今井家の茶室
永禄7年(1564年)
今日は、堺の豪商今井宗久殿の今井郷にある屋敷に来ている。
堺とは違いそれほど大きな屋敷ではない。筒井のための支店ようなところだ。
今井宗久は、千宗易、津田宗及とともに「天下三宗匠」と呼ばれる茶人である。
こちらの屋敷にも小さな茶室が設けてられていた。
そこにに招かれたわけである。
主人の座に宗久殿、向かいに俺、津田算正殿、本多正信の順に座っている。
静かな時間が流れ、湯が沸く音と茶を点てる音のみが響く
「濃茶でございます」
俺の前に、緑の茶が入った茶碗が置かれる。
作法通りに、茶碗を手に取り、茶を一口含む。
ふわっと、茶の苦みと共に甘味が広がる。
うまい。昔に飲んだ物とは別の物のように感じる。
「おいしゅうございますな」
口をつけたところをぬぐい、算正殿の前に置く
「いただき申す」
算正も作法通りに飲む。
さすがは、堺にも出入りする根来の実力者。茶の湯の作法も慣れたもののようだ。
その後、本多正信が残りの茶を飲んだ。
「さてと」
一服着いたところで、商売の話をすることにする。
「宗久殿には、何から何まで大変お世話になっております」
軽く頭を下げる。
「いや、藤勝様からの依頼で扱わせてもろてます、大和茶や大和紙、生糸はどれも好評ですよ。うちも随分儲けさせてもらってますよ」
「特に、最近は煎茶が堺の庶民の中で大流行りでして、飛ぶように売れておりますな」
「ほほう、それはそれは。ようございますな。石山や京にも広がればうれしいですね。」
「領内では、茶の湯用の碾茶(抹茶)も試作させておりますが、まだまだ堺の皆様を納得させるような品質ではないので。是非とも一度、宗久殿にわが領内の茶畑や工房にお越しいただき、ご指導して頂きたい。よろしゅうございますでしょうか。」
「ええ。一度伺わせていただきましょう」
俺は、算正殿を見る。算正殿が頷き、口を開く。ここからは鉄砲や武器の話だ。
「宗久殿。今、筒井家では根来の指導のもと、新たに鉄砲の工房を作り生産を始めようとしている」
宗久が頷く。何か察したようだ。
「根来から何人か腕のいい鍛冶師を連れてきているが足らぬ。そこで、宗久殿がお持ちの河内鍛冶衆からいくらか借り受けたい。都合をつけてくれぬだろうか」
「いきなり、そのようなことを言われましても困りますね。うちの方でも腕のいい鍛冶師は必須。そう簡単にはいきませんよ」
算正が宗久を睨むが、全然堪えないようだ。
さすがは稀代の豪商である。肝っ玉が違う。
「別にタダでというわけではない。これはからは鉄砲の時代。火薬が大量に必要になる」
「根来の分も含めて、納屋に全面的にお任せしたい。どうであろう」
宗久がニヤリと笑う。
「手の内をいきなり全部出してはいけませぬぞ、算正様。少しづつ出して交渉するのが、商売の極意です。それに根来でも火薬は生産されているではありませんか。堺の別の商人とも懇意にされているのも存じ上げておりますよ」
算正がばつの悪そうな顔をして、頭をかく。
「ふん。わしは商人ではない。交渉事は苦手だ。だが良質な火薬は必須。根来で作ってい手も、輸入物にはかなわんは事実だ」
宗久がふふと笑う。
「そのようなことをおっしゃっておりますと、今に雑賀に出し抜かれますぞ」
痛いところを突かれる。根来はここのところ海に面する雑賀に商売の面では全く敵わないのだ。
交渉事では、さすがの算正も全くかなわないようだ。
俺は、助け舟を出すことにする。
「宗久殿。私からもお願い申す。ひいては大和の発展のため。何卒ご協力願いたい」
「ようございます。藤勝様。鍛冶衆はお貸しいたしましょう。これからも筒井様といい商売を続けていくためでもございます」
「また、おっしゃる火薬の量は、納屋だけでは足りませぬ。仲間内にも掛け合ってご用意いたしましょう」
宗久は、初めから話を蹴る気などさらさらないのだ。
どうも遊ばれていたようだ。悪い人である。
「藤勝様、ご紹介したい者がございます」
「はて、どなたですかな」
宗久がぽんぽんと手を叩く。すると横の襖がスッと開いた。
2人の若者が入って来て、静かに座り、座礼をする。
1人は20歳くらいの青年で、俺のことをじっと見ている。その眼には力を強い意志を感じる。
もう1人は10歳くらいの少年だ。澄まして座っているが、落ち着きがない。
宗久の隣に座った青年を示して言う
「この者は、名を山上宗二と申します。年は21でございます。今は私の納屋で手代をしておりしてな。頭がよく、肝も据わっております。また堺の千宗易殿について茶の湯を習っておりまして、そちらもなかなか筋がよいとか。
少々頑固なところが玉に瑕ですが。私も多忙でなかなか大和まで筒井様をお伺いすることができません。ですので、この宗二に筒井様とのお取引を任したいと思いますので、ご承知の程を。宗二、ご挨拶を」
「山上宗二ございます。何卒よろしくお願いいたします」
山上宗二、後に独立して薩摩屋を名乗る。千宗易の第一の高弟である。後に織田信長や豊臣秀長の茶頭を勤めるが、その頑固さと飾らない物言いで豊臣秀吉の怒りを買い追放処分になり、北条家に仕えるも小田原の陣で処刑される人物だ。
「なかなか、良い目をしてらっしゃる。期待いたしております」
「そうだ。伊勢や尾張の方面にも商売の手を伸ばしてもらいたいですね。その先々で商売や経済の状況を伝えてくれればありがたい。正信にも伊勢、尾張への情報収集などを任せているが、宗二殿も商いで滝川一益殿や織田家中の方と関わりを作ってもらいたい」
「はい。承知致しました」
宗二が、深々と頭を下げる。
これから、いろいろと世話になるであろう。いずれ宗二の師匠である千宗易も紹介してもらわなくてはいけないしね。
「宗二の横におるのは、私の愚息、兼久でございます。見ての通りのやんちゃ者でしてな。私が多忙なこともあり、なかなかかまってやるのが難しく難儀しております。茶の湯もろくに学ぼうといたしません。もし差し支えなければ、藤勝様のもとで修業させてやってくれませんでしょうか。算用などは一通りできますので、その点は問題ございませぬ。兼久、ご挨拶を」
「・・・今井兼久でございます」渋々といった感じで挨拶した。
今井兼久、後の今井宗薫である。伊達政宗や徳川家康と懇意となり、父の後を継ぎ豪商となる。
増田長盛の手伝いをさせて成長すれば必ずものになる人物だ。経験を積ませてやろう。
「宗久殿、兼久殿は責任を持ってお預かりさせていただきます。筒井は人でございまして、算用のできるものは非常に助かります。修行した後、仕事を与えれば必ずものになりましょう」
「そう言って頂けましたら、大変助かります。何卒よろしゅうお頼みもうします」
宗久殿が頭を下げる。
今井家も大世帯であり、優秀なものが多い。自分の息子は可愛いが、特別な目で
見ることもできない。他のところに預けて経験を積ませるはいいこととであろう。
2人が頭を下げて、茶室から出て行ったのを確認して、今日の本当の来訪の件を持ちだすことにする。
算正殿にも、事前に話していないことだ。
「宗久殿。大変恐縮ですなのですが、すこし場をお借りいたしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「・・・了解致しました。私は皆様に薄茶をお点てして、席を外しましょう」
「ご配慮痛み入ります」
俺は、宗久殿に深々と頭を下げる。
宗久は、我々3人に茶を点て、席をはずてくれた。
「算正殿、折り入って話がございます」
俺は、少し声を落として話す。
「藤勝殿、いかがなされた。わざわざ、このようなところで話さなければいけないことなのか?」
「はい。まだこれからことを起こそうとしているのですが、根来でさるお方を匿って欲しいのです」
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