04 極上赤身肉
ぐぎゅる〜
…はて? 私は恐竜モドキに挟み込まれて、死んだはずじゃなかったか。
それにしては見事なお腹の音だ。空腹感もしっかりある。
それに、この匂い。フォン・ブラン(牛骨スープ)に近い。凄く濃厚なスープの匂いだ。
ぎゅるぎゅるぎゅるり〜
いかん。食べ物の記憶に触発されて、益々お腹が空いた。
「くくくっ。チビ助、起きろ。腹の虫が飯食えって催促してるぞ」
「ごはん…」
耳に飛び込んできた「飯」という単語に迷わず反応した。
あれ? 低い、声??
「ちっこい体にすげぇ腹の虫飼ってるな。飯の準備してる間中鳴いてたぜ?」
喉奥でクックッと器用に笑う男が、簡易に組んだ調理場で鍋から木の器に何かをよそっていた。
外見は短く刈った金髪に緑色の切れ長の瞳と、白人っぽい。歳は30歳前後位だろうか。ただでさえ外国人の年齢は分かりにくいのに、無精髭で余計年齢不詳だ。だけどワイルド系のイケメソですね。
それにしてもこの男、何故にコック服? アウトドアに、何故コック服??
大事なポイントなので、二度言いました。
「…おじちゃん、誰?」
「“おじちゃん”言うな。お兄様と呼べ。飯やらんぞ」
「おにいちゃま」
子供らしく問い掛けたら、大人気なく物質を取られた。速攻で訂正させて頂きましたよ。呂律が回らないのが余計に悔しい。くそぅ。
「子供は素直が一番だな。熱いから気を付けて食えよ」
満足そうに笑って差し出された木の器には、白いスープで炊かれた、米でも麦でも無い穀物。洋風おじやっぽい。
小さな木のスプーンは、ティースプーンサイズ。子供だからなのか、自分用しかスプーンがないからなのか。
まぁ、そんな事は空腹感の前ではどうでも良かった。
ほかほかと湯気が立つ温かい食べ物をスプーンで掬って、息を吹き掛けてから口に入れる。
濃厚な出汁に、優しい塩味と微かにアクセントとしての胡椒。
舌が味を認識した途端、私の世界は御飯だけに集中した。
きちんと味付けされた温かい食べ物に、この小さな体はどれだけ飢えていたのだろう。
特別な御馳走ではない、手間と時間を掛ければ簡単に作れる料理。
だというのに、体が歓喜していた。
心まで温かさに満たされる。
もっと食べたいと思うのに、自然に溢れた涙に釣られた嗚咽で上手く食べられない。
ひぐえぐとしゃくり上げていたら、タオルが顔全体に押し当てられた。手荒く拭かれた後、鼻にピンポイントでタオルを当てられたので、思い切り鼻をかんだ。
少しだけスッキリして、またあぐあぐ食べ始めると、大きくて固い手が頭を撫でてくれた。
これを食べ終えたら、ちゃんとお礼言わなきゃ。
ほとんど食べ終えてしまった。
ふいー、満腹って幸せになれるね。
シンプルな御飯は手腕が問われる。
シンプルだからこそ、そこそこの味は飽きやすい。
この兄さんの御飯は絶妙なバランスの味付けだった。
空腹が程々満たされても全く飽きず、美味しくって食べ過ぎた。
「もっと食うか?」
最後の一粒、スープの一滴まで残さず食べ終わると、声が掛けられた。
思わずふるふると勢い良く首を横に振る。
「もーいいの。ごちそうさまー」
「子供が遠慮してんじゃねぇぞ」
凄く嫌そうに眉間にしわ寄せるな、兄さん。良く見ると美形な顔が怖い。
「もうお腹一杯なのー。入んない」
まぁ、(元?)職場のメタボゴリラなチーフの方が怖かったから、怯えてやらんがな。
代わりに、◯ューピーなお腹をぽんぽこ叩いてあげよう。
今気付いたけど、子供の体って事は…酒、飲めないのかな。それはイヤすぎる。はぁ、溜め息でちゃう。
はっ、いかん。目の前の兄さんを無視はマズイよね。
「…いい腹してんな」
「お腹ぱんぱんなのー。ありがとー、おにいちゃま」
妙に感心してお腹褒められました。にぱっと笑ってお礼を言ってみたが、喜んでいいのか、コレ。
「飯食って落ち着いた所で、自己紹介するか」
鍋に残っていた雑炊を、鍋を持って、お玉で豪快にあっと言う間に平らげた兄さんの言葉に顔を上げる。
話をする時はしっかり顔を見る。コレ、基本。
兄さんは背が高いらしく、ほとんど見上げる状態です。
「オレはディルナン。北の魔王城の調理部隊の隊長をしている。歳は325歳だ。此処には肉を狩りに来た」
北の魔王城? 魔王様、いるんですか。じゃあ、此処はRPGで言う魔界…?
調理部隊?? 何で部隊?なんか、自衛隊っぽいのね。
325歳??? おじいちゃん通り越してるでしょ。
肉を狩る???? リアルでモン◯ンかい。
分からないことだらけですが、どこからツッコミ入れるべきですか。
首が疲れたので、「分からない」の意味を込めて、コテンと首を傾げてみる。
「お前のお陰で大猟だ。
お前が食われかけてた魔獣…リザイルっていうんだが、美味いが此処にしかいない希少種でな。
さっきの飯も、リザイルの骨とシル麦で作ったヤツ」
おぉ、あの恐竜モドキ、リザイルっていうのか。
…え、アレ狩ったの?
でも、確かに美味しかった。
「で、お前は?」
…どうしたものか。
「んとね、名前は…多分、ユーリ」
「“多分”って何だ」
ですよねー。
私も分かんないし。
あ、「私」って一人称使って大丈夫か? 子供だし、誤魔化しのきく一人称のがいいかな。
「ボクの腕のコレにね、書いてあるの。“ユーリ”って」
「…お前、歳は?」
「……分かんにゃい。気付いたら此処で、凄くお腹が空いてて、暗くなったら追っかけられたの」
私が持ってる記憶は、『私』の物で、この体の子供のじゃない。
あぁ、こんな事しか言えないなんて、怪しいって言ってるようなものか。
項垂れていいよね。もう、首限界。
「分かった。無理して思い出そうとしなくていい。もう日も暮れるし、ガキは寝ちまえ」
「でも、また怖いの来るよ?」
あら、追い討ち掛けないなんて、兄さん、改めディルナンさん、子供に優しいんだね!
でも、昨日のリザイル体験して、簡単に眠れません。
お腹一杯で、子供の身体はとても眠いけど。
「オレがいるだろ。そんじょそこらの魔獣じゃオレの相手じゃねえ。」
「おにいちゃま、寝ないの?」
「ガキじゃねぇんだ。五日ぐらい起きてても問題ねぇぞ。」
凄いぞ、325歳。高スペックだな。
「眠いんだろ。怖いなら此処で寝てろ」
軽々と持ち上げられて、私・オンザ・ディルナンさんの太もも。胡座かいたディルナンさんに抱っこされて、さらにブランケットで包まれました。
大変温かい上、安心感がパネェです、隊長。
この広い胸板は…いい筋肉してますね。着痩せするマッチョですね。分かります。優男より好みです。汗臭く無いのがより高ポイントですよ。
ふおぉ、背中をトントンと優しく叩かれたら、余計に睡魔がっ。
ダメだ、お休みなさい。
お肉の焼ける匂いがする。
肉の旨味を味わうならレアだというけど、私の好みはミディアムです。ウェルダンだと肉によっちゃ固くなる。
あぁ、ステーキ定食2980円。
くぅ
「今日も腹の虫は絶好調だな、ユーリ。朝飯出来っから、起きて準備しろ」
「ごはん!」
魔法の呪文に飛び起きると、ディルナンさんが笑っていた。ブランケットを外され、タオルを持たされる。
「あんま離れるんじゃねぇぞ。」
「あい」
大人しく言われた通りに可能な限り遠くで用を足し、湖で顔を洗って、手ぐしで髪を整えた。
湖は常に波紋で揺れてるから、鏡にならない。まぁ、こんなものでしょ。
戻ってタオルを返すと頭を撫でられ、枝を削った串に刺して焼かれた肉が渡された。
「おにいちゃま、このお肉…」
「おー、リザイルだぞ」
追いかけられて散々な目に遇わされたリザイルは見事に絶妙な塩・胡椒加減で味付けられ、高級和牛のヒレ肉ど真ん中、シャトーブリアンのように柔らかかつジューシーで大変美味でした。まる。