。もし具教殿を討ち取れれば、正に北畠は窮地に陥り南伊勢の一部を守ることで手一杯になる」
「それに、織田が伊勢攻めの準備を本格化させているとの情報を流せば、北畠の気を北伊勢に向けさせることができよう」
いずれ、織田が伊勢を攻めることは周知の事実であるし、信憑性は高い。
永禄9年末には、信長の美濃攻めは稲葉山城を残しほとんど終わっている。
稲葉山城を落としたら、即伊勢に攻め込んでいるので、既に相当の準備を終えていたはずだ。
「そうなれば、後方の霧山城は手薄になり攻め取るのも容易になりますな。霧山城を焼かずにおけるなら、それに越したことはない」
霧山城は、大和と伊勢を繋ぐ要所である。冬も雪が少ないので、常時軍事行動が可能。利用価値はいくらでもあるのだ。
「だが・・・」
「なんですか?」
「さすがに、具教殿自らが来れば、伊賀忍者だけでは辛い」
「わかりました。その時は筒井の荒武者共を手伝いに行かせましょう。北畠の精鋭とやれるなら、彼らも喜んで行くはずですから」
最近、歯応えのある相手との戦に飢えてるからな。
そうだ。宝蔵院胤栄のところにいる、可児才蔵にも行かせてみよう。己の実力を知るには、いい機会になるだろう。
「承知致した。では、これにて」
と、言うなり、長門は音もなく消えてしまった。全く恐ろしい相手だ。
ただ話してただけなのに、どっと疲れてしまった。
今夜は、茜に癒してもらおっと。
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