46 闘技場に行ってみた
フォルさんと手を繋いでやって来たのは、お城の正面玄関とは正反対。
設備部隊とか、鍛冶部隊のある方角でした。
そこには正面玄関と同じ、大きな鉄扉。
その鉄扉の左右には二人の騎士さん。扉の見張り兼開閉担当の外警部隊の隊員さんなんだとか。
ぷっきゅぷっきゅとサンダルを鳴らして出現した私に超怪訝な表情を浮かべたけど、フォルさんを見るなり一礼して重そうな扉を開けてくれる。
ゆっくりと開かれていく扉の向こうには、何とビックリ、闘技場と言うに相応しい光景が広がっておりました。
熱い激戦訓練が繰り広げられている三つの巨大なリンクと、準備運動やら素振り、型の確認し放題な沢山の外警部隊の隊員が動き回る事が出来る広さの周辺スペース、入口の一部を除いて囲い込む様に観戦出来る観客席の何ヶ所かには治療する医療部隊隊員の姿。
え。ここ、お城のど真ん中よね? いや、確かにロの字型の構造してるとは思うけど。
「この闘技場は設備部隊と鍛冶部隊が共同開発した魔術強化の特殊素材で作り上げた建材と、魔導部隊の特殊強化結界が二重に張られている。ここが城の中央部にあるからこそ北の魔王城の構造は更に強化されているんだよ。同時に、それだけ強化されているからこそ何処も壊す心配なく訓練出来る」
「壊れない?」
「一日一回は設備部隊の保守・点検が入るし、訓練がある時は必ず魔導部隊の上位者が結界監視に来ているんだよ。今日はシェリファス隊長がいらっしゃっている」
呆気に取られて中を見ていると、フォルさんが闘技場の説明をしてくれた。
何、その常識外れに強化されているから逆に大丈夫的発想。長所と短所は紙一重ってか。
ホント、私が常識だと思っている事が悉く通用しない場所だわ。北の魔王城。
そんでもってフォルさんが示してくれた先―――正面の観客席、医療部隊の活動する場所から少し離れた場所に立って訓練や闘技場の様子を眺める三十代くらいの男性。
騎士様達と違ってフルメタルな鎧ではなく動き易さ重視な装備に身を包んだ長身な人なんだけど…何て言ったらいいんだろう。
映画化されたファンタジー超大作に出て来るエルフそのまんまな感じの美形さん。
弓は持ってないし、耳は尖ってないけど。
長い金髪は束ねられ、サークレットがまた良くお似合いです。
この人が魔導部隊のシェリファス隊長か。…イイ!
現実にこんな人がいるなんて最高です。超目の保養です。
誰か、この感動を一緒に分かってくれる人が欲しい!!
「ユーリちゃん?」
「ちぇリファしゅ隊長、キラキラねー」
「…キラキラ?」
残念ながら、フォルさんは分かってくれないみたい。
美形を見慣れ過ぎているのかもしれない。
「フォル、ユーリちゃん、良い所に来てくれた」
そんな事を考えていたら、直ぐ近くからバクスさんの声がした。
声のした方に視線を向けると、すぐ右上の観客席にバクスさんが治療しつつこちらを見ていた。
「副隊長」
「今日は外警部隊の新人組に案外怪我人が多くてね。東側に入ってくれるかい?」
「了解しました」
「よろしく。ユーリちゃんも気を付けて動くんだよ」
「あい!」
バクスさんの指示に、フォルさんと一緒に返事をする。
「じゃあ、早速移動しよう。くれぐれも手を放しちゃだめだよ?」
「あいっ」
再びしっかりとフォルさんと手を繋ぎ、歩き出すフォルさんについていく。
ぷっきゅぷっきゅぷっきゅぷっきゅ
歩き出した事で派手に音を響かせるピコピコサンダルに、彼方此方で響き渡っていた金属のぶつかり合う音が少しずつ小さくなる。
終いには、何故かピタリと止まってしまった。
き、気まずい…っ。
「…ヴィンセント!」
「何だ」
それと同時に中央のリンク辺りから響いた怒声に、入口正面辺りの観客席にいたらしいヴィンセントさんが悠然と答える。
「何だ、あのふざけたサンダルを履いた子供は!」
「今日から応急処置の勉強で時々参加する。北の魔王城の仮入隊中のユーリだ」
「そんな事を聞いているのではない!」
「そう怒鳴るな、ウォルド。何せ見ての通り非力な幼子だ。外警部隊の大の男にぶつかるだけでも怪我をしかねないから危険防止を施して何が悪い? …それとも、この程度で集中を切らすのか?? 外警部隊は」
「……っ」
怒ってる。超怒ってるよ、外警部隊のあの騎士さん。
ヴィンセントさん呼び捨てな辺り、外警部隊の偉い人っぽい。
怒りたくなる気持ちは御尤も。だと言うのにヴィンセントさんの皮肉混じりな返しがこれまた強烈だ。
火に油をドボドボと注いでる。
と言うか、その怒りがこちらに向かってくるのが怖いですー!
怒鳴った騎士さんだけじゃない。闘技場中がとても友好的とは言えない雰囲気なんですけどっ(汗)
「それにここに出現しているという事は、医療部隊の第一級看護師の合格を貰ったからだ。消毒ぐらいはこなすさ。そうだな? フォル」
「問題ありません」
ヴィンセントさんがフォルさんに声を掛ければ、フォルさんが全く動じる事なく答える。
え、単に基礎講習受けただけよ? そんな自信満々に言い切っちゃマズイって!
「さ、お仕事だよ、ユーリちゃん」
ガクブルしている私をしっかり見据えて、フォルさんがにっこり笑う。
ちょっと待って。今、絶対に「出来ないなんて言わないよね?」って目が言ってる!
私、超脅されてるよね⁈
ヤバい、何か変なフラグが立ってる。ぽこぽこ立ってる予感がヒシヒシするっ。
た、助けてー! ディルナンさーん!!
…なんてこの場にいないディルナンさんに助けを求めた所で助けが来る筈も無く。
完全アウェイの闘技場です。
指導担当のフォルさんこそがその筆頭と化してるってどういう事かしらん(泣)
でも、こうなったらヤるっきゃない。
仕事らなきゃ殺られる。マジで生命の危機です。
「すりきず、きりきず、軽い打ち身ならボクでも治療できましゅ!」
こうなりゃ名乗り上げてやるわよ。
「それ以上のお怪我の人はフォルしゃんがいましゅっ」
えぇ、出来ないと思ったらすぐにでもフォルさんに回してやるぅ!
フォルさんがダメでも、出来る人に丸投げしてやるんだからっ‼︎
くふん、と鼻息荒くも宣言すれば、隣にいたフォルさんが小さく噴出す。
と言うか、闘技場にいる人達が揃いも揃って目を丸くしてるのは何でだ。
この程度じゃ泣かないよ。例えちょっぴり涙目でプルプルしてても泣いてないよ!
図太くなきゃここにいられないんでしょ⁈
それに逃げられる訳ないじゃないのさ。後の面倒事なアレコレのいくつかは容易に想像出来るんだから。
しかも、私自身じゃなくてその全てがディルナンさんに行くって最初にエリエスさんが言ってたもん。
だったら開き直って居座るしかないじゃないかっ。
「よろちくおねがいしましゅ!」
「ふふ…よく出来ました」
ヤケクソで叫ぶと、フォルさんが笑いつつ髪を撫でてくれた。
観客席にいた医療部隊の一部の面々が楽しそうに口笛を吹いたり笑っている。
ヴィンセントさんの表情は無表情。バクスさんは苦笑い。
外警部隊は特に変わらない。相変わらずのアウェイな雰囲気。
「さぁ、仕事だ」
そんな中を再びフォルさんに手を引かれて歩き出す。
ま、負けないんだからねっ!