44 食堂は混沌と化す
どうにかお勉強タイムな午前中を乗り切ったものの、半分程灰になっております。
ぷきゅぷきゅぷきゅ
ぐーぐーぐー
間抜けなピコピコサンダルの音とお腹の音の両方を廊下に響かせつつ、現在フォルさんに手を引かれて食堂へと移動中。
お勉強中は実に見事な飴(実際に飴)と鞭(問答無用笑顔)の使いこなしでございました。
そこに痺れる憧れるぅ、なテンションで無理矢理やり過ごした自分、ぐっじょぶ。
微妙に遠い目なのは見逃して下さい。
そうこうしている間に食堂から良い匂いが漂ってくる。
「今日のお昼は何だろうね?」
鼻をヒクヒクさせていたら、フォルさんが笑顔で声を掛けてくれた。
「お肉!」
「ユーリちゃん的予想はお肉か」
そんな事を話していると、遂に食堂の入口が見えてきた。
昼食に胸が高鳴る。午前中の苦労だって、昼食を食べればきっと報われるはずっ。
ぷっきゅぷっきゅぷっきゅ
ぎゅるんぎゅるんぎゅるん
そう思えば、足取りだって軽くなるってもんですよ。うへへへへへ。
何故かお腹の虫までだけど……。
……そう思ったのに。
食堂に入った途端、何でこんなに注目されてるの!? ピコピコサンダルの所為!!?
「ユーリ、可愛い!」
アルフ少年、この状況でまさかの兄馬鹿発動なんて勘弁して下さい。
「隊長、隊長! ユーリがっ!!」
しかも大声でディルナンさんを呼ばないで。お願い。
そんでもって、アルフ少年の声に釣られて厨房の全員が揃いも揃ってこちらを注目するってどういう事だ。
手元見て。色々危ないから。
あ、バースさん、指切った。言わんこっちゃない。
「………ヴィンセント、あんにゃろう」
「…………調理部隊じゃ着せられないか」
複数のフライパンを操りながら凄く低ーい声で恨みたっぷりに言うディルナンさんの横で、同じく複数のフライパンに向かいつつ残念そうに言わないで下さい、オッジさん。
「あああぁぁぁ! こんな事してる場合じゃないいいぃぃぃ!!」
「サム、落ち着け!」
「せめて、せめてキリの良い所まで作業してからにしてくれえぇ!」
そうかと思えば三馬鹿トリオの兄さん達はサムさんが暴走して、他の二人がまともな事を言いつつ宥め。
常識的な筈なのに、とても珍しい光景に見えるのは何故だろう。
「そっち、作業はどうだ」
「こっちはオレが回しますから。サポートは不要です」
「サムを動かすなら、まずはラダの作業を優先させるべきだな」
「む。こっちはもう終わる。その分三馬鹿のサポートに入る」
常識人組の残り四人(シュナスさん、オルディマさん、ディオガさん、ラダストールさん)までもが何かを相談してるんだけど。
え、あのサムさんをどこかに放出するつもり? 危なくない??
何、この混沌。いつもの厨房は一体いずこへ。
「フォルしゃん…」
「調理部隊、意外と愉快な人達が揃ってるんだね」
「う?」
フォルさんに助けを求めようとしたら、厨房を見てすっかり状況を楽しんでるご様子。あ、これは助け来ないわ。
じゃあどうしたらいいのかと首を傾げていると、今度はホールから何やら呻き声が聞こえる始末。
視線をそちらにむければ、机を叩いたり悶える人達多数。ぶっちゃけ怖い。何のホラー!?
「フォルさん、あっちー」
「ん? …あぁ、アレは彼らの持病みたいなものだから問題無いよ。少しすれば勝手に落ち着くから」
「だいじょぶ?」
「大丈夫。さぁ、ボク達もご飯にしようね」
思わずフォルさんの服の裾を握って今度こそ助けを求めると、視線を厨房からホールに向けるフォルさん。
一目見ただけで妙に自信たっぷりに大丈夫だと言い切られてしまったり。
何でだろう。ここまで自信満々に言われつつ頭を撫でられると、不思議とこの混沌な状況も大丈夫なのかと安心してしまう。私が単純なだけ?
でも、これはもう色々と私の手には負えないよね。
言われた通り、ご飯食べよう。うん。
そんなこんなで開き直ってアルフ少年の元へと歩いて行くと、アルフ少年が満面の笑顔で出迎えてくれた。
素敵に爽やかな美少年スマイルだ。素晴らしい。
一緒にニコニコ笑っていると、サムさんが更なる奇声を上げたが厨房の誰も気にしていない。ホールの何人かが見ただけで終わる。
サムさんの標準認識が変人って…まぁ短い付き合いだけど、今更感は確かにあるかもしれない。
待つ事暫し。
フォルさんに下ろして貰ったトレーには、予想通りのお肉がデデーン! と存在を主張している。
子供用の小さいお皿とは言え、このお皿からはみ出んばかりの肉料理は…ドイツ風カツレツのシュニッツェルと見た!
薄く叩いたお肉に塩コショウして小麦粉をはたき、卵に潜らせてから刻みパセリとチーズ入りのパン粉をまぶして揚げ焼きしたボリューム系肉料理。
それにグリーンサラダとガスパチョ(冷製トマトベースの野菜たっぷりスープ)擬き、パンときた。
午前中は頭を働かせ過ぎたのか、すっごくお腹空いてたから嬉しい!
フォルさんと近くの空いていたテーブルにトレーを運び、乗せて貰った所でふと思い出す。
ここで食べるには、専用の補助椅子が必要ですよ。
「フォルしゃん、厨房いってきまーす」
「うん?」
「ボクの椅子、とってきましゅ」
「あぁ、そうだね。行ってらっしゃい」
フォルさんに離れる旨を伝え、来た道を戻る。
ぴきゅ、ぴきゅ、ぴきゅ
ぐぎゅー
やっぱり、このサンダルうるさいよね。
猫に鈴状態で、何だか妙に視線を集めるし。
「…どうした?」
「ラダしゃん、ボクの椅子くだしゃい」
厨房の入口に近付くと、側にいたラダストールさんが直ぐに気付いて声を掛けてくれた。
目的の補助椅子をお願いすると、ラダストールさんが近くにいたサムさんに視線を向ける。珍しい。
少しして、合図を受けてイソイソと動いていたサムさんが補助椅子を手にホールに出て来た。
「ユーリちゃん…クルンと一周してみよう!」
「う?」
何故に? とは思ったけど、サムさんの言う様にクルンと一周。ぷぅきゅっと間抜けな音付き。
「くぅ…。……ありがとうなー。これ、お礼のデザート」
「サムしゃん、ありがとー」
回っただけで、小さなマドレーヌをくれたんだけど。何、この美味しいご褒美。
思わず満面の笑顔で受け取ってしまったよ。
「ぐふっ」
そしたらいきなりサムさんが横を向いた。
そんなに私の顔が変なのか?
…と思った次の瞬間、派手に鼻血を噴出したー!?
出血量おかしいよっ!!? ちょ、ホールが血塗れっ!!!!
私に掛からなくて本気で良かったけど!
「…」
「この萌えを形にするまで、オレは死なん!」
これには黙々と仕事をしていたラダストールさんが厨房から態々出て来て無言でサムさんを蹴りつけ、その手にあった補助椅子を奪って私に渡してくれる。
そんな中、未だにダラダラと鼻血を流しつつハイテンションに叫んでいるサムさん。貧血起こして倒れるなよー。
というか、コック服がどんどん血に汚れて行くんだけど、良いの? ホントに何なの、この状況。
「飯が冷める。馬鹿は放っておいて、食べて来い」
「あい。ありがとうございましゅ」
状況サッパリ分からないけど、サムさんの首根っこを掴み、私に食事を促すラダストールさんが男前だって事は分かりました。
しかもさり気無く魔術でホールを清めている。出来る男は違うわ。
何だか北の魔王城ではまともに関わってはいけない事が多々あるんですね。私もいい加減学習しました。
では、ラダストールさんのお言葉に甘えて食事に入らせて頂きますかね。
お肉が私を待っている〜! ひゃっほー!!