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一乗院門跡覚慶

永禄8年(1565年)1月 興福寺一乗院


多聞院訪問から数日後

英俊さまのご紹介により、思いのほか早く覚慶様とお会いする場を頂くことができた。


一乗院門跡覚慶とは、12代将軍足利義晴の次男で現13代将軍義輝の弟、後の15代将軍足利義昭である。

1537年生まれで現在28歳。5歳で近衛尚通の猶子になり興福寺一乗院にて仏門に入った。

当時、足利将軍家の財力は乏しく全てを各大名からの上納金(というか寄付)で賄っている状態だった。そのため跡継ぎ以外は全て仏門に入れられていたのである。

本来であれば、一乗院の院主から興福寺別当になり生涯を終えていたであろう。

だが、戦国の世は彼にそれを許さなかった。


史実通りに動けば、4ヵ月後の5月に永禄の変が起き、将軍足利義輝が暗殺される。

京は、未だに三好が押さえている。残念ながら、今の筒井の力では三好を敵に回すことはできない。できるとすれば、覚慶を密かに匿うくらいである。

これは、後に勢力を伸ばしてくる織田信長の上洛の根拠を奪うことにもつながる。というか、それが主目的である。ただ、長く留めると三好の力が強大になる可能性があるので、結局は信長の元に行かせることになるかもしれないが。それでも、義昭と大きな繋がりを築くことができよう。



覚慶様が入ってこられた。俺は平伏してお迎えする。

ゆったりとお座りになられる。


「覚慶様。お初にお目にかかります。筒井藤勝にございます。後ろに控えるは、家臣の本多正信でございます。以後、お知り置き下さいませ」

再度、深く頭を下げる。正信もそれに倣う。


「覚慶です。筒井藤勝殿、よくお越し下さいました。かねがね噂をお伺いしておりますよ」

にっこりとほほ笑む。


お会いするのは初めてだ。色白で温和な顔立ちをされ、公家のような凛とした雰囲気がある。

歴史で勉強した足利義昭の悪辣なイメージと全然違う。本来は温和な人なんだろう。権力が彼を変えてしまうか。恐ろしいものだ。


「急に、お時間をいただきまして、誠にありがとうございます」


「いえいえ。英俊様からのご紹介ですし。私も自由な身。朝晩のお勤め以外は、暇にしておりますから、問題ありませんよ」



***


あたりさわりのない話をして、少し時間が経った後、そろそろ本題を持ち出すことにする。

ただ事が事だけに、ほかの誰かに聞かれるわけにはいかない。


「覚慶様、少し寒うございますが、庭に出ませんか」

俺は周りを見渡して、気にするような素振りをする。


覚慶は察してくれたのか応じてくれた。

「そうですね。いい天気ですし、少し庭を歩きましょうか」


一乗院は、興福寺でも有数の規模を持つ寺院である。広々とした庭園を持ち東屋がいくらか設けられている。談笑しながら歩き、その一つの小さな東屋に座った。周りには人影は見当たらない。


「実は、覚慶様に内々のお話がございまして」


覚慶様が頷く。

「なんとなく察しておりました。でなければ、わざわざ藤勝殿自らお越しになることはございますまい」


「2つお話がございます。1つは、既に英俊様からお聞きおよびかもしれませんが、興福寺の改革についてでございます。荘園等権利と武装を放棄させ純粋な学問の場に変えるものですが、かなりの反発がございましょう。こちらについて一乗院院主としてお力添えを頂きたく存じます」


「ええ。詳しくはまだお伺いしておりませんが。私も武家の出、お話はわかります。私からも上人様に手紙を書いてお話いたしましょう」

覚慶がほほ笑む。

「ありがとうございます。何卒よろしくお願いいたします」


「もう一つのことでございますが・・・」

気が重い。この笑顔が消えてしまうのだから。


「兄上のことでございましょうか?」


びっくりした。なんて聡明な方なのだ。すべて察しておられたのか?


「いやなに、そんな気がしただけですよ」

首を傾げて照れるようなしぐさをする


「はい。さようでございます。兄君義輝様に関わることでございます」


「正信」

正信の方を見て、発言を促す。


「では、僭越ながら」

正信は、礼をしてから話し始める。


「覚慶様の兄君様、将軍義輝様はご就任以来、ことあるごとに三好と対立されて来ました。将軍家の権威維持のために強大な権力を抑え込む必要がある事情はございますが」


覚慶が頷く。

「うむ。そのことは、私からも一度お諫めされたことがある」


「三好長慶殿がご存命のころから、義輝様を退位させるべきとの意見はございましたが、長慶殿が抑えていたそうでございます。ですが、長慶殿が亡くなり止める者がいなくなり、義輝様排除への動きが高まっております。既に堺公方足利義維殿の嫡子、義栄殿を次期将軍に擁立すべく動いているようです」


覚慶は黙って聞いている。既に笑顔はない。


「また義輝様も長慶殿の死を三好壊滅の好機と捉えていらっしゃるよう。六角を始め諸侯に御内書を送られ、傭兵などを集めてられ、二条御所の堀を深くする工事をされていると聞きます」


「ただ、頼りの六角は観音寺騒動が起きたばかりで、当主義治にも求心力がなく動くことはないと思われます。残念ながら義輝様はそのことをご存じない」


「義輝様が兵を集められていることは、三好の知れる所になっています。危機感を覚えた三好三人衆や松永久秀が中心となって摂津で兵を集めており、数カ月以内には大軍の編成が完了すると思われます。当主義継の決済を得れば、二条御所へ殺到することになるでしょう」


「そうか。もうそこまで、ことは進んでおるのか」

覚慶はさめざめと泣いていた。既に兄の運命を察したようである。わかっているのに救うことができないことも。


「はい、残念ながら・・・。既に、京は三好方の警戒が高まっており、我々の力ではお救いすることはかないませぬ。義輝様お1人なら、お救いすることはあるいは可能かもしれませぬが、引き換えに将軍位を失うことになります。恐らく義輝様は承服されないでしょう」

俺は、言葉を選びながら答える。


「そうであろうな・・・」


暫し、重い沈黙が流れた。


重い空気を破るように、正信が言う。

「義輝様が襲われましたら、同時に覚慶様にも追手が参りましょう。覚慶様は義輝様の弟君、正当な後継者になりえる方。捕まれば命を奪われるのは必定ですぞ」


「覚慶様は、義輝様にもしものことがあれば、将軍位を望まれますか?」

俺は、覚慶様を見据えて尋ねる。


「・・・例え、望まなくとも、生きている限り、周りの者が据えようとするであろう。その者達には答えなければなるまい」


「将軍位に就かれても、今までのような権威は持つことはできませぬ。何せ将軍家は独自の軍事力がほとんどございませぬ。もしかしたら、兄君様と同じ運命が待っているかもしれませぬぞ。」

俺は、もちろんこの方の未来を知っている。信長の支援により室町幕府最後の15代将軍となるが、その後信長と対立し京を追放され、毛利の下で不遇の日々を送ることを。


「そうであっても、足利家に生まれた我の定め。しかたあるまい」


「さようでございますか・・・。」

既に自分の運命が、自分のものではないことを悟られているようだ。


「ならば、一言申させてくださいませ。もしあなたを将軍位に据えた強力な支援者が、将軍の権威を奪い傀儡にされてたとしても、強い心を持ち耐えてくだされ。さすれば長い間、将軍位とどまることができましょう。対立すれば辛い道を歩むことになります」


「うむ。心にとどめておくことにするようにしよう」

義昭が信長の権勢に耐え、対立を避ければ義昭将軍が少し長くなるだろう。

そうなれば信長の勢力拡大も弱まるかもしれない。



「ひとまず、こちらにいらっしゃいましては、お命が危のうございます」


覚慶がうなずく。もう既に覚悟を決められておられるようだ。


「筒井と繋がりのある根来にお匿いする手筈を整えております。およそ2ヵ月後、時が来ましたら迎えが参ります。それまでにこちらを出られる準備をされてくださいませ。表向きは吉野熊野への行幸ということにいたしております。」


この覚慶脱出計画は、俺と正信、興福寺の一部、受け入れ先の津田殿しか知らない。出発日、根来への移動経路は津田殿に一切任せていて俺自身も知らない。極力知っている者を減らし情報が漏れないようにするためだ。明日香や吉野、熊野などを数カ月かけて根来に着くように経路を組むように依頼している。恐らく5月は吉野か熊野の山奥であろう。


数カ月後、覚慶は人知れず興福寺を去り、しばらく姿を消すことになる。

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