別視点25 真夜中の密談…×2(ディルナン視点)
「たいちょ、おやすみなしゃい」
「あぁ、おやすみ」
夕飯後に調理部隊の他の面々と合流して風呂に入れた後。
既に半分以上夢の世界に旅立ちつつ就寝の挨拶をするユーリに返事を返すと、三秒経たずにスヨスヨと寝息を立て始める。
午後からは怒涛の展開が続いた所為で疲れたんだろう。オレとしても色々予想外だった。
…武力云々は他の面々にも相談したい所だ。オレ一人の手にはとても負えない。
とんだ問題が露呈したもんだ。
「…さて、どうしたもんか」
小さく溜息を吐いていると、扉をノックする音が響いた。
すぐに対応に出ると、やって来たのはオルディマ。
「すみません、遅くなりました」
「いや、いきなり頼んだのはこっちだ。悪いが頼む」
「頼まれました」
念の為にとユーリのお守り役として風呂の時間にコッソリ頼んでみたら、二つ返事で承諾してくれたオルディマに感謝だ。
オルディマと入れ違いに部屋を出ると、外へと足を向けた。
向かうは、西の別館。
魔導部隊隊長のシェリファスの執務室。
魔導部隊の夜警隊員を捕まえてシェリファスの在室を確認し、執務室をノックする。
「誰だ」
「調理部隊のディルナンだが」
「…ディルナン? 入れ」
誰何の声に応じると、怪訝そうな声ながらも入室の許可が出た。
それを聞いてから入室すると、片付けていたらしい書類を整理するシェリファスが目に入った。
「お前が訪ねて来るとは珍しいな」
「まぁ、普通ならば接点など殆ど無いからな。精々合同訓練前ぐらいか」
「こちらとしても食事を提供して貰うぐらいだ。…それで? 特に合同訓練の予定も無いと言うのに態々訪ねて来た用事は何だ」
大して親しい訳でも無いオレの訪問に、シェリファスが整えた書類を脇に置きつつ淡々と用件を聞いて来る。
コイツはいつもそうだ。大抵の事では顔色一つ変えず、興味を示しもしない。
唯一興味を示すのは、魔術に関連するモノぐらいだろう。
「ウチに仮入隊の子供が入ったのは部隊長会議で伝えているだろう。…オレ達の手に負えそうに無い事がいくつか判明した。そこで専門と言える魔導部隊隊長としてのお前の力を貸して欲しい」
「ほう?」
「まどろっこしいのは面倒だから端的に言う。
ユーリには封印魔術が掛けられているらしい。ヴァスの探査魔術で辛うじて拾える程度。術者はシェリファス、お前と同等か下手をすれば上との事だ」
昨日の時点で判明した事をまず伝えると、机の上で組まれていたシェリファスの手がピクリと反応する。
シェリファス以上の魔術師などそうそういる訳が無い。そんな術者が扱った魔術にコイツが興味を示さない筈が無い。
「それとユーリが北の魔王城に来た日から農作物の異常生育があった件。それもどうやらユーリの仕業らしい。今日、オレとジーンの目の前で二種ほど作物を撫でて完熟させやがった。この辺りについても魔術が関連している可能性があるのか、お前の見解が聞きたい」
さっさとカードを切っていくと、シェリファスの瞳が妖しく光る。
…コイツは魔力だけなら北の魔王城で魔王様に次ぐ膨大な魔力の持ち主だ。それ故の地位とも言えるが。
だがそれだけではなく、本人が魔術に関して目が無い。資料集めに余念が無いし、自分で仮説を立てて研究さえしている。新しい魔術の構築等も得意分野の筈だ。
そこを利用させて貰う。
「………またとない研究対象と言う訳か」
「おかしな真似は許さんが、相互扶助といくべきだな。
オレ達としてはユーリに掛けられた術の特定とその術の解除が可能か、それとユーリの持つ能力の解明に繋がる糸口として。お前としては同等以上の魔術師の術の研究及び未知の力の確認に繋がるかもしれん」
「フッ、良いだろう。予定を合わせて取り敢えずその子供に会えばいいのだな」
オレの提案に特に拒否も無く話を纏めるシェリファスに、こちらも頷く。
「お互いにすぐにとは行くまい。…ヴァスに探査魔術の詳細を聞いてある程度は準備しておくとしよう。もう一点については、過去の文献でも見ておいてやる」
「出来れば次の部隊長会議の前に」
「ロイス対策か。…ヤツは常に魔王様中心でしか動いていない。何かしら判明したら逆に危険だぞ?」
「何もせずに待つ訳にはいかない。既に本人が無自覚でロイスに爆弾を放っていてな。手遅れだ」
淡々と忠告してくるシェリファスに肩を竦めて返すと、シェリファスが一つ瞬きする。
まさかこの短期間にロイスに爆弾を放れるなど、普通なら予想すら出来る筈が無い。
「詳しい事はそちらの準備が出来次第決める。食事に来た時にでも声を掛けてくれ」
「了解した」
「邪魔したな」
用事が済めば、さっさと出て行く。
特にプライベートで付き合いがある訳でも無い相手だ。
無理に付き合う必要性もあるまい。
別館から本館に戻ると、何故か待ち伏せられていた気配に足を止める。
「…何か用か? ヴィンセント」
「無くて態々こんな所にいると思うか?」
意を決して問い掛けると、逆に問い返された。
普段よりもどこか艶のある声音は、ヴィンセントが怒りを覚えている時の嫌な特徴だ。
何で会っていきなり説教モードなんだ、このおっさんは。
「いきなりの子育てに四苦八苦しているのは分かるが、ユーリを無意味に泣かせる様な真似は頂けないな? ディルナン」
「…………」
ちょっと待て。
マジで情報源はどこだ。そして一体どんな耳してやがる。
「お前に子育てとはどういうモンかを教える必要がある様だな。顔を貸せ」
「ユーリが」
「オルディマが付いているだろう。本を読んでいるから少し位は遅くなっても良いそうだぞ」
既にオレの部屋に訪問してオルディマに会ってやがるのかよ。久々にヴィンセントの説教確定ってマジか。
……部屋に戻れるのはいつになる事やら。
思わず零れた溜息が薄暗い廊下に漂い、消えた。




