43 同じ穴の狢とは格言です。
ヴィンセントさんがお仕事の為に奥の部屋へ姿を消すと、場に指導役のお兄さんと残される。
ヴィンセントさんが目の前からいなくなって十秒程して、漸く呼吸が普通に戻った気がした。
思わず二回、三回と深呼吸してしまう。
「よち!」
気分一新して頑張ろうと気合いを入れて声を出したのに、初っ端から噛んで台無し。とほり。
少し落ち込んでいると、隣に居たお兄さんがクスリと笑みを零した。
「じゃあボク達も早速始めようか」
「あい」
お兄さんが穏やかに微笑み、声を掛けてくれた。
それに返事をすると、ヴィンセントさんが入った部屋とは別の部屋へと連れて行かれる。
部屋の中一杯に整然と棚が並び、様々な器具や薬が並んでいた。
他にも医療部隊の隊員さん達がチラホラといて、それぞれが必要な物を選んでいるらしい様子が伺える。
そんな中を通り過ぎると、一番奥に小さなテーブルと椅子が置いてあった。
ここに座れって事とみた。
お兄さんが机の前で立ち止まったのを見て一緒に立ち止まり、椅子の一つに近付くとよじ登りを開始する。どこに行っても椅子が高いんだ、コレが。
そんな私を見て、お兄さんが私をヒョイっと持ち上げて座らせてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
お礼を言うと、お兄さんが返事をしつつ向かいの席に座る。
「さて、先ずは自己紹介かな?
ボクはフォル。医療部隊の第一級看護師です。今日からユーリちゃんの指導役として一緒に仕事をするよ。よろしく」
「ユーリでしゅ、フォルしゃん。…フォルちぇんぱい?」
「先輩は呼びにくそうだね。呼びやすい様に呼んでくれればいいよ」
「フォルしゃん、よろしくお願いしましゅ」
お兄さんことフォルさんの自己紹介に、お伺いを立ててみてからペコリと一礼。
優しそうな人で良かった。
「今日から医療部隊にいる時のユーリちゃんは、研修中の見習い隊員としての扱いになる。ユーリちゃんの能力と頑張り次第で見習いから第三級の看護師になれるよ」
「みならいの次が、三?」
そのままの流れで私の状況を左腕の腕章を示しつつフォルさんが説明してくれたので、疑問に思った事を質問してみる。
「そう。見習いから第三級、第二級、第一級と昇格して、その後に医師として昇格出来る」
「お医者しゃんと看護師さんは、別じゃないでしゅか?」
「そういう所もあるけどね。北の魔王城で医師を名乗るには、基本的にどんな状況でも的確に患者に対応出来なければいけない。だから北の魔王城では第一級看護師に昇格して初めて医師としての技術と知識の徹底的修得を命じられるんだよ」
「じゃあ、フォルしゃんはお医者さんの卵?」
「ふふ、そうだよ」
つまり、さっきの四色の色違いの看護師服はその人の看護師レベルの表れって事ですね。疑問が解決した。
…私、とんでもない所に見習い勉強で来る事になったかもしれない。
「訓練場の治療ではボクも診察に加わるから、ユーリちゃんにはごく軽傷の隊員の消毒に当たって貰うよ」
「あい」
ここで具体的な仕事を提示される。
いけない、考え込んでる場合じゃないね。
「今からユーリちゃんが仕事をするのに必要な器具と薬を揃えるから。それからこのテーブルで救急箱の説明と、ユーリちゃんが行う処置についてのお勉強だよ。お昼を食べたら少しお休みして、後は訓練場に行って実習するのが今日の大体の予定」
「はーい」
「いいお返事だね」
丁寧な説明ありがとうございます、フォルさん。
早速立ち上がるフォルさんに続いて椅子をちょこんと飛び降りる。
ぷっきゅうぅ〜!
「!」
『…くっ』
「あぅ…」
途端に部屋中に鳴り響いた、どこか力の抜けるピコピコサンダルの音に自分でビックリする。
それに少し遅れて小さく笑みを零す声が彼方此方から聞こえた。
何より、目の前のフォルさんが笑ってるし。
すっかり存在を忘れてたから、余計に凹むわ。
何故か向けられる生温い視線から生じる羞恥心と戦いながらフォルさんと部屋の入口へと戻ると、すぐ脇にあった水道でしっかりと手を洗ってから消毒して。
医薬品だもんね。清潔な取り扱いが大事です。
それから中を歩きつつ必要な物を揃えていく。
とは言え、私は見てるだけ。フォルさんの手にある消毒済みの大きな金属製のお盆に、次々と乗せられていくのは一応見覚えのある物ばかり。
「いきなり全部の場所は覚えられないとは思うけど、ユーリちゃんが使う主な物はこの棚にあるから、ここだけは覚えようね」
「入口から二番めの右」
「そうだね」
フォルさんに示された棚の位置を確認すると、再び奥のテーブルに戻る。
テーブルにお盆を置いたフォルさんに再び座らせて貰って。申し訳ない。
「まず、ユーリちゃん専用のメモと簡易ペン。今から教える必要な事をメモしておく事」
「あい」
鍛治部隊に用意して貰っていた救急箱を開けたフォルさんに真っ先に差し出されたのは、私の掌より少し大きなメモ帳と私サイズの簡易ペン。
蓋に専用の収納場所があるみたい。
受け取ってすぐに、メモ帳の表紙に自分の名前を記入。私専用のメモってフォルさんが言ったし。
そして表紙を開くと、フォルさんがニッコリ笑った。
「じゃあ、救急箱の中身の確認から」
そしてお盆の中身を示しつつ始まるフォルさんの説明。
道具としてピンセット、ハサミ、爪切り、刺抜き、トレー、小さいライト、体温計、アルコールボトル、冷却用パック。
消耗品としてカット綿、絆創膏、ガーゼ、包帯、三角巾、綿棒、手袋、ペーパー、ゴミ袋。
薬として消毒液、打身用軟膏。
一つずつ必要な数なんかも確認しつつ、これまたメモ帳に記入。
これで対応出来ない怪我や症状は、フォルさんにお任せとの事。
家庭の救急箱レベルで心底ホッとした。
ついでにさっきフォルさんに教えて貰った、消耗品と薬の置き場である棚の位置も端っこに記載して。
「これで救急箱の中身の確認はお終い。じゃあ、今度は怪我の種類と手当てについて」
やっと書けたと思ったら、ニッコリ笑顔で宣うフォルさん。あら嫌だ。私もニッコリ笑っちゃうし。
どうやらこの調子でどんどん知識はやって来るみたいだね。
一から全部教えてくれるなんて親切☆
…なんて喜べるかーい!
でも、何か笑顔の質が微妙にヴィンセントさんに通じるモノがあるって言うか…うん、逆らえない。
何でかな。この手の笑顔を浮かべる人って、魔王っぽく見える。
いや、本物の魔王様が居るんだけどね、このお城。
と言うか北の魔王城最強って本物の魔王様、どんだけ凄まじいんだろうか。ガクブル。
そんな事を考える程に笑顔が引き攣るというか、乾いた笑みにシフトチェンジするのは不可抗力だと思う。
そんな私を見ていたフォルさんが笑顔でポケットから何かを取り出し、素早く私の口の中に放り込んできた。
少し遅れて口の中に広がる、甘くて濃いポムル味。
「…おいちぃ」
「人気の飴だそうだよ。さ、頑張ろうね」
嬉しい不意打ちに思わず相好を崩していると、フォルさんが再び微笑んで先を促す。
ま、正しく飴と鞭…っ。
優しいけど、とんだ曲者お兄さんだよ(泣)
私の脳みそ、どうにか逆境に負けずに頑張っておくれ。くすん。