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別視点10 保護者の準備(ディルナン視点)

泣きじゃくるユーリがヴィンセントに医務室に連れて行かれるのを見送り、思わず髪を掻き毟る。ユーリの泣き顔が焼き付いて離れなかった。

それに、食堂中からチラチラと視線がウザイ。誰が好き好んで泣かせるか。


「ディルナン隊長…」

「…さっさとやる事済ませる」


バクスの声に苦い物を飲み込み、気分を入れ替える。明日の朝、医務室にユーリを迎えに行くまでに必ず用事を全て片付けておいてやらなきゃ何の為に泣かせたのか。


「トレーはボクが片付けておきますから、行ってあげて下さい」

「悪いな」


バクスの言葉に甘えて煩わしい視線を振り切り、オレ自身もさっさと食堂を後にした。







設備部隊に向かう途中に鍛冶部隊に寄り、ジョットの様子を覗きに行く。既にぺティナイフは仕上がっていた。小さな小さな包丁。よくぞ作ったもんだ。

明日の朝には一式揃えて調理部隊へ持って来て貰うのを確認する。

その途中、鍛冶部隊の隊員にエリエスに追加注文されていたらしいユーリサイズに調整された歯ブラシや櫛、小さなマグカップ等が入った紙袋を渡された。

ついでにカラフに声を掛け様としたが、カラフは出掛けていていなかった。服飾部門の隊員によれば、また出来上がったユーリの物を医務室に届けに行っているとの事だったので大人しく引き下がった。アイツはどうも苦手だ。


次に設備部隊に顔を出すと、今日は隊長のヤエトは休みだった。副隊長のルチカも獣舎の修理に借り出され不在との事。

取り敢えずユーリのサイズの寝具類や箪笥、机と椅子が必要な為、設備部隊の隊員にその旨を伝える。すると、食堂でユーリを見ていたらしく、あっさり理解を示された。

それ所か、高さ調節の出来る折り畳み式の椅子が既にシュナスから注文が来てるらしい。…あいつ、随分と仕事が速いな。夕飯の時もユーリ専用の食器が既に揃ってたし。

大体のサイズを確認し、明日の昼過ぎには仕上げてオレの部屋に運んで貰う様に頼む。


ユーリの調査の話も聞いてみたくて情報部隊にも一応足を運んだが、ヴァスも不在だった。







現時点で必ず必要な物の手配を終えた所で厨房に戻り、魔術でざっとコック服の汚れを落として前掛けを締める。髭は…今日はもうこのままでいいだろ。

厨房の状況を確認すると夕飯の配膳はある程度終わりが見えており、片付けも仕込みも特に問題無く進んでいた。

半数以上は既に仕事を上がり、今、厨房にいるのは副隊長のシュナスとベテランのオッジのジジイとオルディマのみ。このメンバーだからこそ滞りなく進んでいるとも言える。


「隊長、あのちっこいのはどうしたよ?」

「もう寝る時間だからな。そもそも寝る場所の手配をたった今済ませてきた所だってのに、ヴィンセントに任せる以外どうしろと?」

「…そりゃ仕方ない」


ユーリが泣くのを見ていたらしいシュナスが声を掛けてきたが、状況を話せば納得する。…またユーリの泣き顔がチラついてきた。


「で、調理部隊ウチなのか?」

調理部隊ウチと第二特殊部隊に書類部隊、医療部隊で週一の健診がてら応急処置の習得で話が着いた。とりあえず、仕込み専門で明日から使う」

「仕込みに専属が付くとなると、たとえちっこいのでも助かる。…それにしても、二大曲者隊長に気に入られるとはあのちっこいのもやるな」

「全くだ。ユーリにとってはかなり心強い味方だがな」


気を取り直し、此処に来た目的である肉の解体をするべく包丁を出して空いている台の前に立った。

隣の台でジジイと共に明日の野菜の仕込みをしていたシュナスがユーリの処遇を確認し、感心と呆れ半々の表情で感想を零すのを聞いて思わず同意する。


「あんなに小さい子をどこで拾ってきたんですか?」


大分少なくなった洗い物を魔術で勢い良く片付けつつオルディマが気になっていたらしい事を聞いてくる。

微妙にウンザリしながらもユーリを拾った経緯を再度話していくと、やはり見慣れた反応が三人から返ってきた。


「あんなちっこいのを、選りにも選ってあの『深遠の森』に置き去りにするなんざぜってー正気じゃねぇ。それかよっぽど性根の腐ったヤツとしか思えねぇ」

「置き去りにされたと決まった訳じゃないが、連れてったヤツが大層な趣味の持ち主なのは確かだな。子連れで行く場所では無い」

「『深遠の森(あそこ)』の、大の魔族を平然と捕食する様な魔獣がちっこいのを逃がす程甘い訳がねぇ。こうも悪意が見え透いてると胸糞悪くなるっつーの」


シュナスが心底不機嫌に吐き捨てる。『深遠の森』へ狩りに出るオレ達だからこそ、あそこがいかに特殊な土地で、どれだけ危険かを知っている。


「…だが、ユーリ様々だな。ユーリのお陰でかなりの大物を狩ってきた」


亜空間から大まかに解体しておいたリザイルの肉を取り出し、台に乗せていくと、シュナスとジジイの表情が変わる。


「リザイルか」

「あぁ、二体分だ。どっちもユーリを食おうとしていた所を仕留めた」

「肉質も脂の乗りも十分だな」


手を止めて肉を見に来たジジイが珍しく褒める様な言葉を漏らした。実際、ユーリと食べた肉はかなり上質の物だった。


「コイツとカフシェでかなり上等な肉料理を一食出せる」

「だな」

「今回のメニュー当番はオルディマだろ?」

「どうしましょうね。まぁ、考えてみます」


肉を前に、軽く話しつつ一気に処理をしていく。リザイルの脂は溶けやすい為、スピードが味を左右する。


「それにしても、別に仕込みは明日でも良かったんじゃないですか?隊長」


オルディマが食器の片付けを終え、包丁片手にオレの手伝いにやってくる。


「明日に持ち越すと、ユーリに付いててやれないからな」

「…そうですね。あんなに美味しそうに食べていた子が、隊長と離れるとなった途端に泣き出しちゃいましたもんね」

「人見知りはしないみたいだから、周りに慣れれば大丈夫だとは思うが」

「そうなんですか?」


話しつつも手は止まらない。オレとオルディマがユーリについて話しているのを他の二人も聞きつつ野菜を仕込んでいる。


「何せ初見でレツに全く怯えなかったしな。レツにも気に入られて、レツをベッド代わりに昼寝出来るんだ」

「「「…は?」」」

「ついでに、夕飯時にオッジのジジイと見つめ合った後に怖くないのか聞かれて「怖くない」と答えた挙句に超絶いい笑顔で「おじーちゃん大好き」だと」

「「痛っ!」」


ユーリの人見知りしない具合を説明する為にまずレツとの事を話すと、やはり三人も耳を疑う。

だよな、やっぱりコレが普通の反応で、ユーリが変わってるんだな。

ユーリとレツの姿に度肝を抜かれ過ぎたせいか、普通の反応が続いてやっと落ち着いた気分だ。


更に夕飯時の事を話してやると動揺のあまり、刃先が狂ったらしいオルディマとシュナスから声が上がった。ジジイはものの見事に硬直してる。


「チョイ待て。どんだけ大物だ、あのちまっこいのは」

「え? えぇっ!?」


包丁を置いて切った指を押さえつつ、シュナスとオルディマがまさかと言わんばかりの表情を隠そうともしない。

おいおい、いつもならジジイの一喝が飛ぶぞ。

まぁ、そもそもお前等はそんなヘマしねぇか。


「勘が鋭いのは確かだな。カラフを見た第一声が「おにいちゃま? おねえちゃま??」だった。

 因みにその場にエリエスもいたが、エリエスを全く見なかったし、そもそもエリエスと対面した時にはそんな事を一切聞きもしなかった」

「普通は逆ですね」

「だな。逆をやらかしてボコられた阿呆がウチにもいるからな」


他にもユーリの話をしていると、オルディマがオレも思った事を言い、シュナスが付け加えた。ちょっと待て。聞き捨てならねぇ言葉が聞こえたぞ、シュナス。


「あ?」

「アルフのヤツが配属されて暫くしてからだったか。お前が休みの時に、アイツ、つるっと口を滑らせてな。アルフを笑顔でボコった後に教育が足りねぇってオレがエリエス隊長に超笑顔で怒られた」

「元々エリエス隊長の気質は影で有名でしたけど、アレのお陰で完全に周知徹底された様なものですからね」


知らなかったエピソードをシュナスとオルディマから聞かされ、思わず本気で呆れた。

アルフが酷くエリエスに怯えてた理由はソレか。


「それにしてもレツの件もさる事ながら、ジーサンを「大好き」なんて言えるのはパネェな。怖がって大泣きする子供ガキしか見た事ねぇよ」

「オレもです」


肉を大まかなブロックに分けて処理を終えた所で、骨や筋と共に再び亜空間に収納していく。

オルディマの処理の終わったブロックも収納し、残っていた物に着手した。


「あ、隊長、すみません。血が止まったんでオレもやります」

「やれやれ、指なんざ切ったのは久々すぎて前がいつだったか今一思い出せねぇ。…ジーサン、いい加減しっかりしてくれや」


そのまま仕込みを続けていると、食堂のホールに人影が現れる。


「おーい、ディルナン隊長はいますかい?」


声に聞き覚えがあり視線を向けると、そこには水色の髪と瞳に青い作業着姿の実に寒々しい色合いの中肉中背の男---設備部隊の副隊長であるルチカ---がいた。

…必要な物は他の隊員に頼んでいるし、ルチカは設備設置のエキスパートだった筈だ。

この男が態々出向いて来る様な事は特に思い当たらない。しかも、オレを名指し。


「何か用か?」

「ヴィンセント隊長の注文があったもんで。調理部隊のトイレの一角に、子供用のトイレと洗面スペースを設置してやってくれって。エリエス隊長の許可はヴィンセント隊長が取って来てくれてますんで直ぐに工事に入れます」


用件を聞いて返って来た思い掛けない答えに、思わず目を丸くする。それは他の面々もだ。


「何でも普通のトイレに乗るのも大変な上に落っこちそうになっちまったそうでね」


笑みを含んだルチカの言葉に、シュナスとオルディマが噴出する。

何をしてるんだ、ユーリ?! 

…違うな。しっかりしてると見せかけて、やっぱり幼い子供だった訳か。


「んで、一応こちらさんにも許可を貰いに来た訳ですわ」

「頼む。…ついでに、洗面スペースにコレ置いてやってくれ」

「んじゃ、早速作業に入らせてもらいます。おーい、準備して始めるぞー!」


許可を出し、ついでにさっき鍛冶部隊で渡された紙袋を渡すとルチカが直ぐに動き出す。

これは、トイレ以外にも他の設備面も十分な注意が必要だな。


「トイレに落ちかけたって…どんなギャグだよ」

「…ちっちゃかったですもんね」


笑いつつも仕込みを再開させていた二人と共に、硬直が解けたらしいジジイもさり気無く笑っていやがった。

ユーリの話をしていたせいか、いつもよりも厨房の雰囲気が柔らかい。ジジイが笑ってやがる位だから気のせいでは無いだろう。




ユーリのいる調理部隊がどんな変化を起こすのか。我ながら非常に珍しい事に、明日が楽しみで仕方が無かった。

【補足説明】

 カフシェ…地球のバッファローに良く似た外見だが大きさは倍近く。角の攻撃が強烈で気性の荒い牛。赤身肉が人気。

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