医療部隊と魔導部隊の二重奏~セリエルさんの受難を添えて~ 3(ヴィンセント視点)
“循環”がシエルからセリエル殿に代わるなり、ユーリが先程とは打って変わって大人しくなった。
「…うーわ。この子本当にセリエル様の“循環”を平然と受けてるよ」
「まるでオレが化け物の様だな」
「セリエル様の光属性の魔力量を知ってる同じ天使族としては、ほぼあり得ないモノ見てる気分ですからね」
そんなユーリに、シエルが苦虫を嚙み潰したかの様な表情で呟く。
「シエル殿、セリエル殿の光属性の魔力はそんなに強大なのか?」
そんなシエルに問い掛けたのは、やはりと言うか魔導部隊の隊長であるシェリファス。
「…おたく、どちらさん? 医療部隊じゃないよなー」
「そう言えば貴殿には自己紹介をしていなかったな。北の魔王城、魔導部隊隊長のシェリファスだ」
「同じく魔導部隊副隊長のアルガです」
「右に同じく、魔導部隊のリシューと申します」
医務室にいるとは言え、軽装とは言え基本部分は戦闘服姿の三人はどう考えても医者や看護師ではありえない。
どういった関係か分からない人物の問いに素直に答える気は無いのだろう。
「そう言えば途中参加だったな。あまりにも普通に馴染んでいたから忘れていた。すまない」
「だから、ヴィンセント隊長のオレの扱いェ…」
シエルには魔導部隊の三人と顔合わせしていなかった事をここに来て思い出し、素直に謝る。
それにシエルがガックリ項垂れて見せたが、この男はこの短時間でそのくらい違和感なく場に馴染んでいたのだ。
やはり見掛け通りのただのチャラ男ではない。
「セリエル殿に来て頂いてる理由は話した通りだ。魔大陸の住人が光属性の魔力所持者を失って久しい訳だが、例外的とは言えこうして天使族よりの光属性の魔力を持つ幼子が出てきた。偶然にも魔大陸にはセリエル殿がいて下さったから第一の問題はどうにかなった訳だが、セリエル殿とて多忙の身。常にユーリを見ていられる訳ではない。そうなると何かあった時の対処法やらが必要になってくるのは当然だろう? 彼らはその点、魔導部隊を名乗るだけあって北の魔王領における魔導の研究の第一人者達だ。一番の適任と判断した故、同席してセリエル殿に教えを請いに来ている」
項垂れていたシエルだが、私の説明を聞いて顔を上げる。
「…魔族ってのは、どのぐらい天使族の事を知ってます?」
「ハッキリ言えば、共通して独特な色合いの金髪碧眼で背に翼を持つ外見的特徴と、成人するまでは中性体で性別を持たない事、天界と呼ばれる空中に存在する光属性の魔力に満ちた島に在住している故に光属性の魔力の扱いがどの種族よりも長けている事くらいだな」
「まぁ、そうでしょうね。オレだってこうして魔大陸に薬屋として関わらなければ魔族の事なんて知らなかったですし」
シエルが答える前に、前置きの様に質問してくるのに素直に答える。
他の面々も大きくは知識に違いは無いのか、特に補足の声もない。
「一口に天使族って言っても、光属性の魔力の量によって階級が違うんですよ。オレ達天使族は保有する光属性の魔力量に応じて翼の数も違うので、翼を見ればすぐに上・中・下の大まかな階級が分かります」
「階級社会なのか」
「えぇ、完全にね。“循環”を必要としなくなるか、一定年齢に達してからかは個人差ですけど、それから成人前までは学び舎でそれぞれの適性に応じて幅広く学び、成人すれば階級別に分かれ、更に回復・防御・攻撃という光属性の魔力の三つの要素の適性から個人の技能にあった仕事に振り分けられるのが一般的です。この辺は無駄に細かくなるのと、職務上の守秘義務に抵触する部分があるんで割愛しますね」
シエルの説明に医療・魔導部隊の六人にルートヴィヒが大人しく耳を傾ける。
「普通の一般的な天使族は二枚から四枚の翼を持ってます。天界の様々な生活を支え、働く主力。ここが下級。とは言え天使族の約七割を占める存在ですから、一般階級が正式じゃないかと思うんですけど。まぁ、それはオレの主観なのでどうでもいいかな。次が中級。六枚から八枚の翼を持ち、ここから一気に光属性の魔力量が大きくなります。どんなに少ない者でも一般階級の三倍は所持します。この階級が天使族の大体二割五分ですかね。オレは一応この中級なんですけど。……そして最後に、上級。基本十枚の翼を持つ天使族です。もうこうなってくると、正直一般階級と比べるのもバカらしいというか。魔族に分かりやすく言うと魔王クラスです。ホラ、光属性と闇属性って他の属性より強力だから特に魔力を抑えたりしない限り、そこにいるだけで威圧感の塊と言うか」
「「「「「「…………あぁ」」」」」」
階級別の光属性の魔力量の目安を聞き、上級の表現に思わず魔王様の姿が思い浮かんだ。
魔王城所属の六人揃って納得の声を上げる辺り、他の面々も同じなのだろう。
「上級は本当に数が少なくてですね。今、天界にいるのは二十人もいないです。全員が当然ながら様々な部門の責任者ですし。だから大天使とも呼ばれてますね。……ここにいるセリエル様はそんな上級の中でも伝説級の天使族でして、現在生存している天使族で唯一の十二枚の翼って言えばヤバさが伝わります?」
いつものヘラヘラした笑顔ではなく真顔で言うシエルに、思わず魔族六人揃って同じく真顔でセリエル殿を見る。
だが完全に抑制された魔力なのだろう。威圧感は然程感じない。
「…………何故そんな天使族が魔大陸に?」
「………………色々なモノが煩わしくなったので、な。天界にいては自由などない」
シェリファスの質問に、セリエル殿が暫し考えてから言葉少なに答える。
それ以上を語る事無く黙り込むセリエル殿から再びシエルに視線が向かった。
「そんなセリエル様の“循環”が合うって事は、つまりその子…ユーリちゃんも必然的にとんでもない潜在能力を秘めてるって事っスからね? 正直、どんなルーツから魔大陸にこんな子供が生まれたのか…オレも興味津々なんですけど??」
シエルの説明を聞けば、確かにユーリを奇異の目で見たくなっても仕様がない。
この子は、魔力属性の殆どを光属性に振られているのだろうとは思うが、それでも違和感を覚える。
それだけの潜在能力を秘めていながら、最低ランクの魔力量。そんな事があり得るのか?
それは兎も角、シエルの疑問に対する答えは我々もまだ持たない。
「残念な事に、それは一切不明でな」
「…は?」
「…この子は、『深遠の森』で一人きりでいた上に魔獣に襲われている所を偶然通り掛かった調理部隊隊長に保護されてこの北の魔王城にやって来た。帰せるのならばどうにか親元に帰してやりたいとは思うが、本人が記憶喪失で何も分かっていない。現在進行形で様々な面から手掛かりを探している所だ」
探る様なシエルの視線に状況を説明してやると、その目が呆然とセリエル殿に向かう。
正しくは、セリエル殿の膝の上のユーリにか。
「…………もしも魔大陸、それも東領で生まれ育ったのならば、気分の悪い話だが光属性の研究の為に産まれさせられた可能性さえもあるな」
「はぁ!?」
「その子供で今の所分かっている情報の中にどうやら東領の子供だと言うのがある。東領は魔導研究が他のどの領よりも進んでいる。その裏には倫理の欠片もない実験が多数あると言うのは、魔導を研究するものならば一度は感じた事がある筈だ。そうでなければ説明出来ない研究内容とその結果が纏められた魔導書が実際に何冊も存在している。…最も、現東の魔王陛下の統治下になってからはかなり厳重に取り締まられている様だが、それでも皆無ではない。そうなると素直に親元に帰す訳にもいかない。だからこそ細心の注意を払って、様々な方向から俯瞰的に考察する為の情報が必要になる」
更にシェリファスが情報を出せば、シエルは勿論、セリエル殿やルートヴィヒが表情を歪める。
「それは…下手をしたら、天使族が囚われている可能性があるってことですかね?」
「…否定はできかねる、という所だ。丁度いい。話を聞いたからには貴殿が調べてみればいい。過去三十年から五十年前までに行方不明になっている、高位の天使族かそれに連なる者がいないかどうか」
「簡単に言ってくれますねぇ」
「セリエル殿が貴殿の事を『有能』だと評した。また貴殿のセリエル殿への態度を見るに、セリエル殿に仕えていたのだろう。つまり、貴殿自身もかなり上級に近い天使族だと判断したが?」
「…………うーわ、やっぱ北の魔王城の隊長だけあるわ。怖ぇ」
こめかみを押さえて頭痛を抑える素振りを見せるシエルに、シェリファスが更に追撃を掛ける。
その言葉は恐らく図星なのだろう。
シエルが苦笑しつつ降参と言わんばかりに小さく両手を上げる。
「……オレもセリエル様じゃないですけど天界を半分は飛び出している身なんでどこまで調べられるか分かんないっスけど。まぁ、ちょっと調べてみますよ」
「…他に天使族の血が魔族に混ざる要素ってないんですかね。折角天使族も魔族もいるんですし、その辺何か思いつきませんか?」
そんなシエルに、ふとフォルが問い掛ける。
「天使族と魔族の血が混ざる要因、ねぇ。まず、天使族が自分の意志で魔大陸に来る。これは自分で言うのもなんだけどかなり物好きな部類。光属性の魔力がない土地って事は、戦力削られる様なモンだし。オレとセリエル様以外はここ最近じゃいないかな。まぁ、旅行とか観光なんて目的だったら皆無じゃないだろうけど…天使族は仕事でもない限りは基本的に外に出ないからなぁ」
「仕事として天界から出る事はある?」
「と言うか、人族の世界に一軍派遣してるんスよね。ずーっと昔から交わしてる契約があるから」
「…そこで人族と結婚する者はいないんですか?」
一つずつ、可能性を模索するフォル。
「あー……まぁ、人族側からしたら天使族って魅力的に見えるみたいだけど。恋愛なら兎も角、正直、生活習慣とかが全く違うから結婚ってなると難しい所があるなー」
「そうですか」
「…まぁ、男の事情ってヤツでハーフがいない事もないっちゃないけど。基本一般階級の子だから、大した力も翼も持たないかな。大抵は人族の世界で神官とかになってる、し」
状況を思い浮かべつつ話すシエル。
その語尾が、不自然に切れる。
これには思わず全員の視線がシエルに向かった。
「…………どうした、シエル」
「いえ、何でもありません」
セリエル殿が問い掛けると、シエルが笑顔で直ぐに答える。
「ちょっと尻拭いに駆け回った事件のアレコレを思い出しただけです」
「…そうか」
微妙に遠い目をしてその後を続けたシエルに、セリエル殿も微かに視線を逸らした。
…何やら過去にあったらしい事が何となく伝わってくる。
神官ではない、例外的な存在が居たのか?
「…取り敢えず、思いつくのはそんぐらいだけど。こんなんで何か役に立ちますかね?」
「思った以上に天使族というのは外に出ないのですね」
「そーね。お家大好きなのが天使族だから。というか、天界が一番光属性の魔力が溢れる土地だから、天使族にとってその分居心地良いのは確か」
そんな風にシエルが締め括ると、我々を見た。
「こんな話してる内に四半刻が経っちゃいそうなんですけど、そろそろ真面目に本題のアレコレ話しとかないとマズくないですかね?」
この言葉に、話が“循環”や光属性の事に変更される。
主にシエルが質問に応じ、必要に応じてセリエル殿が補足していく。
それを聞きながらメモを取りつつも、先程シエルが言葉を不自然に途切れさせた事件が何なのかが妙に引っかかっていた。