別視点06 糧を得よう 後編(エリエス視点)
本編08の主人公視点と内容がほぼ重複しています。嫌な方は飛ばして下さい。
「ごちしょーしゃま」
昼食を食べ終えると、ユーリが食べる時と同じ様に頭を下げました。
小さな口に食べ物を運び、咀嚼すると頬が膨れて。その姿はまるでティチスの様に愛らしく、とても美味しそうに食べる姿は実に幸せそうで、見ていて非常に和みました。
位置的にユーリが見えない他のテーブルの隊員達も態々見える位置に移動して見に来ていましたし。
本人は食事に夢中で気付いていなかった様ですが。
食べ終わり、味の余韻に浸っているのかぽんやりしているのがまた可愛いですね。
しばらくしてユーリが私とディルナンが微笑ましそうに見ているのに気付き、不思議そうな表情をしてコテンと首を傾げました。
…あぁ、こんな子が職場にいたら、無能な隊員達も少しは許せる気がします。
そんな事を考えていたら、周囲から「ごふっ」と咳き込む様な音がしました。
ざっと横目で見回すと、食堂にいた様々な部隊の隊員の七割方が口元を押さえています。昼食前の外警部隊の様に、ユーリの可愛らしさにやられて食事を噴出しかけましたか。鼻血を押さえている者もいるかもしれません。
「…ウチの連中ほぼ全員(悩殺された)か」
「…ウチもみたいです。むしろ、全部隊(悩殺されたん)じゃないですか?」
厨房の中を見たディルナンがぼそりと副音声付きで呟いたのを聞き、私もホールの状況を呟き返しました。
この北の魔王城では忙しさと華の無さに癒しを求める者が少なくない為、ネリアやティチスの様な小動物を部屋で飼っている者も結構な数いたはずです。
騎獣を持つ者の中には、騎獣の世話がストレス発散だと言う者もいましたね。
そんな私達を他所に、ユーリがディルナンの膝から椅子に滑り下り、更に床に滑り下りてディルナンを見上げます。
何事かと見守っていると、ディルナンにトレーを自分が持って行きたいとお願いしました。
お願いがお手伝いとは。どうしてくれましょう、この可愛らしい生き物。
思わず相好を崩してしまいましたが、ディルナンも似た様なものです。いいでしょう。
ディルナンが丁寧にトレーに皿を乗せて持たせてやると、ユーリが嬉しそうにはにかみました。
そんなユーリに、周囲では我慢できずに悶える者が続出しているのですが、落とさない様に集中してトレーを運ぶユーリはやはり気付いていませんね。
そんな一生懸命なユーリに、悶え終わった周囲が今度は固唾を飲んで見守っています。危なくない様ディルナンが付いて歩いているにも関わらず、拳を握っています。
百戦錬磨の隊員達が何というザマですか。
自分のトレーを持ってユーリに続きながら、周囲の隊員達の様子が余りにも可笑し過ぎて笑みを噛み殺すのに必死ですよ。
流石に返却口には届く筈も無く、ディルナンが代わりにトレーを置きましたが、無事お手伝いを完了したユーリに音を立てずに拍手喝采状態とは、器用な事しますね、貴方達。
そんな中、ディルナンが何やら厨房内とジェスチャーをしています。
何で返却口から見える所に調理部隊が勢揃いしてるんですか。
疑問に思っていると、いきなりディルナンがユーリを抱き上げました。
「ユーリ、中の連中に手を振ってやれ」
ユーリにそんな声を掛けるディルナンに、ユーリが心底不思議そうな表情をしています。
「う?」
「お前がいい食べっぷりだったから、気に入ったんだと」
そんな事を言って、ユーリに厨房内に向かって手を振らせました。
調理部隊の面々が揃いも揃って手を振り返す中、ホールから私に何やら「ずるい! オレ達にも!!」と言わんばかりの視線がビシバシ集まりました。
手を振り返してもらって嬉しかったのか、ユーリがへにょっとそれは可愛らしく笑えば、視線の圧力が更に強まります。特に、書類部隊。
良い度胸です。後で覚えてらっしゃい。
「…ディル、意地でも負けんじゃねぇ」
「当然だ」
調理部隊のベテランの言葉にディルナンが頷く姿に、トレーを返しつつディルナンに並び立ちました。
「こちらも譲れません」
調理部隊に宣戦布告をすると、ホールから歓声が上がりました。
「隊長、頑張ってください!」
「こっちにも手ぇ振ってくれ!」
どさくさ紛れに己の欲求を叫ぶ者がいますが、まぁ、いいでしょう。
「ユーリ、いらっしゃい」
ディルナンの腕に抱かれていたユーリをこちらに頂きました。
幼子の体は余りにも軽く、痩せ細っているのが感触から伝わってきました。『深遠の森』に放置されていて、よくぞ無事だったものです。
「あちらにも手を振ってあげて下さい」
ユーリをホールに向けて声を掛けると、それに応えてはにかんで手を振ってくれました。
これで、ユーリのファンが出来ているのはほぼ確実でしょう。
…それはいいんですが。そこの馬鹿、ユーリに変な姿を見せないで下さい! ユーリの目が穢れたらどうしてくれるんです!?
ユーリを抱いたまま食堂を後にし、適当に話の出来る場所に向かっていると、ディルナンに声を掛けられました。
「エリエス、お前仕事は?」
「大して問題ありません。私がいなければ何も出来ない部隊ではありませんから」
問題があるなら、とうの昔に戻っているに決まっているでしょう。
副隊長であるマルスは優秀な男ですから、困る訳がありません。きちんと話がつくまでは戻りませんよ。
「此処でいいだろ?」
ディルナンが言いつつ入った部屋は、小会議室。
部隊長会議で決定した事柄に対していくつかの部隊が関わる場合、その部隊長達が集まって話す為の部屋ですから人目を気にしなくてもいいですし。良い判断です。
入り口の側の椅子に三人がそれぞれ座り、所属部隊を決める前に既に決まった事を話す為にディルナンがユーリを見ました。
「ユーリ、お前が寝ている間に決まった事をまず説明する。分からなかったら聞いてくれ」
「あい」
前置きをすると、ユーリがディルナンを見上げて返事をします。可愛らしい返事です。
「まず、エリエスからの仮の入隊許可が出た。
エリエスはこの北の魔王城の書類部隊の隊長で、様々な申請はまずエリエスを通して仮の許可が出る。仮の許可を更に北の魔王城に存在する全十四部隊長の会議で議決した上で魔王様が認めれば正式な許可となる。
現時点では第一関門は突破した訳だ」
ここに入れた経緯を説明するディルナンに、コクコク頷くユーリ。
ディルナンが言っていた通り、人の話をきちんと聞けていますね。
「次に、お前の所属部隊の候補を挙げておかなきゃならない。
十四の部隊は大まかに内勤と外勤の二つに分かれるが、お前は間違いなく内勤だ」
「”ないきん”? ”がいきん”??」
次に、今ここで決めるべき事柄を告げれば、ユーリが素直にディルナンに質問します。
分からなければ聞け、というディルナンの言葉をきちんと実行出来ている。
「非戦闘系部隊が内勤、戦闘系部隊が外勤です。まぁ、戦闘の専門か否かですね。
但し、北の魔王城は少数精鋭でして、人員が最低限です。内勤であっても最低限の戦闘能力は必要ですが」
「…ボクも強くなれる?」
ユーリの質問に私が答えれば、ユーリが更に質問を重ねてきました。
自分の力量も、求められているレベルも理解出来ている。
これは、予想よりも遥かに頭の回転が速いという事ですね。
挨拶も出来てますし、確かに新人として働く為の要素が無いとは言えません。
「武器は何でもいい。魔術もありだ。…お前はチビ助だが、モノはやりようだ。食っていける様に仕込んでやるって言っただろ」
「そうですね。調理部隊は包丁が主ですし、医療部隊はメス等の医療器具や毒薬を扱います。書類部隊には紙を武器にする強者もいますよ。清掃部隊のモップや箒といった掃除道具に農作部隊の辛いアルグ爆弾、なんて際物武器もあるぐらいですし」
ディルナンがフォローするのを聞き、私も武器のごく一部を例として挙げました。
普通なら考えられない物も武器として成り立つ事を教えれば、ユーリの大きな瞳が真ん丸になりました。
…この子は一体どんな武器に辿り着くのでしょうかね。
「武器も鍛冶部隊にイメージを細かく伝えればオーダーメイドして貰える。だから、武力は後でゆっくり考えればいい。まずは所属部隊決めだ」
武力の話をまとめてディルナンが話を元に戻すと、ユーリが私達を見上げてきました。
「ボク、おいしいの作れるようになりたい」
全く迷いの無い様子で告げてくるユーリに、思わず待ったを掛けます。
「ユーリ、部隊の事を聞いてから決めた方がいいですよ? 内勤にも種類が」
「…あのね、ボク、自分の事何にもわからなかったけど、すごくお腹が空いてたのー」
何も聞かないのもどうかと説明しようとしましたが、自分の意思をしっかり持っている瞳に言葉が詰まりました。
「いっしょうけんめい食べられるもの探したよ。食べられそうにもなっちゃったけど、おにいちゃまにあえたの。んとね、森でおにいちゃまがくれた御飯、涙が出ちゃうぐらいおいしかったのー。だから、ボクも作れるようになりたいなぁ」
舌足らずで、語彙の乏しい所は年相応。
けれど、これだけ真っ直ぐな瞳をするとなると、私が何を言った所でその意思が簡単に覆るとは思えません。
丸め込むのも出来なくはありませんが、ディルナンが最大の障害になるのは確実。
これだけの子を逃さなければならないとは残念で仕方ありませんが、無理強いを出来るはずもありません。
「…決意は固いんですね」
思わず苦笑が零れました。
少し見ただけですが、この子は可能性に満ち溢れています。
この子なら、きっと部隊長会議までに実力を発揮出来るでしょう。そんな気がしてなりません。
「…なぁ、エリエス」
「何ですか?」
ユーリのこれからを思い、楽しい気分になっていると、ディルナンに声を掛けられました。
「ユーリの正式所属は調理部隊として、第二特別所属に書類部隊は可能か?」
ディルナンから思いがけない提案が出てきました。
人員が必要最低限の北の魔王城において、特殊技能を持つ者が必要時に所属以外の部隊に手を貸す為に第二特別所属として別部隊にも登録する制度。
それが何故ここで出てくるのです?
「ユーリはチビ助だ。色々なハンデがあるのはどうにもならない。睡眠だって充分に取らせる必要がある。この辺の条件と賃金は正式決定したら考えてやらないとマズイな。
ウチは内勤でもキツイ部隊だ。だから休みとは別に、週一でいいから預かってくれないか? 集計位なら、教えてやれば出来るだろ」
ディルナンが提案した内容は尤もで。
調理部隊が内勤部隊でありながら外勤部隊に勝るとも劣らない戦闘要員として数えられるハードな部隊なのは周知の事実。
そして同時に調理部隊と書類部隊、全く系統の違う部隊の仕事をこなせる素質有りと認められれば、この子にとって有利に働く面が必ずあるでしょう。
この男、本当に抜かりありませんね。
「そうですね。それは、必要かもしれません。…ユーリ」
「あい」
それに、ユーリが体を壊しては大変です。私としてもユーリが書類部隊に来てくれたら、心穏やかに仕事が出来る日が出来るという事で。
集計だけといっても数が多いですから、やってくれるのならば人手が他に回せる利点があります。迷う必要はありません。
ユーリを呼べば、ユーリが可愛らしく返事をしてくれました。
「週に一日、書類部隊に来ませんか? 美味しいお菓子を用意しますよ。簡単なお仕事を一緒にいかがでしょう」
「あい。…いっしょにお仕事、しましゅ。ありあと」
微笑んで提案すれば、ユーリの瞳に涙が浮かび上がりました。
この子は、私達の提案の理由をしっかり理解しているのですね。泣き出してしまった所は実に子供らしいですが。
ひぐひぐ嗚咽に詰まりつつもきちんとお礼を言い、頭を下げるユーリは本当に聡い、いい子です。
「取り敢えずは仮だが、よろしくな」
「正式な許可を貰える様に頑張りましょう」
ディルナンがユーリの顔をタオルで拭いている横で、そっとユーリの頭を撫でました。
中々ユーリの涙は止まらなかったですが、その涙の理由が悲しみでは無いので、私達が慌てる事も気まずくなる事も無く、穏やかな気持ちでした。
[補足説明]
ティチス:手の平サイズのハムスター。頬袋を膨らませて食事をする姿が可愛いと人気の愛玩動物の一種。性格は大人しく、昼寝好き。