20 片付け
夕食タイムが始まると、また混雑が始まる。
でも、夕飯は朝と昼に比べると少ない。城の周りの集落に家を構えている人や城の外へと出て食べる人が全体の三分の一程度いるらしい。大体朝と昼で三千食、夕食で二千食見当だとタシ芋を剥きながらラダストールさんとディオガさんが教えてくれた。
食事は基本残らないんだそう。沢山食べたい人達は食堂閉鎖の直前に来て、残りを食べ尽くしてくらしい。…あの一人前の量でも足りないんですか。
ちなみに調理部隊の人達も仕事上がりにそのまま周辺の集落に飲みに行く事もあるらしく、その際は前もって申告しておくらしい。
「んちょ…。できたのー」
ずっと座っていたタシ芋のケースがようやく空になった。オル葱と違って酷く手古摺ったなー。
私がのろのろ剥いている間に、ラダストールさんとディオガさんはさっさと五ケースずつ剥いてしまっていたし。今は剥き終った物を片付けて、明日の野菜のカットに入っている。速さがそれだけ違うというのもショックだ。
「お疲れ様、ユーリちゃん」
「終わったか。危ねぇから包丁を片付けちまえ」
「あい」
声を掛けてくれるオルディマさんやシュナスさんもさっさとベルモンを剥き終え、野菜のカットに入っている。
遅れて仕込みに入ってきた三馬鹿トリオの兄さん達も、お馬鹿ぶりはともかくサクサク仕事をこなしていた。関わらずに言動を見たり聞いたりしてる分には楽しい人達です。
アルフ少年も途中までは仕込みに入っていたけど、今は夕食の提供に回っている。
最後まで作り続けているのは、ディルナンさんとオッジさん。夕飯のオムレツを焼き立てで提供すべく、フライパンを握り続けている。
言われた通りにペティナイフを片付けていると、オルディマさんが私の剥いたタシ芋の入った樽を確認すると、水を替えて軽々と貯蔵室へと運んでいた。…やっぱり、あの細身の体のどこにそんな力があるのか謎だ。表情一つ変えないんだもん。
「ユーリちゃんいるかしらー」
「カラフおねえちゃま」
首を捻っていると、食堂からカラフさんの声がした。振り返ると、今日も今日とて真紅と青が絶妙なバランスの性別不明な服を纏ったカラフさんがそこにいた。
「「行って来い」」
カラフさんを見るなり、ディルナンさんとシュナスさんが微妙に顔を引き攣らせて声を掛けてきた。二人揃ってカラフさんが得意ではないらしい。この似た者ツートップめ。
ペティナイフを片付け終わっていた事もあり、すぐに厨房から出て行くと、カラフさんがにっこり笑顔で「お疲れ様」と声を掛けてくれた。
…この人も、実はキラキラ属性だな。格好の奇抜さを抜けば、かなりの美人だ。エリエスさんとは逆に自分の特性を態と殺している様な気がする。
「おちゅかれさまです」
「ほんっとに可愛らしいコックさんねぇ。ユーリちゃんみたいな可愛い子にだったら作業服作るのもとっても楽しいわぁ」
頭を撫でてくれる手も、瞳も、凄く優しい。カラフさんという人は実際は穏やかな人だと思う。特性を態と殺しているのは、この人なりの武装なのか。
「今日の分の着替えを持って来たのよー。明日には書類部隊のローブも出来上がるから」
「わぁ。ありがとーございます」
カラフさんから着替えの入った紙袋を受け取ってお礼を言うと、再び頭を撫でられる。
-鍛冶部隊のオカマ副隊長だぜ-
そんな中、食堂から嘲りの入り混じった声が聞こえた。声のした方にチラリと視線を少し向けると、騎士の格好をした人達が座るテーブルが目に入ってくる。
-あれで副隊長なんて、鍛冶部隊の奴等可哀想だよな-
-あの格好で取り入ってんじゃねーの?-
-うわ、無いだろ、それ-
-つーかさ、鍛冶部隊の服飾部門っつったか。ぶっちゃけ無用の長物だろ-
声を殺しているつもりなのだろうか。はっきり言って、丸聞こえもいい所だ。けれどそんな声に、他にも嘲笑混じりにカラフさんを見る人達が現れる。
そんな声に、表情はいつもと全く変わらないが頭を撫でてくれていたカラフさんの手が止まっていた。
-つーかさ、オカマ副隊長もだけどよ-
-…あのガキも何なんだ?-
-ここは託児所じゃねーし-
-コック服って、調理部隊じゃねぇか。は、堕ちたな、調理部隊-
って言うか、今度はこっちかい。私が言われるのは良いとして、何で調理部隊全体に矛先が向くかな。
あんな奴等に私の所為で他の人を馬鹿にされたのは非常に不本意だ。っていうか、凄く腹立った。
…うん、決めた。絶対に文句が言えない位には強くなってやる。
「アンタ達…っ」
だから、今は自分の事よりも私の事で怒りを露わにしたカラフさんを止めよう。出来る事は、今はこの程度だ。
ここでカラフさんが怒ったら、あんな馬鹿共の思うツボでしょ? 何でカラフさんが態々馬鹿共と同じ土俵に立ってケンカしなきゃいけないのさ。
「おねえちゃま、ご飯たべたー?」
「…っ」
「夕飯はね、たいちょとじーちゃがオムレツ焼いてくれるんだよー。焼き立てでね、とろーんでふわふわなのー」
カラフさんの服の裾を握って話し掛ける。この人は無視を出来ない筈だ。事実、カラフさんの視線は私に向けられてる。
さっきカラフさんの仕事を「無用の長物」なんて言った馬鹿がいるけど、短時間で私のコック服を作っちゃう様な部署が無用でも無能でもある訳が無い。きっと、人知れず様々な無理難題もこなしてきたんじゃないかな?
ああいう事平気で言えるなんて、自分で裁縫した事無いでしょ。雑巾の一枚でもカラフさんと一緒に縫ってみればいいんだよ。そうすればきっとカラフさんの仕事の凄さが分かると思う。
あんな馬鹿の言葉にカラフさんが惑わされる必要性はない。
「---おねえちゃまのお仕事は、とってもすごいの。誰にでもできることじゃないって、ボク、知ってるもん」
「ユーリ、ちゃん」
「おいしーご飯、食べていってね」
ニッコリ、笑顔を心掛ける。カラフさんから怒りがストンと落ちたのを見届けてから、アルフ少年を見る。いつの間にか厨房中の視線が向けられていたのは知っていた。
「にーに、ご飯いちにんまえよろしくなのー」
「カラフ副隊長、いらっしゃい」
ビシッとポーズを決めて言い、アルフ少年が爽やか笑顔で続いてくれたのを見て、カラフさんの後ろに回って配膳口まで軽く押していく。
「…参ったわねぇ。こんな若い子達に気を使われるなんて、アタシの立場無いじゃないのー」
「オムレツ、最高に美味いっスよ」
「ほっぺた落ちちゃうの」
「……ちょっとディルナン隊長、この可愛い子達どこに隠してたの」
「隠すか。そこのヤローは可愛らしい後輩が出来てようやっとまともになろうとしてるだけだ。ユーリは今日からだぞ」
焼き立てのオムレツをジャストのタイミングで焼き上げてきたディルナンさんにカラフさんがいつもの調子に戻って声を掛ける。
「ユーリちゃん、調理部隊に愛想尽かしたら鍛冶部隊の服飾担当部門にいらっしゃい。」
「う?」
「大丈夫、材料を加工して作品にするっていう所は調理と一緒よん。貴方ならバッチリだわ…って、怖い! 揃いも揃って本気の殺気を向けて来ないで頂戴ー!!」
なんか、同情的なスカウトが多いな。そして、カラフさんは一体何に怯えてるんだろ。配膳口の下に来ちゃったから見えないや。
その後、ご飯のトレーを手にしたカラフさんと別れて厨房に戻ると、何故だかシュナスさんに抱き上げられました。
「ちび助、お前のオムレツは特別にチーズたっぷりにしてやろうな」
「ふわー」
「…お前はホンットに可愛いな。よし、オレ達の飯の準備に行くぞ」
「あいっ」
待ちに待った食事に、思わず両手を上げて返事をしてしまった。…紙袋落としちゃった。
あの後、紙袋はシュナスさんがディルナンさんに投げ渡した。どうやら、朝の袋もディルナンさんが持っているらしい。
抜群のコントロールで軽々と投げるシュナスさんも、オムレツを焼きつつ殆ど袋を見もせずにキャッチしたディルナンさんも、場所的に大いにやる事が間違ってるのにカッコいいじゃないか。私じゃ絶対に出来ない芸当だ。
あぁ、でもオッジさんが恐ろしい程に二人に睨みをきかせてる。ゴメンナサイ。
夕飯はお昼に一緒に食べられなかった人達…シュナスさんと、オッジさん、ラダストールさんとディオガさんと一緒だった。
メインはナイフを入れたらとろり、口に含んだらふわーんな極上オムレツとザワークラウトっぽい付け合せ。
サブは…鶏肉(?)てんこ盛りのチキン(?)サラダ。お肉は全くパサつきなく蒸し上げられ、艶々と光を反射する色とりどりの刻み野菜の入ったドレッシングが美しい。…でも、お肉が八割と見た目からガツンとパンチがある。
それとシンプルな野菜スープ。シンプルだけど、食欲をそそる良い匂いを漂わせている。
内容だけならシンプルに聞こえるかもしれないけど、実際の一人前の量たるやかなりボリュームのあるメニューだ。まぁ、男の人ばっかの職場だもんな。バランスはとってもやっぱりボリューム重視だよな。
あぁ、美味しいご飯の前じゃさっきの嫌な出来事なんか塵に等しいわー。
「おいしいねぇ」
「ちゃんと好き嫌いしねぇで食えるのか。それでこそ調理部隊の一員だ」
オムレツは想像以上のお味でした。口に入れたらふんわり、とろとろ、じゅわーですよ。堪らんっ。
ザワークラウトは子供味覚にはちょっと酸味が強いけど、咽返る程じゃない。こってりチーズを利かせたオムレツの後に食べるとサッパリするし。チキンサラダのお肉と食べると酸味が和らぐし。
でも子供味覚、酸味はどうにか我慢出来ても辛い物はキツイかも知れない。
夕飯のメンバーは口数が少ない人達ばかりだけど、ほのぼのした雰囲気で食べ終わりました。
食事班と仕事班が交代すると、シュナスさんにくっついて仕事をする。
作業の終わった調理台の片付けと掃除。朝、アルフ少年に水道下に入れてもらっていたポムル箱が大活躍してます。
ディオガさんはアルフ少年に代わって食事の提供、ラダストールさんは洗い物。…この洗い物が凄い。水の魔術と風の魔術なんだろけど、手品みたいに食器や器具が乱舞してる。一見の価値があると思う。
途中でヴィンセントさんとバクスさんが食事に来て声を掛けてくれたので手を振っておいた。
「ふくたいちょ、この台の片づけおわったのー」
「………よし、合格だ」
「つぎ、こっちでしゅか?」
「そうだ」
確認をして貰い、次の台へ。調理台を綺麗に使っているから、片付けに変な手間は掛からない。
片付けがてら、器具や小物の収納場所や調味料の場所等を確認していく。人のいない、作業の殆ど無いこの時間でなければ落ち着いて出来ない事だ。
そのついでにオッジさんのオムレツの作り方の観察も怠らない。いつか必ず、私もふわとろ絶品オムレツを自分で焼いてやるっ!
その為には、材料とその大体の分量は基本中の基本。味は食べて覚える。後は、焼く技術と応用のセンス。これは自分で磨くしかない。そんでもって、私サイズの器具が必要だなぁ。
あ、色々チェックしたりしてますけど、片付けはしっかりやってますよ。
「ジジィ、あっつい視線注がれてんじゃねぇか」
「…ふん」
「じーちゃのオムレツ、美味しーの。ボクも焼けるようになりたいもん」
シュナスさんがからかって来てるけど、邪魔さえされなきゃ何を言われても構わない。
オッジさんは流石はベテランっていう感じ。変な言い方だけど、無駄も隙も無い。
簡単に熟してる様で、実は凄く細かい調整がなされている。ちょっとした動き、材料と調味料の加減、火加減、盛り付け、全てが見てるだけで本当に勉強になる。
「…技術ってのは、教えるモンじゃねぇ。見て盗むモンだ。好きに盗んでけ」
「あい!」
「ちっこいのはいい意味で貪欲だな」
そりゃそうだ。こんなチャンスを逃して堪るか! オッジさんだって許可してくれたもん。
…その内、色々書き溜める為のノートが欲しいなぁ。
片付けが粗方終わった所で食事班が戻ってくる。
「片付けはどこまで進んだ?」
「台の片付けもう終わる。明日の仕込みも順調に終わってるし、明日使う、出しとけるモンだけ出しときゃ終わりだ」
「「「「「「は?」」」」」」
ディルナンさんの問い掛けにシュナスさんが答えると、食事班が揃いも揃って耳を疑ってた。取り敢えず、もう使わないと思うポムル箱を片付けておこっと。
「ちっこいのが台の片付けで大活躍だ。一回教えりゃ収納場所は覚えるし、分からなきゃ確認する。台を見て少ないモンの補充も抜かりなく終わらせててな。その間に他の作業が捗った」
「ふくたいちょ、おわったのー」
確認して貰うべくシュナスさんに近付き、エプロンをつんつく引っ張ってみる。
「…だそうだ。チェックしてやれ、隊長」
シュナスさんがディルナンさんに片付けた台のチェックを回すと、抱っこしてくれた。
何故かディルナンさん以外の面々も一緒になってチェックしてるし。ドキドキするな。
「どうよ?」
「うん、大丈夫。ちゃんと綺麗になってるし、片付けも補充もしっかり出来てる」
「だろ。しかも、片付けながらジジイに熱い視線注ぎまくってたぜ?オムレツの作り方ちゃっかり覚えようとしてやがってな」
「どこまで予想の斜め上を行くんだ。…って、何でユーリを抱っこしてやがる」
「足元ちょろちょろされると蹴り飛ばしそうなんだよ」
蹴り飛ばされる!? それは、嫌っ!!
「副隊長、ユーリちゃんを怖がらせてどうするんですか」
「オルディマ、テメェ、ドサクサ紛れに!」
今度はオルディマさんの腕の中に入りました。ついでに頭も撫でられちゃったよ。
「オルしゃん」
「ふふ、何だいユーリちゃん」
オルディマさんは凄く癒し系です。思わず一緒ににへらーと笑ってしまったわ。
「ユーリちゅわーん、オレの腕の中に飛び込んでおいで!」
「何言ってんだ。オレのに決まってんだろ!」
「馬鹿野郎!オレだ!!」
「あははっ、何で三馬鹿にユーリちゃんが抱っこされなきゃならないんだい?」
「「「ぎゃーす!」」」
何だか三馬鹿トリオの兄さん達も参加しようとしたみたいだけど、オルディマさんに爽やかに笑顔で撃退された。「ぎゃーす!」って古くない?
「「「ならば、実力行使!!」」」
と、思ってたら、突撃してきた!? めげないんだ!!?
「「「させるか」」」
オルディマさんにへばりつくと同時にディルナンさん、シュナスさん、アルフ少年の声がし、くわわ~ん! といい金属の打撃音が厨房に反響して三馬鹿トリオの兄さん達が倒れ込んだ。
倒れた事で見える様になった三人それぞれが手に鍋やらフライパンやら麺棒といった思い思いの武器(?)を装備していた。ど、どこから出てきたの?
音の正体が鍋とフライパンだったのは分かったけど、どれだけの力で殴ったの??
「馬鹿野郎! 大事な調理道具でそんな馬鹿共殴るんじゃねぇ!!」
…だというのに、誰も三馬鹿トリオの兄さん達の心配をしない。それ所か、オッジさんの本格的な怒声が厨房とホールに響き渡った。