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35 集落にて

レツの背に乗って五分程空を駆けると、あっという間に小さな町が見えてきた。


「あれが第一の集落だ」

「一個め?」

「北の魔王城に一番近い。ここ以外に第五の集落まである」


ぐんぐん近付く町を見つつ、ディルナンさんに集落の事を教えて貰う。

北の魔王城に近い順に第一、第二…と続いて、第五の集落まであるんだね。ふんふん。


集落の直ぐ側に降り立つとディルナンさんが手綱を手早く纏め、レツの毛並みを一撫でする。


「レちゅ・・は?」

「集落に連れてったら大騒ぎだろうが。そもそも本来は群れるのが大嫌いなヤツだぞ。放っておけば適当に時間を潰す」


それもそうか。忘れてたけど、レツは猛獣でした。そりゃ大騒ぎになるわ。

でも、レツは最初から人懐っこかったよ? 群れるの嫌いと言われても想像しにくい。

騎獣部隊の兄さん達と戯れて、エリエスさんに折檻されてたし。


首を傾げていると、再び顔の毛並みでもふもふしてからレツがさっさとその場を去って行く。

レツを見送ると、ディルナンさんに手を取られて集落の中へと足を向けた。







集落の出入口の門には警備のおっちゃんが立っていたけど、ディルナンさんと顔見知りなのか「おはようございます」と声を掛けて来た。


「あぁ」

「おはよーございましゅ」


どこか素っ気無いディルナンさんに便乗して挨拶すると、おっちゃんが驚いて私を見る。


「ディルナン隊長、お子さんいたんですか?」

「違う。調理部隊の仮隊員だ」


ディルナンさんがおっちゃんの問い掛けに返すと、おっちゃんが増々驚く。

でも、冗談とは思われなかったみたい。その辺はディルナンさんの信用だろうな。


「これからコイツが一人で来たりする事もあるかもしれんから覚えておいてくれ」

「ユーリでしゅ」

「…ユーリちゃんか。よし、おっちゃんが他の警備の連中にも伝えておくからな」

「おねがいします」


そんなこんなで門を通過すると、凄く長閑な町が広がっていた。

整備されてるけど自然が沢山ある、とても住み心地の良さそうな町だ。


「たいちょ、どこに行くんでしゅか?」

「取り敢えず雑貨屋、服屋」


ディルナンさんに手を引かれるままに歩きつつ、行先を聞いてみると簡潔な答えが返って来た。

石畳の敷かれた道を歩いていると、気付けば様々なお店のある通りにやって来た。


「この集落は門に入って左側が商業地区、右側が住宅地区だ。買い物に来る時は左側に進め」

「あい」


そういう分かり易いのはとても助かります。


通りの左右には店舗が立ち並び、空いているスペースにも露天みたいなお店が所狭しと広がっている。

八百屋さん、魚屋さん、肉屋さん、総菜屋さん、お菓子屋さん、食堂や喫茶店に酒場、ブティックに雑貨屋さん、本屋さん、武器屋さん、薬屋さんと一般的であろうお店の他に少し怪しげなお店もある。本当に色々なお店があって目移りしてしまう。何だか大きな商店街みたい。そんな通りだから活気があって人通りも多く、老若男女様々だ。

チラホラと横道もある辺り、裏通りにも何かしらのお店があるのかもしれない。


「しゅごいねぇ」

「あんまり離れるなよ。お前じゃ人混みに流されかねん」

「あい」


ディルナンさんの言葉に、思わず繋いでいたディルナンさんの指先をギュッと握り直す。昨日に引き続いての迷子は嫌過ぎる。


それにしても…ディルナンさん、実はやっぱスゲェのね。

さっきから道行く女性の視線を一人占めしております。老いも若きもほんのり頬を赤く染めております。

まぁ、そりゃそうか。若くて体格もしっかりしてて格好良いし、北の魔王城の調理部隊隊長の肩書持ってて、独身とくれば熱い視線が集まるってもんだ。そこにいるだけで目の保養だし。

当のディルナンさんは総無視してるけど。きっと人に見られる事に慣れてるんだろう。大変だね。




「ここに入るか」


ディルナンさんに連れられて歩く事十五分。ディルナンさんがその足を一軒のお店に向けた。

そこは何と言うか…とってもファンシーなお店で、正直に言うとディルナンさんにはあまり似合わない。


「ここ?」

「お前の日用品には丁度良いだろ」

「…ボクの?」


思い掛けない言葉に目を丸くしている間に、ディルナンさんに連れられて店内に入る。


「いらっしゃいま、せ…」


お店のお姉さんもディルナンさんの姿に営業スマイルのまま固まった。

そんなお姉さんを無視して、ディルナンさんが店の物を見て回る。

そしてハンカチやタオルを筆頭に細々とした子供用の雑貨を適当に選んで、更にはカゴを手にして迷い無くザカザカ入れていく。


「ユーリ」

「う?」

「どれが良い?」


ディルナンさんに呼ばれて近付いてみると、子供視点でも見える低い棚に陳列されていたのは可愛らしい動物の形をしたモコモコ素材の首掛け式のお財布と子供用のリュック。猫や犬で数種類の形があった。

どれも可愛いが、中でも黒猫の顔の形をしたものが好きです。


「これー」

「これか。……会計を」


指差すと、ディルナンさんがそれも一緒にカゴに入れてお姉さんのいたテーブルへ持って行く。

そうなって初めてお姉さんが我に返り、慌てて仕事に入る。

さり気無くディルナンさんの買い物は量が多い。お姉さん頑張って!


「…それは直ぐに使うから出しておいてくれ」

「は、はいっ」


会計した品物を袋にしまっていたお姉さんにディルナンさんが示したのは、さっきの黒猫のお財布とリュック。

お姉さんから受け取ると、ディルナンさんが私にリュックを背負わせ、お財布を首から掛けた。


モコモコなお財布を触っていると、袋に収められて大分スッキリしたテーブルにディルナンさんが迷い無くお金を置いた。ディルナンさん、大体計算してたんだね。


そんなディルナンさんに、お姉さんが計算機を弾いて金額を提示してからお釣りを用意する。

ぐぬぬぬ、テーブルが高くて値段が見えない。


「たいちょ、お金ー」

子供ガキが余計な事を気にする必要は無い」


そう言ってくしゃくしゃと髪を撫でてくれるディルナンさん、超男前。

しかもお釣りの小銭、私のお財布に入れてくれちゃったよ!


「小遣いだ。帰りに菓子でも見て金の使い方覚えろ」

「あいっ」


ヤバい。ディルナンさん、マジで男前過ぎるっ。

お姉さんも胸キュンだろ。分かる、分かるよ。

そんなに熱い目でディルナンさんの格好良さを語られても、ニッコリ笑って同意しか出来ないけど。


「よし、次行くぞ」

「おねえちゃま、ありがと」


荷物をいつもの様に亜空間に収納してさっさと次へと動き出そうとするディルナンさんに再び手を繋がれつつ、お姉さんにバイバイと手を振ってみる。

途端にお姉さんの顔が増々赤くなったけど、大丈夫かしらん。





ディルナンさんと再び通りを歩いてやって来たのは、雑貨屋さんから五分程の距離の服屋さん。ただし明らかに可愛らしい子供服専門店。これまた似合わない。


中に入るなりやはり経営者らしきご夫婦が驚いていたが、ディルナンさんに私を差し出されて「性別問わずに動き易い普段使いの服」とコーディネートを丸投げされるなり仕事人の顔付きに変貌した。


それから始まった着せ替え人形状態。

この辺りはちっとも楽しく無いと言うか、ズボンにスカートに動物の着ぐるみまで次々と着替えさせられて私のHPが削り取られていくだけの出来事だったので省略させて下さい…。


私は元々そんなに時間を掛けて買い物するタイプじゃないんだよー。ピンときたら即断即決、後はサイズ確認して終了です。


「では、こちらのお洋服でよろしいでしょうか?」

「あぁ、頼む」


コーディネートを見て手早くディルナンさんが五種類を選び、合わせて下着や靴下、スリッパや靴も追加する。お会計に入る頃にはぐったりとソファーに座らせて貰っていた。


「それにしても、ディルナン隊長がまさか子連れで当店に来店されるとは驚きました。しかも北の魔王城の仮とはいえ、隊員とは」

「ユーリだ。偶に連れて来る事になると思う」

「ユーリちゃんですね。覚えましたよ」


ディルナンさんとご主人がお話している間に、奥さんがジュースを持って来てくれた。

それで一息吐いていると、会計を終えたディルナンさんが隣にやって来る。

ディルナンさんにもジュースを勧めたけど、断られたので全部私が飲んじゃおう。


「後一軒見たら帰るぞ」

「あい、がんばりましゅ」


よしよしと宥める様に髪を撫でられると、何故かご夫婦にまで撫でられた。えへへ。




服屋さんを出て最後のお店とディルナンさんに連れて来られたのは、お菓子屋さん。

これにはテンションが再び復活する。


「ユーリ、いいか。まずは金の種類を覚えろ」


お店に入る前に、ディルナンさんが横道の隅によってお金を見せてくれた。

お金は大きく分けて金・銀・銅の三種類。そしてそれぞれに大・中・小の三種類。

…説明を聞くに、銅の小貨が一円、銅の中貨が五円、銅の大貨が十円、銀の小貨が五十円、銀の中貨が百円、銀の大貨が五百円、金の小貨が千円、金の中貨が五千円、金の大貨が一万円っぽい?

銅貨が本当に小銭で銀貨がそこそこ、金貨が紙幣みたいである意味分かり易くて良いのかな。表示金額に合わせて組み合わせれば良いんだね。

本当の大金のやり取りになると、金塊やらの貴金属類が出て行くみたいだね。ある意味納得。


今、私の首に掛かっているお財布に入っているのは、金の小貨が四枚と銀の大貨が一枚、銀の中貨が三枚。合計四千八百円也。

…お釣りの小銭どころじゃないよ。子供に持たせるにしては随分と多すぎませんか。


「お金、いっぱい…」

「そうだな。だが、それで次の給料日まで自分の菓子なんかを賄えよ」

「う?」

「給料日は月末締めの翌月十日支給だ。つまり、来月の十日までの約一ヶ月、それがお前の全財産だ」


……取り敢えず、これでお給料日まで過ごせば良いんだね。何から何までお世話になります、ディルナンさん。


お金をお財布にしっかり仕舞った所で、いよいよお菓子屋さんに突撃してみた。

量り売りと包装済みの形態で色とりどりな様々なお菓子があり、甘い匂いが店内を包み込んでいる。

色々なお菓子に目移りして思わずキョロキョロしていると、お客さんが少ないのもあって店員さん達が微笑ましそうに見て来た。


「上を見過ぎてひっくり返るな」

「たいちょ」


棚の上まで続くお菓子達を見上げていると何時の間にか重心が傾いていたらしく、頭の重い幼児体型も手伝って後ろに倒れそうになっていたらしい。後ろに立っていたディルナンさんの太ももに支えられてひっくり返るのは免れた。

そのままディルナンさんを見上げると、従業員さん達の小さく笑う声が聞こえた。ちょっと恥ずかしいな。


「これはこれは、ディルナン隊長!」

「いつも調理部隊ウチのアルフが世話になってる。今度からもう一人、仮だが暫くは確実に増えるだろうから連れて来た」

「おや。これはまた随分と可愛らしいお客様ですな」


私を足で支えたまま、ディルナンさんがレジの側にいたご主人らしきおっちゃんに声を掛けられていた。

ディルナンさんとおっちゃんを見て小首を傾げていると、ディルナンさんが笑う。


「この菓子店は北の魔王城に出張で販売に来る。毎月五の付く日だ」

「お城でお菓子買えるでしゅか?」

「そうだ。このオヤジともう一人店員が来るんだったな?」

「はい、お昼から二刻ほど門の所にお邪魔させて頂きますよ。ご贔屓に」


思い掛けない情報に感動していると、おっちゃんも笑った。


「可愛らしいお客様には通常特例も適用しますから」

「…とくれい?」

「どこの菓子屋でも100歳以下の未成年は表示金額の半額だ」


何と。そんな美味しい特例があるのか。


「見ててやるから買い物の練習してみろ」

「あーい!」


ディルナンさんの言葉に返事をし、体勢を戻して貰ってからお店のお菓子を選び始める。


次の五の付く日がいつか分からないけど、最長十日を想定して買っておけば良いか。

余り日持ちのしなそうなお菓子は少しにして、飴とかクッキーなんかを少し多めに買えば良いかな。


後はお金との相談。食べる量とかお小遣いの今後を色々考えて、一回五百円が限度額にしよう。それでも実質千円分。小さな子供にしたら結構な量じゃない?


ある程度決めてしまえば絞り込むのはそう難しくない。飴は最初はキレイなガラス瓶に詰められた詰め合わせを選び、目についたカステラの切り落としみたいなお菓子の一番小さな袋を取って、後は種類が豊富なクッキーで悩む位だ。一枚が結構大きいからそんなに数はいらないよな。


「おじちゃま、どれがおすすめー?」

「どれも美味しいですが、人気なのはジャムのクリルとナッツのクリルですよ」

「んとね、じゃあしょれを五枚ずつ下さいな」


お願いしてそれぞれを量って貰い、出て来た金額を二で割る。

全部合計して…四百五十円って所か。妥当かな。


「これくだしゃい」


商品をおっちゃんに渡して銀の大貨を出すと、おっちゃんが目を瞠る。


「……たいちょ、ボク、まちがい?」

「合ってる」


不安になって、後ろで控えていたディルナンさんに聞いてみるとディルナンさんが即否定してくれた。

そんなディルナンさんの視線がおっちゃんに向かう。


「オヤジ、言った筈だ。ウチの仮隊員だと」

「…そうでしたね。北の魔王城にいらっしゃる時点で相応の能力を持っているのは当然でした」

「?」


ディルナンさんの一言でおっちゃんが苦笑して銀の大貨を受け取ってくれる。

無事にお会計を終えてお釣りをお財布にしまうと、買ったお菓子をリュックに入れて貰った。


「金の使い方も問題無さそうだな」

「お買いものできたのー」

「そうだな。丁度良い時間だ、そろそろ戻るぞ」


お店に飾ってあった時計に視線を向け、ディルナンさんが買い物終了を告げる。

店内も一気に混み始めていたし、これ以上は私が人に埋もれてしまうかもしれない。

あぷあぷしていると流石に見かねたディルナンさんが抱き上げて救出してくれた。


「ありがとうございます。是非またご利用下さい」


ディルナンさんに抱っこされたままお店を出ると、おっちゃんが外までお見送りに来てくれた。

おっちゃんが見えなくなるまで手を振っておく。絶対にこの先お世話になるだろうからなー。


そのままで集落の出入口の門に差し掛かると、おっちゃん以外の警備員さんも居たので初めましてのご挨拶。

挨拶を済ませて町の外へ出ると、ディルナンさんがレツを呼び出した。

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