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32 お仕事しましょ

エリエスさんの用意してくれたお茶とお菓子を美味しく頂いた所で、マイ机に移動する。

机の上には既に書類の束が鎮座していた。


抱き抱えていたフィリウスぬいぐるみはマルスさんがレツぬいぐるみと一緒に私の机の側にあった棚に設置してくれた。

…この機能性重視のシンプルな執務室の中では浮いてるけど、和む可愛さだわー。


さ、これから仕事だし、気を引き締めなくっちゃ。




「これからユーリには書類の金額欄の検算をして頂きます」

「あい」

「それぞれの列の計は一番下と右の列にありますので、それが合っている事と、最後に一番右下の欄にある合計まで合っているかを確認して下さい。計算が合っていればそのまま。間違っていれば赤ペンで修正して私かマルスに下さい」


エリエスさんが言いつつ予め選別していた上二枚で見本を見せながら説明してくれる。


「間違いはよこせん二本で、その上に書いていーでしゅか?」

「構いません」

「なおした書類は、一枚ずつわたしましゅか?まとめてわたしましゅか??」

「ではまとめて渡して下さい。分からない事があったらいつでも聞く様に」

「あいっ」

「では、仕事に入って下さい」


最低確認事項だけエリエスさんに確認し、机に向かう。

午前中に鞄にしまっていた文具類の中から算盤と赤ペンを出し、机の中に書類の束をしまう。終わったのと終わってないのが混ざると大変だから。但し、終わったらきちんと机の中を確認しないと。


よし、これからが初仕事。頑張りましょう!




桁の少ない計算は暗算で、桁の多い計算は算盤を弾いて確認する。間違えたら困るので、計算は二回。

合っていた書類は縦にして机の左端へ置き、間違っている書類はその下に横にして置く。

間違いは少ないけれど、全く無い訳ではないから気が抜けない。


少な目に置かれていた書類の束は、一時間程で検算を終えた。

机の中に残っていないのをもう一度確認し、エリエスさんとマルスさんの様子を伺うと、二人揃って私を見てきた。


「おわりましたー」

「おや、早かったですね。見せて下さい」


手を挙げて言うと、エリエスさんがニッコリ笑顔で手を止めてくれた。

エリエスさんの所へ間違いの書類を上にして持って行くと、エリエスさんが素晴らしい早さで書類に目を通していく。この早さで同時に計算してるのかな。凄い。


「…問題ありませんね。では、次の書類をお願いします。今度は終わったらマルスの所へ。マルスから新しい書類が出ますよ」

「かちこまりました」


エリエスさんから新たなる書類の束を受け取りつつ指示を受ける。

これはもしや、エンドレスリピートな流れですか。




エリエスさんから受け取った書類が終わると、今度はマルスさんに声を掛けてから書類を持って行く。

マルスさんのチェックを潜り抜けると再び計算書類が出現し、今度はエリエスさんへと指示される。

どうやら二人に交代で持って行けば良いみたい。その旨確認したらマルスさんが頷いた。


エリエスさんとマルスさんの机の上には次から次へと一般隊員から書類が上げられて来るから、計算書類も次から次へと回ってくる。

一日で一体どれだけの書類が回ってるんだろう?







「お疲れ様!」


集中して計算していると、扉のノックと共にカラフさんの声がした。

顔を上げると、執務室の入口にカラフさんを筆頭にジョットさんとヤエトさんの姿があった。


「おや、もうそんな時間ですか。

 ユーリ、今計算している書類で終わりにしましょう」

「かしこまりましたー」


懐中時計で時間を確認したエリエスさんに終了を言い渡され、返事をしてからもう一度書類に向き直る。

桁数の多い書類だからぱちりぱちりと算盤を弾き、修正無しである事を確認した所で検算が終わった物と終わっていない物に分けて机に乗せた。

使っていた文具を鞄にきちんと収納して机の横のフックに掛け直す。


そこまですると、マルスさんが「来い来い」と手招きしていたので書類を縦横交互に重ねて持って行く。


「…問題無い」

「素晴らしい。ミス無しですね。マルス、そちらは何枚ですか?」

「82枚です」

「今日の成果は約200枚ですか。利率計算もこなせる様ですし、次回はもう少し難易度を上げてみましょう」


エリエスさんとマルスさんの会話に、どうやら少しは仕事が出来そうな気がしてホッとした。


「本当にユーリちゃん計算の仕事してるのねー」

「カラフおねーちゃま。ジョットたいちょもヤエトたいちょもおつかれしゃまです」

「お疲れ様。書類部隊の隊服姿も可愛いわね、ユーリちゃん」


入口辺りで様子を伺っていたカラフさんが声を掛けてくれるのに笑顔で答える。

そんな、煽てても何にも出ないんだけどな。照れちゃうじゃないのさ。


あ、それよりもジョットさんにはお礼を言いたかったんだ。


「ジョットたいちょ、ペンありがとうございましゅ。すごい書きやすいのー」

「そいつは何よりだ。調整が必要ならいつでも持って来い」


御礼を伝えると、ジョットさんが大らかに笑って答えてくれた。その答えが流石は職人さんだと唸るしかない。いぶし銀っ。


「で? オレ達を呼び出して何が聞きたいんだ??」


私から視線を移して、ジョットさんがエリエスさんに問う。

そう言えばジョットさんとヤエトさんがわざわざ来たのって何で?


「ユーリ」

「…う?」


不思議に思ってたら、エリエスさんに名前を呼ばれる。


「”マジックミラー”がどんな物か、専門家二人に話してご覧なさい。面白い物が出来るかもしれませんよ」

「「”マジックミラー”?」」


エリエスさんの言葉にそう言えばと思い出してポン! と手を叩いていると、ジョットさんとヤエトさんの声が重なった。


「何でも普通の鏡にしか見えないのに、その裏から表側が筒抜けに見えてしまう鏡がある様なんですよ。ユーリがそれを少しだけ知っている様です。話を聞いてみる価値があるんじゃないですか?」

「「!」」


エリエスさんが私の代わりに殆ど話してくれちゃってるんだけどなー。

そんなに面白そうな玩具を見つけたみたいな表情で見られても困っちゃうんですけどー、ジョットさん、ヤエトさん。


マジックミラーについて専門的な事は何も言えないけど、マジックミラーに近い現象は実は日常に潜んでた筈。


「あにょね、コレといっしょなの」


窓辺に移動し、閉められていたカーテンの裾を掴んでどうにか少しだけ開けて私がその現象を指さすと、部屋にいた全員の視線が私の指先に向かう。


私が示した先にあるのは当然ながら窓。

外は暗くなり始め、室内はマルスさんが明かりを灯した事で室内外に明暗が発生し、窓ガラスに室内の様子が写って見える。


「外から見たらただのまど。でも、外が暗くなってきたから中からは鏡みたいにみえるでしょー?

 えとね、ぎんいろをすごく薄くぬらなきゃ中が見えないのと、光のかげんを外と中でかえなきゃいけなかったのかなー??」


確か、そんな細工が必要だった筈? だから簡単には作れる物ではなかったと記憶している。

私の説明で足りない部分は専門職の二人の方が詳しそうだし、どうにか工夫してくれると期待しよう。


「自然現象を鏡を模して人工的に作り上げたって事か?」

「…コイツは、実用化できりゃとんでもねぇ仕掛けになるぜ」

「言うのは簡単だが、鍛冶部隊ウチの技術で素材をどこまで形に出来るかが問題だ。今ある鏡用のメッキじゃ無理だろうよ」

「安心しろ、それを言ったら設備部隊ウチも設置技術の研究しねぇとなんねぇ。何せ二部屋掛かりの仕掛けになる。それも、日夜を問わない光の調整でだ。話的に明暗が逆転すりゃ表裏関係なく見える面も逆転する可能性があるって事だろ?」


…あれ、何か大事になってる? ってか、あれだけの話でそこまで理解しちゃうんだ??

終いにはジョットさんとヤエトさんの間で専門用語がポンポン飛び交い、私達は完全に置き去りだ。


「ユーリちゃん、凄い物知ってたのね。あの隊長達が新人隊員みたいに白熱した議論を始めるなんて」

「ボク、すごくないの。しってるだけで何にもできないの」


単純に何かの知識を聞きかじっただけだ。ジョットさんやヤエトさんみたいにそれを聞いてどうすればいいのかなんて分からない。

そういう事ばかりで、大した事は何にも出来ない。


「ボクみたいなの「むだめし食らい」って言うんだよね」

「…誰がユーリちゃんにそんな事言ったのかしら?」

「本当に、どこのどなたがユーリにそんな事を教えたんでしょうねぇ」


笑って茶化そうとしたら、何故かカラフさんとエリエスさんが揃いも揃ってドスの利いた声で素敵黒笑顔を浮かべた。

何で?! いや、それより二人共そんな声出せたんだ??!


エリエスさんとカラフさんに気圧されて思わず静かに側で話を聞いていたマルスさんの足にしがみつくと、ぽふぽふ頭を撫でられた。

…マルスさんってあまり喋らないし、無表情で何を考えているのか今一分からないけど、側にいると何か和むかもしれない。


「失礼するぞ…って何だ、こりゃ」

「ディルナンたいちょ!」


微妙にカオスと化している執務室に、新たにディルナンさんが姿を現した。白熱した討論を繰り広げるジョットさんとヤエトさんに、黒く笑うカラフさんとエリエスさん、マルスさんの足にしがみつく私という状況に呆れた表情を見せる。


ディルナンさんのお迎えが嬉しくて、マルスさんの足から離れるととっとこディルナンさんの元へ走って行った。

駆け寄ると、ディルナンさんにひょいっと抱き上げられる。


「ちゃんと仕事したか?」

「あのね、あのね、いろんなことがいーっぱいあったのー」

「だろうな。ジジイがお前の話を聞くの首を長くして待ってんぞ」


もの凄く内容の濃い一日を短い時間ではとても話し切れない。

沢山の人に出会って、失敗もして。

何から話せば良いかな。どんな反応が返って来るかな。


「で? ユーリは連れて帰って良いのか??」


楽しみでくふくふ笑っていると、ディルナンさんがエリエスさんに声を掛ける。そうなって漸くエリエスさんの黒い笑みが消えた。


「ジョットとヤエトはあの調子ですし、何か分からない事があったらユーリの所へ直接聞きに行くと思います。今日の業務はしっかり完了させてますが置いて行って下さっても全く構いませんよ?」

「置いてく訳あるか」

「それは残念ですね。ユーリ、また四日後に迎えに行きますから元気に執務室にいらっしゃい。鞄とレツを忘れない様に」

「あーい!」


帰宅許可が出た所で一度ディルナンさんから降ろしてもらい、机に戻る。

今回は残念ながらヤエトさんの筋肉は触れなさそうだ。次こそはっ!


机横のフックから鞄を取ると肩に掛け、側の棚からレツぬいぐるみだけを抱き抱えた。このぬいぐるみが意外に大きいから転ばない様に気を付けないと。


「んっしょ、んっしょ」


レツぬいぐるみを抱えてディルナンさんの元に戻ると、何故か白熱したジョットさんとヤエトさんの討論がピタリと止まり、執務室内が妙に静かになっていた。


「作って良かった………っ!」

「ぬいぐるみ、カラフおねーちゃまの手作り?」

「そうなのよ」

「ありあとー。ボク、大事にするね」


ガッツポーズをして言うカラフさんが製作者である事を知り、笑顔でお礼を言うと何故か超良い笑顔になった。

それにしても、このぬいぐるみ本当に抱き心地が良い。


「やはり本家のレツよりもぬいぐるみの方が良く似合いますね」

「流石はユーリちゃんよねぇ」

「エリエス、お前カラフにコレ頼んでたのか」

「犯罪者出るんじゃねぇか?」

「筆頭は書類部隊か…」


レツぬいぐるみにスリスリ擦り寄ってると、頭上でそんな会話が交わされていた。

そして、書類部隊は犯罪者がいるんですか…?







部屋を出る前にきちんと「お疲れ様でした」の挨拶をして、ディルナンさんに抱き上げられて食堂へと戻る。速いし楽チン。


食堂に入ると、夕飯の時間帯だけに混雑していた。そしてお肉の良い匂いが充満している。思わずお腹の虫が鳴き出したが、そのままディルナンさんに厨房の奥へと連れて行かれた。


「ユーリ、亜空間の魔術は明日教えてやる。取り敢えずぬいぐるみをブランケットの所に置いて来い」

「あい」


ディルナンさんの指示に頷き、降ろしてもらってから再び大きなレツぬいぐるみを抱えて歩いて行く。


「「「ユ、ユーリちゅわ~ん!」」」

「はぁい?」

「三馬鹿は放って置いて良い。さっさと置いて来い」


三馬鹿トリオの兄さん達の声に振り返ると、ディルナンさんが行け行けと言わんばかりに手を軽く振る。

大人しくそのまま、発注用テーブルの所に行くと隅にレツぬいぐるみを置いた。


それからディルナンさんの所へ戻ると、オルディマさんが私の分の夕飯を持って来てくれる。

今日の夕飯は焼肉とサラダと茸のポタージュ、そしてパン。

贅沢お肉キタコレっ。いやっほーい。


「今日は時間の都合で先に夕飯を回してるから、片付けている間にしっかり食っとけ」

「あーい!」


ディルナンさんの言葉に元気一杯返事をする。

一緒にお腹の虫もぎゅるるる鳴けば、厨房に笑い声が広がった。




一人なのもあり、のんびり時間を掛けてしっかり夕飯を頂きました。

お肉は柔らかジューシー、焼肉サラダサンドも最高に美味しかったです。まる。

あー、お腹一杯。幸せー。


食べ終わった食器を返却口の方へ持って行くと、気付けば食堂で夕飯を食べる人も疎らになり、すっかり恒例の後片付け部隊が貪る様に食事をする状況になっていた。

そんな中、珍しく三馬鹿トリオの兄さん達を中心にして調理部隊の面々が何やら片付けながら話していた。


「んじゃ、経費でノートを…」

「ボクもノートほちい」


”ノート”という単語に反応して声を掛けると、全員が一斉に私を見た。


「…ユーリちゃんもノート欲しいのかい?」

「あい。らくがき帳とお料理帳がほしいでしゅ」

「じゃあ、明日一緒に申請しておこうか」

「ありがと、オルしゃん」


オルディマさんが聞いてくれたのを良い事にちゃっかり二冊欲しい事を伝えてみると、あっさり頷いてくれた。言ってみるもんだ!


そうこうしている間に食事を終えた隊員達も食堂を満足げな表情で去っていき、片付けは急ピッチでどんどん進んで行く。


「よし、風呂入るぞ」

「じーちゃとおふろー♪」

「ちっこいのの武勇伝を聞かせてもらわないとな」

「明かり消すぞー」

『おー』


さくさく作業を終えたのを確認したオッジさんの号令にシュナスさんが頷いて、全員で一斉にお風呂に向かった。




ディルナンさんの所にカラフさんから新しい寝間着と下着、普段着が届けられていたらしく、今回は動物柄の袋で渡される。

取り敢えず書類部隊のローブを脱ぎ捨ててお風呂に飛び込むと、先に入っていたオッジさんに今日も丸洗いされつつオッジさんの背中を流し。

ついでに他の面々の背中もゴシゴシ洗ってみた。案外楽しい作業でした。ナイス筋肉! イエス、細マッチョ!!


オッジさんに抱えられて湯船に浸かると、今日あったアレコレを話す。


朝一番の試験に、午前中のお散歩と出会った隊長さん達と騎獣達。連れて行かれた医務室での事。お昼寝から目覚めて現れていたぬいぐるみ達。トイレに行って迷子になった挙げ句にヴァス隊長に回収されてエリエスさんにお説教された事。午後にやった書類の検算の仕事。食堂に戻る前にジョット隊長とヤエト隊長がやって来た事。


沢山話題があった所為で逆上せそうになり、湯船から出たり入ったりしつつ、しっかりと水分補給までしながら聞かれるままに話す。

途中大爆笑されたり、心配されたり、お風呂場は大盛り上がりだった。


楽しい時間はあっと言う間で、襲ってくる眠気に欠伸が出始めた頃に漸くお開きになった。


自分で思っていたよりも疲れていたのか、ディルナンさんと部屋に戻ってベッドに入るなり意識が途切れる。

ディルナンさんが何か言っていた気がするが、眠いのでまた明日お願いします。

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