別視点20 チビッ子の異才(ジーン視点)
本編26~27の主人公視点と内容がほぼ重複しています。嫌な方は飛ばして下さい。
ここ二日程、隊員から悲鳴が上がっている畑の状況を確認して微かに溜息を吐いた。
余りにも作物の出来が良く、花々は生き生きと咲き誇り始めた。
だが確認したどれも特別な異常は無く、むしろ状態は最高と言える。…それこそが何よりも異常だが。
そんな中、畑を見ながら散歩する三人の姿を見付けた。
書類部隊の隊服を来た美人と寡黙な男、そしてそんな二人に挟まれて手を繋がれた幼いチビッ子。
隊服とはいえ全員がほぼ同じ服を纏い、仲良さそうに歩く姿はまるで親子そのものだ。
だが、その両親に当たる二人は間違いなく常では考えられない穏やかさを醸し出していた。
母親風の書類部隊隊長のエリエスと、父親風の副隊長のマルス。
『氷の女王様』と『書類部隊最後の良心』。どちらも恐ろしく冷静で冷たい雰囲気を纏い、仕事人間の代表格と言える。二人揃えば切れ者コンビとして名高い。そんな二人を変えているのが恐らくは真ん中の幼子。つい昨日の部隊長会議で仮入隊の話が出た、ディルナンの連れ帰った子供だろう。
思わずエリエスに声を掛けて伝えると、エリエスは常の状態に戻った。
そんなエリエスを見て、チビッ子がこちらに視線を向けて来る。
「お前さんが例の仮入隊のチビッ子か。美味いトゥート生ってるから食ってけ」
挨拶代わりに状態確認に取っていたトゥートを差し出せば、チビッ子の視線がトゥートに釘付けになった。
どうやら好物らしく、その瞳がキラキラと輝き出す。分かりやすい反応だ。
「ユーリ、知らない人から物を貰ってはいけませんよ」
だが、エリエスが言うと同時にオレの手にあったトゥートをチビッ子の前から取り上げる。
これにはチビッ子が悲痛な声をあげ、半ベソを掻きながらエリエスの手にあるトゥートを見上げる。
思わず取り返してチビッ子の手に乗せてやると、それは大事そうに包み持つ。作り手として嬉しい反応だった。
「よしよし、可哀想になぁ。
おっちゃんは農作部隊の隊長のジーンだ。これで知らない人じゃ無いもんな」
「ジーンたいちょ? ボク、ユーリでしゅ」
「ほれ、食え。農作部隊のトゥートは美味いぞー」
エリエスに文句を言われるよりも先に自己紹介を交わし、屁理屈をこねてチビッ子にトゥートを食べる様に勧める。これに素直に従うチビッ子にエリエスがまるでどこぞの母親の様な言葉を漏らせば、心中で大笑いするしかない。
トゥートに噛り付いたチビッ子が半ベソをかいて涙で潤んだ瞳のまま、先程トゥートを見せた時以上に瞳を輝かせ始めた。実に分かりやすい。
懸命に食べるチビッ子の髪を撫でてやり、呆れるエリエスとマルスにもトゥートを採って投げ渡せば、溜息を吐きつつも二人も迷わず口にする。途端に二人の表情が変わる辺り、渡したトゥートがどういう物かを察したのだろう。
「……ジーン、これは」
「構わんよ。今年は異様に出来が良くて、生産に消費が追いついて無くてな。ダメにする位なら食って貰おうって事で、ロイスとディルナンにはもう話を通して食堂にもいくらか回す手はずになってる」
「そんなに出来が良いんですか」
「おうよ。特に、ここ二、三日ばかりは畑から嬉しい悲鳴が上がる程だ。それ故の特別支給だな」
エリエスが確認してくるのに頷き、渡しても問題無い事を告げると二人揃って目を丸くした。
ここの畑は、魔王様の食事に提供される野菜が栽培されている。
北の魔王城の畑の中でも特に土に拘り、水やりの量や栽培方法を代々の農作部隊隊長が受け継いで来た特別な野菜達がここで生産される。だからこそどこで作られる野菜よりも美味くて当然なのだ。
だが、それ故に収穫量が少ない欠点がある。それが質を落とす事無くむしろ最高の状態で、普通に育てた野菜並みの収穫量になっていた。
普通の畑に至ってはこれまた良い出来で二倍近い収穫になっているのだから人手不足だ。…話が逸れた。
だが、そんな野菜と知っていながら大人二人は味わう素振りさえ見せずにさっさと胃に収めやがった。
これには抗議せずにはいられなかった。だが、それを聞いた子供が慌てたのは予想外だった。
「そんなに慌てなくて良いんですよ、ユーリ」
「そうだぞ。こんな大人になっちゃいかん。しっかり噛んで、よーく味わって食え」
「おや、どの口がそれを言いますか。それを言うのなら調理部隊の食事をよく味わってから言いなさい」
「お前さんは少しは年長者を敬うって事をいい加減覚えたらどうだ?」
「歳だけ食ってる方のどこを敬えと? 本当に敬われる方は態々自分でそんな事を言う必要性は無いんですよ、ジーン」
思わぬ所でエリエスと舌戦を開始する事になったが、常とは違い話はアッサリ収まった。
トゥートを食べ終わったチビッ子の汚しっぷりに、二人揃って笑わずにはいられなかったのだ。
「チビッ子、お前さんどうやったらこんな所汚すんだ」
「ありがとうございましゅ」
首に掛けていたタオルでチビッ子の汚れを拭いてやると、恥ずかしそうにはにかみながらも礼を言ってくる。
…それはここ最近全く見た事の無い可愛らしさだった。和む。
「……お前さん、可愛いなぁ」
「う?」
「おっちゃん、エリエスが母親化した理由が何となく分かった」
思わずそんな事を言うと次の瞬間、チビッ子から思わぬ言葉が返って来た。
「…エリエしゅたいちょはおかーさんじゃないの。カッコイイおにいちゃまなの」
「ほー? お前さんから見たら、エリエスはしっかり兄ちゃんなのか」
「エリエスたいちょはおっとこまえなおにいちゃまでしゅ。ディルナンたいちょのがおかーしゃんなの」
北の魔王城にいる隊員の十中八九は外見も手伝ってエリエスを母親と比喩しても納得するだろう。
それを、エリエスと出会ってまだ三日程度の幼子が否定した。
それ所か、「アニキにし隊」とやらがある男前代表格の調理部隊隊長のディルナンの方をまさかのオカン扱いと来たもんだ。
「きれーな外見だけにだまされちゃめっなのよ」
トドメに胸を張って自信たっぷりにエリエスの外見から想像される女性らしさを完全否定するチビッ子に、咄嗟に返す言葉が見付からなかった。
言われた本人であるエリエスさえも目を瞬かせている。
「…ぶっ」
「マルしゅふくたいちょ、ガマンできてないよ?」
そんな中、チビッ子の後ろから噴出す声がした。
冷静沈着で滅多な事では表情を変える事さえしないマルスが、思いっ切り肩を震わせてそれでも笑いを噛み殺そうと努力していた。そんな努力もチビッ子にツッコミを入れられて呆気無く崩壊し、腹を抱えて笑い始めたが。終いには咳き込む程に大笑いしている。
初めて見ると言っても過言では無いマルスの爆笑姿に、エリエスと共に呆気に取られるしかない。
「ふくたいちょは笑いじょーごだったのねぇ」
だと言うのに、何も知らない筈の幼子はその一言で片付けてしまった。自分がどれだけ凄い反応を引き出したのか全く分かっていないらしい。
これにはじわじわと笑いの衝動が湧き上がり、遂には堪え切れずにオレまでマルスと一緒になって爆笑してしまう。その笑いの発作はエリエスにも広がり、エリエスまでもが声を上げて笑い始める。
何も知らないチビッ子はオレ達の反応に首を傾げていたが、最後には一緒になってニッコリ満面の笑みを浮かべた。
「はー…、久しぶりに笑った笑った」
散々笑い、落ち着いた所で一息吐くとチビッ子を見る。
「チビッ子、いや、ユーリ。お前さん気に入った!」
「ボクもジーンたいちょ、すきよー」
思い掛けない面白い人材に、単なるチビッ子としてではなく”ユーリ”という存在として認識し直す。
すると、ユーリも笑顔で直ぐに返して来た。迷い無いその様子は餌付けによる所と見えて笑わずにはいられない。
「こりゃ中々に面白いのが入ったモンだ。エリエス、お前の所で何をするだろうな」
「もうしてますよ、ジーン。
いつもの入隊試験のテスト、既定の四分の一程時間を残して満点を叩き出しました。この子の計算能力はそこらの隊員を軽く凌駕しています」
「あっはっは! ……こりゃ荒れるな。久々に楽しめそうな展開じゃねぇか」
エリエスの中身を見て取ったユーリの行動が楽しみにもなり、エリエスに声を掛けると思わぬ答えが返って来た。エリエス自身がユーリの実務能力に太鼓判を押したとあれば、その頭脳は幼子と言えど突出しているのだろう。
つまり、子供と言う理由だけでユーリを認めない訳にはいかないのだ。
顎の無精髭を撫でつつこの先の部隊長会議の荒れっぷりを想像し、思わず笑みが口元に浮かぶ。
「ここに来る前に二階でロイスに会いましたが、まだロイスのお眼鏡には全く適ってませんがね」
「ありゃ何時もの事だろ」
そんな中、エリエスにもたらされた情報に然もありなんと頷く。
近習部隊隊長のロイスを納得させる等、オレ達でさえ厳しい時がある位だ。たった一回会った程度であの魔王様馬鹿が幼子の入隊を納得する筈が無い。
「…ユーリ、ロイスを見てどう思った」
ふとそんなロイスをユーリはどう見たのか問い掛けると、ユーリが小首を傾げた。
「ロイスたいちょ?」
「あぁ」
エリエスの内面を読み取ったユーリがロイスをどう見たのか、純粋な興味だった。
「んとね、こわーい、まおーしゃま絶対ちゅぎ者!」
少し考えていたユーリから出て来た言葉に思わずエリエスとマルスを見る。この二人がロイスの事を教えたのかと疑ったからだ。
だがエリエスとマルスの表情が微かにとは言え強張っている。表情コントロールに長けた二人がここまで動揺を隠し切れないとなると、何かを教えたとは考えにくい。それを理解する程度にはこれまでの付き合いの長さがある。
ロイスの外面の良さはエリエス以上だ。人好きする笑顔を浮かべ、常に穏やかなロイス。公平で静かなる完璧主義者。それが、一般的な評価。
だがその実、ユーリの言う通り魔王様絶対主義者だ。北の魔王城の中でも特に魔王様に傾倒しているが故に、他の事に時間を掛ける事を無駄と思っている節がある。ロイスにとっての判断基準は魔王様であり、それを本人も熟知した上で動いている。恐らく北の魔王城で一、二を争う程には歪で偏っている。そんなロイスを知るのは、『とある事件』を知る隊長達を含むごく少数のみ。
だというのにこの子供の目にはロイスの内面がはっきりと見えていたらしい。
「ユーリ」
「こんなちっこいのにな」
思わずエリエスと共に本心の一部が零れた。マルスでさえ憐れみを隠せないでいる。
子供らしく可愛らしい言動と、外見に全くそぐわない読みの鋭さと頭脳。相反する二面をユーリはごくごく自然に合わせ持つらしい。それは微笑ましいが、放置出来ない爆弾でもある。
ユーリに初見でその内面を見て取られた事を知れば、間違い無くロイスはユーリを放置しないだろう。
だがオレ達は隊長という任に就いているが故にその事をロイスを始め、他の隊長達に伝えない訳にはいかない。同時に、ユーリにその事を教える訳にもいかない。
ユーリを待ち受けるであろうこの先の厳しさは想像に難くなかった。
次の部隊長会議を越えた頃にユーリが背負う事になるであろうモノの重さを考えると、気分が重くなった。