表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/122

別視点19 その眸が示すモノ(ロイス視点)

本編25の主人公視点と内容がほぼ重複しています。嫌な方は飛ばして下さい。

近習部隊隊長である私、ロイスは基本は魔王カイユ様に恙無く過ごして頂く為の給仕は勿論、特殊な空間である二階の管理全般の責任者である。

なので日に一度は必ず二階の客室を見て回る様にしている。いつ、どの様なお客様が見えても最上級のおもてなしでお迎えするのが我が近習部隊の務めの一つだからだ。

隊員を信用していない訳では無い。こういう事はいくつもの目で確認した方が良いだけの事。なので私だけでなく、副隊長のシェブルも時間をずらして確認する。


その間、一通りの仕事をこなせる様になった者は必ず交代でカイユ様のお側に上がる様にしている。

これは近習部隊だけでなく、近衛部隊でも同じ事が言える。


近習・近衛部隊に居る以上、カイユ様の給仕・警護を恙無くこなせなくてはお話にならない。

カイユ様の美貌は勿論、その膨大な魔力に飲まれる事無く流れる様に自然な仕事が出来て当然である。

逆を返せばそれが出来ればどの様なお客様がいらっしゃっても冷静に給仕出来る。


とは言ってもいきなり一人で放り出す訳では無い。

慣れない者がカイユ様のお側に上がる際は、必ず近習・近衛部隊のどちらかの隊長・副隊長の誰かはカイユ様のお側に控える様にしている。それが暗黙の了解だった。

その為、今は近習部隊の副隊長のシェブルを筆頭に何人かを配置している。そして近衛部隊からは隊長のグランディオを筆頭に何人かがカイユ様の周辺の警護に付いている。


時間を無駄にするつもりは一切無いが、見落としの一つも許されないので丁寧に確認していた。







設備や掃除、備品の手入れ等を確認し終え、僅かな修正を幾つか終えた所で大階段の方へ歩いて行くとそこには書類部隊の隊長であるエリエスと副隊長のマルスがいた。二人の間には書類部隊の隊服を着た幼い子供の姿。


つい昨日の部隊長会議で話が上がった仮入隊隊員。調理部隊隊長であるディルナンが東の魔王領との境にある『深遠の森』で拾ってきた記憶喪失の、中性体の子供。


―――それは北の魔王城の異物。何も出来ない所か、邪魔にしかならないと思われるお荷物。

魔王カイユ様に何らかの迷惑を掛けようモノなら即座に消し去るだけの不純物。




様子をひっそり伺っていると、エリエスと二階について話していた。微かに聞こえる言葉の中身は微妙に無視出来ない代物。子供が語ったのは聞いた事も無い技術の片鱗だった。

後程あの二人の会話を直接聞いている近衛に話を全て聞く事にし、エリエスには改めて正式に報告を上げさせる必要があると判断した。

…これは少し子供に接触して私自身の目で見たい部分がある。




話が一段落した所で、子供がエリエスの前でモジモジし始めた。


「エリエスたいちょ、あにょね」

「おや、モジモジしてどうしました? お手洗いですか??」

「違うのー。も少しだけふかふか絨毯踏んでもいーでしゅか?」


思い掛けない問いは、子供に少し接触するには都合の良いきっかけになり得た。


「―――…どうぞ、お入りなさい」

「ロイス」

「本日はお客様もいらっしゃいませんし、絨毯を少し歩く程度は構いませんよ」


迷わず子供に声を掛け、近付いて行くとエリエスとマルスが私を警戒するのが分かった。

当の子供だけが能天気な物で、私達の間に微かに走った緊張感に全く気付いていない。

間抜けな表情を晒してこちらを見ていた。

…それなりに整った容貌だというのに魔力は微弱。どこか矛盾している存在だ。


「行ってらっしゃい、ユーリ」

「い、いーでしゅか?」

「えぇ。近習部隊隊長が直々に許可を出したのですから、気兼ねなく行ってらっしゃい」

「……ロイス、たいちょ?」

「初めまして、小さな執務官殿。近習部隊の隊長を務めております、ロイスと申します」


表面上は笑顔を作り上げて声を掛けるとエリエスに促されてようやく子供が我に返った。


「ごてーねーにありがとうございましゅ。

 んと、今日は書類部隊のユーリともうしましゅ」

「おや、こちらこそご丁寧に」


私の身分を聞いてすぐに舌足らずな物言いながらも挨拶を返すだけ、年齢を考えればマシと言えるだろうか。

静かに観察していると、子供も何故かこちらを真っ直ぐに見ていた。


その視線を受け、妙な既視感を覚える。

その目は先程までと違い、何の感情も色も映していなかった。大粒の紫のひとみは恐ろしい程の透明度でありながら全く底が見えない。


何処で見たのか思い出そうと記憶を探っている間にその眸はいつの間にか消え失せ、先程までの表情に戻った子供が絨毯の上を歩き始めていた。


二、三歩進んで奇声を上げ、絨毯の感触を楽しむ様にスキップをして転び、そのまま絨毯を転がる姿は単なる子供そのものだ。なのに先程見た眸が妙に頭を離れず、何処で見たのかも未だ思い出せない。


そんな私を余所に、満足したのか起き上がった子供がエリエスの元へと絨毯に足を取られながらノロノロと駆けて行く。


「もういいんですか?」

「あいっ」

「ふふ。余程楽しかったんですね。髪が乱れてますよ」


エリエスの足に抱き着く様にして辿り着いた子供の乱れた髪を、エリエスが慈しむ様に直す。

そんなエリエスは先程の子供の眸に気付いた様子は全く無い。


「…そろそろ次に行きますか」

「そうですね」


そのまま二人の様子を眺めていると、マルスとエリエスが暗に暇を告げて来た。

二人の言葉を受けて、子供が再度私に視線を向けて来る。だが、そこにさっきの眸の名残はやはり見られない。その目には、十分に楽しんだ光だけが宿っていた。


珍しくこれだけ時間をかけても思い出せない事態に、胸に蟠りが出来るのを感じる。


「ロイスたいちょ、このえのおにーちゃま達、ありがとーごじゃいました!」


そんな私を余所に、子供もマルスとエリエスに続いて挨拶を口にする。

子供らしい表情に隠された先程の眸が何なのか探るべく観察の視線を強めてみても、子供は全く変わらなかった。単なる偶然、私の気の所為なのか?


そんな私の視線から子供を庇うかの様にエリエスとマルスが軽く頭を下げ、自然に見せ掛けて観察を切り上げさせられた。

私と近衛に手を振る子供の手を取って二人が去って行く。




三人の姿が完全に見えなくなった所で近衛二人に近付き、先程聞いた話の詳細を小声で確認する。

子供の漏らした技術についてはエリエスのみならず、ジョットとヤエトからも報告を受ける事になるだろう。

詳細を聞き出した後に二人に口止めすると、揃って頷いた。







懐中時計で時間を確認すると思わぬ時間のロスが発生していたが、逆に子供の姿をこの目で直接見れたのは良かったと言えるかもしれない。それに近習部隊の隊員は馬鹿では無い。自分で考えて動ける筈だ。


後は子供が見せた眸が残したこの胸の蟠りを消化すべく、落ち着いてからゆっくり記憶を探れば良い。


『ロイス隊長、おかえりなさいませ』

「ただ今戻りました。何か問題等は?」

「ございません」

「シェブル副隊長が朝のお茶の準備に出ていらっしゃいます」

「分かりました。…あぁ、二階の大階段のすぐ側の絨毯を整える手配を」

「かしこまりました」


魔王カイユ様の執務室の側まで戻ると、控えていた近習達が一斉に声を掛けて来た。

それに答え、時間の迫っていた朝のお茶の準備はそのままシェブルに任せる事にしてカイユ様の執務室へと足を運ぶ。

礼に則って入室すると、近衛部隊隊長のグランディオと共にカイユ様の視線も微かに向けられた。


カイユ様のその切れ長な漆黒の眸を目にするなり、何故か再び既視感を覚える。

その理由に直ぐに思い当たり、胸に在った蟠りが瞬時に悪寒となって背筋を駆け上がった。


(―――…一瞬とは言え、カイユ様に似た眸を持つ子供)


子供の情報がゼロに等しいこの状況で、まさかの符合。


私の直感だが、それでも300年以上お側に仕えながらカイユ様のその眸が見通すモノを見て来た。

もしも子供が本当にカイユ様に似た眸を持つのならば、その存在は到底無視出来無い。


それは私の中で単なる北の魔王城の異物でしかなかった子供が、取扱危険物へと変わった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ