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51 当り前だけど新鮮です

深い眠りから、意識が少しずつ覚醒していく。


体を優しく包んでくれる柔らかな寝具。

カーテン越しの朝の優しい光。

鳥の囀り。

他の部屋…恐らくはダイニングだろう。そちらから漂ってくるコーヒーの香り。

リズミカルに聞こえてくる包丁が食材を刻む音。


心地良い微睡みの中、それらが朝を伝えてくれる。

もう少し寝ていたい気もしたが、現在地を思い出して慌てて飛び起きた。


広い寝台の上には、私ただ一人。

一緒に寝た筈のヴィンセントさんもリィンさんも既に動き始めている。


寝台を飛び降りて、寝室を出ようとして、ここでもやはりノブに手が届かず。


だがしかし。

部屋の片隅に丁度良い空箱を発見し、台にしてノブを回す。


隙間が出来たのを確認してから空箱を片付けて寝室を飛び出し、昨日の記憶を頼りにリビング・ダイニングへと向かう。


幸いにもリビングの扉は開いていて、問題無く入れた。

そんなリビングには、私服に着替えてコーヒーを片手に新聞らしき物を広げるヴィンセントさんの姿。


「……おはよう、ユーリ」

「おはようございましゅ」

「あらあら、ユーリちゃん、おはよう。もう起きちゃったの? もう少し寝てても良かったのよ」

「おはようございましゅ。起きましゅ」


私の姿にヴィンセントさんが直ぐに気付き、微笑んで朝の挨拶をくれる。

それにエプロン姿のリィンさんも続き、何だか普通の家族の光景にくすぐったくなる。


「朝食は今準備してるから、もう少しだけ待ってね」

「なら、その間に私と朝の準備をしようか」

「あなた、ユーリちゃんの着替えはあのタンスに…」

「分かった」


読みかけの新聞を置き、ヴィンセントさんが私に近付いて来る。


「トイレは?」

「まだでしゅ」

「なら、最初にトイレだな。それから洗面所で準備だ」

「あい」


ヴィンセントさんに手を引かれ、トイレに入る。

そして設置された、子供用便座に流石はお子さんのいたお家…!と妙な感動をしてしまう。

でも、それ以上は…………アッー!







再びの黒歴史を作りつつ、手洗い・洗顔・歯磨きを済ませる。

ヴィンセントさんがとても良い笑顔過ぎて何も言えない。

その親切心がとてもダメージです。


そんなこんなを経て、着替えた服。


何故か再びのエプロンドレス。

但し、看護師服とは違ってビラビラは最小限。どちらかと言うと何かして汚れてもオッケーな感じ。

色も水色で、例えるならば「不思議の国のアリス」の様なシンプルな作り。動き難い訳でも無い。

それに白いソックスと柔らかな黒い布靴。


「……娘は最高だな」


着替えを手伝ってくれたヴィンセントさんはご満悦の様です。


今まで着ていたパジャマを洗濯用の籠に入れ、再びヴィンセントさんに手を繋がれてリビングへ。


「ユーリちゃん、可愛いわ!」


ダイニングテーブルで料理を盛り分けていたリィンさんが私に気付き、キリが付いたのか駆け寄ってくる。

ギュッと美人さんにハグされ、表情筋が緩む。


「ママ、張り切って色んなお洋服用意しちゃうわ!」

「……ママ?」

「そうよ。ユーリちゃんが良かったらママって呼んで頂戴?」

「………………リィン、ママ」


非常に、この上なく照れくさい。

自分の母親を「ママ」なんて呼んだ事さえないのに。


でも。

この身体(ユーリ)にとっては必要な存在だと思ったんだ。

そんな風に呼んで、自分を慈しんでくれる存在が。


「まま、あのね…お手伝いしゅる」

「あらあら、まぁまぁ」

「…パパは放置かい? ユーリ」


ここでヴィンセントさんがイタズラっぽく声を掛けて来るが、正直、リィンさんと違ってヴィンセントさんを今すぐそう呼ぶのは厳しい。お互いの立場と、環境的に。

今、ここにいるヴィンセントさんは私が良く知るヴィンセントさんだけど。

昨日の、仕事をする上でのヴィンセントさんとその目を知ってしまったから。

多分、今もどこかでヴィンセントさんは私を【視て】る。


私の考えている事などヴィンセントさんが気付かない筈が無い。

だから、少しだけヴィンセントさんが寂しそうなのは見ない振り。

ヴィンセントさんと同じ様に、私も【公の私】を完全に外す事は出来ない。


「たいちょは、また今度なの」

「今度なのか」


言葉にして先送りすると、ヴィンセントさんが笑みを零す。


もしも、私がこの先も北の魔王城にいられたのなら。

もしも、私がただの子供でいられたのなら。

どちらかが確定した時には遠慮なく「パパ」って呼ばせて貰うから。


それまでは、ごめんなさい。




「ママ、何しゅる?」

「そうね、じゃあ、これを千切ってもらおうかしら」


私達の遣り取りを何も言わずに見守っていてくれたリィンさんに向き直り、お手伝いを改めて申し入れる。

それに笑顔で頷き、朝食の準備に戻るリィンさんにくっ付いて行く。


改めてソファに腰掛け、新聞を開くヴィンセントさん。すっかり温くなってしまったであろうコーヒーに手を伸ばして一口飲む。


そんな当たり前の様な、とても新鮮な様な朝が動き始めた。

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