16 初仕事は
「アルフ、”ヤツら”にやってポムルは残るか?」
「半分は大丈夫っス」
笑って誤魔化そうとしたけど、ダメでした。皆様から笑いを頂戴しました。アリガトウゴザイマス(泣)
ディルナンさんが笑い終わった所で昨日のお昼に配膳をしていた少年に声を掛けると、何やら切っていた少年が振り返って答える。
「三分の一をユーリにやってくれ。残りはお前が食べていい。それと、餌やりを教えてやれ」
「本当っスか!?」
ディルナンさんの指示に、少年の顔に喜色が浮かぶ。何か分からないけど、「ポムル」って言う食べ物をくれるらしい。…「ポムル」って、さっきヴィンセントさんが言ってた様な?
「チビ助、来い」
首を傾げていたら、作業を終えたらしい少年が包丁を置いてざっと片付けてから呼んできた。ディルナンさんに寝巻の入った袋を渡す様に言われ、渡してから近付いて行くと、少年から櫛形に切られたやけに大きなりんごらしき果物が渡される。それを見てヴィンセントさんの言葉に納得した。赤面してた所とポムルの色が一緒って事ね。
「ありがとー」
「オレはアルファイスだ。よろしくな」
「ユーリでしゅ」
あ、噛んじゃった。シュナスさんが噴出してる。くそぅ。
「アルフでいいからな。ちなみに”にいちゃん”でもいいぞ」
「…にーに?」
アルファイス改めアルフ少年の許可の下、呼んでみました。
…ちゃんと言えない私が悪いのは分かりますが、周りの皆様、揃いも揃って笑いを堪えるかのごとくプルプル震えるのは止めて頂きたい。
「隊長、良くやった!」
「もっと崇めやがれ」
「崇めるは無い」
「何でだよ!」
シュナスさんとディルナンさんが何やら漫才を始めちゃったよ。ま、いいか。折角だし、このりんごモドキ頂こうっと。思い切ってかぶりついてみたら、梨かと思う位にジューシーだった。でも、味はりんご。蜜たっぷりの、すごく甘くて美味しいりんごの味。
「おいしーねぇ」
「美味いな」
一緒に食べていたアルフ少年に笑い掛けたら、笑顔で返してくれた。…良く見ると、このアルフ少年も将来が楽しみな爽やか君だな。
「これ食ったら、チビ助も一緒に仕事するぞ」
「あい」
よし、食べたら仕事を頑張るぞ! って思ったのはいいけど。私が食べたりんごモドキ…ポムルよりもアルフ少年の方が倍の大きさがあったのに、少年ってば三、四口で食べちゃったよ。待ってーっ。
「そんなに焦ると喉に詰まるぞ」
一生懸命口に押し込んでいたら、アルフ少年にも笑われてしまう有様。情けない。しかも、濡れた布巾で手まで拭いてくれたし。いいお兄ちゃんだー。
何とか無事に食べ終わると、小さく切ったポムルの入ったボールを手にしたアルフ少年に厨房の裏口に連れて行かれる。
「今から、シュワ・パンナに餌をやる」
「…”しゅわ・ぱんな”?」
「見れば分かる」
餌やりって事は生き物だよね。何者だろう。
アルフ少年が裏口の扉を開けると、出て直ぐの所に何やらバットに入った黒っぽくて丸い物が六個転がっていた。
「コイツ等が、シュワ・パンナ」
アルフ少年の言葉に、思わず少し考えてしまった。この、丸いのが? バットの前でアルフ少年と共にしゃがみこむと、まじまじと観察してしまった。直径は三センチぐらい。マリモみたいに何だかモコモコしていて、太目の糸みたいな手? がついている。
「餌だぞ」
アルフ少年が声を掛けると、いきなりモコモコの中からくりくりの円らな目が出現した。揃いも揃って糸みたいな手をアルフ少年に差し出す。その手に小さく切ってきたポムルを乗せると、モコモコの中にあるらしい口に運んでむぐむぐ咀嚼し始めた。何だ、これ。凄く可愛い!
「ほあぁー」
「こいつらは日光浴させたり風に当ててやってからポムルなんかの果物を餌にやって水に一晩浸けて置くと、パンの発酵液を作るんだ」
このコらが酵母って事ですか!?
地球では中世にイーストは無くて、天然酵母だと恐ろしく手間と時間が掛かったって話を聞いた事あるけど、まさかの代用生物だよ。しかも酵母がこんなに可愛いとは、恐るべし異世界。
「しゅわちゃん、すごいのー」
「そろそろ食べ終わるから、次をやってみろ」
感心してたら、アルフ少年にポムルの入ったボールを渡された。
一つ目を食べ終えて「くれ」と言わんばかりに手を差し出してくるシュワ・パンナに一切れずつ渡していくと、同じペースで黙々と食べていく。
「面倒だけど、これも大事な仕事だから」
アルフ少年は面倒だと言うが、楽しいです。だって可愛いもん、シュワ・パンナ。
行動が揃ってる様で微妙にちぐはぐな所がまた可愛いよっ。あ、美味しそうに目を細めてるのがいる!幸せそうだねー。見ててほのぼのしちゃうねぇ。
お腹が一杯なのか、シュワ・パンナが「もういい」と糸の様な手で×を作る姿がまたいいなぁっっ。
「お、もう腹一杯みたいだな」
シュワ・パンナの動きを見て、アルフ少年がボールに少し残っていたポムルをいくつか私の口に放り込んでくれた。自身も残りを口にし、シュワ・パンナの入ったバットを持ち上げる。
「餌をやり終わったら、明日の発酵液を作る様に入れ物に入れて水に浸けてやるんだ。中に入るぞ」
「あい」
空になったボールを持ってアルフ少年に付いて厨房の中に戻ると、水道の側に洗って伏せられていた六つのジャムの大瓶サイズの容器に水を入れてからシュワ・パンナを一体ずつ入れていく。
「シュワ・パンナを入れてから水を入れると怒って発酵液の状態が悪くなるからな」
「しゅわちゃん、がんばると美味しいパンが食べられるのー」
「そうだな。…んで、この入れ物は、隣の棚に置いておくんだ。朝になったらまたシュワ・パンナをバットに出して、出来た発酵液を蓋をしてあのパン台に置いてから外に出して餌やり。色違いの蓋の入れ物があるから、毎日交代で使うんだ」
アルフ少年が言いつつ指し示した先の調理台には、確かに色違いの蓋の容器がありました。きっと今朝のパン作りに使ったんだね。
オッケー、一通りの流れを把握しました。ただね、一つ問題があってね。
「にーに」
「ん?」
「届かにゃい…」
問題を指摘したら、アルフ少年が固まっちゃった。そりゃそーだ。まさかの問題だよ。
「…よし、チビ助、水道の下に専用のポムル箱を用意しておいてやるからそれを台に使え」
少しして、アルフ少年が木で出来た踏み台代わりの丈夫そうな箱を用意してくれた。みかん箱ならぬポムル箱って言うのがウケるわ。
そのまま、アルフ少年について食堂のホールの準備を手伝う。この辺の仕事は余り違いが無さそうだ。体が小さいから、食堂がやけに広く感じる位で。
私が靴を脱いで椅子によじ登ってからテーブルを拭いて回る間に、アルフ少年が床にモップを掛けていく。
その内、アルフ少年がシュナスさんに呼ばれて厨房に行ってしまった。テーブル拭きが終わったので、テーブルの一つに放置されていた微妙に湿気の残っていたトレーを側にあった乾いた布巾で拭いていく。これが終わったらトレーを片付けて、テーブルを拭いて、次の仕事を聞けばいいよね。忙しそうだし。
「…おいおい、アルフ。お前よりもちまっこいのの方が仕事の手際がいいじゃねぇか」
「えぇ!?」
「ちゃんと周り見て動いてんぞ。お前がいなくても仕事見付けて働いてる」
何やら朝食の配膳の事で話をしていたシュナスさんとアルフ少年の声に顔を上げてみると、なんだか厨房内のメンバーから視線が向けられていた。取り敢えず、トレーを拭く手は止めずに笑ってみる。
「頑張れよ、”にーに”」
「気合入れて仕事しねーと追い抜かれるんじゃねぇか?」
アルフ少年の周囲がニヤニヤ笑ってからかう。楽しそうだな。
「朝食開始まであと半刻だぞ。各自、そろそろケリを付けねぇと朝飯食いっぱぐれるからな」
『了解』
そんな中、ディルナンさんの号令に全員が一斉に答える。朝御飯! 聞き捨てなら無い言葉が聞こえたよ。よし、手早く丁寧に仕上げるぞ!!