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別視点18 やって来たのは(マルス視点)

本編22〜23までと内容がほぼ重複しています。嫌な方は飛ばして下さい。

朝一番の爽やかな風を室内に入れるべく棚の上にある窓を開放し、自身の執務机に座る。


既定の職務時間にはいくらか早い時間だが、この時間は余計な用事に手を煩わせる必要が無い。

その為、朝一番にさっさと食事を済ませて仕事をするのがここ五十年の習慣となっている。


いつもならほぼ同じ時刻に上司であるエリエス隊長も執務を開始するが、今日は仮隊員の子供が書類部隊に初出勤する日だ。その為、エリエス隊長は子供を迎えに行ってから一緒に食事を取るとの事。


隊長は今日は子供に手を掛けるつもりらしく、昨日までにある程度の仕事を片付けて些末な書類はそこらの隊員にさっさと振り分けていた。比較的急ぎの書類も夜明け前には殆どを揃え終えている。

それをする為に、隊長はこの三日程は食事と着替え、子供の初出勤の準備の為以外はずっと仕事漬けだった。その疲れは全く見えず、外に名高い美貌に陰りは一切無いが。

多忙を極める締日前並みの勤務をこなしていた訳だが、隊長の機嫌が常とは真逆だった。

どこか楽しそうに仕事をする隊長だけでなく、平隊員達もどこかソワソワと落ち着きが無い。


今日やって来る子供なら、昨日の朝の食堂で見掛けた。

設備部隊のヤエト隊長にとルチカ副隊長に何やら計測されていたのだ。

年端も行かない、小さな小さな子供。北の魔王城に置くには恐ろしく異質な存在。


計測の様子を見た口さがない連中が色々言っていた所為か、ヤエト隊長の表情は次第に恐ろしく強張っていった。ハッキリ言って、大の大人でも微妙に引く迫力の顔。

だが、そんなヤエト隊長を笑顔で受け入れて何故か頭を撫で、調理部隊のディルナン隊長を撃沈させた子供を中心に食堂は笑いに溢れていた。


北の魔王城にやって来て僅かな日数で様々な印象を残していく子供。

そんな子供が、今日、この書類部隊にやって来る。







片付けた分とは別の新たに発生した取り急ぎの書類を片付けた所で書類の整理をしていると、何やら平隊員達の執務室の様子がおかしい事に気付いた。だが、何事かと様子を見に行って後悔した。

おかしいと言うよりも、不穏と言った方が正しい。何やら荒い息遣いの不審者集団と化していた。

入口の扉に張り付いている者など、ほぼ犯罪者の様相を呈している。


―――最近の書類部隊が変態の巣窟の扱いを受ける理由の一端を見てしまった様だ。


見なかった振りをして執務室に戻ろうとしたその時、扉から何やら無様な声が複数上がった。

嫌々ながらも振り返ると、入口の扉が開かれ、犯罪者の様になっていた者達が山積みになっていた。

そんな扉の前には宙吊りになった子供と、子供の脇に手を差し入れて持ち上げたエリエス隊長の姿。


「何をしてるんです、貴方達は」


山積みになってもがいている連中の正面に移動して問い掛ける隊長は笑顔だが、声は不機嫌さに比例して冷たい。


「まさか仕事を放り出して覗き見なんてしてませんよね?」

『た、隊長…』


コイツ等は本当に頭脳に優れていると言われている書類部隊の隊員だろうか? ここまでバカでどうする?? しかも、似た様な事を何回も。

オレの知る限り、書類部隊の真面まともな隊員はごく少数だ。そいつらと共に事の尻拭いに走る事が多い。

何せ、エリエス隊長に怒られて喜ぶ連中が主だ。『エリエス隊長に罵られ隊』とやらの所為で、増々変態部隊として名高くなっていっている。…さり気無く他の部隊の隊員も所属してるが。


変態と言えば、後は医療部隊のヴィンセント隊長の『あの美声を忘れ隊』とやらもあったな。

それと、調理部隊のディルナン隊長の『ディルナン隊長をアニキにし隊』とやら。

この二つは外勤の四部隊が主体だった筈だが。


……どうでも良い事に脱線した。いくら目の前の現実が最悪だろうと、収拾が必要ならば対処する必要がある。




意識を目の前に向けると、隊長に持ち上げられた子供がプルプル震えていた。恐らく、隊長の冷気で。

目の前の変態の所為で無い事を願う。


「あぁ、怖がらせてしまいましたね。すみません、ユーリ。どこも怪我はしてないですね」


そんな事を考えていたら、隊長が子供を抱き上げて優しく微笑んだ。それだけで冷気が霧散するのは一体どういう仕組みだろうか。

子供が隊長をそっと見上げると、微笑みを見てホッとした表情を浮かべて隊長にくっついた。

それだけで隊長の機嫌も嘘の様に良くなっていく。

…これは今後十二分に使えるな。


「それで、ユーリを危うく怪我させる様な真似をした理由は何です?」


機嫌を良くしたと思った隊長だが、視線が子供から漸く立ち上がった隊員達に向かうと冷気が戻って来た。

だが、隊員達は全く怯まない。良くも悪くも慣れている。


「実は我々、ユーリちゃんの親衛隊を立ち上げたんです! 親衛隊隊長のコーサです!!」

「『ユーリちゃんを見守り隊!』、昨日から正式発足致しました! 親衛隊副隊長のイルムです!!」

「ですので、お出迎えに上がった次第です! 隊員№3のタグです!!」

「ユーリちゃんが来るのが楽しみな余り、つい人が殺到しまして! 隊員№4のジェントです!!」


隊長の問い掛けに、先頭に立っていた四人が口々に自己紹介を始める。

今度は『ユーリちゃんを見守り隊!』か。…一般の、それも仮隊員に親衛隊を作るな。


『我々に癒しと愛を!』


四人に加え、詰めかけていた隊員達に揃って言われ、子供が呆気に取られていた。ぽかんと口を開いて執務室を見ている。当然の反応だろう。こんな大人がそうそういてたまるか。

だが隊長がこめかみを押さえている姿に気付き、心配そうに見上げる。


「エリエしゅたいちょ、だいじょぶ?」

「大丈夫ですよ」


そんな子供に隊長が笑って見せるが、疲れが微かに覗いて見えた。

流石に、この辺りで収拾をつけるべきだろう。

整理を終えた書類の束を持って出て来ていて良かった。


風の魔術を展開しつつ、そこに角度を固定した紙を乗せていく。

風の魔術と言っても単に目的地に緩く運ぶ為の物だ。威力は皆無。微風程度。

強風では部屋が乱れて片付けが面倒臭い。


ある程度紙が行き渡った所で、ひらひらと室内を泳いでいた紙を入口の扉から執務室の扉までの道が出来る様に一斉に放つ。


『…ぎゃあ!』


野太い悲鳴を聞きつつ道が開いたのを確認してから、再び風を操る。

勿論、折角整えた順番を乱すつもりは一切無い。放った順に回収していく。


その紙の軌跡を追う様に、子供の目がこちらに向けられた。オレの姿を捉える。


「マルス」

「…どうぞ、室内へ」


エリエス隊長のどこか安堵した様子を見つつ、取り敢えず変態のいない室内へと促した。







出来た道を通る途中、余程平隊員達が恐ろしいのか子供は隊長の足にへばり付く様にしていた。


けれど、好奇心一杯の様子は隠せず、室内をキョロキョロと見回している。子供には馴染みの無い執務室だ。物珍しいのだろう。

汚い机を見て、目を瞬かせて他の机を見たりしている。その様子に、鼻の下を伸ばしつつ子供の様子を見ていた隊員達の中に無言で悶えている者がいた。アイツの机か。

これに懲りて少しは綺麗にする様になるかもしれない。




無事に隊長とオレの使っている執務室に辿り着き、室内に入ると子供が増々キョロキョロし始める。

そんな様子を横目に机の上に持っていた書類の束を置くと、ペーパーウエイトを乗せた。

もう少ししたら窓を閉めるか。


そんな事を考えていると、子供が隊長から離れて近付いて来ていた。じーっと置いたばかりの書類を見詰める。その表情はただの紙ではないのかという疑いに満ちている。

一番上の書類…内容に特に見られて困る部分が無いのを確認してから一枚渡すと、子供が受け取ってまじまじと観察してみたり何か仕込まれていないかと触ったりしてみたりする。

残念ながら、どこにでもある普通の紙でしかない。しかも、完全に処理も終わっている書類だ。

だが、自分の目と手で確認しても子供は不思議そうに小首を傾げている。


「ふふ…」


そんな様子を見守っていた隊長が、思わずと言った風に笑みを零した。


「間違いなくただの紙ですよ、ユーリ。マルスは紙を武器とした特殊戦闘を得意としています」


隊長がただの紙だと保証すると、子供の目がキラキラと輝き出す。

目に見えて「凄い」と語っていた。純粋な称賛だけの視線は首の後ろがむず痒くなる。


そうかと思ったら、何かに思い至ったのか急にハッとした表情を浮かべる。

コロコロと変わっていく表情に何事かと見ていると、子供が急にガバッと頭を下げた。


「おはようございましゅ。今日からおせわになりましゅユーリです」

「…おはよう。書類部隊副隊長のマルスだ。ようこそ」


慌てて挨拶をする子供…ユーリに、思わず虚を突かれた。

必死に「だめ? だめ??」と上目遣いにこちらの反応を確認してくる様子に、隊長が微かに頬を緩めていた。確かに、この幼子はその仕草に嫌味が無い。素で小動物の様になっている。

…変態を見た後だけに、恐ろしく和むのだ。


「ふふ、どうです、マルス。ユーリは可愛いでしょう?」

「隊長のお眼鏡に適う理由が分かりますね」


隊長がオレに話を振って同意を求めて来る。どうやら隊長は仕事云々よりも癒し効果を求めてこの子供を連れて来たらしい。

当の本人は全く自覚が無いらしく、オレ達の会話に隊長とオレにちょろちょろと視線を向けていた。


「マルしゅ・・ふくたいちょ?」

「今のまま大きくなれ」

「?」


「なぁに?」というニュアンスを込めて声を掛けて来るユーリに、思わずその小さな頭を撫でる。

それだけで嬉しそうにはにかむ様子に、本気でそう思った。間違っても変態に染まってくれるなと。







書類を返してもらい、隊長がユーリを専用の机に座らせる。設備部隊に即席で作成させたが、ユーリの体型に合っているので問題無いだろう。椅子には隊長が鍛冶部隊に追加発注した、可愛らしいと称するに相応しいシース型のクッションが置いてある。

クッションが気持ち良いのか、ぽよんぽよんとクッションの上で跳ねながら嬉しそうに笑っていた。


「ユーリ、仕事をする前に簡単な試験をして頂きましょう」

「う?」

「どれだけ計算が出来るのかを確認させて下さい。それに合わせて仕事を決めます」


隊長の指示に、ユーリが肩掛けポーチを外して中身を机の上に出す。中身を出したポーチは机の横のフックへ掛けた。

ユーリサイズの恐ろしく小さい、羽ペンとは違うペン二本と赤と黒のインクと定規に算盤。

当人は初めて見るであろうペンに興味を引かれたのか、ペンの構造を見ている。


「ジョットは随分張り切ったんですね。それは羽ペンみたいにインクを一々付けなくても書ける、鍛冶部隊で最近出来たばかりの筆記具なんです。まだ一部の隊員しか導入されていないんですが、ユーリが使い易い様に優先的に作らせたんでしょう」

「ジョットたいちょにお礼いうー」

「そうですね」


隊長がそれがどんなペンなのかを説明すると、ユーリがそれに答えた。

インク部分の蓋をしっかり締める姿を見つつ、隊長に頼まれて用意していた一枚の紙を持って行く。

それに気づいたユーリが文具類を端に寄せるのを確認し、目の前にその紙を伏せて置いた。


「…問題は全部で五十問。制限時間は無いが、様子を見て切り上げる。計算道具の使用は自由だ。用紙への記入も認める」


用意したのは北の魔王城の入隊試験に使用される試験と全く同じ問題。唯一違うのは制限時間を設け無かった事のみ。

ハッキリ言って、こんな幼子に解けるレベルでは無い。だが、能力確認を行った証明として必要だろうとの隊長の判断から受けさせる事にしたのだ。

簡単な計算能力を確認するテストだが、成人して入隊試験を受けに来た者でさえも最後の二十問は間違える者が意外と多い。


試験と同じ説明をした所で懐中時計を取り出すと時間を確認し、左下に時間とサインをする。


「隊長とオレは仕事に入る。切り上げるよりも早く出来たら声を掛けろ」

「あい」

「始めていい」


開始の合図と同時に、ユーリが目の前に置かれた紙を裏返した。

その様子を横目で確認しつつ自分の机に座る。それは恐らく隊長も同じ事。

ユーリが試験問題を眺めてからペンを取るのを見て、書類仕事に取り掛かる。


四半刻を過ぎた頃、計算機を動かす音が聞こえた。

更に少しして、ぱちりぱちりと計算機を弾く音が確かに鳴りだす。

計算機を使えるのかと視線を少し向けると、驚くべき事にユーリが計算する問題は後半に入っていた。隊長もそれを見て瞠目している。

しかも、ゆっくりではあるが計算機の使い方に不安な様子は無い。


ユーリに不審に思いつつも目の前の書類を進めていると、暫くしてユーリがペンを置いた。流石にここらが限界かと様子を伺う。


「おわりましたー」


だが次の瞬間、ホッとした様な声で終了宣言をされて驚いて書類から顔を上げる。

懐中時計で時間を確認するが、既定時間までまだ時間を残している。まさかと思いつつ確認に動こうとしたら、ユーリが席を立って用紙を持って来た。

用紙を受け取ると赤ペンを手にし、まず裏に終了時間を記入すると、表に返して一問ずつ確認して採点していく。一つづつ増えていく丸に、『籠の鳥』と言う言葉が脳裏に浮かぶ。だが、例え大貴族の跡取りであっても、50歳位までは勉強など叩き込まない。

周囲にいたであろう大人はこんな幼子に一体何の為に、何を考えて計算を教え込んだのかを考えて微かに戦慄がはしった。余りにも異常だ。



「………隊長、全問正解だ」

「………それはまた、凄いですね」

「しかも、検算までした痕がある」


うすら寒いモノを感じながら隊長に結果報告をする。

恐らく、隊長もその異常性に十二分に気付いている。いつもの笑顔ポーカーフェイスに隠しているだけだ。

そんなオレ達を余所に、ユーリは無邪気にオレ達の反応を大人しく待っている。


「即戦力ですね。確認業務の八割方は回せるという事ですか」

「速度といい、申し分ないだろう。他の隊員に別の仕事が回せる」

「これは、思い掛けない金の卵を拾ったものです」


隊長が自身の目で確認する為に席を立ち、用紙を確認する。内容を確認して頷くという事はオレのミスは無い。詳しい話はユーリが仕事を終えた後になるだろう。

取り敢えず状況だけを二人で話す。隊長の言う通り、ユーリが金の卵である事は間違いない。癒し要員としてだけでなく十二分に戦力になれる。


「仕事内容が決定した事ですし、説明に入りましょうか」


隊長がユーリに合格を言い渡すと、飴の笑顔をユーリに見せた。勿論、その裏の感情は一切悟らせない。

ユーリは素直にはにかみ、喜んでいる。


仕事内容を説明する為にユーリを再び机に連れて行く隊長に隠れてコッソリ溜息を吐いた。


恐ろしく面倒な未来図がいくつか容易に想像出来る。そして、十中八九それは外れないだろう。

席を立ちつつ、思わず溜息がもう一つ零れたのは不可抗力だ。

[補足説明]

 シース:もこもこが強化された羊。これの高等種が企画部屋の星企画にて出現したオルディマの騎獣であるシエレ。

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