津田屋敷での宴
俺たちは、杉ノ坊での会合を終えて、門前町にある津田算正殿の屋敷に招かれていた。
寺の中では酒も飲めぬというわけで、こちらでとなった。
津田屋敷は商人の邸宅のような趣きである。広大な敷地の中には端正な庭があり、池が拵えていた。
そこには、寺同様に静かな時が流れている。なんともぜいたくなものだ。
根来鉄砲衆の本元であるから、別棟にはもちろん鉄砲鍛冶場が備えられている。
算正殿は、俺達のために宴を催してくれた。
根来衆の主だったものが集まっている。いくらか雑賀からも招かれていた。既に一部では始まっていて、出来上がっているものもいた。
一度、算正殿が音頭をとり乾杯すると、後は無礼講となった。
この前の戦で一緒に戦い、見知った顔も多く見られる。言わば戦友であり、すぐに打ち解けていた。
戦経験や自身の武功話などに話に花を咲かせているようだ。
弩の試し打ちの場も設けられていて、そこには人集りができていた。皆興味ありげに見ている。
「ふーん。藤勝殿は家臣が足りず、困っているというわけですな」
「はい。特に部隊長として兵を率いれる者が少ないです。実質、島左近くらいしかおりませぬゆえ。松倉右近は信貴山城代ですし、順政叔父上と森好之もおりますが、もう年ですからね」
「どなたか、ご紹介頂くことはできませんでしょうか?」
算正殿に酒を注ぎながら答える
「確かに足らぬな。誰かおらんものか。」
算正は杯に口をつけながら、考えている。
「あ、そうだ、丁度良いのがいるぞ。おい、義昌!ちょっとこっち来い」
向こうの方からいかにも経験豊富そうな武士がやってきた。
「算正殿、いかがなされた」
「こいつは、佐竹義昌と言ってな。元は根来の生まれだ。雑賀で鉄砲を学び、12歳の初陣以来各地の戦に飛び回っている奴だ。ついこの前、四国から帰って来たばっかりでな。のう?」
「はい、本山家の下で2年ほど傭兵をしてましたが、旗色が悪いので戻ってきました」
ようは、本山家を見捨ててきた、ってことね。一緒に死ぬ義理はないわな。
「義昌よ。この藤勝殿を支えてやってくれぬか。なかなか才気溢れるお方だ。お主の豊富な戦経験をもって導いてあげて欲しい」
「わかり申した。筒井様のご活躍はお伺いしております。力を尽くしてお仕えいたしましょう」
「うむ。頼むぞ。それから誰かお前が、これはと思う奴はおらんか?」
「そうですな・・・。杉谷善住坊はいかがかであろうか。無口で癖のある奴ですが、鉄砲の腕は一流。甲賀出身で近江にも知り合いが多いようです。戦以外にもいろいろ役にたつと思いますぞ」
「ふむ。そうだな。家の者達ともいまいち馴染んでないから丁度良いかもしれんな」
「わしもいるので、部隊長はこれくらいでいいかな」
「十分でございます。ご配慮痛み入ります」
俺自身で動かせるのは二千ほど、後はこれから採用していけばいいしね。
それよりも今は大和の国を安定させて、開発していく時期である。
「あとは開発や後方支援を任せられるものも必要だな。だが根来にはおらんの」
「摂津や近江には算用や土木に明るい者が多いとも聞きます。善住坊に使えそうなのを探させるのも手かと」
「ふむ。そうじゃな。善住坊に里帰りも兼ねて時間を与えて探させてみよう」
「戦略を提言できるような参謀のような人間も必要ですね」
「そのような人物は、そうそういるものではないぞ、藤勝殿。わしらが補佐するゆえ、一緒に考えていこうではないか」
「そうですね。少々欲張りに過ぎました」
竹中半兵衛のような軍師がゲットできればいいんだけど、そんな人なかなかいないよね。
***
「お食事の膳をお持ちいたしました」
「ああ、ありがとうござ・・・」
声を方を見ると、17~18歳くらいの女性が立っていた。すらっとした美人である。思わず見惚れ、固まってしまった。
「どうぞ、お注ぎいたします」
「あ、はい。いただきますです」
「ははは。どうじゃ美人であろう。名を楓と言いましてな。出自はわからぬが、数年前ほどになるか、道端に倒れていたのを助けての。今は側女の手伝いをさせておる」
「・・・・」
「どうされた、呆けて。惚れたか」
何か、初めて会った気がしない。
会ったことがあるはずもないのに、懐かしいような不思議な感じがした。
***
算正殿に酒を注ぎながら、話を続ける。
「算正殿は、織田上総介信長という人物をご存じですか?」
「今川義元を討った男であろう。もちろん知っとるよ」
「どう思われますか?」
「どうといわれても困るが、なかなかの人物なのではないか。美濃の蝮(道三)が賞賛して娘を娶らせたくらいだからの」
「この前、三河の松平元康と同盟を結んだらしいが、美濃の斉藤は強大。そう簡単には勝てはしまい」
ん?三河?
そういえば、清州同盟の後に三河で一向一揆が起きて、本多正信とかが出奔するよね。狙ってみるのもありかな。
その後も酒を酌み交わし、宴は夜遅くまで続いた。
***
その夜、
ふと、人の気配を感じ目を覚ました。
足もとに女性が立っていた。薄い羽織一枚の姿で。灯火によって透け、全身が赤く輝いていた。何と妖艶な姿か。宴で酌をしてくれた楓さん?でも雰囲気が少し違う。
「あなたは?」
「茜と申します」
茜と名乗る女性は、ゆっくり俺の横に腰をおろし、添い寝するよう身体を横たえる。
胸のふくらみがうっすらと見えた。ふうっと温かい空気が流れ、心が満たされ癒されていく。
「ゆっくりお休みなさいませ」
俺は、深い眠りに落ちて行った。
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