48 素直でごめんなさい
「救急箱の中身ほじゅー終わりました」
「はい、確認しました」
「ゴミは、特別ゴミ箱にいれる」
「注意点は?」
「針や注射き、チューブなどの医療きぐは、特殊ゴミ箱へー」
「よく出来ました」
グレイン医師を交えたお茶タイムを終え、フォルさんと応急処置後の点検タイムですよっと。
グレイン医師は、お茶を終えたら颯爽と自分のお仕事に戻って行った。
渋くてデキるイケメンも素敵ですな!
その後簡単な講習を受けてから、フォルさん監督の元に実践中。
一通りの流れをどうにか終わらせました。
そこまで終えた所で、講習時にメモしておいた箇条書きにちょっとした注意点を書き加えておく。
「一人の時は、ここまで終えてから確認を受ける事」
「あい」
「そしたら救急箱をしまおうか。ユーリちゃんは亜空間を持ってるかい?」
「ありましゅ」
「じゃあ、亜空間に収納しておいて。緊急時にすぐに使えないと救急箱の意味がないからね。但し、医療部隊監督下以外で救急箱を使用した場合は速やかに報告書を提出の上、使用した物を補充する様に」
「はい!」
最後のフォルさんの言葉と共に、報告書の作成の仕方、提出先を確認してメモに記入。
既存のフォーマットがあるとの事だったので、二枚程頂いてから救急箱のメモ収納に一緒に入れておく。
救急箱を亜空間にしまい、これで漸く点検タイム終了。
「ユーリちゃん、お疲れ様。これで今日の医療部隊でのお仕事は完了だよ」
「お疲れ様でしゅ。ありがとうございました」
「この後はヴィンセント隊長が迎えに来る予定になっているから、医務室の隅っこの椅子に座って待っていてくれるかな?」
「はーい」
時計を確認したフォルさんの言葉通り、気付けば定時ちょっと過ぎ。
何だか妙に濃厚な一日だったなーと思いつつ、フォルさんにご挨拶。
最後の指示に従ってフォルさんと医務室に移ると、準備室側の壁の片隅に小さな椅子が置いてあった。
それに座ると、フォルさんがよく出来ましたと言わんばかりに頭を撫でてくれた。
思わぬご褒美っ。
ホクホクしていると、私が入った事の無い部屋からヴィンセントさんとバクスさんが出てくる。
「終わったのか?」
「はい。片付け、点検共に無事完了しました」
「予定通りだな」
「ユーリちゃんは優秀ですから」
「ほう」
フォルさんに褒められたっ。しかもヴィンセントさんに良い報告してくれてるっっ。
コレ、何て鞭と飴⁉︎
「ふふっ。ユーリちゃんの目がキラキラしてるよ、フォル」
「仕事中はおっかない指導担当ですからね」
「フォルしゃん、怖くないの。ムチが上手なのよ。…褒められたのー」
うへへへへ。フォルさんの合格点を頂けたのが地味に嬉しい。
「…どうしてくれよう、この可愛い生き物」
「副隊長、何ですその妙な動きの手は。犯罪はやめて下さい」
「二人の反応を見る限り、フォルが指導担当で正解だな」
ニヨニヨしている間に、三人が何やら話をしていたけれども、聞いてないわー。
もう少しこの嬉しさに浸らせて下さい。
そうこうしてると、医務室の扉が開かれた。
「ヴィンセント」
「ディルナン、来たか」
「たいちょ」
ディルナンさんの出現に、思わず駆け寄って行く。
くしゃりと髪を柔らかく乱す様に撫でられ、にぱっと顔が笑み崩れる。
「お疲れ。今日と明日はヴィンセントの家で世話になるから、ヴィンセントの言う事をきちんと聞くんだぞ」
「あい」
「良し。明後日、元気に帰って来い」
「あいっ」
ディルナンさん、言う事がオカンっぽいです。
「ヴィンセント、着替えとかは本当にいいんだな?」
「あぁ。妻が喜々として色々用意して待ってる。ユーリの身一つあればいい」
「よろしく頼む」
「確かに預かった」
そんなディルナンさんがヴィンセントさんに頭を下げると、楽しそうにヴィンセントさんが答えた。
その横のバクスさんとフォルさんの視線が生温い…。
傍から見ても、やっぱりオカンなんですね。分かります。
「……だから、お前は絶対に良からぬ事を考えているだろう」
「あうっ」
一人うんうん頷いていただけなのに、挨拶を終えたディルナンさんに左右のこめかみを拳骨で挟み込む様にロックオンされてた。
ごくごく弱い力でグリグリされるんだけど、こめかみって痛い!
どうしていつも私の内心を感付くのさ!?
痛みに微妙に悶絶しつつそう思ってたら、フォルさんがクスリと笑みを零した。
視線を向けると、その目が「だから言っただろう?」と言わんばかりなんですけど。
………やっぱり表情筋を鍛えよう。
「反省の色、皆無か」
「ごめんしゃい。隊長、ごめんなしゃいっ」
フォルさんを見てそんな事考えていたら、ディルナンさんの拳骨の圧力がちょっぴり増した。
心から反省します! だから、もう勘弁して下さいっ!!
周囲の皆様、笑ってないで助けてーっっ!!!
夕飯の時間という事もあり、ディルナンさんは私をグリグリ攻撃から解放するともう一礼だけして去って行った。
本当に痛かった。涙目ですよ。
「さて、そろそろ着替えて帰るとするか」
「うー…?」
こめかみをさすさす擦って痛みを誤魔化していると、ヴィンセントさんがそんな言葉を発した。
ヒョイッと抱えられ、朝と同じカルテの棚が並ぶ部屋へと連れて行かれる。
「一日仕事を終えたら、作業着は清掃部隊の特別洗濯に出すからな。さっきの所で待ってるから、着替えたら看護師服を持っておいで」
「あい」
「後ろのチャックだけは降ろしておこう」
亜空間から朝着ていた服と靴を取り出し、ちゃっかり布まで敷きながらヴィンセントさんが説明してくれる。終いには私一人では届かない背中のチャックまで下し、ヴィンセントさんが部屋から出て行った。
流石、出来る男は違う。先を見通しまくっている。
取り敢えず、着替えよう。うん。
朝の格好に戻った所で適当に畳んだ看護師服と布を持ち、ピコピコサンダルも指に引っ掛け、部屋を出ようとした。
…したんだけど、ノブに手が届かないから扉が開けられないっていうね。
でんでんでんっと間抜けな音ながらも三回ノック。二回はおトイレです。正式には四回なんだけど、最近は省略される事が多いかな?
「………あぁ、すまない。最後の最後で落としたな」
そんなどうでもいい事を考えていたら、苦笑しつつヴィンセントさんが扉を開けてくれた。
そんなヴィンセントさんにちょっぴり胸キュン。ご馳走様です!
ぐぅ
「服だけ片付けたら、家まで後少しだ」
「はーい!」
ご馳走様と考えた瞬間に自己主張するお腹の虫ェ…。
常に比べれば控えめな主張ながら、ヴィンセントさんの耳にもしっかり届いたらしい。
ヴィンセントさんも白衣を脱ぎ、二人で洗濯物を所定の位置にある籠へ。
念の為に、ポケットも確認してから投入。腕章もクリーニング行きで良いそうな。
清掃部隊、クリーニングもしてるのねー。まぁ、汚れが汚れだもんなー。
ピコピコサンダルも、医務室の入口にある靴棚の一番下の片隅にスペースを貰って収納。
「では、我々はこれで上がる。後は頼むぞ、バクス」
「お疲れ様でした。明日のお休み、ごゆっくりです」
「おつかれさまでしゅ。ありがとうございました」
やるべき事を終えると、ヴィンセントさんがバクスさんに告げる。
それに笑顔で答えるバクスさんとフォルさんに私も挨拶をすると、医務室に居た他の隊員さん達まで挨拶を返してくれた。
フォルさんが手を振ってくれたので振り返し、ヴィンセントさんに促されて医務室を後にした。