別視点27 指導担当の報告(フォル視点)
ユーリちゃんが一生懸命片付けをしている間に、ヴィンセント隊長から鋭い視線が向けられる。そちらを見れば、口パクで指示が飛んできた。
これには近くにいた医療部隊の隊員達も一緒に指示を確認し、無言ながら視線でやりとりを交わす。
「おかたづけ終わりました」
「お疲れ様、ユーリちゃん。そしたら、グレイン医師と先に医務室に戻っていてくれるかな?」
「う?」
そんなあれこれを終えた時、ユーリちゃんから声が上がった。
それに応える様に指示を出すと、ユーリちゃんが小首を傾げる。
「オレがグレインだ、ユーリちゃん」
「さっきのせんしぇい」
「おう。さっきは良い気付きだったな。偉いぞ」
「さっきはありがとうございまちた」
ユーリちゃんの反応に、グレイン医師がユーリちゃんに話し掛ける。
その姿を見て、ユーリちゃんが漸くグレイン医師を認識したらしい。
さっきは咄嗟の出来事で、ユーリちゃんに余裕も無かったし無理も無いか。
「フォルはその外警部隊の少年に薬を処方して、最終点検してから戻るからな。先にオレと医務室に戻って、茶でもしばくか」
「お茶しましゅ」
グレイン医師が上手い事ユーリちゃんを医務室に一緒に戻る様に促してくれる。
救急箱を手に、忘れ物が無いかを確認してからグレイン医師の所へ降りて行くユーリちゃん。
「フォルしゃん、先に何かお片づけすることありましゅか?」
「ボクが戻ってから一緒に確認しながら片付けをしよう。それまではゆっくりお茶をして待ってて」
「あい」
医務室に戻る前に自分を見て確認をするユーリちゃんを、グレイン医師が楽しそうに見ていた。
「じゃあ戻るか。危ないから手を繋ごうな」
「あい」
グレイン医師がユーリちゃんに左手を差し出しながら声を掛ければ、大人しく手を繋いで出口へ歩いて行く。
サンダルの音とあいまって、その後姿に自然と視線が集まる。グレイン医師との凸凹具合が完全に親子に見える。
…妙に和む光景だ。外警部隊の隊員達もチラチラと視線を向けている。
ユーリちゃんが闘技場から出て行くのを見送った所で、直ぐ近くの椅子に座っていた少年隊員に視線を向ける。
「さて、ユーリちゃんの“おまじない”の効果はどうかな?」
声を掛けつつ、左腕の患部を確認する。
外観的には然程変化が見られない。魔術で確認しても魔力感知等の異常無し。
「痛みは、さっきよりもずっと楽です」
「だろうね。あれだけ放置して悪化させてたのをあの薬で治療したんだ。痛み止めを飲まずして普通はこうして話せるとは思えない」
けれど痛みの軽減感覚あり、と。
少年の返答に経験的に頷くと、少年の頬が引き攣る。
だが、事実そうなのだから仕方ない。
「念の為に、一回分の痛み止めを処方しておこう。悪化が見られたら直ぐに医務室に来る事。それと、予約票を出すから明日の朝一で診察に来なさい」
「…はい」
さっさと残りの診察を終え、渡す物を用意して少年に渡す。
明日も診察の一言に、少年が嫌そうな心情を表情に出しつつも頷く。
まぁ、予約票と言う名の命令書がある限り逃げられないけれども。
二枚綴りのコレは、サインが必須だ。
名前は医療部隊がガッツリ抑えたも同然。
無視しようモノならば、外警部隊隊長か副隊長の元へ診察を担当している医療部隊の隊員が直々に出向いた上で、上司命令として診察させる為にこの予約票は存在している。
サインさせてから控えを持たせ、少年を解放した。
さて、今度こそ居残りの本題だ。
ヴィンセント隊長の所へ報告に行かないと。
場の最終確認をしてからヴィンセント隊長が待つ中央辺りの観客席へ足を向けると、ヴィンセント隊長の横には魔導部隊のシェリファス隊長まで待っていた。
「遅くなって申し訳ありません」
一礼すると、隊長二人が微かに頷く。
「フォル、さっきのユーリは何をした?」
「本人が言うには、痛みを軽減させるおまじないだと。ただその言葉というか発音が独特で、聞き取れませんでした」
「“おまじない”」
早速本題に入るヴィンセント隊長に答える。
先程の“おまじない”をユーリちゃんが唱えた途端、外警部隊の少年の患部に淡い光が灯った。それはそのまま散ってしまい、その後確認の為に行った感知魔術にも反応せず。
患部の変化は見られないが、実際に痛みの軽減が確認出来た旨も伝える。
その内容に、シェリファス隊長が目を細めた。
「現時点で考えられる可能性は二つ。その“おまじない”とやらが未知の魔術である事。若しくは魔大陸では殆ど研究しようが無い、光属性のみが扱える回復魔術の一種である事」
「…こうなると完全にお前の分野だな、シェリファス」
シェリファス隊長が可能性を口にすると、ヴィンセント隊長が溜息混じりに呟く。
「個人的には光属性だとありがたいがな。それならば我々には習得不可の回復魔術を習得出来る可能性がある」
「もしそうならば、その原点に孕むモノがあるぞ」
「そして、それこそが東領でユーリを脅かした原因の一端になるだろうな」
ヴィンセント隊長が何気無く口にした願望だが、その裏に潜むモノさえ軽く見通した上で言ってくる。
そんな極秘であろうユーリちゃんの情報を自分にも聞かせて来る辺り、完全に自分を巻き込んだ上での口止めなのだろう。
「仮入隊して一月足らずでロイスに目を付けられてるんだ。我々とてただ傍観していられない。あの子の適性と可能性を知って、北の魔王城の隊長として適切な判断をしなければならない」
「「……は?」」
更にシェリファス隊長にヴィンセント隊長が告げると、思わずシェリファス隊長と共に問い返してしまう。
「…ディルナンは必要な情報しか持ち込まなかったのか?」
「全くの初耳だが」
ヴィンセント隊長の確認にシェリファス隊長が頷く。
これにはヴィンセント隊長が溜息を吐いた。
…近習部隊のロイス隊長に目を付けられるなんて、一体何をしたんだ、ユーリちゃん。
「あの子はエリエスとマルスと北の魔王城の散歩と称して二階を案内された時に、ジョットとヤエトでさえ即作製不可な特殊構造の知識を何気無く披露してな。それを点検で偶然居合わせたロイスにしっかり聞かれたらしい」
「それは、また……」
「しかも挨拶程度に出会っただけのロイスに対して、ジーンとエリエスとマルスの前で「怖い、魔王様絶対主義者」との人物評価を下したと来た。その事までエリエスからロイスに既に報告が上がっているぞ」
「………………」
…ユーリちゃん?
君、何をしでかしちゃってるのかな⁇
あんまりな内容に、そろそろ頭痛がして来たんだけど。
シェリファス隊長さえも絶句するに値する内容を楽しそうに話さないで下さい、ヴィンセント隊長。
「あの子は、最早規格外にも程がある特殊な子供だと思う事にしていてね。まだまだ何かしら飛び出して来ると思っている」
「…ヴィンセント隊長、ボクよりもグレイン医師が指導担当の方が良かったのでは?」
ヴィンセント隊長のユーリちゃんに対する評価に、思わず頭痛を堪えて問い掛ける。
グレイン医師は様々な意味で経験豊富な、自分も尊敬出来る人だ。
自分を始め、指導担当として何人もの隊員を育てた実績もある。
自分よりも余程ユーリちゃんみたいな子の指導担当に向いているんじゃ無いか?
「昇格試験の一環だと言っているだろう。丁度良い逸材が来たんだ、好きに育ててみろ」
「本当にボクで良いんですか?」
「構わない。あの子はまっさらだ。高度な知識があってもそれを生かす術も、使い方も今一分かっていない。常識に至っては同年代の子供よりも知らない、本当の意味ではまだまだ無知な子供だ。甘やかす大人は他の部隊で間に合ってるんだから、一つぐらい医療部隊の様な部隊があっても良いだろう。何も全てをお前に押し付ける訳では無い。困ったら周りに頼ればいい」
ヴィンセント隊長のお墨付きを貰い―――と言うか問答無用の強制に、諦めの境地に立つ。
ここまで言われたら、変更はまずあり得ないに等しい事は経験で分かっている。
そんな自分とは別に、情報の整理を終えたらしいシェリファス隊長が溜息を吐いた。
「…こちらも本腰を入れて調べるべきか」
「実に愉快な子だよ。本人は自分のした事の凄さに全く気付いていない。ユーリに撃沈されるシェリファスが見られるかもしれんな」
「何だ、それは」
「これまでに出会った隊長はことごとく撃沈されてるぞ?」
「…私はそろそろ戻る。幾つか調べたい資料があるからな」
ヴィンセント隊長のからかい混じりの言葉に、微かに眉間に皺を寄せてシェリファス隊長が告げる。
「そうだ、シェリファス隊長」
そんなシェリファス隊長に伝えるべきだと思った事を思い出して声を掛けると、視線が自分に向けられた。
「もう一つ、ユーリちゃんが気になる事を。訓練中、結界を確認されていたシェリファス隊長を見て、「キラキラねー」と称していたんですが…」
「!」
気になっていたユーリちゃんの反応を伝えると、シェリファス隊長が目に見えて反応する。
「……つくづく規格外とはこういう事か」
「何か思い当たりますか」
「切っ掛けにはなる一言だ。…礼を言う」
それだけ言い残し、一礼してシェリファス隊長が闘技場を後にする。
「…我々も戻るか」
「はい」
ヴィンセント隊長に促され、頷く。
何人かだけ残っていた医療部隊の隊員に後を頼んで闘技場を後にした。
そんな医務室に戻る道すがら、ユーリちゃんの応急処置についての報告を行う。
「治療も無事にこなしたか」
「はい。何を言われずとも状況に合わせて道具を設置したりと、かなり応用力が高いです。それもあって、医療部隊からの評価は高いですね」
応急処置の実践では、かなりの重圧が掛かっていたはずだ。
決して好意的とは言えない外警部隊の騎士達と、好奇に満ちた医療部隊の隊員達からの視線。
それにめげず、逃げずに消毒作業をやり切った。しかも、重傷者まで見逃さずに報告してきたのだ。
「第一関門は突破だな」
「そうですね」
「後は定時に上げる様に。私が迎えに行くまでは奥のテーブルに座らせておいてくれ」
「承知しました」
医務室の前で報告を終え、ヴィンセント隊長の指示を仰ぐ。
中に入ってヴィンセント隊長と別れ、ユーリちゃんが待っているであろう朝に講義を行った準備室へと足を向ける。
あの奥のスペースは魔術による独立地帯だから、飲食出来るし。
予想通り、そこにはグレイン医師と共に椅子に座ったユーリちゃんの姿。
ユーリちゃんには大きすぎるマグカップを両手で包み持ち、吹き冷ましながら飲み物を飲んでいる。
どうやらホットミルクらしく、口の周りには白いヒゲが出現していた。
……こういう所は、ごく普通の子供だよな。とても話に聞く様なアレコレをやらかしてる子には見えない。
「おぅ、フォル。お疲れ」
「フォルしゃん、おつかれさまです」
「お疲れ様です」
自分に気付いたグレイン医師が声を掛けて来るのに、ユーリちゃんも笑顔で続いた。そんな二人に同じ言葉を返す。
手を洗ってから少な目にお茶を入れて二人に合流し、一口飲んで一息吐いた。
壁の時計を確かめると、定時まであと半刻弱。
この後やるべき事を考えつつ、グレイン医師とユーリちゃんの何気ない話に加わった。