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別視点16 熱血隊長の計測(ヤエト視点)

「おう、野郎共、今日も元気かー?」

『隊長、はよーっス!!』


何時もの様に設備部隊の工房に入り、朝の挨拶をすると、元気の良い声が返って来た。

我が設備部隊の隊訓は【いつも元気に】だ。

気持ちの良い挨拶に思わず頷いていると、全員が作業の手を止めて朝礼に集まって来る。


「テメェ等、各自今日の予定は頭に入ってんな?」

『勿論っス!』

「怪我には充分気ぃ付けろ。以上、解散!」


設備部隊ウチの朝礼なんてこの程度だ。まどろっこしいモンは必要時以外はしない。

各々が自分の仕事を把握して、十二分に気を付けて仕事すりゃそれでいい。

連携や連絡はしっかり出来てるし、何かありゃ、本人が解散にストップを掛けて直ぐに報告を上げる。

その程度が出来ない奴は、この北の魔王城ではやっていけない。


「おっし。オレは今から調理部隊に行ってくるから頼むぞ!」


昨日の内に用意しておいた工具箱を片手に上機嫌に自分の予定を告げると、羨ましそうな視線がいくつか向けられてきた。

理由は行先である調理部隊にある。昨日から働き始めた仮隊員のおちび、ユーリちゃん。その調理台を頼まれ、サイズの測定に行くのだ。

 



ユーリちゃんとの出会いは昨日、ディルナンに頼まれた家具類を届けに行った時だ。

昼寝から覚めたばかりの、小さな小さな実に可愛らしい幼子だった。

ディルナンが会わせるのを渋った理由が分からなくもない。


オレは自他共に認める巨漢で、強面だ。

はっきり言って、出会った幼子に泣かれなかった事など無い。泣かれなかったのは子供が寝てた時位だ。

だと言うのに調理部隊のユーリちゃんは寝惚けていたとはいえ、ニッコリ笑って挨拶をしてくれた例外的な子供だ。

トイレに行く為に別れる時も、オレだけで無く設備部隊のゴツイ野郎共にも小さな手を振って行ってくれた。あのぽてぽて歩く姿が堪らん位可愛かった!


はっきり言って仕事はいくらでもある。オレとて暇ではない。

ディルナンから話を聞いた時、本当は他の奴に仕事を振ろうとした。


だがしかし!

あんな小さな子供の調理台となれば、高い技術が必要になるのは必至。

正直あんな幼子が仕事をする事に賛成しかねるが、それでも仕事をすると言うのなら少しでも早く届けて危険が少ない状態で仕事をさせてやりたい。

そして何よりも、もし他に任せてユーリちゃんが怪我でもしたらオレは自分で自分を許せん!!


…正直、ユーリちゃんがトイレに行った後に脅された内容が恐ろし過ぎる物だった事もあるがオレは負けないからな!! なんて考えながら工房を出ると、何故か隣を副隊長のルチカが歩いていた。


「…お前、工事はどうした?」

「午前中は調整かけてあります。オレ、まだ調理部隊の噂の子供に会ってないんですよ」

「”噂”?」

「実は一昨日の夜、ヴィンセント隊長の依頼でその子供のトイレ工事をしてるんです。何でも普通のトイレに登って落ちそうになったらしくってね」


いつもは飄々としていて、設備部隊の隊員としては異例の線の細さからその他大勢の中にさり気無く埋もれている事の多いルチカ。

そのルチカが珍しく楽しそうに話すのを聞いて思わず噴出した。

確かに、ユーリちゃんの小ささならそういう事が起きても不思議ではない。


「エリエス隊長の許可証持って笑いながら来たんですよね、ヴィンセント隊長。ちょっと見ない位ご機嫌でした。っていうか、許可証が早過ぎじゃないですか」

「……」


ルチカのこの言葉に、ディルナンの脅し文句が真実味を帯びる。あの曲者二人にユーリちゃんは既に目を掛けられているのか…っ。


ルチカから食らった思わぬダメージに、何も言葉を返せなかった。







まだ封鎖されている、朝食時間には早すぎる食堂にルチカと共に入り込むと、ユーリちゃんが厨房に一番近いテーブルの椅子に立ちながらトレーを布巾で拭いていた。

テンポ良く、きっちりと仕上げていく姿に思わず目を丸くせずにはいられない。これはオレだけじゃなく、隣のルチカも同じくだった。


「たいちょ、ヤエトたいちょ来たのー」


と、ユーリちゃんがトレーを拭く手を止めずに厨房にいるディルナンを呼ぶ。

これには驚いてユーリちゃんを見ると、にっこり笑顔を向けられた。


「おはよーございましゅ」

「おう、おはよう」


やはり泣きもせず挨拶するユーリちゃん。朝から可愛らしさ全開だ。

オレが近付いてもビクビク怯える事も無い。


拭き終った最後のトレーと布巾を置いて、ユーリちゃんが椅子から滑り下りると靴を履く。

何をするのかと思っていたら、ユーリちゃんの方からも近付いて来てくれた!?


目の前に立つ小さな幼子には驚かされっぱなしだ。

恐る恐る工具箱を持っていない右手を伸ばしても怖がらず、不思議そうにこてん、と首を傾げられてしまった。

かっ、可愛過ぎる…!


感動しつつおっかなびっくり頭を撫でてみる。

髪の毛サラッサラで、頭なんか掴めそうな程に小さい。力加減を間違えたら壊れそうだ。

自分でも不器用にも程がある触り方だと思う。

だというのに、ユーリちゃんは嬉しそうにはにかんでいる。


ヤバい。感動の余りじんわり来るものが…っ。


「…おいコラ、筋肉ダルマ。ウチの隊員ユーリに何してやがる」

「まあまあ、ディルナン隊長。ウチの隊長の初めての子供とのふれあいですから見逃してやって下さい」

「……って何でお前まで来てやがる、ルチカ」

「トイレの使い勝手がどうかを確認に来たんですよ」


感動に浸ってる横で何やらディルナンとルチカが話しているが、どうでもいい。


「ユーリ、トレーの仕上げは?」

「終わりまちた」

「…昨日よりも速度上げたな」

「がんばりましゅ」


だがディルナンがユーリちゃんに仕事の話を振ると、ユーリちゃんの表情が笑顔からキリっと引き締まった。

その一方で、言葉を所々噛んでいるのはご愛嬌だろ。

尤も、そんなギャップが厨房内で働く面々の相好を微妙に崩す程の威力を持つ事にこの幼子は気付いていそうもないが。


「ヤエト、時間はどれくらい掛かる?」

「四半刻の半分で十分だ。朝食開始前には確実に終わる」

「分かった。…で、ユーリにルチカは紹介したのか?」

「あ」


感動のあまりキレイサッパリ忘れていたが、そう言えばユーリちゃんとルチカは初対面だったな。


「初めまして。君のトイレの工事をさせて貰った設備部隊の副隊長のルチカだ」

「はじめまして、ルチカふくたいちょ。ユーリでしゅ。おトイレありがとうございます」

「どういたしまして。使い勝手はどうかな?」

「もう落ちないでしゅ」


ディルナンの言葉に、ルチカがユーリちゃんの前に立つと屈んで声を掛ける。

それにユーリちゃんが恥ずかしそうに顔を赤くしてモジモジしながら話す姿が可愛くて、思わず調理部隊の面々と一緒に和んでしまった。







ディルナンがユーリちゃんの拭いたトレーを片付けるのを横目に、工具箱を置いて採寸を開始する。ルチカには紙を持たせ、測った数値を記入させた。


測れば測る程にユーリちゃんは小さい。しゃがんで採寸していても、オレの胸元程度までしか身長が無い。

数値的にも調理部隊に置いてある設備の半分以下のサイズだ。


これからの事も考えて全身の採寸を終えると、朝食を求めて食堂にやって来た隊員達が入り口に集まり始めていた。

ユーリちゃんと一緒にいる事で様々な囁きが広がっていくが、ヤツ等はそれが本当に聞こえないとでも思ってるんだろうか。


「隊長、怖い顔が増々怖くなってますよ」

「む」


ルチカの指摘に慌てて顔を押さえると、恐る恐るユーリちゃんを見る。怖がらせたか?


「ボク、ヤエトたいちょ怖くないの知ってるからだいじょうぶー」

「「!」」


だが、ユーリちゃんがそんなオレ達を見て笑顔で言うのを聞き、驚きにルチカと揃って息を飲んだ。


「だから、ボクを怖がらなくていいのー。いつもどおりでいいんだよ」


更に、ユーリちゃんが背伸びしてオレの頭を小さな手で撫でてきた。


…正直、この子には度肝を抜かれっぱなしだ。

オレは確かに直ぐに泣く子供が苦手というよりも怖いのかも知れん。ユーリちゃんに言われて初めて自覚した。


「―――また無自覚にタラしたのか」


と、そこへ呆れかえったディルナンの声がした。コイツ、いつの間にこんな近くに来てたんだ。

戦闘時じゃあるまいし、気配を殺して近付いて来んなっ。


「”また”とは?」

「ユーリはどうも相手の本質を見抜く事に長けてるらしくてな。しかも、下心一切無しですんなり相手の内側に入っていくんだ」

「…あぁ、それは何となく見てて納得します」


ルチカがディルナンの言葉の真意を問えば、ディルナンが溜息交じりに答える。

それにルチカが納得して頷いていた。


「ボク、タラシじゃないもん。タラシはたいちょだもん」


そんなルチカとディルナンの会話を聞いて、ユーリちゃんがオレの頭を撫でるのを止めて二人に抗議する。

その内容に、思わずルチカと同時に噴出した。

言われた当のディルナンは絶句している。


「おまっ…どこでそんな事覚えた!?」

「たいちょ、キレイなおねえちゃま達にモテモテでしょー? がいけい部隊のおにいちゃま達にもモテモテでしょー?? ボク、聞いたもん」

「誰だ、ユーリに変な事を教えたのはっ。………三馬鹿! 貴様等かっっ!!」

「「「サーセン!」」」


ディルナンがユーリちゃんに問いただすが、ユーリちゃんに更に言われた言葉に厨房を振り返る。

ディルナンの声に身に覚えがあるのか挙動不審になる三人の隊員。それを見咎めてディルナンが額に青筋を立てて怒声を上げると、三人が揃いも揃って即座に直角に倒れる様に謝った。

これにはオレ達は勿論、話の流れを聞いていた入口で待機中の隊員達も爆笑した。


「たいちょ、ボクもキレイなおねえちゃま達とウハウハしたいのー」

「ユーリ。…意味が分かってから言え」


目をキラキラさせながら止めの一言を口にするユーリちゃんに、ディルナンが本気で脱力する。

そんなディルナンの姿に、周囲と一緒に久々に腹筋が痛くなる程に笑った。







あの後、朝食開始前にユーリちゃんは笑顔でしゃがんだままだったオレに抱き着いてから厨房に戻って行った。


本当に不思議な子だ。何故だかユーリちゃんを怖いとは欠片も思わなくなっていた。


折角だからそのまま食堂で朝食開始を待ち、ルチカと共に朝食をとってから工房に戻って来た。


「…面白い子でしたね、ユーリちゃん」

「…気合いを入れて、取って置きの調理台を作ってやらんとな」

「隊長の本気が見られるとは今から楽しみですね」


ルチカから採寸記録の紙を受け取って別れると、オレの専用作業台に戻って簡単にユーリちゃんの調理台のアイデアをまとめていく。

使う素材、工夫、折り畳み式にする為の補強案。それらを箇条書きにしていく。


「仕事の調整しねぇとな。他のならある程度他のヤツ等でも出来るだろ」


同時にユーリちゃんの調理台を作る為のスケジュール調整も考え、いくつかの項目をメモに記入していく。




久々に本気で楽しめそうな仕事になる予感がする。


取り敢えず、午後の部隊長会議までに仕事の調整と設計を始めるべく動き始めた。

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