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興福寺改革案

永禄8年(1565年)1月 興福寺


俺は本多正信と共に興福寺の多聞院へ英俊様を訪ねていた。

今回の訪問は重大である。難しい案件であるが成功させなければならない。

どう切り出すか。考えものである。単刀直入にいくか。それとも・・・。


考えがまとまらないうちに、英俊が入ってこられた。あわてて頭を下げる。


「久しぶりでございますな、藤勝殿。元気にされておられたか。どうなされた。難しい顔して」


難しいことを考えていたことが、顔に出ていたらしい。

いかんな。感情が顔に出てしまうのは。何とか取り繕いながら話を切り出すことにする。

正信が不安そうな顔で見ている。彼から話してもらえば楽だがそうもいかない。


「英俊様、ご無沙汰しております。多忙にかまけてなかなかお伺いすることができず、申し訳ございません」

意味もなく謝ってしまう。


「何、藤勝殿のご活躍は聞き及んでおりますぞ。日記に書くのが楽しみでしてな」

英俊は、大和の世相を中心に日記をつけている。何十年に及ぶ物で、後に「多聞院日記」と呼ばれる。当時を知る上で大変貴重な資料となるものだ。今日の出来事はどのように描かれるのであろうか。



「英俊様」


「うん、どうなされた」

おれの顔を覗き込むように見る。そんなに難しい顔をしているのか?俺。


「英俊様は、興福寺の現状をどう思ってらっしゃいますか?」


「うん?何が言いたいのかよくわからんが、どういうことじゃ」


「興福寺には往年の勢いはない。そうではないでしょうか?」


「・・・うむ。それは確かに昔のころのような勢いはないが、それなりの力は持っておるぞ」

頭を傾げながら、そのように答える。



「通常なら、そうでございましょう。だが今は、戦国の世。非常時にございます。もし仮に、興福寺を大軍が包囲し降伏を迫ったら、抗うことは可能でしょうか?」


「なんじゃと!?そのようなことがあるわけがあるまい!」

英俊が目を剥く。


「それがないとは言えないのです。三好長慶殿が亡くなり、三好家は勢力争いの真っ最中。現在力を落としている松永久秀も虎視眈々と勢いを取り戻す時期を狙っています。手っ取り早く物資を得るには、あるところから取ること。至近にある大和を狙っても不思議はございません。長慶殿は穏和な方でしたからそのようなことはございませんでしたが、今の三好は暴走状態。何があってもおかしくはないのでございます」

本当は、三好が興福寺に手を出すようなことはないんだけ。こうでも言わないと説明がつかないので。


「うーむ」

英俊は手をあごにあって唸る。


「しかし、どうすれば良いとおっしゃるのだ。そこまでおっしゃるのであれば、何か考えがあってことであろう」


「はい。原点に立ち戻るべきであるかと」


「原点?ますます、よくわかりませぬぞ」


「本来、寺院とは仏の力により人々を守るべき存在。僧とは仏の教えを広く伝え、時に貧しき者を救いを与え、人々を守る存在。さようでございますな」


「無論である。そのようなことは、藤勝殿に講釈してもらうまでもない」

英俊の顔が、不機嫌に歪んできている。


「ただ、それを実践できている寺がどれほどあるというのでしょうか。僧兵など武力を持ち、民衆を脅かし年貢さえ取り苦しめる存在というのがほとんど。比叡山しかり高野山しかり。一向宗などは一揆を煽り、自らの権力保持のために国さえ乗っ取ってしまい申した」

「これが、本来の宗教の姿であるはずもないのです」


「これに対し、南都第一の寺院である興福寺が率先して、本来の在るべき姿に立ち返ると宣言し、政治不介入及び政治的中立、非武装化を宣言して頂きたいのです。また仏の教えを広めるために庶民も学べる学舎を創設して頂きたく存じます。そして、その上で武装する他の寺院を徹底的に非難して頂きたいのです」


「興福寺が武器や領地を捨てたとしても、我ら筒井他大和武士が必ずやお守りいたす。お任せ下され」


「つまりは興福寺が有する権力を、大和武士に、いや筒井に譲れとおっしゃるのか」


「…その通りです」


「しかし収入がなくなれば、寺自体が立ち行かぬようになるのでないか」


「創設する学舎で学ぶ者から授業料を取ればよろしいではないですか。別にタダにする必要はございますまい。読み書きや算用のような基礎的なものから、興福寺がお持ちの技術や医術、薬学、書画など古典文化など教えることができるものはたくさんございましょう。公家や武家の子弟や豪商や豪農他身分を問わず受け入れ、取れることろから金を取ればかなりの収入を得ることも可能から存じます」


「学生を広く受け入れれば、優秀なものが現れ、中には深く仏法を帰依する者も現れましょう。その者に出家を促していけば、優秀な僧の確保にもつながります」


「また、罪深い者であっても、興福寺に参り、如来様を拝み、布施、読経、写経をし、僧から説法を聞けば救われる、と広めてはいかがでしょうか。庶民にも分かりやすくまとめるのもよろしいかと思います。正しい教えを広めれば信者が増え、布施なども増加いたしましょう」


「もし今後室町幕府を超える強大な権力が現れるれば、強大な権力を持ち、かつ荒れた宗教勢力は必ずや弾圧粛清の対象になります。かつての明応の比叡山焼き討ちのように」

比叡山焼き討ちというと、織田信長が行った1571年のものがあまりにも有名であるが、それ以前に1499年に管領細川政元が比叡山の根本中堂他主要伽藍を焼き尽くしている。一説には信長が焼き討ちを行った時には、まだ再建途中で大した建物がなかったといわれている。最も信長は比叡山にいた僧、民衆を虐殺したことが大きいのであるが。


「興福寺の再興及び保持のための百年いや千年の計でございます。何卒、何卒、ご検討のほどをお願い申し上げます」

英俊に対し平伏する。


長い間の沈黙が流れる。

「藤勝殿のお考えは、ようわかった。ひとまず、上人様にご相談してみよう。興福寺のためじゃからの」


「お聞き届けいただき、ありがとうございます」


「藤勝殿の思う通りになるかはわかりませぬぞ。場合によっては上人様に会って頂く必要もあるかもしれん」



「それから、もう一つお願いがございます」


「なんじゃ、まだあると申されるのか」


「さる方とお会いする場を整えて頂きたく存じます」


「ふむ。どなたか」


「一乗院の覚慶様でございます。あのお方にも危険がせまっておるのです」


「よかろう。整えて差し上げよう」






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