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松永久秀という男

こういう処置になりました。

永禄8年10月


叔父上達が行っている大和北部の国人衆の討伐支援は、島左近や本多正重ら任せて、俺達主力は松永久秀ら捕虜や負傷者を連れて信貴山城に帰還した。

しばしの休暇を与えることにする。


しばらくは、大きな戦はあるまい。

国内を開発し充実させて、次の戦に備えねばならない。

ま、その前に、かの親父を片づけなければね。


***


信貴山城 書院


目の前には、不機嫌そうに松永久秀が座っている。

不貞腐れた感じだが、疲労が大きいようだ。顔色も良くない。

同席しているのは、佐武義昌だけだ。


「気分はいかがですかな、久秀殿」


「ふん。良いわけあるか。貴様の顔など見とうないわ」

ぺっ、唾でもはかんばかりである。


「儂みたいなのをこんなところに連れて来おって、いったい何のつもりだ。

殺すなら、さっさと殺せ」


義昌をギロリと睨む。

この前、義昌が「衆目の前で、斬首にしてくれる」と言ったからだ。


久秀にして、居心地が良いわけがない。

信貴山城は、久秀自らの創意全てをつぎ込んで作り上げた渾身の城である。

それが敵に乗っ取られ、自分は捕虜として連れてこられ座らされている。

自分のかつて座っていた場所には、元服したばかりの餓鬼が座っている。

屈辱以外の何物ではないのだ。


「残念ながら、私にはあなたを殺す気はござらぬ」

久秀の目を見て言う。


「それなら、飼い殺しにでもするつもりか」

今度は俺を睨む。

だが、その目にはあまり力がない。気力を失っているようだ。


「「・・・」」


無言の時間が流れる。


「少し場所を変えましょうか。ここでは積る話もできませぬので」

俺は、久秀を促して立ち、ある場所に向かった。



***


向かった場所は茶室である。

もちろん、これも久秀が丹精込めて作ったものだ。

久秀の顔が歪む。


「どうなされた。お入りなされ」

おれは、久秀を促す。


久秀は嫌そうな顔をしながら、戸を開けた。


「なっ・・・」


開けるなり久秀は固まった。そこには、驚きの光景が広がっていた。

てっきり、素人に弄られ汚されていると思っていたからだ。


そこは以前、久秀がいたころそのままであった。

見覚えのある平蜘蛛の釜、九十九髪茄子、茶碗などの名物。全てがそのままだった。

いつも通りのゆったりとした静かな時間が流れ、釜の湯が静かに音を立てていた。


客の場には、見知った人が座っている。

「如何されました。弾正様。どうぞ、お入りあれ」


久秀は、促されて中に入る。

右(客)と左(亭主)どっちに座るべきか迷って、目がさまよう。


「この茶室の亭主は貴方様ですよ」


久秀は、はっ、として後ろを振り返り、俺の方を見る。俺は頷く。

久秀は狐につままれたような顔をしながらも、点前座に向かった。


作法に従って、お互いに礼をする。


「ご無沙汰していります。弾正様。ご無事で何よりでございます」


「・・・、宗久殿。これはいったい・・・」

久秀は、やっとのことで口を開いた。


客人は、今井宗久であった。

久秀と宗久は、旧知の間柄である。三好家家老と商人としてはもちろん、茶人としても武野紹鴎の弟子同士でもある。


「私は芸事は不得手でして。なので、宗久殿に管理していた貰っていたのです」


「いや、しかし・・・。全てそのままとは・・・」

久秀は訳が分からないという感じである。


「私は、名物とやらには、興味がありませんでしてな。この茶室を含めて久秀殿にいずれお返ししようと思っていたのです」


「・・・」

久秀は、半分泣きそうな、何とも言い難い顔をしていた。

まだ何か言いたげであったが。


「まあ、いいじゃありませんか。

 ささ、弾正様。我らに茶を点ててくだされ」




***


久秀が点ててくれた濃茶は、以前宗久殿が点ててくれたものに勝るとも劣らぬうまい茶であった。

さすがは、当代有数の文化人であるだけのことはある。


久秀自体も茶を点てたことで、気持ちが和んだようだ。先刻会った時とは、顔色が全然違う。

しばらくして、久秀が切り出した。


「やられたわ。して小僧、いや筒井藤勝殿。儂に何をやらせる気なのだ」


「私の御伽衆になって頂きたく。いろいろと教えて頂きたく存じます」


「ふん。儂にさんざん痛い目にあわせておいて、よく言うわ」

久秀は、皮肉混じりに言う。

教興寺の戦いで得た傷によって、足が不自由になっていたし、息子を失っていた。


「その儀は、戦国の倣い。平にご容赦を」

俺は、頭を下げる。


「まあ良い。それで。」


「まずは、出家して頂きたく存じます。申し訳ありませぬが、松永久秀の名前は捨てて頂きまする」


「わしは敗れたのだ。仕方有るまい」


「松永久秀は摂津に逃げたそうですので」


「ん?それはどういうことだ」

久秀が訝しげに見る。


「三好長逸殿に「松永らが摂津に逃げたから始末してくれ」と使者を送ったのですよ」


「わっはっはっは。それは痛快だ。

奴のことだ。血眼になってさがしまわるだろうよ」

久秀はひとしきり笑った。



「久秀殿。大和の強みとは何と思いますか?」


「大和の強みか?京に近いことかの。だが、」

久秀は、手を頭にやりながら答える。


「だが、なんですか?」


「だが、それは弱みでもある」

ニヤリと笑う


「その通りです」


大和という国は、大変特殊である。

古代は都があった場所であり、仏教の影響が大変強く、寺院が多い。

京に都が移った後も、都に近いこと災いして、常に争いの場となってきた。

雑多な勢力が乱立し、小さな戦が続き、田畑は常に荒れ放題である。

大和が落ち着き、発展を始めたのは、豊臣秀吉が天下を取り、弟の秀長が治めた後からである。


「室町の世も末、いずれ強大な勢力が現れましょう。そうすると、京に近い大和の領主は潰されるか服属するしかない」


「確かにそうであろうな」


「そのために、筒井は大和以外の領地を持たねばなりませぬ」


「しかし、西は三好の領地、今攻めることは無理だろう。

 そうすると残るは東。伊賀か伊勢か」


「その通りです。伊勢に出て、独自の港を持ち、各地と商売をすれば大きな力を持つことができます。もちろん宗久殿も承諾済みです」


宗久が頷く


「面白いではないか。

伊勢となると北畠か。儂は北畠と繋がりがある。その伝手で謀ってみようぞ」

ちなみに、久秀の娘は、北畠当主北畠具房の義兄、政成の妻である。



「しかし、主は、本当に16の餓鬼か?信じられぬわ」

久秀に見つめられ、呆れたように言われる。


俺は、苦笑いするしかなかった。



後日、松永久秀は出家し「道意」と名乗り、信貴山の朝護孫子寺に住むようになった。

甥の内藤忠俊も身分を隠し、勉学と修練に励むことになった。




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