挿話1 沼田祐光の旅
水軍設立における沼田祐光視点の話です。
意外にも反響が大きかったので。
私は、名を沼田祐光という。
かつては、幕臣の細川藤孝様にお仕えしていたが、今は縁あって筒井大和守藤勝様にお仕えしている。
細川藤孝様には大変よくして頂いた。多くの学問を修めることできたのは、藤孝様のお陰だ。感謝している。
たが、私には細川家に良い未来を見いだせなかった。なので出奔した。
頂いた御恩を返すためにも藤勝様の下で活躍し、大きな男になろうと思っている。
藤勝様は、堺の商人今井宗久殿とお話をされている。
なにやら水軍設立の話らしいのだが、海のない大和の領主が水軍とは。突拍子もないことを考えられる。正直訳が分からない。
襖が開き、藤勝様の近習が入って来た。藤勝様が呼んでいるという。急に何だろう。
近習に付いていくと、途中で白井宗幹殿とあった。彼も殿に呼ばれたという。
宗幹は安芸白井家の血を引く男だ。年は私の1つ上。槍の名手だそうで、今は佐武義昌様の下で働いている。まあ、どうでもいいことだ。
近習に導かれ、殿が今井殿と面会されている書院に、宗幹と共に入る。
「殿、お呼びでございますでしょうか」
「祐光。そちは天文道に通じているそうだな」
藤勝様は、私を見ていきなりおっしゃった。
「はい。京にいた頃に陰陽師の阿倍様と関わりがございまして、教えて頂いたことがございます」
昔、藤孝様にお仕えしていた時に、陰陽師の阿倍様にお会いしご教授いただいたことがある。天文道は陰陽道の基本だ。でも、それがどうしたんだ。
「よかろう。そちをこちらの九鬼嘉隆殿の与力とする。嘉隆殿の下で大いに力を発揮せよ」
なんだって!?殿は、私を筒井から追い出すおつもりなのか。
そんな馬鹿な。私が何をしたというのだ。
怒りがこみ上げ、涙が出そうになるが、必死にこらえる。
「そんな!私は殿の下で働きとうございます」
涙をこらえて真っ赤な顔になり、頭を擦り付ける。
絶対に嫌だ。今、殿の元から離れたくない。
「嘉隆殿には我が筒井や津田殿、今井殿が投資する水軍を率いて頂く。その嘉隆殿が、天文に通じるそちをぜひ欲しいというのだ。
お前は嘉隆殿を助け、日の本一の水軍を作るのだ。もちろん、我々が後ろ盾になって、助けていく。よいな」
殿は声を落とし、私を諭すようにおっしゃる。
「・・・。はい、御意にございます」
殿のおっしゃることは主命だ。従うほかはない。
絶望的に気分になりながらも、私も頭を下げた。
***
私は、藤勝様の前から下がり、自室に戻ってきた。
呆然としていた。頭を抱え、物思いにふける。
なぜだ。なぜなんだ。
しばらくして・・・。
「邪魔しますぞ」という声がして、いきなり1人の男が入って来た。
びっくりして、男の顔をみた。思わず刀を握る。
男は勝手にずかずかとは言ってきて、どかっと私の前に座った。
先程、藤勝様から与力をせよと言われた、九鬼嘉隆であった。
「お主が、沼田祐光殿か。改めて、挨拶いたす。九鬼嘉隆でござる」
「・・・」
私は、混乱し固まっていた。
「・・・。おい!俺がご丁寧に頭下げてるのに、挨拶もねえのかよ、てめえ!」
はっ、として頭を下げた。
「・・・。沼田祐光です」
何なんだ。この男は。無礼な奴だ。
祐光には、嘉隆は只の粗暴な男に見えた。見下すを心が顔に出る。
だが、それは嘉隆にはすぐ伝わった。
「てめえ!しけた顔しやがって。俺はそういう顔した奴が一番嫌えなんだよ!」
バキッ!
いきなり胸ぐらを掴まれ、殴られた。
殴られた私は、不覚にもはひっくり返ってしまった。口の中を切ったのか、血が垂れる。
血を手で拭い、嘉隆を睨みつける。
「おっ!そんな良い眼もできるんじゃねえか」
嘉隆は、にやりと笑う。
私は、嘉隆を睨み続けている。
「すまねえ。つい手が出てしまった。どうも喧嘩早くていかん。
詫びの代わりに、おめえも俺を殴れ」
何だと、殴れだと。舐めやがって。
私は真っ赤になり、力一杯嘉隆を殴りつけた。だが、嘉隆は少しぶれた程度で、倒れはしない。
「その程度か」
「まあ座れや。ゆっくり話そうぜ」
と言って、嘉隆は腰をおろした。
全く失礼な。ここはもともと私の部屋だ。
「出て行け」
と、言おうとしたことろ、嘉隆が口を開いた。
「藤勝殿の気持ちも分かってやってくれよ」
「殿のお気持ち!?
私を筒井から追い出し厄介払いしたではないですか。才能ある私を」
ムカッとなって、つい口に出してしまった。
「ふん。てめえの才能って何だ」
嘉隆は、薄ら笑いを浮かべながら、私を見る。
「私には、人よりも優れた教養や知識がある」
藤孝様の元にいたころに、藤孝様や多くの方から教えを請い、多くの知識を得た。
「増田長盛殿や本多正信殿のような実績か何かあるのか?」
「・・・」
言われてみれば、藤孝様や藤勝様のお手伝いをしていたくらいで、独自のものはない。
「剣術にも自信がある」
香取神道流の使い手である藤孝様の稽古の相手をつとめていたこともあるのだ。
「ほう。名のある武将を討ち取ったことがあるのか?おめえ」
「ぐっ」
確かに、戦にほとんど出たことがない。
「なんもねえじゃねえか」
嘉隆は、手を広げ、小馬鹿にするように言った。
「私だって、機会があれば手柄をあげて見せる」
キッと、嘉隆を睨みつける。
「何もわかってねえんだな。おめえ」
ハア、と、嘉隆はため息交じりに言う。
私は、「何を!」という顔で見返した。
「おめえ、藤勝殿が何と言ったか、覚えているか?」
「藤勝様は、「嘉隆殿の与力をせよ」、とおっしゃった」
「与力、ってなんだ?」
「与力は・・・、あっ!」
「そうだ。俺の家臣になれ、と言ったんじゃねえ。おめえは、筒井家の家臣のまま、俺を元に来るんだ。
いうなれば、筒井からの監視役よ。信頼のない奴に任せられる役かよ」
「・・・」
「藤勝殿は、おめえの才能や力を分かっているんだよ。
だが、実績のない奴をいきなり抜擢することはできねえ。他に示しがつかないからな。
特に、筒井には血の気が多い武人が多い。そんなことをしたら、おめえの身が危ない。
だから与力に出して、まず実績を積ませることにしたんだとよ。」
「・・・」
そうだったのか。
殿は、私のことを分かってらしゅったのか。
「なあ、祐光殿よ。俺は志摩を追われ、野垂れ死ぬところだった。
滝川一益殿に拾われた後、腐っていたところに、今回の話が来たんだ。
金も船も仕事も全部用意してくれるという。全く夢みたいな話だぜ、ほんとよ。
だが、もしへまをして金や船を失ったりしたら、腹を切るしかねえ。
俺も正念場なんだ」
「・・・」
だんだん、この嘉隆という男が面白いものに見えてきた。
「俺は、海の荒くれどもを纏めることはできるが、頭がねえ。
そこでおめえを頼りたいんだ。俺を助けて、導いてくれねえか?
そんで、おめえは俺を大きくした後、堂々と筒井に帰ればいいんだよ」
全く。随分身勝手な、言い草である。
だが、私は気分がよくなっていた。この男に乗ってみようと思えてきた。
この男を助け、実績を作り、堂々と筒井に帰るのだ。
藤勝様を後悔させてやるのだ。一時でも手元から放したことを。
嘉隆はニヤリと笑い、手を伸ばしてきた。
私は、黙ってその手を握る。思い切り力を込めて握ってやった。
「頼りにしてるぜ」
嘉隆は、顔を顰めながら言った。
***
しばらくして、私と嘉隆殿、宗幹の3人で、今井宗久殿を訪ねて堺に来たが、船は発注したばかりでまだ時間がかかるし、師崎の調査や水夫集めは嘉隆殿の部下がするらしいので、差し当たってすることがない。
宗久殿に勧められて九州へ視察に行くことした。
納屋と繋がりがある博多商人や外国の船が頻繁に来る平戸を訪ねてほしいと頼まれた。
商人の真似事をするのも癪だったが、納屋の手代も付いてくるし、旅費は納屋持ちと言うことで、行くことにしたのである。今後の参考になることもあろう。
「さて、まずはどこへ向かおうかの?祐光殿」
嘉隆殿が訪ねてきた。
「そうですね~」
私は腕を組んで考える。
まずは、上方から西国へ運ぶものを探す必要がある。
堺からもあるがそれだけでは足りない。津田殿の領域である紀州からも何か探すべきだろう。
その後は、どうするか。瀬戸内は風が変わりやすいので、帆船の利点を活かせない。また能見、村上水軍の領域である。
利点を活かすなら外洋だろう。土佐を経て日向、大隅へ出る経路だ。
大隅の志布志から薩摩を回って北に向かえば、平戸、博多へ通じ、南へ行けば琉球、高山国(台湾)へ通じる。
大きな帆船ができれば、堺から一気に日向へ行くことも、あるいは可能かもしれないが、いずれにしても念のための港は必要だ。それに大きな港である浦戸を無視するのは得策ではない。
土佐にも上方で売れるものがあるかもしれない。よし、土佐だ。
「まずは、津田殿の紀州雑賀や根来、その後は、土佐はどうでしょう」
「よし、分かった」
嘉隆は、理由も聞かずに承知してしまった。
「なぜか、聞かないんですか?」
「ん?俺はよくわからんから、おめえに任せるよ」
「・・・、そうですか」
「大丈夫なのか、こいつ」と言いたくなったが、また殴られるのも癪なので、やめておいた。
頭がこうなら、私の思い通りに水軍を動かしていけばいいのだ。
祐光の長い旅は、始まったばかりであった。
ご感想、ご意見お待ちしております。




