伊賀忍者 藤林長門守
永禄7年(1564年) 信貴山城 練兵場
俺は、信貴山城の物見櫓にあがり、練兵場の様子を眺めていた。
向こうから騎馬隊と槍隊で構成された島隊が猛然と突っ込んでくる。相変わらず物凄い迫力だ。
並の部隊であれば、この突撃を見ただけで縮み上がるかもしれない。
佐武義昌が率いる隊が迎え討つ。こちらは鉄砲隊と弓隊を中心にした隊だ。
「まだだ。まだだ。今だ、放てーっ!」パパパパーン
鉄砲の轟音が響く。もちろん空砲である。島隊はさらに接近してくる。
「弓、放てーっ」
弓隊が弓を放つ。その間に、鉄砲隊は弾込めをしている。根来式の早合を採用したがそれでも時間が掛かる。
「鉄砲、放て。ぬお!」
接近した騎馬隊から矢が飛んできた。発射体制に入っていた鉄砲隊が乱れる。発射したもののあらぬ方向に向けたのがほとんどだった。
騎馬隊は小さめの弩を標準装備にしていた。騎馬鉄砲隊ならぬ騎馬弩隊である。至近距離から矢を発射し、乱れたところに突っ込む戦法を訓練していた。
義昌も負けていない。
「槍隊、騎馬隊を受け止めろ。遊撃隊は敵の側方に回り込み、一斉に突け」
側面に回った遊撃隊は、弩と槍の混成部隊だ。走りながら、弩から矢を打ち込み槍隊が突っ込む。弩を仕舞った弩隊は、刀を抜き槍隊の後を追う。弓を走りながら打つのは難しいが、肩で固定できる弩なら走りながら打つことも難しいことではない。
島隊は側方から思わぬ攻撃を受けて動きを止める。
少数の側面攻撃隊を撃退し体制を整え、再度攻撃しかけようするが、佐竹隊も既に体勢を立て直しており、鉄砲隊が照準を合わせていた。ここに無理に突っ込んでも全滅することになるだろう。となると二隊に分けて、前方への決死隊と側面攻撃の遊撃隊で連携攻撃をかけるしかない。
ここで、訓練終了の太鼓が鳴った。
始めは島隊が優勢、後は佐武隊が優勢だったので、まあ引き分けかな。
もし、実戦なら、双方にかなりの損害が出ていただろう。
弩は接近戦用の飛び道具としてとても有効だった。大半は木なので製作も容易でコストも安い。音がしないので馬上で扱うのも容易だ。騎馬鉄砲隊よりも早く作ることもできる。
筒井では、弩は大量に生産され半数以上の部隊に装備させていた。大和国人衆にも広まり始めている。初めは誰もが半信半疑だったが、一度使ってみると、その扱いやすさに気付く。殺傷力に欠けても、至近距離から打ち込めば敵に打撃を与え、混乱に陥れることもできる。物は使いようである。
津田算正が連れて来た根来の鍛冶師や杉谷善住坊が連れてきた国友の鍛冶師が中心になって、鉄砲工房を立ち上げ、鉄砲製作も軌道に乗りつつある。もう少し腕のいい鍛冶師を増やし新人らが経験を積めば、来年には月産数十丁くらいまでは持っていくことができるかな。
軍事道路の建設も順調だ。増田長盛を中心に従事させている。
信貴山城のふもとの王寺から現在の関西本線のルートで大和小泉~筒井~奈良、近鉄橿原線のルートで筒井~畝備、JR桜井線~近鉄大阪線のルートで王寺~桜井~榛原などが主になる。
かなりの規模になるが、ほとんどが古代、中世から道は存在しているので、道幅を広げたり付け替えが中心になっている。道ができれば商人ら人の流れができ、経済発展に繋がる。王寺~桜井~榛原ルートはいずれ東に延長して伊賀の名張や伊勢へ伸ばしたいと思っている。
ただ、伊賀や伊勢はまだ敵国なので、時期尚早だが。
これから、どう勢力を拡大していこうかなどと考えていると、
「殿」
と、声を掛けられる。見ると、信貴山城代の松倉右近が櫓が登って来るところだった。
「うん、どうした」
「伊賀、藤林家から使者が参っております」
「この前の返事を持ってきたのかな。わかった。あとで行くから、待たせておいてくれ」
右近の顔が曇っている。どうしたんだ。
「それが、かなり身分の方がお越しです。もしかしたら藤林長門守殿ご本人かもしれませぬ」
通常、忍者の棟梁は表に出てくるものではないので、誰も顔を知らない。出てくるにしても変装しているのが普通だ。
「それならば、丁重にお迎えせねばならんの。ご苦労だが、左近と義昌にも同席させよう。右近、そちも同席せよ」
「はっ」
特に何か起こるとは思わないけど、念は入れないとね。相手は日本随一の忍び衆の棟梁だし。
***
一刻後、信貴山城黒書院(対面の間)
四十程の中肉中背の男が待っていた。俺が入ってくると平伏する。
俺に連いて来た左近と義昌は、俺から見て左前、右近は男の後ろに座る。丁度、男を囲むような形になる。
「大変長らくお待たせいたした。筒井藤勝にござる。面を上げられよ」
平伏した男が顔を上げる。一見したことろ、ごく普通の男である。これがかの有名な藤林長門守なのか。
「...手前、伊賀の藤林長門と申す。高く買って頂いているようですな。方々から殺気を感じられますぞ」
実は、長門が座っている左側の襖の裏にも槍を持った武士が待機していた。それを察したようである。
「ははは。稀代の忍びとの対面ですからね。念を入れただけですよ。気になされますな」
「それならば、これでよろしいかな」
と言って、腰につけていた袋を外し、こちらに押し出した。忍び刀など武器が入った袋である。
戦う気はないという、意思表示だ。
「ならば、わしも。重くてしょうがないのでね」
と、俺は大刀を外して脇に置く。お前を信用しようと言う意思表示だ。もっとも、長門がその気になれば、手刀で俺を殺すことも可能であろう。
長門が目を見開く。左近らはもっとびっくりしているが。
「なかなか、肝の据わった方のようですな」
「さて、長門殿。わざわざお越し頂きまして、恐縮です。話が早くていいですが」
「単刀直入にお聞きします。伊賀は今どういう状況ですか」
「このまま行くと、百地が支配しそうですな」
長門は、まるで他人事のように言う。
「長門殿はどうされるつもりですか?」
「藤勝殿はどうされたい」
お互いに見つめ合い、ニヤッと笑う。
「俺は名張、神戸一帯と名目上の君主の座が欲しい」
「ならば、私は伊賀の三分の二をもらいましょう」
「よし、決まった」
「まずは、服部ら反百地の切り崩しを進めまする」
島左近や佐武義昌は呆然としている。全然話についていけないようだ。
「長門殿。必要なものがあればいつでもおっしゃられよ。ご用意いたす」
「そうですな。金子を少々お願いしたい」
「わかりました。右近、五千貫程用意してくれ。足りますかな?」
「今は十分でござる」
長門が頷く。
「五千貫もでございますか!?」
左近が驚愕している。
「何言ってるんだ。伊賀の忍者衆を切り崩すんだぞ。これでも足りんくらいだ」
これで、伊賀方面に進出する方針が決まった。
その後は自然と酒盛りになった。
これから進出することになる伊賀方面について話し合う。現在の筒井の支配地域から伊賀までは、かなりの距離がある。伊賀は大和と同じく中小の国人が集まった難しい場所だ。話し合うことは山ほどあった。
酒で火照った身体を落ち着かせるために、縁側に出た。すると長門がついてきた。
「いやいや、酔い申した。外は涼しく気持ちいいですな」
火照った身体に、そよ風が実に気持ちがいい。
「時に、藤勝殿は楓をご存じですかな?」
突然出た楓の名前に驚く。確か根来で小物使いをしていた女性だ。スラッとした美人だったな。
「ええ。知っておりますが」
「あれは藤林に連なる者でしてな。今は伊賀に戻っております。身の軽さしか能がない奴ですがな。彼の者を藤勝殿との連絡係にいたします。なんでしたら、藤勝殿の側女にされてもよろしいですぞ」
長門はニヤリと笑う。そのニヤリはやめろよな。
「いやいや、滅相もない。そのような気は毛頭ござらぬ」
思わず動揺してしまった。
「おや、そうですかな。宴では随分ご執心だった、とお伺いしたが」
見透かすように、見つめられる。
何で知ってるんだ。この親父。最後に一本取られた気分だった。
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