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31 迷子の迷子の三十路(ユーリ)ちゃん

眠りの淵から意識がプカプカ浮かび上がっていく。

微睡む感覚と腕の中のフワフワが気持ち良くて、もう少し眠りたい。でもこのフワフワは何だろうか。


「むぅ…」


名残惜しさを感じつつも重い瞼を押し上げると、目の前にやたらファンシーで愛くるしい円らな瞳があった。


…円らな瞳?


いつの間にか腕の中に出現していた思わぬ物体を寝ぼけ眼でじーっと見つめると、妙に可愛らしくなってはいるが午前中に会ってきたフィリウスの形をしている事に遅ればせながら気付く。

フワフワの源である上質なタオル地でいながら、きちんとフィリウスの翼まで再現されている。色も、白だけでなくほんのり水色っぽくしてあったりと芸が細かい。抱きつくのにナイスな大きさだ。

フィリウスを抱いて起き上がると、隣にいたらしいレツの姿をしたぬいぐるみがコロンと横になった。




か、可愛いじゃないか…っ!




思いがけないトキメキに一気に意識が覚醒し、思わず大きなぬいぐるみ二体をぎゅっと抱き締める。フワフワなタオルからは柔軟剤のCMに出てきそうな良い匂いがした。


「…起きたんですね、ユーリ」

「エリエしゅ・・たいちょ、ぬいぐるみー!」

「気に入って頂けたのなら幸いです」

「エリエスたいちょがくれたの?」

「えぇ。ユーリが良ければ一緒に寝てあげて下さい」


二体をもきゅもきゅ触ったり、スリスリしてその感触を楽しんでいたらエリエスさんに声を掛けられた。

出現した二体をエリエスさんにも見てもらうと、エリエスさんから麗しい笑顔で答えが帰って来た。

こんな大きなぬいぐるみを二体も気前良くプレゼントしてくれるなんて、何て良い人なんだ、エリエスさん!


「エリエしゅ・・たいちょ、ありがとうございましゅ。だいすき」


我ながら何て現金な奴だろう。

でも、お礼は大事です。ドサクサ紛れに告白も付けちゃう!


「…どういたしまして。私も大好きですよ、ユーリ」

「ボクたち両おもいなのねっ」

「そうですね」


あぁ、エリエスさんの笑顔が神々しいです。

どこかにカメラ無い!? 是非ともエリエスさんのこの笑顔を焼き付けてー!!







しっかり目覚めた所で、一度お手洗いに行くべく書類部隊の執務室を後にする。

似た様な扉が沢山あるので書類部隊の扉の前の斧を持った甲冑を確かめ、大階段の方角を確かめつつおっかなびっくり進んでおります。


一人での移動をやたらエリエスさんに心配されたけど、お手洗いに付いて来てもらうのは恥ずかしかった。それに机の上に書類が沢山乗ってるのを見てしまったから付いて来てもらうのは気が引けた。


向かうは食堂の側の調理部隊のお手洗いです。私サイズはそこにしかない。


救いはこの体はやたら排泄欲求が無い事。朝とお昼寝後と、お風呂前に定期的に行けば大丈夫。これ、マズい? いや、でもディルナンさん達はもっと少ない??

今度の検診の時にでもヴィンセントさんに聞いてみよう。


無事辿り着いた大階段を一段ずつ下り、食堂へとっとこ向かう。

夕飯の準備をしているから良い匂いが道標。


食堂を通り過ぎ、目的地のお手洗いで用を済ます。

ミッション、無事クリアしました!


さて、次のミッションは書類部隊の執務室に帰らないとね。




来た道を戻り、大階段を一段ずつ上っていく。下りと違ってとっても体力を使います。踊場で少し休憩しつつ三階へとどうにか戻った。


似た様な景色が続く廊下をぽてぽて進む事、十分。




あれ、何か行きと微妙に違う? 目印にしてた甲冑が見当たらない(汗)

でも、私の気の所為??

あれあれ、増々分からなくなってきた。私、どっちから来たっけ???


おろおろしながら行ったり来たりする内に、自分の来た方角さえも見失う。良い年して情けないな。

誰かに道を聞こうにも人っ子一人見当たらないし、気配も無い。

まるでこの殺風景な景色の中に一人囚われてしまったかの様な錯覚さえ覚える。


早いのか遅いのか分からない妙な動悸がして、体の中心から末端へと急激に冷たくなる感覚が襲ってきた。

焦る程に視界も涙で滲み、呼吸が上手く出来無くて苦しくなる。

心の中は恐怖に支配され始めていた。


ううぅ、こんな事ならやっぱり恥を忍んでエリエスさんに一緒に来てもらえば良かった…。




「ーーー…何、してる?」


本気で泣きが入りそうなその時、後ろから声がした。

咄嗟に振り返るとそこには黒ずくめでピッチリ体に沿う様な服を来た、これまた背の高い筋肉質なお兄さんが立っていた。


天の助け!


「ふぐ…うわあぁーん!」

「!?」


やっと出会えた人物に、嬉しすぎて思わず声を上げて泣き出してしまった。これには、目の前のお兄さんがビクッと肩を震わせて動揺する。


いきなり泣き出してゴメンよ、お兄さん。

でも本当に怖かったんだよ。お兄さんが声を掛けてくれて嬉しかったんだよ。


そんな衝動に駆られるままにお兄さんの足に飛びついて行くと、お兄さんが困惑するのが分かった。

ぴーぴー泣いていると、急に体が浮き上がって落下する。簡易フリーフォールの感覚。それが何度か繰り返された。


私、お兄さんに”高い高い”されてるー!

は、恥ずかしい…。でも、楽しいかもしれない……。


大人になってからでは味わえ無い感覚に、自然と涙が引っ込む。

暫くお兄さんが”高い高い”をしてくれていたが、私が泣き止んだのに気付いてそのまま抱き上げて背中ポンポンくれた。

更に、どこからかガーゼな布地が出て来て涙を拭かれる。


そう言えば昔、母方の祖母が良くガーゼのハンカチで拭いてくれたなー。


「…何、してた?」


少し落ち着いた所でお兄さんに再び質問される。


「トイレから書類ぶたい戻るのー。そしたらね、斧のかっちゅうさんがいなくなったのー」


それに答えていたら、情けなくて再び涙が滲んで来た。

ふぐえぐしていると、お兄さんが少し考える。


「………左右を、間違えた?」


暫くして帰って来た答えに、大ショックを受ける。

え。私、どこで間違えたの?


「…一緒に行く。しっかり道、覚える」

「おねがいしましゅ…」


ありがたいお申し出に、今度は大人しく甘える事にした。







抱き上げられたままで歩いている間にお兄さんが少しだけお話をしてくれた。


お兄さんの名前はヴァスさん。情報部隊の所属なんだとか。

ヤエトさんとディルナンさんの中間の様な体格をしてる。ぴったりした隊服がその筋肉を良く見せていた。それにしても動き易さを重視した真っ黒な隊服なんて、まるで隠密とか忍者みたい。

年は聞いてない。暗い紫色の長い髪は前髪も長くて顔の上半分を隠してしまっている。だから今一年齢が良く分からない。

ヴァスさんは余り話すのが好きじゃないのか結構単語でしゃべる。特徴的なしゃべり方だ。


私も同じ様に自己紹介。他にも幾つか質問してくれたけど、申し訳ないが分からないのでそう答えておいた。

何で一人で迷子になってたのかを聞かれ、私がした情けない判断を伝えてしょぼくれていると背中をポンポンしてくれる。


そんなこんなの内に、大階段まで無事に連れて行ってくれた。


「ユーリがさっき行ったのは、左。書類部隊は、右」


大階段の前でヴァスさんに根本的な間違いを指摘され、自分の記憶力の悪さを思い知らされてうなだれる。


そのままヴァスさんが丁寧に案内してくれると、書類部隊の扉である目印の斧を持った甲冑がその姿を現した。


抱っこされたまま書類部隊の扉をくぐり、そのままエリエスさんとマルスさんのいる執務室の扉もくぐる。


「ヴァス? …ユーリ!?」

「迷子、連れて来た」


ヴァスさんの姿を見てエリエスさんが驚き、抱っこされていた私を見て瞠目する。そんなエリエスさんにヴァスさんが短く状況説明をする。


「ヴァス隊長のお手間を取らせて申し訳ございません」


そんなヴァスさんに、マルスさんが頭を下げる。

…今、何て仰いました?


「ヴァしゅ・・しゃん、たいちょー?」

「……情報部隊、隊長」


こっくり頷いて肯定するヴァスさんに、目を瞬かせる。

私、とんでもない事してない?


「ゴメンちゃい…」

「ユーリ、知らない。気にしてない」

「ふぐ………」


トドメの現実に、再び泣きそうになっていると、ヴァスさんがまた”高い高い”をしてくれた。

終わるとそのまま床に降ろされる。


「無理、しない。子供、甘える当然」

「ヴァしゅ・・たいちょ」

「……戻る」

「ありがとうございました、ヴァス」


言い残してさっさと執務室を後にするヴァスさんの後姿にエリエスさんが声を掛ける。

やばい。ヴァスさんも男前だ。


「さて、ユーリ。少しお話しましょうか」


颯爽と去ったヴァスさんに感動していると、エリエスさんが声を掛けてきた。

振り返ると、黒さを背負った作り笑顔のエリエスさん。その傍らのマルスさんは呆れた視線を向けて来ていた。


………とうとうお説教タイムの様です(泣)







三十分程、真っ黒笑顔のエリエスさんにみっちり淡々と一人で何でもしようとしない様に言い聞かされました。

下手に怒鳴られるよりも威圧感たっぷりでこぁい(ガクブル)


そんな私達を他所に、淡々と机に向かって仕事をするマルスさんは涼やかです。




お話が終わるとエリエスさんは執務室を出て行った。

しょんぼりアゲインしていると、いつの間にか近くに来ていたマルスさんに持ち上げられてソファーに連れて行かれる。

革張りの高級ソファーにお尻が着地すると、更に膝の上にフィリウスぬいぐるみが乗せられた。

その前足を握ってもふもふして癒されていると、少ししてお盆を持ったエリエスさんが戻って来た。


「さ、少しお茶にしたらいよいよ仕事ですよ、ユーリ」


鞭なお説教の後にやって来たティータイムとエリエスさんの優しい笑顔というとびっきりの飴に、きっと私はこのままエリエスさんの掌の上で都合良く転がされるんだろうなーと実感してしまった。

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