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別視点34 ヴィンセントの休日〜午後〜

書斎でバクスからの報告書と書斎にあった文献を読み込み、ユーリの“おまじない”に関する考察を簡単にまとめる。


魔大陸は光魔術に関する文献が元々少なく、古い物が多い。今、手元にある本も色褪せているのが良く分かる。

新しい情報が欲しいとなると、とある伝手を辿る必要がある。

そうなるとエリエスにいくつか申請書を出さなければならない。


出勤したら取り敢えず確認すべき文献の書き出しと、提出すべき申請書の書き出し、シェリファスを含めた会議に向けて必要な準備リストの作成も終えれば、あっという間に一刻が過ぎていた。




集中して少し疲労を覚えた目頭を軽く揉んでいると、窓をコツコツと叩く音に気付いた。

音の方へ視線をむけると、そこには本日二回目の魔鳥の姿。


ただし、北の魔王城にいる魔鳥の特徴とは全く違う個体だった。

取り敢えず室内に迎え入れると、左腕へと誘導する。


どこのとも知れない魔鳥だが、この家には特殊な魔術の札を仕込んでいる。

辿り着くには私に関わりのある者としてその魔力が

登録されていなければならない。

つまり、私に関わりのある誰かからの手紙には違いない。


足の筒から手紙を取り出し、魔鳥を帰すより先に手紙に目を通す。

その字を見てすぐに警戒が霧散した。


――― 父さんへ ―――


息子であるルートヴィヒの字で、今日の出張仕事が比較的家の近隣で早く終わるので帰宅するとの旨と二人分の夕飯の追加依頼が記されていた。


急だとは思ったが、今日、ユーリが家に来る事を伝えていた。

その日の帰宅は無理かもしれないと所々に悔しさが滲み出た返信が届いていたのだが…。


恐らく、出張位置と進み具合で師匠に直談判したのだろう。そして、許可を得てすぐに魔鳥屋に走った、と。


完全に嬉しさが滲み出た手紙に、苦笑が溢れる。


確認が終わり、魔鳥に労いの木の実を与えて窓の外へ放った。







丁度まとめのキリも良かった為、机を片付けると文献一冊とルートヴィヒの手紙を手に居間へと向かう。


居間に入ると、リィンの後に付いて夕飯の支度を手伝うユーリの姿があった。


「リィン、ルゥが夕飯だけ帰ってくるみたいだぞ」


まずはリィンにルートヴィヒの手紙の事を伝えると、リィンが笑ってすぐに夕飯の追加の為の確認に動いた。


ユーリはと言うと、私の手にあった手紙に興味深々らしい。

リィンが追加を決める間に配達方法を聞き、目を輝かせていた。


「追加メニューはお肉にしましょう。ホロ鳥のお肉も今日買ってきたからそれを特製ソースでグリルにすればきっとルゥがいてもお腹一杯になるわね」


そうこうしている間にリィンがメニューを決めて戻ってくる。

それを聞き、ユーリがニコニコ笑顔を浮かべた。

魔鳥の話を聞いて尚鶏肉メニューに喜ぶ姿は、実に食欲に忠実だった。

下手な同情心無く割り切れるのはこの子にとっては良い事だろう。




夕飯の支度の準備を進めるリィンとユーリを、文献片手にコーヒーを飲みつつ眺める。


さっきは良しとしたが、ユーリの情緒教育についてはディルナンとエリエスに相談しなければ。

そう言えばディルナンが魔術教育の絵本を読み聞かせた時に喜んだと言っていたな。


丁度夕飯の支度ももう少しで終わりそうな様子だ。

ルートヴィヒの帰宅にはまだ少し時間がある。

そうと気付けば、席を立って過去にルートヴィヒの為に用意した絵本を探しに納戸へと向かう。


特に有名な三冊の絵本を手に居間に戻ると、丁度一段落した所らしかった。

リィンに視線を向けると、終わったと頷いてみせる。


椅子に座り直すと、ユーリもこちらに視線を向けたので手招きして呼び寄せた。

そのまま私の膝の上に乗せると、持ってきた絵本を見せる。

予想はしていたが、残念ながらユーリはどの話も知らないと首を横に振った。


「ではユーリの好きな御伽噺を探してみるとしよう」


折角の休みだ。

休みくらいはこうして子供らしく扱っても良いだろう。


まず今日はこの三冊。

追って色々な絵本を読んで聞かせてやれば良い。

そんな事を思っていると、リィンも話を聞きにソファへやってきた。




絵本が二冊読み終わる頃、ルートヴィヒがそろそろ帰宅するであろう時間が近づいていた。


リィンが立ち上がって夕飯の仕上げに動こうとすれば、ユーリもリィンの後を追っていく。


少しずつ完成していく食事に、ユーリのお腹の虫が空腹を訴え始めた頃、玄関の呼び鈴の音が聞こえた。

笑いを噛み殺しつつ、私が出迎えに玄関に向かう。


扉を開けると、そこには記憶よりも少し大人びたルートヴィヒとその師匠であるセリエル殿の姿があった。

セリエル殿に会うのはルートヴィヒが働き始める時に挨拶して以来になる。

相変わらず同じ医師とは思えない。むしろ外警部隊や近衛部隊の騎士達の方が外見としては近いだろう。


「ただいま、父さん」

「おかえり。…セリエル殿もようこそ」

「いや、こちらこそ突然の訪問で失礼する」


リィンにそっくりな笑顔で帰宅の挨拶を告げるルートヴィヒを出迎え、セリエル殿を歓迎する。

それに淡々と返すセリエル殿だが、冷たい印象は受けない。


「ルゥ、我儘を言って師匠を振り回すんじゃない」

「今から帰って食事の準備するより師匠に美味しい物を食べさせられるし、ボクはユーリちゃんに会える。一石二鳥でしょう?」

「お前は…」


ルートヴィヒを小さく咎めるが、当の本人はどこ吹く風でのほほんとしている。


いつまでも玄関に足止めする訳にもいかず、二人を居間へ案内する。

そこにはすっかり食事の用意が整ったテーブルがあった。

二人の姿に、リィンが出迎えに出てくる。


「ただいま、母さん」

「おかえりなさい、ルゥ。セリエルさんもようこそおいで下さいました」

「…お邪魔させて頂く」


玄関でのやり取りと同じような挨拶を交わす三人を、ユーリがチラチラと見る。

そんなユーリにセリエル殿が視線を向けるとユーリが照れた様にはにかんで会釈した。

次いでユーリがルートヴィヒを見れば、待ってましたと言わんばかりにルートヴィヒがユーリの前に進んでしゃがむ。


笑顔で自己紹介を済ませるなり、兄として自分を呼んで欲しいとちゃっかり伝えるルートヴィヒ。

そんなルートヴィヒを抵抗なく「ルゥにーしゃま」と呼ぶユーリ。

…こうなると、早く私も「パパ」と呼ばれたいものだ。


そんな事を思いつつ、食事にしようと全員でテーブルに座る様に促した。




わたしとリィンの間にユーリ、対面にセリエル殿とルートヴィヒが座り、食事が始まる。


リィンの作ってくれた食事に満面の笑みで舌鼓を打つユーリとルートヴィヒ。

大人三人よりも素直な反応は初対面にも関わらず、どこか似ていた。


リィンの躾のお陰でルートヴィヒの食べ方はとても綺麗だ。

だが、年頃の男らしくその食事量は半端ない。

ユーリがそんなルートヴィヒに思わずと言った感じで見入っていた。


リィンがおかわりを客分である二人に勧めると、ユーリがふと二人に仕事を尋ねる。

まぁ、白衣を着ていないセリエル殿の外見では医師とは分からないだろう。


そう思いつつルートヴィヒが説明するのを聞きつつ言葉を挟んでいると、思いがけない内容が飛び込んできた。


「因みに師匠は天界出身だから魔大陸にはない治癒魔術を使った治療もできるし、魔大陸とは別視点からの医療魔術の構成も手掛けてるよ」


……セリエル殿が治癒魔術を使えるとは知らなかった。

まさかの巡り合わせだった。こんなに運良く専門家に会えるとは。

そうなると、取っ掛かりだけでも作っておくに越した事はない。


「セリエル殿は治癒魔術の扱いに長けていらっしゃる?」

「……一通りのモノは困らない程度には扱えるが」

「それは好都合。…食後に少し相談させて頂きたいのだが」

「…私で良ければ」


思わず仕事の時の顔でセリエル殿に声を掛けると、思い切り警戒されるのが分かった。

だが、ここでセリエル殿を逃したくはない。


何せそれまでに浮かんでいた唯一の心当たりは付かず離れずの医療部隊の取引相手で、どこまでユーリと関わらせるべきか悩む様な一癖も二癖もある天使だった。


彼よりも、ルートヴィヒの師匠でもあるセリエル殿の方が安心してユーリを預けられる。


言質を取った所で仕事の顔はしまい込み、穏やかな食事に戻る。

少しだけワインも楽しみつつ食事を終えると、セリエル殿とソファへと移った。

左足をソファの上で胡座をかく様に独特な体勢で座るセリエル殿。


そんなセリエル殿と他愛ない話でお互いの出方を探り合う。

そんな中、リィンの手伝いでルートヴィヒと付いて行った筈のユーリが、身長の問題で手伝いが無くなったのかショボンとしつつソファの方へとやって来た。


そのまま何の躊躇いも迷いも無く、セリエル殿の左足の上に丸まる様に座って収まる。




何故だ!

そこは私の膝の上に来る所だろう!?




余りの事に心中で荒ぶった。

それが声に出なかったのは、誰よりもユーリが一番驚いていたからに他ならない。


セリエル殿も驚いてはいたが、そんなユーリを見てその小さな頭を撫でると迷いなく魔術を紡ぎ出した。


光のヴェールが、ユーリをすっぽり包み込む。


「セリエル殿、コレは…?」


恐らく誰よりも状況が分かっているであろうセリエル殿に問い掛けると、セリエル殿が溜め息にも似た息を吐き出した。

そして何かを諦めた様な、面倒臭さを滲ませた様な表情を一瞬覗かせる。


「貴殿の先程言っていた相談と言うのは、この幼子に関してか」

「…もう、状況を把握していると?」

「完全では無いが、なんとなくは。まず結論から申し上げると、この幼子は天界の血を引いているのだろう」


ズバリと切り出された言葉に、視線で続きを求める。


「私のこの体勢は、天界に在る者特有の体勢なのだ。光属性の魔力は“循環”させるコツを覚えなければ上手く扱えない。その為、幼子は皆、大人に“循環”を手伝って貰って徐々に体に覚えさせていく。この状態がまさにそうで、殆ど本能的なものだ」

「…本能」

「だが、天界に在る者は天界の魔素の影響で私の様な色の組み合わせの者達ばかりだ。この幼子の外見から考えるに、魔大陸に何らかの形で入っていた天界の血による隔世遺伝で光属性の素質が開花したのだろう。天使と言われる象徴の羽が生える確率は低いと思う」


天界出身のセリエル殿だからこそのユーリに対する見解。

それは貴重な意見だった。


「それにしても、この幼子はかなりの光属性の素質を秘めている。普通、潜在的とは言えその素質に合った大人に“循環”を手伝って貰うものだ。私は光属性の割合が強かったから、こうして幼子を乗せた事は殆ど無いのだが…」

「光属性の魔力を扱うのは天使と言えど難しい?」

「攻撃系統や結界は比較的扱い易いが、回復系統はとても繊細な扱いを必要とする」

「…実は、このユーリはもう既に治癒魔術と思しき術を発動させているのだが」


セリエル殿は隠し事をする素振りさえ見せずにこれだけ説明してくれているのだ、最早探り合いなど必要無いだろう。

手札を迷わず切ると、セリエル殿が軽く瞠目した。


「本人は痛みを軽減させる“おまじない”程度だと思っている様だが、北の魔王城の医療部隊の医師達が治癒促進の効果を認めた。だが、ご存知の様に我々魔大陸の住人は魔素の影響で一昔前ならいざ知らず、今や光属性を扱える者はいない。正直、お手上げ状態で困っていた」

「反応を見る限り、恐らくこの幼子が“循環”の手ほどきを受けたのは今回が初めてだろう。それを思うとこの幼子の光属性の扱いが心配だ」

「発動した治癒魔術は問題無いと?」

「完全なる治癒ではなく、治癒促進だったのだろう? その程度ならば初歩中の初歩の術に等しい。受け手側の影響などせいぜい倦怠感か眠気程度だろう」


治癒魔術を使いこなすだけあり、セリエル殿が迷いなく起こり得る副作用を告げる。

それはバクスからの報告とピタリと一致する症状。

つまり、やはりユーリの“おまじない”は治癒魔術なのだ。


「セリエル殿はユーリがいきなり治癒魔術を使ったであろう事に対してどう思われた?」

「元々最初から光属性の魔力を器用に扱える幼子も皆無では無い。相手を癒したいと願う強い想いからどの系統よりも早く治癒魔術を発動した幼子もいた。そうかと思えば体で覚えるよりも理論で頭から理解する幼子もいる。体得の仕方は人それぞれ。どんな経緯を経ても、実際に発動して効果を示せばそれは治癒魔術と言える。そうなると問題はいかに自分の力量を把握して適切に扱える範囲を理解しているか否かだ。何せ治癒が司る復活の裏に潜むのは破壊なのだから、様々な反動も大きい」


セリエル殿の迷いのない返答に、ユーリは少し変わってはいても異質ではない事を知る。

そして、私にとって未知の光属性の魔力は存外恐ろしい力である事も。


そうなると、ユーリの今後についてが問題になる。


「この“循環”というのは天界ではどの位の頻度でどれぐらい成長するまで受けるモノなのか?」

「幼子に合わせて行う。必要になれば勝手に膝に乗りに来るものだが…どんな幼子でも最低でも月に一度は“循環”させていた筈だ。期間は個人差が大きいからなんとも言えないが」

「この“循環”はどれくらい時間が掛かるモノか?」

「四半刻から半刻くらいだ」

「それをセリエル殿にお願いするのは?」

「他に心当たりは?」

「無くは無いが、信用出来るか分からないと言うのが正直なところか」


次々に言葉を重ね、状況を共有していく。

魔素の強さの影響で子が少ないのは天界も同じ事だ。

セリエル殿もユーリを見捨てようとは思っていない様子。


そうこうしている間に、皿洗いを終えたリィンとルートヴィヒがソファにやって来て目を丸くした。


「せっかくユーリちゃんと遊ぼうと思ったのに!」

「ユーリにとって必要な状況だ。…今後もセリエル殿に定期的に北の魔王城に出張依頼する事になる筈だから、その時に会えるだろう」

「え。…それって北の魔王城の医療部隊の文献も読めるって事?」


ルートヴィヒが嘆くが、私の説明を聞くなり別の所に食いついてきた。


「相応の働きはしてもらうぞ」

「やった! 試薬も出来るかもしれない‼︎」

「……それは新しい薬を作る方か? それとも新しい薬を使う方か?」

「両方!」


ルートヴィヒのこの性格は誰に似たんだ。


「…………外見は違えど、この父にしてこの子あり、か」

「あらあら」


視線を逸らして呟いているが、しっかり聞こえているぞセリエル殿。

それはどういう意味か。







結局、ユーリの“循環”が終わるまでに半刻を要し。


その間にリィンはユーリのお風呂と寝る準備を整え、セリエル殿とルートヴィヒとは北の魔王城への出張について話を詰め。


終わった所でセリエル殿とルートヴィヒが帰宅した。


リィンがユーリを連れて風呂に入った頃に書斎に入り、セリエル殿から聞いた話もまとめる。


「天界の血、か」


ユーリを構成する、新たなる因子。

幼児期は中性体として育つ、魔族とは全く異なる種族の血。

その隔世遺伝の一つとしてユーリが中性体である事も納得がいく。


だが、天使の様に成人すれば性別が固定されるのか。


もし魔大陸の中性体としての因子を持つならば、ユーリは男であり女でもあり、そのどちらでもない可能性も捨て切れない。


「医療部隊として判断するにはまだまだ情報が足りないな」


今日だけで随分と増えたユーリに関するメモ。

追求すれば、どれだけ増えるのか。

きっと魔導部隊にも渡れば、更にその量は増すのだろう。


書き上がったそれらを纏め、明日の出勤の準備もしてしまう。

ユーリの調理部隊の出勤に合わせて出るのだ。

早朝出勤だが、やるべき事はいくらでもある。


「さて、風呂入って休むとするか」


すっかり凝り固まった肩を回し、灯りを消して書斎を後にした。

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