別視点32 光射す(イオ視点)
「何やってる! 集中せんか!!」
「はい!」
待ちに待った戦闘訓練だった。
いつもの新人と指導担当の隊員だけの戦闘訓練では無い。
外警部隊の警護担当と休日の隊員以外が揃う、三ヶ月に一度だけの戦闘訓練。
同期達と切磋琢磨するだけでは感じられない、学べない、実践に近い空気を帯びた重要な訓練の場。
それもオレ達新人達の昇格試験を目前に控えて、のだ。
だと言うのに、訓練を付けてくれている先輩の言う様に全く集中出来ずにいる。
同じ部隊の同期と言っても、様々なヤツがいる。
大多数は己を高めたり、剣の道を究めようと志高く北の魔王城の門をくぐった者だ。
その一方で、『北の魔王城の隊員』という箔を求めてやって来た俗物もやはりチラホラといる。
前者とは仲良くやれている。
だが、後者とはどうも反りが合わない。
努力をして、実力もあるやつが上を目指すのは当たり前の事。
だが問題のヤツ等は自分を高める努力を嫌うクセして地位と名声だけは欲しがる。
北の魔王城に入隊するだけあって中途半端に実力があるだけに自身の過大評価が進むから、自分が認められない事に常に苛立ち続ける。
結果、自分達よりも上に行くのが見えている者たちを妬む。
終いには似た者同士で連み、外警部隊の掟として私闘は禁じられているにも関わらず上の人間の目を盗んでは連携プレーで妬んだ相手を貶めようとあの手この手で害を加えて来る。
そうして妬んだ相手が自分達より下に行く事に快感を覚えたヤツなど目も当てられない。
そんなヤツ等には関わらないに越した事は無いが、向こうから突っ掛かって来る。
いつもならその手のチョッカイは上手く躱せていたのに、ちょっとした油断でヘマしちまった。
左腕の、肘と手首の間。
どうにか防御したから左腕で済んだが、骨こそどうにか無事だったが派手に打撲した。
いや、もしかしたら微妙にイッてるかもしれない。
本当は医療部隊に診て貰った方が良いのも分かっている。
だが、どうしてもこの訓練だけは外したくなかったのだ。
昇格審査に向けて少しでも鍛えておきたかった。
こんな怪我が見つかれば、どう考えても訓練を止められるに決まっている。
最悪、昇格審査さえも受けられなくなるかも知れない。
そんなのは絶対にゴメンだ。
他のヤツ等に置いて行かれる気は更々無い。
何より、この怪我の元凶のヤツ等にだけは何が何でも負けたくなかった。
オレだって、自分を鍛えたくて北の魔王城の門をくぐったんだ。
自分がどこまで出来るのかをもっと試したい。
どうにか周囲に怪我を隠して訓練に参加したものの、怪我を負った部分が熱い。
気持ちとは裏腹に動くのさえも億劫で、痛みが感覚の全てを支配していく。
どうにか必要最低限の動きをこなすのが精一杯で、折角の指導内容が少しも頭に入ってこない。
先輩だって、凄くイライラしてる。
リンクの外から飛ばされる野次だって、応援ではなく罵声ばかりだ。
そんな中、怪我の元凶達がニヤニヤしてるのが余計に癇に障る。
「もういい! さっさと手当行って来い!!」
終いには捌き切れなかった諸々の傷の治療に行けとリンクから追い出されてしまった。
一礼し、取り敢えずは指示に従う。
その後にもう一度、訓練を付けて貰う為に並ばなければ。
「次の人、どーぞ」
軽傷と判断され、ここ数日噂になっている仮入隊の幼子が処置を行う列に並ばされる事暫し。
順番が回って来て、処置の為に椅子に座らされる。
その隣の椅子に立ち、ちょこまかと消毒に動く幼子は噂に違わずとても小さい。
何でこんな子供に消毒される事になってるんだか。
所属は調理部隊だったか?
それが何で今、医療部隊にいるんだよ。意味分かんねぇし。
こんな子供に何の仕事が出来る??
ディルナン隊長に拾われた幸運だけで北の魔王城に仮入隊するなど、贔屓にも程がある。
外警部隊は人数も多いが、志望者も多かった。
北の魔王城に入隊するのに、オレ達がどれだけ苦労して試験を受けたと思っているのか。
そんな事を思えば、外警部隊がこの幼子に好意的で無いのも当然だ。
オレだって少しも良い気分などしない。寧ろムカつくことこの上ない。
「……おにいちゃま、バンザイしてくだしゃい」
しかも治療を終えたにも関わらずこんな意味の分からない事を言われれば、怪訝な表情にもなる。
痛い腕を動かしたがる馬鹿がいるか。
そう思って無視して立ち上がると、幼子がその左腕を掴んで来た。
咄嗟に呻き声は押し殺したが、痛みに全く備えていなかった所為で激痛が広がる。
「フォルしゃん、このおにいちゃま怪我人でしゅ!」
「おや」
「怪我なんかしてねぇ!」
そんな中、幼子のそんな声が耳に入り、慌てて否定する。
まさか、気付かれてたってのか!?
冗談じゃない。ここでバレたらこれまで我慢して訓練に出た意味が無くなっちまう!
だと言うのに、幼子が声を掛けたフォル医師ではなくグレイン医師が出て来ちまった。
この人やヴィンセント隊長の目を逃れるなど、この上なく難しい。
焦るが、幼子に怪我の場所までしっかり指摘されちまった。
それを聞いたグレイン医師が慣れた手つきで装備を外し、怪我を暴き出す。
「大した怪我じゃねぇの。コレを怪我と言わずに何を怪我って言うんだかね」
「グレイン医師、こちらへ」
あぁ、逃げられない。最悪だ…。
グレイン医師に連れられてフォル医師の処置スペースに入ると丁度前のヤツの処置が終わったらしく、そのまま二人掛かりで押さえつけられて治療が始まる。
「ギリギリで骨は無事そうですね。と言うかコレ、明らかにここ二、三日の怪我じゃないでしょ」
「いっそ動けない様に固定するか?」
「ちょっ、オレ、まだ訓練が!」
医師二人の言葉に思わず声を上げると、二人揃って冷たい目を向けて来る。
…医療部隊、マジで目が怖ぇ!
「医療部隊がバカに付ける薬は一つだ。フォル、『アレ』を使え」
「そうします」
今の二人の遣り取り、何!?
フォル医師の笑顔が逆に恐ろしさを増長させるんだけど。どこからともなく冷気発してるよな!!?
そんでもっていくら二人掛かりで押さえつけられているとは言え、常日頃鍛えてるオレがピクリとも全く動けねぇんだけどっ!
医療部隊、さり気無く全部隊一の怪力揃いって言うのは本当だったのかっ!!
「さ、ボク等も暇じゃないからさっさと治療してしまおうね」
迷い無く治療道具の入ったケースからフォル医師が薬と一緒にタオルを取り出し、何故かそのタオルを噛ませられた。
え? 痛みで奥歯をかみ砕かない様に??
ちょ、まっ!?
---この日、痛みも限度を超えると逆に声が出ないんだと学んだ。
訓練が出来ないのならせめて他のヤツ等の訓練を見たかったのに。
「痛い間は戻ろうなんて馬鹿な事は言わないだろう?」なんて笑顔で言い放った医師二人は鬼だ。
そんなオレを放置し、二人とも普通に治療に戻っている。
処置の激痛は収まって来たものの、座っている事さえも苦痛な痛みは続く。
半ば放心状態でいると、そっと額に滲んでいた脂汗を拭ってくれる手があった。
「チビ…」
「もうちょっとのガマンでしゅ」
どうにか視線を向けると、いつの間にか隣の椅子に幼子が立っていた。
鬼の様な医師二人の後だからか、あんなに存在がムカついた幼子が天使に見える。
そう思っていたら、幼子が目を瞑った。
「〈痛いの痛いの、飛んで行けー!〉」
更には聞いた事も無い言葉が飛び出したと思ったら、左腕の怪我に淡い光が生まれた。
それは直ぐにすっと空気中に散って消えてったけど。
「……え?」
「痛いの軽くするおまじないよー」
目の前で起こった光景に目を疑っていると、幼子が教えてくれる。
…今の所は怪我や痛みに特にどうと言う変化は無いんだが。
「…凄いな、チビ。さっきより痛くない気がする」
それでも気持ちはありがたい。
「早く良くなって、またがんばってね」
「……そうだな。訓練はこれからも沢山あるよな」
礼を言おうと思ったら激励までされ、ハッと我に返る。
ここで無理をしなくても、まだ先は幾らでもある。
あんなロクでも無いヤツ等にしてやられた所為で負った怪我に負けたくなくてがむしゃらになってたけど、無理をしたって何一つ良い事なんて無かった。
きっと、これ以上は無理をするなって事なんだろう。
こんな幼子に気付かされるなんて。
「じゃあ、ボクもおかたづけしてくるの」
「おう。ありがとな」
もう一度汗を拭ってくれる幼子に礼を言うと、ニッコリと満面の笑みを見せてくれる。
何だか見てるこっちまでつられて笑顔になる様な、ほんわかした笑顔。
同じ笑顔でもさっきのフォル医師とはえらい違いだな、オイ。
…あの幼子、こうして見ると医療部隊の中のオアシスなんじゃないだろうか?
幼子の“おまじない”から暫くして。
アチコチで訓練は終了し、片付けへと移って行く。
その頃には少しずつ痛みが引き始め、周囲の状況を確認出来る様になっていた。
幼子も片付けが終わったのか、グレイン医師に手を引かれて闘技場を去って行く。
「さて、ユーリちゃんの“おまじない”の効果はどうかな?」
幼子本人の姿が無くなった所で、フォル医師がそんな声と共にオレの怪我を再び確認していく。
それに素直に確かに痛みが減少したと感想を述べると、アッサリ同意される。
痛み止めを飲むまで普通に喋れる筈が無いって、どんな薬で処置してんだよ!?
「念の為に、一回分の痛み止めを処方しておこう。悪化が見られたら直ぐに医務室に来る事。それと、予約票を出すから明日の朝一で診察に来なさい」
「…はい」
色々ツッコみたい気はするけど、何だか墓穴を掘りそうで。
グッと言葉を飲み込んでいると、嫌なモノを出されてしまった。
『予約票』。外警部隊では別名『罰鍛票』。
コレが出たら指導担当に即座に提示の上、朝一で医務室に行かなければならない。
何せ、バックレようモノなら笑顔で医療部隊からお迎えが来る。
しかも態々隊長か副隊長を通して、指導担当からのお呼び出しで。
強制連行で医務室に連れて行かれてから診察の後、指導担当プラスαの説教と怪我が良くなり次第とは言え地獄の様な苛烈鍛錬が手ぐすね引いて待っている。
イヤイヤながらもサインをして控えと薬を受け取り、ノロノロと観客席からリンクへと降りて行った。
「イオ、大丈夫か!?」
振り分けられていた班に戻ると、仲間達が駆け寄って来た。
「遅くなっちまって悪ぃ」
「そんなんはお互い様だって」
「げ、それ『罰鍛票』じゃねぇか!」
「そんな怪我してたのか!?」
口々にそんな声が上がれば、指導担当のカイザー先輩もこちらにやって来る。
「イオ」
「すみません、カイザー先輩。明日の朝一で行ってきます」
「…馬鹿野郎。次からはさっさと医務室に行きやがれ」
「はい」
一つ頭を下げると、カイザー先輩によって訓練の終了と解散が命じられた。
オレ達の班は、今日はこの後のシフトは入っていない。
「カイザー先輩は勿論だけどさ、イオの相手をしてたジョル先輩もおかしいって言ってたんだ」
「そうだぜ。「いつものイオならもっとキレと勢いがある」って」
「だからお前がグレイン医師とフォル医師に捕まったのを見て、二人揃って頷いてたんだ」
「オレ等はてっきりここんとこずっと腹具合でも悪いのかって思ってたけどなー」
「最近、事ある毎に便所籠ってたもんな」
「もうイオピーって呼べねぇや」
「…って、おいコラ待てや」
隠してた心算で、案外バレバレだったらしい。
本当、何してたんだ、オレは。
ワイワイと心配してくれた同期はありがたいが、最後の言葉は聞き捨てならねぇ。
思わずいつものクセで反射的にソイツの頭を殴ったが、その衝撃は不思議と左腕に響かなかった。
翌朝。
いつもより少し早めに起きて食事を取り、『予約票』を手に医務室へと向かう。
怪我の痛みは皆無ではないが、昨日よりも格段に少ない。
生活に支障は殆ど感じない位だ。
昨日までが嘘の様な変化。
とは言え、流石に朝の自主練だけは控えたが。
「外警部隊のイオです。フォル医師に……」
医務室に入室して名乗るなり、バクス副隊長にグレイン医師までもがフォル医師と並んで処置用の椅子に座る様に促してくる。
それに従って椅子に近付くと、何故か医務室のアチコチから一斉に人が出て来た。
完全に前後で挟み込まれる。と言うか、後ろに至っては何重にも囲い込まれている。
「な…何なんですか、コレは一体」
状況に思わず腰が引けて、座る事も出来ずに目の前の医療部隊三人に何事かと聞いてしまう。
「コレかい? ユーリちゃんの“おまじない”の効果に皆、興味津々なんだよ。何せ医療部隊でも未確認の医療魔術かもしれないんだから」
「………は?」
「ユーリちゃんがいつ北の魔王城に来たと思ってるのさ。誰もユーリちゃんがあんな特殊技を扱えるなんて知らなかったんだよ」
バクス副隊長が代表して説明してくれた言葉に、思わず眩暈を覚える。
オレ、実験動物扱いされてる?!
「ほれ、座る」
「はい、包帯外しますよ」
右手で頭を抱えている間にグレイン医師に椅子に座らされ、フォル医師が手際よく左腕の包帯を外していく。
そして現れた怪我の部位。
昨日はどす黒い青紫になって、一目で腫れていると分かる程に腫れ上がっていた。
「…コレは」
「…凄いな」
「…痛み軽減どころか、治癒促進してる」
フォル医師、グレイン医師、バクス副隊長の言葉通り。
腫れは目に見えて引いていた。痣も色が少し薄まって見える。
「…昨日は異常は無かったかい?」
「…………物凄く眠かったから、夕飯食って早々に寝ました」
「痛み止めは飲まなかったんだ?」
「はい」
フォル医師の問い掛けに、思い当たった事は一つだけ。
そのままを答えると、医務室中にざわめきが広がって行く。
「君さ、もう一度ユーリちゃんに“おまじない”掛けて貰う気無い? 但し夜勤じゃない夕飯後に」
「は? 何で」
そんな中、バクス副隊長が声を掛けて来る。
「ボクもカルテを見たけど、あれだけ重傷化した怪我が普通はこんな速度で良くなる訳がないんだよね。仮に部屋に戻ってよく冷やしましたって言われても、その位で引く様な腫れの種類じゃ無かったし。それが何もしなくてこの状況ってとんでもない事だよ? コレがユーリちゃんの“おまじない”の齎す変化だって言うのなら、ボク達はそれをもう少し見たい。どうも話を聞くに、副作用は眠気だけみたいだし??
それに君、外警部隊の昇格審査もうすぐだよね? 上手くすればそれ、完全状態で参加出来るかもよ??」
「マジっすか!?」
「うん、本マジ。別に痛い事する訳じゃないし、お互いに利があるかもしれないんだから試してみる価値あるんじゃない?」
バクス副隊長の提案に素直に頷き難かったけど、続いた言葉に思わず問い返す。
一度は今回の昇格審査を諦めようと決意したのに、諦めなくても良いかも知れない!?
そんな美味い話がある筈ない。
ある筈、無いのに。分かってるのに。
ついつい幼子に期待したくなるのは。
「ユーリちゃんは真摯にお願いされれば嫌な顔する様な子じゃないよ。あ、ご飯を譲ってくれとか、食べ物に関する事だったらそうでもないかな?
まぁ、今日はお休みだからいないけど、明日にでもちょっとお願いしてみてよ」
「おまじないを受けたら翌朝に医務室ですね」
「もう一枚『予約票』を用意だな」
余りの展開に呆然としている間に、バクス副隊長が告げる。
その横でフォル医師がバクス副隊長に頷きつつ、再び患部に薬を塗って包帯を巻き直してくれた。
今日はあの激痛がした薬では無かった。密かに安堵する。
更には、グレイン医師に治療中に明日の勤務シフトを確認される。
余りの周囲からの威圧感に、気付けば夜勤ではない事を素直に答えていた。
「「「じゃあ、また明後日」」」
医療部隊の勢いに押されて『予約票』にサインをするなり、さっさと医師三人に治療終了を告げられて追い出される。
背後の医務室の扉からは、幼子の“おまじない”について医療部隊の隊員達によってアレコレと議論が始まる声が聞こえた。
手元の『予約票』を見て、思わず溜息が漏れる。
…………肝心の幼子にどうやってお願いしたもんか。
けれど、もしかしたらという希望に、心が少し軽くなる。
取り敢えず、難しい事を考えるのは仕事の後だ。
まずは今日の仕事に向かうとするか!