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別視点29 覗かせた資質(ヴィンセント視点)

本編42~別視点27までと内容が一部重複しています。嫌な方は飛ばして下さい。

ユーリをフォルに任せ、仕事部屋に入ると机の上に乗っていた雑務に取り掛かる。


「隊長は、フォルにも期待してるんですね」

「次代の副隊長候補筆頭だ。幼子ユーリ一人位御せずして、北の魔王城の上位管理職は務まらない。逆にその辺の隊員を何人も育てるよりもやり甲斐があるだろう」

「やっぱりですか」


先に机に向かっていたバクスの言葉に応えると、バクスが頷く。


「ボクかグレイン医師せんせいをユーリちゃんの指導担当に就けない時点でそうでないかと思ってました。それにしてもいきなりユーリちゃんだなんて思い切りましたね」

「グレインには補助を頼んでいる」

「フォルは間違いなく上がってきますよ、隊長。そしてユーリちゃんも。あの子の仕事に対する姿勢は立派に一人前みたいですし?」


先程までの遣り取りを思い出したのか、クスクスと笑うバクス。

確かに、先程のユーリの対応には少し驚いた。

正直怖がられるなり泣き出すなり覚悟の上だったが、それどころか真正面から見返してくるとは。

あの子自身、既に公私をきっちりと分ける事が出来るらしい。


「正直、この後の実践がどうなるか楽しみで仕方ありません。完全敵地状態の外警部隊を前にあの子がどう対応するのか」

「そうだな」

「今日は隊長もボクも闘技場でしたね」

「外警部隊の新人の叩き上げ訓練だからな」


手早く雑務を片付け、シフトと時間を改めて確認する。

訓練開始まで後半刻程。

やるべき仕事はいくらでもある。







外警部隊の新人の叩き上げ訓練とあって、指導する方も指導される方も熱が入る。

それもあって、やはり怪我人が多い。

だが北の魔王城の主力戦闘部隊だ。こうして切磋琢磨するのは必要不可欠。


勿論訓練は外警部隊だけではない。

北の魔王城の全部隊が戦える状態である為に順次様々な訓練の予定を組んでいる。


そんな中闘技場の扉が開き、昼寝を終えたらしいユーリがフォルに連れられて姿を現した。

入口近くにいたバクスの指示を受け、怪我人が多く出ている東側へと向かう二人。

そんなユーリの足音に、自然と外警部隊の注意が向かった。


確かに、真剣に武器を合わせている最中にあの「ぷっきゅぷっきゅ」という音は集中力を削がれるだろう。実に可愛らしいが。


「…ヴィンセント!」


案の定外警部隊の隊長であるウォルドが私に怒鳴りかかって来たが、ここは敢えて火に油を注がせて貰おう。

ユーリの安全を確保する為には必要な事だ。それをユーリ自身が認めさせなければ意味がない。

特に外警部隊はユーリを認めない最大派閥だ。そして、医療部隊とて全員がユーリを認めた訳では無い。

この程度の敵意に耐えられないのならば、この先ユーリは何も出来ない。


フォルに視線を向けユーリが仕事が出来る旨を確認するとフォルは笑顔で肯定し、更にはユーリにも有無を言わせぬ勢いで笑みを向ける。

これにユーリがどう返すのかを見ていれば、ユーリがきっと外警部隊を見据えた。


「すりきず、きりきず、軽い打ち身ならボクでも治療できましゅ! それ以上のお怪我の人はフォルしゃんがいましゅっ」


今にも泣きそうな涙目で目に見える程に震えているというのに、鼻息荒くも開き直って宣言するユーリにフォルが思わず噴出していた。

流石はフォルというか…自分で仕向けておきながら小さく呆れる。

だが、これで医療部隊からは少しユーリに向ける視線が和らいだ。

これもフォルの実績が故だ。


外警部隊でもフォルの世話になった者はそんなユーリを見て少し目を丸くしている。


後はどこまでその言葉を体現出来るか、ユーリのお手並み拝見と行こう。







東側の医療部隊の中に紛れ込むと、早速ユーリが一人放置される。

放置といってもフォルは勿論、他の医療部隊の隊員の目がしっかりと向けられているが。


そんな中準備を終え、早速ユーリの消毒作業が始まる。


動きにやたら無駄が多いと思えば、徐々にそれが削られていく。

実践の最中でどんどん様々なものを吸収して進化していくのが傍から見ていても分かる。

恐ろしい程の成長速度だった。


更には治療途中に何やらユーリがおかしな動きを見せたと思ったら、グレインが動いた。

そのままグレインがユーリから外警部隊の少年を引き取って治療に動く辺り、どうやらユーリの手には負えない重傷者を見付けたらしい。

これには私の側で、ユーリの側で治療の隙にユーリを眺めていた者達が感嘆の表情を見せる。


当のユーリはというと、思わぬハプニングに長くなった消毒行列を見るなり慌てて作業に戻っていた。

流石に周りを見回す余裕は一切無いらしく、メモを確認しながら必死に行列を処理するべく作業をしていた。


その後は特に何も無く、無事に消毒を遣り遂げるユーリ。


終わった事で漸く周囲の状況に目がいったのか、自分が見付けた重傷者がフォルの側でグッタリしているのを見付けて駆け寄る。

恐らく重傷にも関わらず訓練に戻ろうとした大馬鹿者で、グレインから引き継いだフォルに荒療治を受けたのだろう。


そんな少年の額に滲んでいたらしい汗を拭ってやり、何かを話す二人。

片付けの終わった者達がそんな二人を見ていると、ユーリがまるで何かを後ろに放る様な動作をしたと思えば重傷者の患部に淡い光が灯った。それが静かに散って行く。

当のユーリはほぼ片付けの終わっている周囲を見て、何事も無かったかの様に慌てて片付けに戻ったが。


「…………何だ、今のは」


偶然にも今の光景を見ていたのか、結界の点検を終えたらしい魔導部隊隊長のシェリファスの呟きにハッと我に返る。


シェリファスが明らかに興味を示しているという事は、魔術の類か。

だが、反応を見るにシェリファスでさえ知り得ないモノらしい。


これにはユーリの側にいたフォルに視線を向け、口パクで報告に来る様に指示を出した。

それを見ていたらしいシェリファスが、視線で自分にも聞かせろと告げてきた。

勿論そのつもりだ。専門家の意見が欲しい。







すっかり周囲が片付けを終えて解散していく中、ユーリもフォルの指示を受けてかグレインに手を引かれて闘技場を後にする。

そんなユーリに医療部隊は勿論の事、外警部隊からも視線が向けられる。


拙いながらも医療部隊の一員として消毒作業をしっかりと遣り遂げた今、ユーリを見る視線はほんの僅かながらも変わっていた。敵意が僅かながらも和らいでいる。


何より、グレインと共に歩いて行くユーリは非常に可愛らしい。

本当ならば私が手を引いて歩きたい。無理だが。

子供の居る隊員は我が子に重ねるモノがあるのか目がどこか優しい。


その一方で、非常に悪意の籠った視線もちらりほらりとユーリに向かっている。

静かにそんな視線の主である隊員の顔を覚えていく。嫌悪や憎悪にも似た表情に染まったその顔を。

警戒はしておくに越した事はないだろう。


その一方で、フォルがユーリの起こした現象の検証をしているのを横目に捉える。

キッチリ予約票も準備しているので、経過観察もしっかり行うだろう。

この辺りの対応はバクスとこの後相談しなければ。

必要とあらば明日は半日出勤だな。


「シェリファス、そろそろあの子の指導担当が報告に来る」

「そうか」


椅子に座りながら何やら考えてメモを記入していたシェリファスに声を掛けると、すぐにメモをしまって立ち上がって側にやって来る。


特に何を話す訳でも無く待つ事暫し。治療具一式の入ったケースを持ったフォルがやって来た。


「遅くなって申し訳ありません」


シェリファスがいる事に動じるでもなく淡々と告げるフォルに軽く頷いて先を促すと、フォルが報告を始める。


本人ユーリちゃんが言うには、さっきのは痛みを軽減させるおまじないだと。ただその呪文の発音は独特で、上手く聞き取れませんでした。少し長かったのもあって周囲もよく分からない、と」

「“おまじない”」


フォルがユーリから聞き出した内容に、シェリファスが目を細めて呟く。


「少なくとも私が確認している魔術に似た様なモノは思い当たらない。

 そうなると現時点で考えられる可能性は二つ。その“おまじない”とやらが未知の魔術である事。若しくは魔大陸では殆ど研究しようが無い、光属性のみが扱える回復魔術の一種である事」


魔大陸の魔術研究は一番東領が進んでいるらしいが、シェリファスはそんな東領にさえ一目置かれる魔術の研究者だ。北の魔王城所蔵の膨大な魔術書の全てを網羅している。

そのシェリファスが知らない、可能性のみ提示するユーリの“おまじない”。


「個人的には光属性だとありがたいがな。それならば我々には習得不可の回復魔術を習得出来る可能性がある」


シェリファスが提示した可能性でしかないが、もしもユーリが光属性の魔術を扱えるのであれば。

医療部隊の長として治療に新たなる可能性を見出せる。

何よりもユーリの北の魔王城における存在価値が間違いなく跳ね上がる。


「もしそうならば、その原点に孕むモノがあるぞ」

「そして、それこそが東領でユーリを脅かした原因の一端とも考えられるな」


シェリファスに指摘されずとも、まさにそれこそがユーリの危険の源の可能性である事など少し考えれば分かる事。


魔族でありながら光属性を得るなど、間違いなく片親が光属性を持っている証だ。

何代か前の世代には光属性の魔族もごくごく僅かにいたらしいが、今では確認されていない。

魔大陸の属性的に、光属性は精々一代しか継げない性質なのだ。

それは医者としての情報網で分かっている事。


つまり、ユーリの親のどちらかは間違いなく魔大陸の外部から来た人物という事になる。

それも、魔族にも劣らない光属性の強さを持つ人物という前提条件。そうでなければ如何に血を引いていても魔術要素が他の種族に比べて強い魔族の血の強さに負けて表面化出来ない。


血統重視の東領、しかも高位貴族でよくぞそんな縁があったモノだ。

それとも魔大陸故に得る事の無い光属性を持たせ、研究する為に生まされた子供か。


まぁ、ユーリが光属性を持っているかも分からないのに、未だ可能性でしかない事柄をそこまで考え込んでも仕方の無い事。


それよりも、現時点で可能性でしか無いモノをどこまで実証できるか。

それにはシェリファスの協力無くして不可能。

本来ならばユーリの裏事情など一般の隊員には伏せるべきだが、ここまでフォルに聞かれている以上はフォルも巻き込むしかあるまい。


「仮入隊して一月足らずでロイスに目を付けられてるんだ。我々とてただ傍観していられない。あの子の適性と可能性を知って、北の魔王城の隊長として適切な判断をしなければならない」

「「……は?」」

「…ディルナンは必要な情報しか持ち込まなかったのか?」

「全くの初耳だが」


そう思い、フォルに説明する為に口にした言葉にシェリファスまでもが驚きの反応を示した。

これには思わず溜息が漏れた。


ディルナン、さては必要以上にユーリをシェリファスに関わらせたく無かったな?

だがもう手遅れだ。ユーリに掛けられている封印魔術に加えて農作部隊で見せたという成長促進、更には今日の“おまじない”とくればシェリファスの興味がユーリへと完全に向けられている。


何より、隊長としてそんな甘い事は私が絶対に許さない。

ほんの僅かな事柄であろうと、徹底的に明らかにしなければならない。


「あの子はエリエスとマルスと北の魔王城の散歩と称して二階を案内された時に、ジョットとヤエトでさえ即作製不可な特殊構造の知識を何気無く披露してな。それを二階の点検で偶然居合わせたロイスにしっかり聞かれたらしい。

 しかも挨拶程度に出会っただけのロイスに対して、ジーンとエリエスとマルスの前で『怖い、魔王様絶対主義者』との人物評価を下したときた。その事までエリエスからロイスに既に報告が上がっているぞ」


しっかりと現時点の状況を説明してやると、シェリファスとフォルが揃って絶句する。


そんな状況を知らずに次の部隊長会議に出てみろ。絶対に後悔するぞ。

思わずシェリファスに視線で告げると、シェリファスが目線で頷いて来る。


これで外勤部隊にはシェリファスから話が回るだろう。


「…ヴィンセント隊長、ボクよりもグレイン医師が指導担当の方が良かったのでは?」


これには少し考えたらしいフォルが問い掛けて来るが、現時点で人員配置の変更は余程の事が無い限りは有り得ない。


年齢的にもこの先私がずっと隊長でいる筈が無い。世代交代は既にある程度は見えて来ている。

それはグレインとて同じ事。

次代の隊長としてバクスを、副隊長としてフォルを育て上げるのも私の責務の一つだ。

グレインも自分の知識を後進に惜しみなく教え、第二・第三の指導特化型の隊員を育てている。


その為にも、これだけ特殊な立場にいるユーリの指導担当を務め上げれば周囲が認める大きな一因となる。

尤も、ユーリがこの先も医療部隊の業務に食らい付いていける事が何よりの前提条件だが。


その為にも毅然とした態度を崩す事は無い。

ある程度の付き合いがあるフォルはそれで大人しく下がった。


もう一方のシェリファスはというと、思考が纏まったのか長い溜息を吐いた。

そんなシェリファスのユーリに関わる未来を予想して軽口を交わすとシェリファスが早速動く為に戻ると口にする。


「そうだ、シェリファス隊長」


そんなシェリファスをフォルが呼び止める。


「もう一つ、ユーリちゃんが気になる事を。訓練中、結界を確認されていたシェリファス隊長を見て、『キラキラねー』と称していたんですが…」

「! ……つくづく規格外とはこういう事か」

「何か思い当たりますか」

「切っ掛けにはなる一言だ。…礼を言う」


フォルがもう一つを報告すると、シェリファスが目に見えて反応を示した。

小さく一礼して足早に闘技場を去るシェリファスの瞳に熱いモノが宿っていたのに本人は気付いているのか。

ユーリは間違いなくシェリファスの何らかの琴線に触れたのだろう。


はてさて、どんな結果が飛び出してくるのやら。


「…我々も戻るか」

「はい」


いつまでもフォルを報告の為だけに拘束しておく訳にはいかない。

まだユーリの片付けの指導が残っているし、終業時間も着々と近付いて来ている。


ここで話を終わりとしてフォルを連れて医務室へと次の指示を与えて雑談をしつつ歩き始めた。

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