38 どうしてこうなった?
ディルナンさんに連れられて、お散歩なう。
昨日と同じ様に畑を巡っているけれど、昨日と違うのは畑で育てられている野菜の講義付きな所。
野菜の名前、どんな料理にどうやって使われるのか。その下処理法等。
説明に耳を傾けつつも、気になるのはさっきの鬼ごっこで露呈した自分の不甲斐なさ。
夢の中で出会ったユーリの部屋が現実であったのならば、この体の体力は底辺。
ほぼ監禁状況で運動など出来る筈が無い。そもそも運動すると言う概念自体が無いでしょう。
武術に至っては問題外ですよ。
けれど北の魔王城に居たければ、間違いなく最低でも自分の身は自分で守れる戦力程度は必要とされている訳で。
ただでさえミニマム幼児だと言うのに、体力及び運動神経ゼロで魔力に関しても底辺と言われている現状。
もしその不足を補える可能性があるとすれば知識だろうけど。ハッキリ言って戦術云々なんて知識は問題外です。そんなモノは昔プレイしていたRPG知識程度が精一杯ですよ。
特に軍事関係に興味がある訳でも、戦国時代なんかの歴史が好きな訳でも無い、普通に生活している人間がそんな知識を態々勉強するとでも?
総合的な結果から言って、私は本当に何も出来無い。
自分の余りの使えなさに、流石の私でも落ち込みたくなると言うモノだ。
…普通、異世界に行ったらチート的な何かを持っていそうだと言うのは夢の見過ぎなのか? ぐすん。
「――…折角のトゥートの前だってのに、随分暗い顔してんじゃねぇか」
そんな事を考えていたら、畑の奥の方から昨日会ったばかりのジーン隊長がやって来た。
「ジーン」
「昨日に引き続き、今度はディルナンとペアルックか。こうなりゃウチの分も作ってやろうか?」
「おいコラ、ふざけんなよ」
「大真面目だぜ? ディルナンおかん」
「テメェ…」
ディルナンさんがジーンさんと軽口を交わし合う。
いつもなら愉快なやりとりなのに、今日はどうしても楽しめない。
どうしたらいいかね? トゥートちゃん。
昨日はとっても美味しい実をありがとうね。
今日もツヤツヤ、お綺麗な実だこと。食べ頃までもう少しですな。
私、ただ君達を美味しく食べたいだけじゃダメかな??
ディルナンさんとジーンさんを余所に、目の前のトゥートの葉を撫でて心の中で声を掛けてみる。
口に出したら怪しい人だもんね。
そう思ってたんだけど…この目の前の変化はどうしたら良いんでしょうか(汗)
「……ジーンたいちょ、ディルナンたいちょ」
「「…あ?」」
「トゥート…赤くなっちゃったー」
非常に気まずい事この上ないが、取り敢えず正直に告げて上の判断を仰ぐ事にしよう。
私が葉っぱを撫でたトゥートちゃん、気付けば全部の実が真っ赤になってしまいました。
「ユーリ、何した?」
「もう少しで食べごろねーって、葉っぱなでまちた…」
ジーンさんに鋭い瞳を向けられ、ビクビクしながら大人しく答える。
そんな私から視線をトゥートに移し、ジーンさんが検分し始めた。
「…間違いなく完熟してやがるな」
「は?」
「ここらは早い実でももう二、三日は時間が掛かる筈だったんだが」
「…ユーリ」
「まぁ、待て、ディルナン。どうせならこのまま実験と行こう」
え。ジーンさん、何だか妙に目がギラッと輝いてるんですけど……。
そんなこんなで私が連れて来られたのは、トゥート畑のすぐ側にあるトウモロコシ状の野菜畑。
ここに来る前に、完熟したトゥートを収穫して籠に入れてからやって参りました。
勿論、ディルナンさんも一緒にいます。
「タクトに明日辺り欲しいって言われてたんだが、コイツ等の収穫が予定よりも押しててな。ダメ元でちょっくら試してみてくれや」
「…タクトしゃん?」
「……お前はまだ会った事がなかったな。
調理部隊の隊員だ。今は第二部隊所属で近習部隊に所属して、魔王様と近習・近衛部隊の食事を一手に引き受けている。それがタクトとジェイルだ」
初めて聞く名に小首を傾げると、ディルナンさんが代わりに答えてくれた。
調理部隊には実はまだ他に二人の隊員さんがいたんだ。
…そうか、魔王様のいる場所は別二階だもんね。食事だって場所が独立してるんだ。
「ディルナンも調理部隊隊長になる前は第二部隊所属で近習部隊にいたぞ?」
「ほへー」
それはつまり、近習部隊に第二部隊所属しちゃう方はちょっと別格の実力者って事ですね。分かります。
ディルナンさん、やっぱり凄い調理師さんでしたか。って事は、当然オッジさんもだよね。
「魔王様の食事係に就く事の意味を理解してる様だな。案外、将来ユーリがなったりしてな」
「今のままだと果てしなく難しいがな」
ディルナンさんを尊敬の目で見ていたら、ジーンさんが楽しそうにディルナンさんに話し掛ける。
それに渋い表情で返したディルナンさんの言葉に、自分の現状を思い出してズーンと沈み込む。
「…何があった?」
「戦闘力皆無以前の問題だ。体力さえそこらの幼児にも劣るぞ」
「そりゃまた、何とも……」
ジーンさんが私の反応にディルナンさんに質問し、返って来た答えに絶句する。
悔しいけれど、紛れも無く言い返す事など出来無い事実。
なので、早速任務に移りたいと思います!
トウモロコシ(?)ちゃん。
キミはどんなお味? 私の知ってる通り、甘いお野菜ですか??
良かったら、ちょいと私に味見させて下さいなー。
お願いしつつ、さっきのトゥートと同じ様にナデナデ。
…今気付いたけど、亜空間作った時みたいにお腹の真ん中から魔力が手に伝わってくる。
少しずつ、少しずつ。
暖かい魔力がトウモロコシに伝われば、葉が喜ぶ様にサワサワと揺れる。
それと同時に少しずつ膨らんでいるらしい果実に、包葉も広がっていく。
一定の所まで行くと、自動的に魔力の糸が切れた。
恐らく、これ以上はよろしくないのだろう。
その頃には撫でていた株に、丸々とした立派なトウモロコシが!
トウモロコシは基本、一株に一本しか作らないんだよな。他はヤングコーンの状態で間引いちゃう筈。このヤングコーンも凄くシャキシャキして美味しいんだけど。
…所で、コレは試食出来るのかな。
「できたのー」
「どれどれ」
ジーンさんを見上げると、ジーンさんが話を切り上げて直ぐに確認にやって来た。
というか、ディルナンさんも一緒に来て確認してる。
じっと待っていたら、ジーンさんがトウモロコシを収穫して直ぐに包葉を剥いちゃった!?
それをディルナンさんが受け取り、何処からか取り出したナイフで実を切りだしてる!!?
二人揃ってさっさと口に入れ、味見してる。
あぁっ。それ、フルーツコーンじゃなきゃ出来ない食べ方だっっ。
私にもー!
「…本っ当に末恐ろしいお子ちゃまだな、ユーリは」
「何処まで規格外になるつもりだ…」
「ほれユーリ、あーん」
私も食べたくて、二人の周りをウロウロしてみる。
そして待ちに待ったジーンさんの言葉に、雛鳥よろしくお口をあーん。
放り込まれたトウモロコシを噛み締めると、ジューシーかつ強い甘みが口いっぱいに広がった。
私の知ってるフルーツコーンよりもずっと甘くて美味しい。
「いくらモコロシつっても、この糖度は過去に類を見ねぇ。しかもこの時間の収穫でだ。
…やっぱりここん所の異常生育はユーリの影響と考えるのが一番の様だな。こりゃ何も言わずにロイスにも食わせとくか。実績作っちまえばこっちのモンだ」
「ジーンたいちょ、もっとー」
「ほいほい。ディルナン、もーちっと食わせてやれよ」
「あと少しだけだからな」
再びあーんで待っていると、ディルナンさんが口に放り込んでくれる。
うまうま。幸せー。
「残りはウチのヤツ等にも食わせる」
「あぁ」
「よし、じゃあユーリ。この一列をさっきみたいに撫でてやってくれ。そうしたらモコロシをもう一口食わせてやるぞー。それとさっき収穫したトゥートも一個やろう」
「あーい!」
美味しいお野菜をまた味わえるなら、私、頑張っちゃう!
そんなこんなで「美味しくなーれ」とトウモロコシ――正式名モコロシ(笑)――の葉をせっせとナデナデしていると、ジーンさんに呼ばれたらしい農作部隊の隊員さん達が何人か集まって来た。
さっき収穫したモコロシとその前のトゥートを味見してるみたい。
味見をした隊員さん達の数人が今度は私の側で作業を見てる。そんなにジッと見つめられても、タネも仕掛けもございませんよー。モコロシ、キミ達が頑張って美味しく育ってるだけだもんねぇ?
「「「ディルナン隊長、お宅のユーリちゃんを農作部隊に是非!」」」
「やる訳ねーだろうが! 畜生、農作部隊もかよ!!」
「スゲーよな。これぞ正しく『緑の手』の持ち主だぜ」
「ジーン隊長、隊長がもっと頑張って交渉して下さいよ!」
「まぁ待てよ。狙い所は今じゃねぇ」
『成程!』
「ジーンっ。テメェ等マジで大概にしとけよ…っ」
その一方で何やら大人達の会話が色々聞こえるけど、キニシナーイ。
ディルナンさん、頑張ってー! と心の中で応援しておこう。
【おまけ(ディルナン視点)】
「モロコち!」
元気一杯に叫ぶユーリに、思わずジーンを筆頭にした農作部隊のヤツ等と悶えるのを必死に堪える。
モロコちっつったか?
今、モロコちっつったよな?
モコロシだからな!
間違いだってのにこんなに可愛くてどうすんだよ。すぐに注意出来ねぇ…。
「………ご機嫌な所を悪ィが、モコロシな?」
「もころしー?」
『ぐふっ』
ジーン、良くぞ言ってくれた。良くぞ、なんだが。
…何で正しい単語だと発音が可愛くなるんだよ!?
農作部隊の何人かが逝ったぞ?!!
流石のジーンも絶句するしかねぇか。
つーか、ジーンを日に何度も絶句させられるなんてある意味凄ぇよ。
しかも本人は凄ェ期待した目でコッチ見てやがる。
…取り敢えず、頭だけは撫でておいてやろう。
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主人公、ジブリの某5月姉妹(妹)の様になってみるの図。
…あのシーン、本当に大好きなんです。