17 装備その2を手に入れた!
トレー拭き終えるのとほぼ同時にディルナンさんともう一人、細身で優しそうな雰囲気の、焦げ茶色の髪とディルナンさんよりも明るいライトグリーンの瞳のお兄さんが厨房から出て来た。
「…拭き終わったのか」
「あい。あとは運ぶだけなのー」
「本当に仕事が速いなぁ。…うん、トレーも綺麗に拭けてる」
少し驚いた風のディルナンさんに仕事の進捗状況を報告すると、もう一人のお兄さんがトレーを十枚ほど手に取って仕上がりを確認する。雑な仕事でやり直しじゃ意味が無いからきちんと拭いてますとも。どこを確認して貰っても構いません。
「初めまして、ユーリちゃん。ボクはオルディマだよ。呼びやすい様に呼んでくれて構わない」
「ユーリです。…オルしゃん?」
「”オルさん”か。了解したよ。さ、このトレーをセットして朝食にしよう。他のメンバーが用意しているからね」
「あい!」
オルディマさんって内心じゃちゃんと呼べるけど、この口が回らない。申し訳ない。そんでもってオルさん呼びを快諾してくれてありがとう。
拭き上がっていたトレーの山を幾つか重ねてディルナンさんが持つと、残りをオルディマさんが積み上げる。…え? ディルナンさんの倍近く量がありますけど??
「オルしゃん、ボクも持つの」
「お手伝いしてくれるのかい? じゃあ、これを頼もうかな」
私が持つって言ったら十枚分だけ渡してくれた。明らかに多すぎだよね、残り。私が持つって言った意味無いし。そう思っていたのに、オルディマさん、軽々と持ち上げちゃったー!?
「オルしゃん、重たいの!」
「ん?」
慌てて声を掛けたら、オルディマさんに物凄く涼しい顔でどうしたのかと見下ろされてしまった。ディルナンさんは私達を見て楽しそうに口角を上げている。
「ユーリ、オルディマはそんなナリして調理部隊一の怪力だ。腰にある万能包丁を両手に持って振り回すなんて離れ業を軽々とこなす位だからな。安心して持たしておけ」
「…オルしゃんが、一ばん?」
「持てない物があったら、オルディマに持たせれば間違いが無い」
あ、そうですか…。見掛けからはそんな風には全く見えなかったよ。
空いたテーブルを拭いてから二人に少し遅れてトレーを所定の位置に持って行ってセットして貰い厨房に入ると、奥の方の調理台の上に食事が用意され、簡易椅子がその周りに置かれていた。
湯気の立つ、やっぱり今日も美味しそうな野菜と鶏肉らしき物がたっぷり入ったクリームシチューとパン。テンション上がるわー!
「おー、目がキラッキラしてんなー」
「ほれ、座れー」
オッジさんとディルナンさんの間に連れて行かれると、そこには高さ調節の出来る簡易椅子。…まさか、特注品ですか?
「設備部隊、いい仕事してんな。丁度良いじゃねぇか」
シュナスさんの言葉で確定だよ。特注品来たー! …っていうか、どれだけ仕事速いのさ。食器然り、コック服然り、トイレ兼洗面所然り、幾らなんでも常識外の速さだよね。それともこれが北の魔王城じゃ普通の速さなの?
そんな事を考えていたら、ディルナンさんに抱き上げられて椅子に座らされていました。
「パンは昨日のだが、シチューは出来たてだ。冷めない内に食うぞ」
「あい」
ディルナンさんの言葉に他の面々が一斉に食べ始めるのを見て、慌ててスプーンを手に取ると「いただきます」をしてから食べ始める。腹が減っては戦が出来ぬって言うし。
一日経っていても、パンは相変わらずカリカリふんわりで美味でした。シュワ・パンナ、侮りがたし。可愛い外見からは想像もつかない良い仕事だよ。熱々、とろとろのクリームシチューもコクがあるのに全くしつこく無い。塩加減もバッチリ、野菜とお肉の下処理も文句無し。パンとクリームシチューの合わせ技は一本です。外のカリカリを砕いてクルトンの様にして食べても美味しいし、内側のふんわりとも相性抜群。
「美味いか」
「おいちーの、じーちゃ」
オッジさんが頬に付いていたらしいシチューをタオルで拭ってくれながら声を掛けてくれる。ちゃんとお礼も言いますよ。それにしても、皆様本当に食べるの早いし。そんなにじーっと見られると焦るよ。
「誰も取らねーからそんなに焦って食わなくて良いぞ」
「火傷するなよ」
…なんだか、珍獣扱いされてる気がしてきた。これは慣れて落ち着くまで我慢しろって事ですね。
「お前等、そんなにジロジロ見られてたら食いにくいだろ。コッソリ見ろ、コッソリ!」
ええぇぇー! すんごい堂々と開き直った人いるー!!
しかも、先の二人、「「なるほど!」」なんて物凄く納得しちゃダメだよっ。
「三馬鹿、黙れ。埋めるぞ」
「「「すいませんでしたー!」」」
食べながら心の中でツッコミ入れてたら、私の代わりにオッジさんが睨み付きでストップ掛けてくれた。それに即行で謝るって弱っっ。しかも、三馬鹿呼びに何も言わないって事は、常にその呼び名!? …よし、私の中でこの三人は”三馬鹿トリオ”に決定した。
「ユーリ、この三人には関わるな。馬鹿がうつる」
「「「ちょっ、おやっさん!?」」」
「あい…?」
「「「ユーリちゅわーんっ!!?」」」
…三馬鹿トリオはからかうには面白いかもしれない。オッジさんは至って本気で言ってるけど。
朝食を食べ終えると、ディルナンさんに「喉が渇いたら必ず直ぐに水を飲め」ってさっきの水場の棚にマグカップも用意された。可愛い猫さん柄のマグカップ。これも初めて見ますよ?
他の面々が朝食の準備に一斉に動き出す中、ディルナンさんに裏口の側に連れて行かれ、そこで野菜の仕込みの準備をされる。…これは、凄い量だわ。一体何人分を賄っているんだろう。分かるのは、明らかに百人単位では有り得ない事だけ。間違いなく千人単位だ。
今、私の目の前にあるのは玉ねぎ。その特大ケースが二ケース。置き場が無いだけで、外にもっと積んであるのを見た。ゴミ箱も特大サイズですね。
因みに、遅ればせながら靴を内外で履き替えなくて良いのかをディルナンさんに確認してみたら「いい」の一言で終了しました。何でも入り口に敷いてあるマットが清掃部隊と鍛冶部隊の特殊魔術による特別品で、踏むだけで洗浄の効果を発揮するんだとか。何でもありだね、魔術。
「午前中にやってもらうのはオル葱の皮むきだ。ケースの一つは簡易の台として使え。それとゴミ用のボールと、水を入れて少し洗う用のボールと、布巾だ。剥き方は今からやってみせるから覚えろ」
「あい」
玉ねぎイコールオル葱ですね。覚えました。
私の目の前でディルナンさんが腰の包丁を出すと見本を剥き始める。オル葱の頭を少し落として、少しずつ剥いでいって、最後に根の所でまとめて切り落とす。ん、記憶とほぼ一緒だ。私、玉ねぎは水につけて皮を柔らかくしてから剥くって教わったけど、ここではそんな事しないのかな?
「本当は水に晒してからの方が剥き易いが、量が多すぎてそんな場所も時間も無い。だから、魔術を使う」
考えていたらディルナンさんが包丁を布巾で軽く拭いてしまい、ケースの中に巨大な水の塊を作って放り込み、十秒位で持ち上げた!
「こうして水に浸すんだ。浸せば水が隙間無くオル葱の皮に沁み込む。…そっちのケースでやってみろ。水の出し方は昨日と一緒だ」
ディルナンさんのいきなりの指示に、取り敢えず行動に移す。
えっと、魔術の出し方は、イメージ。このケースに丁度入る大きさの水の玉。…これをケースの中に入れて、オル葱を十秒位浸して…取り出す。よし、出来た。
「それでいい。使った水はいらなくなったら不要と考えれば消える。消せなかったら水場か外に捨てろ」
水よ、消えろー…って、本当に消えたよ。
「ディルナンいるかー」
水に浸してしっとりしたオル葱を一つ手に取ってまじまじと見ていたら、食堂の入り口の方からディルナンさんを呼ぶ声。振り返ると、第一印象赤!な実に見事なマッチョマンがいた。赤い作業服に短く刈り込んだ髪も赤、目も赤。とっても暑苦しいです。
「来たか」
そのお兄さんを見るなり、ディルナンさんに抱っこされてホールに連れ出されました。…バタバタしていて危ないから仕方ない。でも、オル葱をそのまま持って来ちゃったよ。
ディルナンさんがホールに出ると、マッチョマンが入り口の封鎖を越えて来ていた。
「おはよーごじゃいましゅ」
「ユーリ、コイツは鍛冶部隊の隊長のジョットだ。武器作製の第一人者で、お前の包丁を作ってもらった」
誰か分からなかったけど、挨拶をしたらディルナンさんが紹介してくれた。
鍛冶部隊の隊長さんって事は、カラフさんの上司に当たる人か。
「ジョットだ。よろしくな。挨拶出来て偉いぞ、ユーリ」
「よろちくおねがいしましゅ」
噛みまくっていたら、ジョットさんが笑いながら少し手荒に髪を撫でてくれた。ジョットさんの手は、ディルナンさん以上に手の平が硬い。
「もう朝食を食べに来た第一陣が入り口に控えてて時間が無い。手短に頼む」
「まず、ユーリ。コイツ握ってみろ」
ディルナンさんが入り口を示しつつ促すと、ジョットさんが持っていた物を差し出してきた。ジョットさんの手には異様な程に小さい、少し変わった形の鞘の付いたペティナイフ。持ってみたら私の手にピッタリサイズで、凄く手に馴染んだ。持って来たオル葱に苦心しつつ鞘から抜いて確認した刃も…歪みなんて一切無くしっかり研ぎ上げられている。これはかなり良い包丁だな。
鞘を銜えて、エプロンでナイフを拭いてから、持っていたオル葱の皮を試しに剥いてみる。思った通り切れ味が凄く良い。刃がしっかりしてるから皮も簡単に引っ掛けられる。手が小さいからオル葱を中々思った様に動かせないけど、芯を抉るのも凄く簡単に出来た。これは凄い。まさか、この小さな体のサイズでこんな包丁を作って貰えるなんてっ。
思わずジョット隊長を尊敬の目で見上げると、酷く驚いた表情のディルナンさんとジョットさんがいた。
「こいつは驚いたな。刃の見方を知ってるのか」
「…オル葱の皮剥きに問題は一切無いな。それどころか、芯の取り方まで知ってるのか」
あ、しまった。いつもの癖でやっちゃった。
いきなり包丁扱えるなんて不審だよね、明らかに。
「良い目をしている」
「動き的に少しは身に付いている様だな。…お前の側で包丁の扱いを教えていた存在がいた可能性がある」
あれ? なんか、話の流れが思っていたのと違う方向に言ってる??鞘銜えてるから何も言えないけど。
「こいつは良い。苦労して作った甲斐があるってもんだ。お前さんならきちんと扱えるだろ」
「思い掛けない実力だな」
怪しむよりも、褒められてるってどういう事だ。助かったけど。
「そのペティナイフの鞘は、お前さんのポーチに取り付けられる。装備として持ってな」
話に付いて行けないでいると、ジョットさんが銜えていた鞘を取ってポーチの紐に鞘を合体させる。その間にディルナンさんに使ったペティナイフを奪われ、布巾で拭いてから鞘に収めてくれた。
「何の武器も持って無いのは心元無いからな」
「ありがたい」
私の武器として、このポーチに装備出来るペティナイフを用意してくれたらしい。武器になるのか、包丁が。そう思うと、小さなペティナイフが凄く重く感じた。
「それと、こっちのケースには牛刀と万能包丁、もう一本のぺティナイフも用意してある。もし他にも必要な包丁があったら順次用意してやる。それと使ってておかしかったら直ぐ調整してやるから言いに来い」
更に、ジョットさんが抱えていた黒い細身で小さなケースを渡してくれた。その中身を聞いて、思わずケースを抱き締める。私の、料理の為の包丁。
用事を終えたらしいジョットさんが時間を確認し、それで話を切り上げた。
「ジョットたいちょ、ありがとー。大事につかうの」
「おう、そうしてくれ」
自分の包丁に思わず顔が緩んだ。お礼を言うと、再びジョットさんに手荒く髪を撫でられた。おおぅ、首がガクガクしますよ。
「んじゃ食堂を開く。ユーリ、お前は戻ってオル葱の仕込だ」
「あい、たいちょ!」
ディルナンさんにも優しく髪を撫でられた。そのまま皮を剥いたオル葱を回収されつつ指示を出され、元気良く返事をした。
調理師の基本装備一式、揃った!!