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幕間1 夢の中で

ふと意識が覚醒した。



けれど、そこは見た事の無い場所だった。

私が寝ていたベッドと勉強机、小さな洋服タンスが一つあるだけで、他は沢山の本棚と本に支配された部屋。紙とインクの匂いが充満している。

窓には格子が填められ、大きくて重厚な扉はビクともしそうに無い。

例えるのならば…『監獄』だろう。


「ここは…どこ?」


声を漏らしてふと気付く。子供の声ではなく、『私』の声だ。

自身を見下ろし、見慣れた『有里わたし』としての体を確かめる。

ならば、ここは本当にどこだろうか。


「―――…ねーね」

「!」


思考に耽るより先に、近くから声がした。

私が最近良く知る声。『ボク』の声。


声のした方を見ると、そこにはとても可愛らしい幼子が立っていた。

その姿も私は知っている。ここ最近ずっと鏡で見ていた。


「―――ユーリだね」

「あいっ」


声を掛けると、笑顔と共に元気な返事が返って来た。


「ユーリ、ここはどこ? 何故私達が別々なのか分かる??」

「う?」


ダメ元で声を掛けてみるが、案の定小首を傾げられてしまった。

か、可愛いな。これは堪らない。

…っと、いけない。一緒ににへらーと笑っている場合では無いでしょ。


「ユーリ、この部屋を見てもいい?」

「ねーね、いっちょー」


ユーリの可愛さに和みつつ状況把握の為にユーリに問い掛けるが、嬉しそうな笑顔でちぐはぐな答えが返って来た。

…この子、もしかして言葉をきちんと理解出来ていないのか?


ベッドから立ち上がると、ユーリがすぐ近くまで駆け寄って来た。

べったりくっ付くユーリをそのままに部屋の中を見て回る。


扉を開けようとしてもその外見の通りやはりと言うか、ビクともしない。

窓の格子もかなり頑丈な物で、部屋にある物では全く太刀打ち出来そうもなかった。


気を取り直して視線を向けたのは室内の殆どを占める本棚。

読めるか心配だったが、そこは杞憂で済んだ。書類部隊で見た文字と一緒。きちんと理解出来た。

本棚に並ぶ本は多岐に渡り、幼子の為の絵本に始まり、大人でも余り読まない類の物まで揃っている。


最後に狭い生活空間を調べると、机の上には想像もしなかったものが置かれていた。

恐ろしく重厚な、百科事典かと思う様な書物。しかし栞の挟まっているページを開いてみれば、そこに記されていたのは本棚にある本とは全く違う書体。私が良く知る地球の言語だった。日本語が主体で英語が入り混じっている。

そんな書物の横には、酷く拙い筆跡で本棚の本と同じ書体で記された紙の束。

書物とと見比べれば訳したモノである事は一目瞭然だった。


「…ユーリ、これは君が訳したの?」

「むー?」


声を掛けるが、やはりユーリは意味が良く分かっていない。

ダメ元で、何も書かれていなかった紙にユーリがこれを書いたかどうかを日本語ともう一つの書体で書いてみる。

すると驚くべき事にユーリの表情が輝いた。私の手からペンを取り、是の返事を両方の書体で記してくる。


この位の歳でほとんど喋れないのに、文字をしっかりと理解している。酷い矛盾だ。痛々しいとさえ思ってしまう。

恐らく、舌足らずの原因はこの辺りにあるのだろう。半ば監禁されているこの状況では会話などある筈が無いのだから言語が発達する訳が無い。

ただ只管に書を読み耽るか寝る以外、この子にする事は無い状況。それ故に読み書きだけは出来るのだろう。


「ユーリ、良い? 私は有里」

「ゆい?」

「違うよ。ゆ・り」

「ゆい」

「ゆ・り」

「ゆ・り」

「そうだよ。よく言えたね」


取り敢えず私の名前を教えると、ユーリの表情が輝く。上手く発音出来た事を頭を撫でて褒めれば、更に笑顔で輝きを増した。


「ゆり!」

「そうだよ。少しずつ私とお話しようね。

 …どうやってここに来たか分からないから、いつ出来るか分からないけど」


この上なく嬉しそうに抱き着いて来るユーリの髪を撫でつつ声を掛けると、ユーリが私を見上げて来る。


理由など分からないが、感覚で分かる。

この子ユーリは間違いなく『私』であり、私は間違いなく『ユーリ』なのだ。二人で一心同体。


ここがどこで、何故私達に個々の意識があるのかなんて謎も沢山あるけれど。

それはユーリの記憶を知る事で答えを得られる部分があるかもしれない。


「私はユーリと一緒にいるから」

「いっちょー」

「そう、一緒。…よく分からないし、もう寝ちゃおうか」


取り敢えずざっと部屋の状況を確認したら、何故か妙に眠くなってきた。

ユーリと共にベッドに上がり、毛布に包まる。

人肌恋しいのか、擦り寄って来るユーリをしっかりと抱き締めると直ぐにユーリが寝息を立てる。


その寝息を子守唄に、私も睡魔に身を委ねた。

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