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別視点07 寝た子が起きるその前に(ディルナン視点)

無事に所属部隊が決まり、泣き疲れたユーリは昼食後の満腹感も相俟って眠ってしまった。


「この後はどうするんです? ディルナン」

「寝たのは好都合だ。医療部隊に連れて行く」


今後の予定を聞いてくるエリエスに、まず次の行き先を告げる。


「健康診断ですか」

「あぁ。『深遠の森』にどれだけ放置されてたのか分からない上、この痩せっぷりだ。起きててぐずっても困るし、寝てる間に診察を受けさせた方がいいだろう」


オレの考えを告げると、エリエスが納得して頷いた。

ユーリなら聞き分ける気もするが、医者が好きな子供はいないだろう。


「そのあと、鍛冶部隊にユーリの包丁と仕事着なんかの発注をする。お前もここまではいた方がいいかもな」

「そうですね。書類部隊用のローブと文具一式も一緒に発注させて頂きましょう。あと、個人的にユーリに贈りたい物もありますし」


個人的に贈りたい物って、コイツ、何をやるつもりだ?

訝しい気もしたが、敢えて触れない方向で。

コイツを怒らせたりすると、後は非常に厄介な気がしてならないからな。

事実、逸話がいくつかあるのはオレでも知っている。







ユーリを抱っこして医療室に連れて行くと、エリエスがドアを開いた。


「ヴィンセント、いますか」


エリエスが部屋の主の名を呼ぶと、奥から白衣を纏った壮年の男が出てきた。

医療部隊隊長のヴィンセント。ロマンスグレーの清潔に整えられた髪とアイスブルーの瞳のベテランの医師だった。


「エリエス、ディルナン。お前達、よくここに顔を出せたな」


呆れ果てた表情と声音で言うヴィンセント。

その声は恐ろしい程に艶のある低音であり、城周辺の集落の女共曰く、腰に響く色気たっぷりの低音ボイスだそうだ。

だが、オレは過去にこの声に酷い目に合わされた。正直、無差別兵器としか思えない。


「…あぁ、あの外警部隊の阿呆ですね。ここにいるんですか?」

「バクスが治療して、安静を言い渡してから部屋に返した」

「それは良かった。いてもらっては困りますから」


そんなヴィンセントの言葉を、少し考えて漸く昼食前の出来事を思い出したらしいエリエスは実に麗しい笑顔で流した。

コイツの事だ。もしもあの阿呆が此処に居たのなら、平然と叩き出しただろう。

エリエスの性格をきっちり理解しているらしく、溜息を吐いて諦めたヴィンセントがオレが抱いていたユーリを見た。


「此処に来た理由はその子供か」

「よく分かりましたね」

「さっき飯を食いに行ったら、食堂が大騒ぎだったからな。可愛い可愛いって凄まじかったぞ」


既にヴィンセントの耳にもユーリの事は入っていたらしい。そうなると、隊員を介して全部隊に知れ渡るのは時間の問題かもしれん。

息子を育て上げた経験があるヴィンセントが気持ち良さそうに眠るユーリを見て表情を和らげる。


「で? 医務室に来る様な何かがあるのか」


オレに問い掛けてくるヴィンセントはユーリを見ていた時と違い、医者の顔だった。

ヴィンセントにユーリを連れて来た経緯を簡単に話すと、その表情がより真剣なものへと変化した。


「話は分かった。診察するからそこのベッドに寝かせろ」

「…付いていた方がいいか?」

「いらん。…何かあるのか?」

「この後、ユーリの仕事着なんかの依頼を鍛冶部隊にしなきゃならんから、ジョットとカラフを呼びに行きたい。可能であれば、寝てる間に採寸やら済ませてやりたいからな」


診察用のベッドに言われた通りに寝かせた所で離れても大丈夫か問えば、ヴィンセントに行けと言わんばかりのジェスチャーをされた。


「バクス、来てくれ」


代わりに医療部隊の副隊長の名をヴィンセントが呼ぶと、奥からバクス―――ヴィンセントと同じ白衣姿で紺色の短髪と青い瞳の、小柄で童顔だが実際はオレ達と同じ年頃の男―――が出てきた。


「何か問題でも?」

「子供の診察だ。今は時間も手も空いてるし、お前も見ておいた方がいい」

「もしかして、食堂で噂の?」


ヴィンセントの言葉に、バクスの瞳が輝く。

…そう言えばこの男、可愛い物好きで有名だったか?


「きちんと診ておくからさっさと行って来い」


何かを言うより早く、エリエスと共にヴィンセントに追い出された。

ユーリは大丈夫だろうな!?







心配しつつも鍛冶部隊に足を運ぶと、受付に立っていた隊員に隊長と副隊長を呼んでもらう。


少しして先に奥から赤い髪を短く刈り上げ、同色の瞳をした体格のいい男が出てきた。鍛冶部隊隊長のジョットその人だ。

一口に鍛冶部隊と言っても、武器・防具の作成に特殊生地を使用した仕事着の作成、特殊注文の作成と幅広く行っている。このジョットは武器作成の第一人者だった。


「おう、久しぶりじゃねぇか。ディルナン、エリエス」

「久しぶりだな。前の部隊長会議以来か?」

「お久しぶりです、ジョット」


普段余り顔を合わせる事も無いので、普通に挨拶を交わす。


「で? オレん所に来たのは噂のチビッ子のモンか??」


やはり噂はすっかり広がっているらしく、ジョットがニヤリと笑いつつ用件を切り込んできた。


「えぇ、話が早くて何よりです。今、カラフも呼んで頂いているんですが」

「安心しろ。食堂で話持ち帰ってきたヤツから情報入った時点でやる気満々だぞ、やつぁ」

「それは頼もしい。カラフには頑張って頂かなくてはなりませんからね」


エリエスが笑顔でジョットに言うと、ジョットが興味深そうにエリエスを見る。


「お待たせしてごめんなさいねぇ」


そこへ、ジョットとは別の場所から、ど派手に着飾った男が出てきた。

男だってのに、伸ばした金髪を結い上げてギラギラと飾り、琥珀色の目の周りを特に念入りに化粧をした上、動きやすくアレンジした女物の服を纏った「可愛いは正義よー!」が口癖の変人。

こんなでも鍛冶部隊副隊長にして、服飾作成の第一人者であるカラフ。


「噂のかわい子ちゃんはドコ!?」

「医務室だ」


ハイテンションで食いついてくるカラフに内心引きつつも、極力平常心で対応する。


「医務室ですって?! どこか悪いのっ??!」

「違いますよ、カラフ。丁度お昼寝に入りましてね。寝ている間に健康診断を受けさせようとヴィンセントに頼んで来たんです。とてもいい子なんですが、医者が好きな子供はほとんどいないでしょうからね」

「なぁんだ、良かったわ」


しかし、居場所を言った瞬間に恐ろしい勢いで迫られ、思わず顔を引き攣らせると、代わりにエリエスがカラフの対応に入った。

…コイツがいてくれて、マジで良かった。


安堵の息を吐くと、カラフの後ろでジョットのヤツ、オレを見て爆笑してやがった。

何でこんな変人が副隊長で平然としてられんだっ。


「それで、お二人には医務室に採寸に来て頂きたいんです」

「そーいう事ねぇ。アタシはいいわよん。話聞いて来ると思ってたから、任せられる仕事は他の子に任せちゃったしー」

「寝ている子供ガキを叩き起こす訳にいかねぇだろ。特別急ぎのヤツもねぇし、特殊な注文もねぇから問題ねぇ」


エリエスが同行を頼むと、二人があっさり了承する。


「それで、何が必要なのかしらー?」

「ジョットには包丁セットを頼みたい。特別サイズになるからな。カラフには調理部隊のコック服と寝巻き、下着の類を」

「私は筆記具と書類部隊用のローブを。それと、カラフ、貴方を見込んで頼みが一点」


入用の物を聞かれ、俺が先に、エリエスが続いて答える。

更にエリエスがカラフに何やら耳打ちして何やら用件を伝える。さっき言っていた『贈り物』とやらのことだろう。

エリエスの話を聞き、カラフが目を輝かせる。


「んまぁ!素敵じゃないっ!!そーいう依頼大好きよぅ、張り切って作っちゃうっっ!!!」


テンション最高潮で叫ぶカラフにジョットが目で何か聞いてくるが、オレも知らんと肩を竦めて返しておく。


「それにしても、第二特別部隊か?」

「あぁ。調理部隊だけに収めるには余りにも幼すぎて酷だから、エリエスに週一位で預ける事にした」

「…一体いくつだ?」

「分からん。『深遠の森』で記憶喪失の所を保護したから、守護輪が無けりゃ名前も分からなかったんだ。見た目は30になってるかどうかも怪しいって所か」


注文内容で大体の状況を把握したジョットと話す。この説明も今日で三度目か。

案の定、ジョットもカラフもまさかと言わんばかりに瞠目していた。


「ちょっ、ディルナン隊長、悪い冗談にも程があるわよ!?」

「事実だ。庇護者皆無、武器類は一切所持せず、魔術は最低レベルで使用経験あるかも怪しい上に適性が水属性だけの幼子だ。いつから放置されてたか知らんが、ガリガリに痩せ細ってリザイルに追いかけられて食われかけてた所に出くわしてな」

「…ありえねぇ」

「どうなるか分かんねぇが、取り敢えず『深遠の森』でも生き残れる様に仕込んでやるつもりで連れて来た。エリエスの許可取って仮入隊はさせたから、三ヶ月は見てやれる」

「そこらの新成人よりずっとお利口な子ですよ。礼儀はしっかりしてるし、きちんと話を聞けてこちらの言う事も理解出来てますし、分からなければ質問も出来ますし、頭の回転も速い。良い意味で子供らしくない子供ですね」


驚く鍛冶部隊の二人にオレとエリエスが言うと、二人がチラッと目を見合わせる。


「まぁ、お前等が変なモン城に入れるたぁ思わねぇがよ」

「会えば分かるわよねぇ」


素直な感想に、尤もだと頷く。

自分の目で見ていない物をそう簡単に信用出来る訳が無いのは理解出来る。オレだってそうだ。

そもそも、二人にとって確実な情報が幼子だという事だけの時点で何を信用しろと言うのか。


「そろそろ健康診断も終わるでしょうし、医務室に行きましょうか」


エリエスが笑って提案すると、鍛冶部隊の二人が採寸に必要な物を用意しに一旦場を離れた。

戻って来た所で、四人で医務室へと歩き出した。







「ヴィンセント、失礼しますよ」


エリエスを先頭に四人が医務室に入ると、何やらカルテに記入しているヴィンセントとバクスがいた。


「戻ってきたか」

「終わりました?」


声に振り返ったヴィンセントにエリエスが声を掛けると、ヴィンセントがベッドを示す。

そこには、点滴をされるユーリの姿があった。


「ヴィンセント!?」

「栄養失調と、脱水の気があったから念の為にだ。ディルナン、子供にしっかり水分を与えてないな?大人と違って子供は水分を多く必要とする。それを忘れるな」


驚きの余りヴィンセントを振り返ると、真剣な表情のヴィンセントに注意された。

何て事だ。甘える事をしない子供だと分かっていたのに、オレは馬鹿か。


「…他には?」

「……問題はあと一点だな。―――この子供、中性体だ」


ヴィンセントに他に問題が無いかを確認すると、とんでもない答えが返ってきた。他の三人も己の耳を疑う。


「中性体…って」

「よくもまぁ、こんな特殊な子供を『深遠の森』なんぞに連れて行こうと思ったもんだ。中性体なんて私でさえお目に掛かったのは初めてだ。まだの様だったから私から情報部隊に極秘で調査を頼んでおいた。ヴァスが担当すると言ってたぞ。後でお前の所へ追加情報を求めに行くかもしれん。だが、厄介だな。下手をすれば存在を消された子供だ」


中性体とは、百万人に一人生まれるかどうかの希少魔族。

幼少期は無性…性の象徴を持たない。成人して身体が出来上がれば男にも女にもなれるし、無性状態のままでもいられる。

それ故に貴族の家に生まれれば、通常以上に大切に育てられる筈だった。


ユーリを取り巻いていたであろう状況のきな臭さが一気に増したが、ヴィンセントが先手を打って情報部隊に、それも情報部隊隊長であるヴァスにユーリの極秘調査を依頼してくれたらしい。

やる事が一つ減ったな。


「目が覚めたら話を聞いてみようとは思うが、記憶喪失は心因性のものだろう。こんな幼子が『深遠の森』なんかに放置されてショックを負わない訳が無い。他は辛うじてだが問題なし。後はしっかり食わせて、しっかり休ませる事だな」

「分かった。…礼を言う、ヴィンセント」


取り敢えずだが、体調面での問題はないとの言葉に、一息吐いた。

ベッドに近付き、良く眠るユーリの頬をそっと撫でる。


「可愛らしい寝顔ですね」


エリエスも側に来てユーリの寝顔を眺める。

その言葉に、ジョットとカラフもベッドに近付いて来た。


「まぁっ、この子が噂の子ねっっ。やーん、ホントに可愛いのね!」

「…随分ちっこいな。名前は?」


側でユーリを見るジョットとカラフがそれぞれの感想を漏らす。好奇心が揃って見え隠れしていた。


「ユーリだ。二人共、頼んだ」

「任せて頂戴。最っ高にキュートな仕事着と寝巻きに仕上げるわよー」

「鍛冶部隊の腕の見せ所だな。明日までに必要最低限の包丁三本と筆記具、しっかり仕上げるぜ」


ユーリが可愛いというだけで更にやる気満々なカラフは勿論、ジョットもミニチュアサイズの実用品というのに職人魂に火が点いたらしく二人がそれぞれ必要な採寸をしていく。

点滴を物ともしないのは流石と言うべきか。


「ディルナン、このチビッ子は右利きか?」

「あぁ。右手でフォークを握ってた。仕込み専門の予定だから、ぺティナイフを優先させてくれ」

「ユーリちゃんの寝巻きと下着の生地は任せて貰ってもいいのかしらー?」

「ど派手なのはヤメロ。それ以外は任せた」


てきぱきと採寸しつつ、こちらにも必要な情報を聞いていく。無駄が無いな。

カラフも仕事面では変人では無いらしい。

採寸を終えると、二人揃って嬉々として医務室を出て行った。

早速作業に取り掛かるつもりなのだろう。


「ユーリちゃんが目覚めるまで我々はお茶にでもしましょうか」


鍛冶部隊の二人が去って暫くして、バクスが四人分の茶と茶菓子のクリルを持って来た。

そうだな、ユーリが目覚めるまで一休みしてもいいだろう。

置いてあった椅子に適当に座り、茶を飲む。エリエスも茶を飲み、茶菓子に手を付けていた。

ふと、クリルを見て好奇心が疼いた。


「ディルナン?」


クリルを見て企んでいると、エリエスがどうしたのかと声を掛けてきた。

それにニヤリと笑って答え、茶を机に置き、クリルを小さく割ってユーリの元へ行く。


何事かとヴィンセントとバクスも見てくる中、物は試しとユーリの顔に近付けてみる。




ばくっ!




恐らくは匂いを感知するまでの一瞬の間を置いて、見事に食らいついてきた!

オレの予想通りの反応に、ユーリの食べ物への反応を知るエリエスが噴出し、ヴィンセントとバクスが呆気に取られる。


こうしている間も、ユーリは眠ったままクリルと共にオレの指に噛り付いていた。

[補足説明]

魔族の年齢について…100歳が成人。外見年齢は15歳くらい。

主人公の現在の外見年齢は少し小さめの4歳設定です。つまり、ディルナン達にしてみたら、30歳より下位?な訳です。間違っていない(笑)


クリル:クッキーの一種

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