医療部隊と魔導部隊の二重奏~セリエルさんの受難を添えて~ 2
医療・魔導部隊の一般隊員さん達がそれぞれの仕事に戻った事で妙に閑散として見える医務室の中、それは深い溜息を吐き終えたセリエルさんの元へと残った人々が集まっていく。
まずは医務室の主である医療部隊隊長のヴィンセントさんに副隊長のバクスさん。
次に少し離れた所に控えていた魔導部隊隊長のシェリファスさん、副隊長のアルガさん、そしてもう一人。
最後に医療部隊隊員で指導員であるフォルさんと私、そして一緒にいたルートヴィヒ少年。
「申し訳ない、セリエル殿。天使族の実力者、それも同職に会うのが初めてな面々ばかりでな。皆、貴殿に興味津々なんだ」
「…大体の覚悟はしていた」
苦笑しつつヴィンセントさんがお詫びすると、セリエルさんが仏頂面で答える。
「まぁ、研究に関係のある仕事をしている者ならば医師でなくとも魔族とは違う視点を持つ天使族に食いつくだろうな」
「この百年である程度の事柄は経験済みだが…まさか北の魔王城に着いた途端にそれら全てを網羅する状況になるとは思わなかった」
「流石の師匠でさえ頬が引き攣ってましたもんねー」
「ルゥ。お前、真っ先に逃げたな」
「やだなー、師匠。ボクもある程度経験してますし? 危険察知能力はかなり鍛えられてますよ」
あ。やっぱりルートヴィヒ少年、要領が良いんだ。
それにしても、この親子やっぱり声がそっくりだなー。
魔導部隊の三人が目を丸くして親子を見てる。
「セリエル殿、取り敢えずこちら側の紹介をしよう。ユーリと私はご存知だろうから省略させて頂く。こちらが北の魔王城で魔術関連を専用に扱う魔導部隊の三人だ。魔導部隊隊長のシェリファス、副隊長のアルガ、そしてユーリの指導員に着任予定のリシュー。それと医療部隊副隊長のバクスと指導員のフォルだ」
そんな中、ヴィンセントさんがポンポンと自己紹介を進めていく。
名を呼ばれた面々がそれに目礼なり会釈なりを加えていた。
魔導部隊の知らないお一人は私がお世話になる予定の方なのね。あらま。
リシューさん、覚えておこう。後でご挨拶しなきゃ。
「ご丁寧に。魔大陸の過疎の地域の自由診療医師をしているセリエルだ。こちらは弟子のルートヴィヒ。…大体察しているだろうが、ヴィンセント隊長の子息だ。今回はその縁もあってお邪魔させて頂いている」
それにセリエルさんも淡々と返せば、ルートヴィヒ少年もペコリと頭を下げる。
「さて、まずはユーリの“循環”か。半刻程は掛かると見ても?」
「恐らくは。まだ“循環”が馴染んでいない状況だ。そんなに簡単に時間短縮はしないだろう」
「ならばその間に我々がセリエル殿と話をさせて貰えば時間の無駄はないな」
着々と予定を話し合っていくヴィンセントさんとセリエルさんに周囲の面々が話を聞きつつ同意を示す様に頷いたり。
そんなこんなで話が纏まりかけた時、医務室の入口が急に開いた。
「ちはーっす。薬屋でーす」
どこの三河屋さんかと思う様な掛け声で姿を現わしたのは、セリエルさんと同じ天使族特有の金髪碧眼のお兄さん。
その声に、医療部隊の三人と何故かセリエルさんが反応を示した。
このお兄さん、イケメンだけど微妙に軽いというか、現代のオシャレに気を遣う若者風の外見というか。うん、チャラい。
でもこの人も大柄だなー。天使族って皆大きい人が多いのかな?
「…シエル、来城予定は明日じゃなかったか?」
「あれ? 先週来た時に一日早くなるって伝えたんですけど話行ってません??」
ヴィンセントさんが怪訝な表情をして問い掛ければ、やはりお兄さんことシエルさんの返答は軽い。
というか、ヴィンセントさんの威圧を全く感じてない様子。強い。
「……バクス」
「はい、承知しました」
そしてヴィンセントさんの呼びかけに答える笑顔のバクスさん。…聞いてなかったんだね。その隊員さんに要指導、と。
笑顔だけで意思疎通しているこの二人の笑顔は怖い。
「お客が来てたんですか……いぃ!?」
「…久しいな、シエル」
「―――…っセリエル様!!?」
その一方で、私達に視線を向けたシエルさんの表情が驚愕に染まる。
そんなお兄さん、セリエルさんの姿を認めた途端に反射的に片膝をついちゃったんだけど!?
これには流石の北の魔王城の面々も呆気に取られてる。
「…………ここは天界でもなければ、今は役職も無いそこらの一天使でしかないんだが?」
「セリエル様がそこらの一天使なら、そこらの天使達は微生物でしかないんですけど!!??」
セリエルさんが眉間に深くシワを刻んだ凄く嫌そうな表情でシエルさんを軽々と立たせる中、当のシエルさんは混乱の極みにいる状態だった。
何これ、カオス。
と言うか、シエルさんにここまで言わせるセリエルさん何者?
「……取り敢えず、お前は仕事を果たせ。薬屋なのだろう」
「セリエル様のご命令とあらば、最速で終わらせます」
面倒臭くなったのか、セリエルさんが溜息交じりに告げた。
これにシエルさんがさっきまでのチャラさをどこかにしまってキリっと答えた事でこのグダグダは一応の終わりを告げた。
行き違いは兎も角、来てしまったシエルさんがいるので“循環”はまだ始まらず。
バクスさんとフォルさんがシエルさんと薬の受け取りと次の発注の確認なんかの必要なやり取りをしている。
そんな中、セリエルさんがヴィンセントさんに声を掛けた。
「ヴィンセント殿の心当たりのある天使は、もしやアレか?」
「えぇ、チャラい…本人の飄々とした性格と今まで仕事上のやり取りだけで終始していたので、為人が今一掴めずにいたというか。薬に関しては十分信用してはいますが」
「…ああ見えても有能な天使であるのはオレが保障できる。一度、アレにユーリの“循環”をさせてみてもいいかもしれない。万能型…数多くの天使族に対応した魔力の性質を持つ故、オレよりも圧倒的多数の“循環”をこなしてきた実績がある」
そんなセリエルさんとヴィンセントさんのやり取りに、バクスさんとフォルさんの注文確定を待っていたシエルさんが二人を見る。
ヴィンセントさん、シエルさんの事をチャラいって思ってたんだね。
「シエル、この子はユーリ。…魔大陸生まれだが光属性を持つ魔族だ。恐らく天使を祖先に持っているらしく、オレの座りに反応を示した」
「はじめまちて。ユーリでしゅ」
「…は? 子供??」
その視線にセリエルさんが私を紹介してくれたのでご挨拶。
シエルさんはセリエルさんに促されて落とした視線の先の私を見て目を丸くする。
「ユーリは北の魔王城の仮隊員として正式に認められている。子供だが非常に有能な子だ」
「既に光属性を回復術で開放している。だが魔大陸には光属性所持の大人がいないし、“循環”も出来ない」
「それでセリエル様が……って納得する訳ないでしょうが! セリエル様は自分がどれだけ強大な光属性所持者だと思ってるんです!? その“循環”を受けられるってそんなの天界でも片手の数もいないんですけど!!?」
ヴィンセントさんの紹介に続いてセリエルさんも私の情報を付け加えるが、シエルさんはさっき以上の驚愕でもって答えている。
「そもそも何で光属性の開放をいきなり回復術でやってのけてるんだよ! そんなん天界含めてセリエル様とリュシエル様以来だっつーの!!」
「う?」
「…出来るモノは出来る。理由なんぞ知らん」
敬語すら忘れた激しいツッコミに反応に困ってセリエルさんを見ると、セリエルさんも私を見て淡々と返してくれた。
ですよねー。っていうか、セリエルさんも同じクチだったのね。
「兎に角、先日はオレしかいなかった以上オレが“循環”をした。今回はお前がいるんだ、お前がやってみろ」
「はい、喜んで!」
やけくそ気味にセリエルさんの無茶振りに答えるシエルさんだけど、今度はどこぞの居酒屋さんの様になっていた。
シエルさんがバクスさんとフォルさんから次回納品の薬の発注を受けた所で、漸く軌道修正されまして。
と言うか、気付けばセリエルさんに淡々と巻き込まれたシエルさんも加わった。
セリエルさんに促されて仕切りのカーテンが開放されている医務室のベッドの一つにシエルさんがあの左足だけ胡座をかく様な独特な体勢で座る。
…その格好に惹かれるモノはあるんだけど、何と言うか、先日の様な吸い込まれるような魅力は無い気がする。
そんな事を考えていると、なかなか近付こうとしない私にシエルさんが手招きをする。
それに従って近付くと、軽々と抱き上げられた。
居心地の良さを求めて丸まってみたけれど、何と言うか、これ違う感。
そんなこんなの内に光のヴェールに包まれたんだけど。
前回のセリエルさんの淡い輝きの光のヴェールと違ってなんかやたらキラキラしてるというか、光量が大き過ぎるのか眩しいと感じてしまう。
例えるなら、全面鏡張りの個室でシャンデリアの光があちこち反射している様だ。
どことなく居心地悪いというか、落ち着きなくもぞもぞと動いてみるけどポジションが定まらない…。
首を傾げつつ暫くそのままでいると、覆っていた光のヴェールが解かれた。
「…オレの“循環”が合わないのかな?」
「万能型と言われたお前の“循環”が合わないか」
シエルさんとセリエルさんが私の頭上で不思議そうにそんな言葉を交わす。
合わない…うん、そうかもしれない。
「……お兄しゃんは、なんか」
「「なんか?」」
「うんと、キラキラ? シャラシャラ?? ……チャラいでしゅ。セリエルしゃんみたいに落ち着かないでしゅ」
思わず率直な感想を二人に伝えてみる。
失礼かもしれないけど、感覚的に「チャラい」と言うのが一番しっくりくるかもしれない。
すると、途端にシエルさんが噴出した。
「ブハっ! チャラい…っ。オレ、光属性の魔力までチャラいって言われた!」
「外見そのままか。子供は正直だな」
「ヴィンセント隊長ヒドイっすね!」
ヴィンセントさんもシエルさんの事をチャラいと思っていたのか。
バクスさんとフォルさんもうんうん頷いていて、更にシエルさんの爆笑を促している。
成程、これが草を生やす人の現実の姿なのね。理解した。
「セリエル殿、どうやらユーリは貴殿の“循環”が合っている様だ」
「…その様だ。シエル、場所を代われ」
「あははっ、了解しました」
ヴィンセントさんの見解にセリエルさんも頷き、シエルさんと代わってベッドに座る。
シエルさんに床に降ろされたけど、セリエルさんを見るとやっぱりウズウズしちゃうんだよなー。
恐らく猫まっしぐらってこう言う感覚だと思うの。
呼ばれるよりも先にセリエルさんの目の前に行って、抱っこをせがむ様に両手を広げてスタンバイ。
そんな私をセリエルさんが微苦笑しつつ軽々と抱き上げ、その胡坐をかいた膝の上に乗せてくれる。
そうそう、コレですよ。このジャストフィット感。
迷いなくクルっと丸くなる。
それと同時に淡い光のヴェールに包まれた。
光量はシエルさんと違って決して大きくないけれど、密度が高い細かい光が真珠の様でありながら、更に白・クリーム色・淡い青と様々な色で万華鏡の様に次々と違う煌めきを見せてくれるのがとても綺麗で落ち着く。
見ている内に安心感にも包まれている様な感覚を覚えて、そっと目を閉じた。