05 空も飛べるはず?
リザイルのお肉な朝食が終わると、更にニャーダという果物がデザートに出てきた。
外見は超巨大ココナッツ。見た目通り固い。
粘ったが割れなくて食べられないのかとショボンとしてたら、ディルナンさんが簡単に割ってくれた。ビックリな力だよ。
割ってくれただけでも感謝なのに、ディルナンさんてば中の果肉をナイフで小さめに切ってから渡してくれた。出来る男は違うね。
外見に反して中身はアップルマンゴーに良く似てて、凄く甘くて美味しかった。
巨大すぎて半分以上食べきれなかったけど、ディルナンさんが食べてくれたよ。残すなんて勿体ないもん、良かった。
朝食が終わると、ディルナンさんが周りを片付け始めた。
ぼーっと見てる訳にもいかないから、ブランケットを畳んだりと、出来る事をお手伝いしました。チビだから、下手な事しても邪魔だし。だって、私の身長ってば、ディルナンさんの腰にさえ届いていない。ディルナンさんの半分未満なんだよ。くすん。
「ユーリ、お前、行く宛は?」
片付けながらディルナンさんが問い掛けてくるが、ある筈が無い。なので素直に首を横に振る。
後で、ダメ元でディルナンさんに此処から連れ出してくれないかお願いしてみようかな。
「そうか、分かった」
そう言い、顎に手を当てるディルナンさん、長身でイケメソですね。
ニャーダの実を素手で割っちゃうし、あの恐竜モドキなリザイルを二体も狩っちゃうなんてどんだけ強いんだ。
子供が怖がったら抱っこして、寝てる間は不寝番してくれちゃう優しさ有り。
あと、北の魔王城の調理部隊の隊長だっけ?稼ぎも良さそうな響きだよね。
トドメに、美味しい御飯を作れて食べさせてくれるんだよ。
おのれ、リア充めっ。爆発しりょ!
…肝心な所で噛んじゃった。とほり。
そんな私の心境を余所に、ディルナンさんは片付けた荷物を何と、亜空間なる場所に収納していた。魔術だって。
流石は魔族と思わず拍手しちゃった。
「さて」
片付けも全て完了すると、ディルナンさんが私に合わせてしゃがんだ。
「此処は危ないから、行く宛が無いならオレと来い。衣食住はどうにかする」
「…いーの?」
ディルナンさんの思いがけない言葉に、恐る恐る問い返した。だって、此処から連れ出してくれたらラッキー位に思ってたのに。
「当たり前だ。チビ一人ぐらい大した負担にならん」
何 そ れ。
この人、どんだけ男前なんだよ! 見ず知らずの子供をあっさり受け入れちゃうなんて!!
優し気に微笑みながら頭撫でられちゃうとか、久々に胸キュンしちゃったっ。
「オレも仕事があるから、いつまでも此処にいる訳にもいかない。城に戻ろうと思う」
「お城?」
え、私を連れてですか?
いいのかな?? でも、ディルナンさんが言うんだから、いいのか。
「上手くいけばお前をオレの部隊に入れる。しっかり生きて食ってける様に仕込んでやる。ダメでも、城の近くに集落がある。オレが信頼する保護者を付けるぐらいは出来る」
「美味しいの、いっぱい!?」
何たる事だ! え、マジですか、ディルナンさん。
上手くいけば、ディルナンさんの所で仕事出来るって、それはつまり、私のこの世界での料理の師匠になって下さるって事!? ダメでも衣食住保証付き!!?
興奮しすぎて言葉が可笑しかったにも拘らず、笑って頷いてくれてますけど、そんな都合の良い事ばっかり言ってくれるって何か裏がある?
「ただ、城に戻る前に一つユーリに確認しなきゃならん事がある」
「あい」
ディルナンさんが急に真剣な表情になったから、私もキリッとして返事した。その返事が締まって無いのは言わない御約束。
出来る事なら何でもするけど何でしょう。
「魔術レベルだ。使った記憶は?」
「ないです」
魔術ですか。魔術のまの字も使った事なんか皆無ですとも。
答えたら、ディルナンさんがそうか、と頷く。
「じゃあ、まず火を出してみるか。手を合わせてみろ」
手を合わせてー。
「その中に炎を思い浮かべて、ゆっくり開くんだ」
炎のイメージか。マッチやライター、蝋燭とか、コンロの炎。確か、温度で炎の色が違うんだよね。思い浮かべて、ゆっくり手を開くね。おっけーです。
ゆっくり手を開くと、そこには子供サイズの掌に収まる小さな炎が出現した。
ヤバい、出来ちゃった! 私、魔女っ子だよ!!
「出たー」
嬉しさの余り、にへらっと笑み崩れてディルナンさんに炎を差し出してみた。
「……」
え、ディルナンさん、その生温かい笑みは何? ちょ、何かコメントぷりーず。
その後、風・土・水・雷・闇と他の属性も同じ様に試すように言われて確めた。
全部が子供の掌サイズのミニマムかと思ったら、水の属性だけはバスケットボールサイズで出現した。
マリンブルーに虹色のマーブル模様の入った綺麗な水球だった。
「出来たのー」
全属性の確認完了の言葉をディルナンさんに貰って、思わず満足感に額の汗を拭った。私、やりきりました!
そしたら、ディルナンさんが噴出した。あるぇ?
「おにいちゃま?」
「いや、何でもない。良く出来たな」
咳払いして誤魔化してるつもりかもだけど、誤魔化せてないから。
よしよし頭撫でられたって………もっと撫でて。
「やるべき事はやったし、戻るか」
たっぷり頭を撫でて貰って満足していたら、ディルナンさんが立ち上がって指笛を鳴らした。一体何だ。
「すぐに来る」
首を傾げていると、ニヤリと意味深に笑うディルナンさん。
これ以上は聞いても教えてくれそうにもないから待っていると、
頭上から影が落ちて来た。
それに気付くのと、影の主が目の前に現れたのは同時だったと思う。
白い毛並みに黒い縞模様の入った巨大な体躯。
私、これの黄色の毛並みでもっと小さいの知ってる。子供の頃、動物園でお会いしましたよ。檻の中で肉の塊食べてた猛獣。
…虎さんですよ。tiger.
息が掛かる位に目の前にいるんですけど。(現実逃避中)
「うやぁっ」
ちなみに、私、今声を上げましたけど、悲鳴じゃないよ。
何故か、ベロベロ舐められちゃってます。舌デカイよ。舐める力が強すぎるよ。
ゴロゴロ喉を鳴らしてるけど、キミ、猫科でも猫じゃないよね。私、マタタビじゃございませんが。
…って、後ろに転げたわー。あの、その巨体でじゃれつかないで、潰れちゃう!
あぷあぷしてたら、ディルナンさんに抱き上げられて無事救助されました。良かった…。
顔が虎さんの唾液まみれだったが、ディルナンさんがタオルを出して拭いてくれた。
次いで髪を撫で解かして、服の汚れを払ってから整えてくれたよ。本当にお世話掛けます。
「レツ、気に入ったのはいいが甘え過ぎだ」
「がるる」
ディルナンさんが注意すると、虎さんが不満気な鳴き声を上げた。
あら、反応が人間臭い。なんか、可愛いかもしれない。
「ユーリ、コイツはレツ。オレの騎獣のタイガスだ」
「…“きじゅう”?」
「人を乗せて地を駆けるだけじゃなく、空も飛んだり駆けたり出来る魔獣の事だ」
騎馬の魔獣版で騎獣、ね。
虎さんはタイガスなる種族らしい。で、目の前のタイガスの名前はレツね。了解です。
それにしても
「空飛んじゃうのー?」
「レツは翼を持たないから正式には駆ける、だな。レツみたいな外見で空を駆けないのはタイガルだ」
おっと。空を駆けない普通の虎さんもタイガルという種族でいるのか。そんな中で、空を駆ける種族のレツがいるんだ。
「レツ、しゅごい」
思わずレツを褒めると、レツが右前足で顔を洗った。おおぅ、これは照れてるな、レツ。本当に反応が人間味に溢れてる。
レツは外見通り、猛獣である事は確かだと思うけど、全く怖く感じない。
ファーストコンタクトのインパクトが大き過ぎて、怖いと思う暇も無かったしね。それに、レツに危害を加えようとする気配…殺気とか、警戒心みたいなのが全く無いんだ。逆になつかれてるみたいだし。
ただ、何故かレツを見るディルナンさんの目が凄く冷ややかだ。「お前、バカだろ」って物凄く語ってるよ、レツ。
まだ少し冷たい目をしたディルナンさんが命令すると、伏せをするレツ。そのレツにディルナンさんが私を抱えたまま軽々と飛び乗る。
よく見ると、ハーネスみたいな、胴輪に手綱を付けた物は付いてるが鞍は付いてない。これに乗るには力とバランスが物言うね。私には出来ない。分かってるけど、野望が生まれた。
「おにいちゃまー」
「ん?」
「もふもふ触りたいの」
三十路を越えておねだりは恥ずかしい。食べ物の事なら何とも無いが。
でも、レツの見るからにふかふかした毛並みはサラサラの艶々で心ときめくのだよ。
「め?」
ダメかな。微妙に反応無いし。あーぁ、もふもふー。
「う? …ほあー、もふもふぅ」
諦めようとしたら体が浮き、もふもふの上にいた。
予想通り、ナイスな手触りにうつ伏せになってすりすり頬擦りしながら撫でまくる。
タイガスだっけ? 虎さん最高です。
心行くまで堪能した所で、ディルナンさんの膝の上に戻りました。
「…出発するぞ」
後ろからしっかり抱っこされ、ディルナンさんが手綱を取る。
それを合図にレツが駆け出し、巨体がふわりと浮いた。
空の青色が、雲が、近くにある。
木の緑色が眼下に広がる。
飛行機から見るのとはまた違う景色。
異世界生活三日目、空を飛びました!




