別視点05 糧を得よう 前編(エリエス視点)
本編07の主人公視点と内容がほぼ重複しています。嫌な方は飛ばして下さい。
城門の衛兵の行方を誤魔化した後、ディルナンの腕から下ろされた子供が城門の方へ走っていきました。まぁ、大人の話なんて聞いてても退屈でしょうしね。
「それで、ディルナン。あの子は一体どうしたんです?」
「…『深遠の森』で、魔獣に食われかけてたのを保護した」
子供連れの理由をディルナンに問い掛けると信じられない答えが返ってきました。
耳を疑ったのは私だけではなく、外警部隊の面々も息を呑み、耳を疑っています。
「肉を狩りに行ったら、獲物に追われて来てな。落ち着いてから周囲を探ったが、庇護者の気配・魔力共に皆無。ガリガリに痩せ細って、なのに飯が小鳥の餌レベルしか食えなくなるまで放置されてた。ショックがデカすぎたせいか、何も覚えていない。守護輪がなきゃ名前さえ分からなかったしな」
「『深遠の森』にあんな幼子を放置なんて、そんな事が…」
「連れて来る前に魔力測定したら、魔力は最低ランク。唯一まともに扱えるのは、水系統だけだった。決定的な攻撃力の無い子供をあんな場所に残す訳には絶対にいかなかったから連れて来たが、状況から見て東のお家騒動の被害者が一番有力だろ」
詳しく説明して下さるディルナンですが、いくら隊長格の言葉であっても「はい、そうですか」と鵜呑みにする訳が無いと分かってるでしょうに。
「………刺客だとは考えられない?」
「最初にオレが名乗ったが、北の魔王城の役職持ちに反応ゼロ。むしろ首を傾げてたな。他への警戒心もゼロ。心配になる位他を疑うって事を知らん。何よりあのレツが一切警戒せずに初見でなついた」
当然の疑問を口にすれば、すらすらと淀み無くディルナンから答えが返ってきました。
北の魔王城の隊長格はいい事ばかりではありません。嫌でも他人の汚い面も知らざるを得ませんし、見る目は鍛えられています。
ここに来るまでにいくつもの篩に掛けて、丁寧に可能性を潰して連れて来ているという事ですね。
ですが、門の方を指差して何を見ろと言うのでしょう。
怪訝に思いつつも大人しく振り返り、耳に続いて目まで本気で疑いました。
ディルナンの騎獣のレツは北の魔王城でも有名な猛獣です。主人と限られた者しか近寄る事さえも許さない程に気性が荒いですからね。
元々タイガスという魔獣自体、獰猛でありながら賢い孤高の希少魔獣。嘘など簡単に見抜きますし、タイガス相手に嘘を吐いた愚か者とは言えレツがその牙にかけた犠牲者は決して少なくありません。
そのレツが、話題となっている子供を己の腹にさも大切そうに抱いて横になるなど有り得ないでしょう!子供も何でレツの腹で安心しきって眠ってるんです!? レツは猛獣ですよ!!?
「ユーリがどこの子供か調査は必要だと思う。だが、警戒は不要だとも思っている」
「…騎獣部隊が見たら、絶叫して錯乱しそうな光景ですね。あのレツが子供を抱っこですか」
「安心しろ。ユーリに褒められたらデレデレになる悪夢の様な光景をオレは見て帰ってきた」
「で…っ!?」
「気性が荒く、誇り高い孤高の希少魔獣が形無しだった。ネリアの如く喉を鳴らしてじゃれついてユーリを押し倒した時は自分の目を本気で疑ったからな」
何よりの篩だろ? と暗に告げるディルナンですが、目の前の光景があってもその言葉を信じたくは無いです。
ですが、遠い目をする様子にディルナンが相当なダメージを受けたのは容易に知れますね。
思わず肩を叩いて慰めていました。
「…ユーリは子供なんだが、あの子は聡明すぎる。記憶が欠如してる事を冷静に受け入れられる位に。守護輪を与えられる家格にあって、自分の身の回りを自分で片付ける事も身に付いているし、人に世話をしてもらう事を当たり前としていない。そのせいか甘える事を知らないし、自分で出来なければ諦める事を知っている節がある」
「あんな幼子が?」
「他人に何かをしてもらったら礼を言うし、分からなければすぐに質問する。成人して働く様になれば当たり前だが、あんな幼子にそれが身に付いてるんだよ。何よりも人の話をきちんと聞くし、理解も出来ている。喋りだけは年齢的にどうしても舌足らずな部分があるが、言ってる事は分かるし上等だろ。もし魔術で子供に化けているにしても、オレやお前とユーリの魔力差じゃあ誤魔化しきれないから白だ。総合して、北の魔王城でも働けると判断した」
「……ディルナン、貴方はユーリを入隊させる為に連れて来たというのですか」
逸れてしまった話を元に戻し、連れて来た理由を語るディルナンに驚かされ続けています。
全く、ここまで私のペースを崩して下さった方は稀有ですよ。
周囲に至っては情報処理が追いつかず、ざわめいていますし。
「周りの集落にユーリを任せるのは簡単だ。だが、魔力が最低ランクだと遅かれ早かれ知られる事になる。集落の連中は人は良いが、ユーリを大切にしすぎてあの子の可能性を潰しかねない。賢いが故に、ユーリは育ててもらっているという意識が邪魔をして何も言わない可能性が高いのもある。ならば条件を色々付ける必要はあるし、チビ助に仕事は相当きついとも思うし、小遣い程度の賃金にしかならないのは確実だが、オレの手元で可能性を広げてやりたいと思った」
「本気ですか」
「少なくとも、『深遠の森』で単独でも逃げ延びる位は仕込んでやりたくてな。ユーリを取り巻いていた環境は子供であってもこれっぽちも優しくなさそうだ。責任なら全てオレが取る」
ディルナンは言いたい事を言い終えたのか、黙って私を見詰めるだけになりました。
確かにディルナンの言う通り、客観的に状況だけで見てもあの幼子に課せられた状況は過酷なものだと思います。己の身を守れる様にしてやりたい、というディルナンの気持ちも分かります。
ですが、身元が分からない者を無闇矢鱈に置く訳にはいきません。
それに、常識的に考えて幼子に仮入隊させるなど論外でしょう。
情報部隊へ子供の素性を調査依頼して家が判明し次第、子供をその家に返すべきです。北の魔王城は託児所ではありません。
…だというのに、期待したくなる何かがあの子供にある気がしてならないのです。
ここで仮入隊の許可を出すのはとんでもない博打でしょうね。本来、私は感情で動いてはならないんですが。
思わず溜息が零れてしまいました。
「いいでしょう。私の権限で、仮入隊の許可は出します。けれど、あの子供…ユーリが採用決定の部隊長会議までに何らかの素質を、目に見える形で他の部隊長達に示せなければ、正式採用の可能性は一割にも満たないと思っていて下さい。そして、ユーリの行動に於ける全ての責任はディルナン、貴方に行きます」
「構わない。全部覚悟してなけりゃ連れて来ていないさ」
この冷静な男が全責任を負ってまで庇護を申し出る子供です。
私が抱いた微かな期待にも応えてくれるかもしれません。
「…貴方がそう言うのであれば、余程見込みのある子なんでしょうね」
「それもあるが、ユーリは可愛いから見てて癒される。あの殺伐とした戦場の様な厨房に癒しを求めて何が悪い? むしろ、あのクソ野郎共もユーリを見てちっとは丸くなれってのが本音でな。新人のガキも下が出来れば少しは引き締まるだろ」
「それはまぁ…気持ちは分らなくも無いですが。本音はソレですか」
「見てれば分かるさ。…理解しても他にはやらんからな」
「ウチにも癒しは欲しいんですが。レツじゃなくてぬいぐるみと一緒に寝ていたら本当に可愛らしいと思いますし」
「誰が渡すか。ウチに置く為に連れて来たんだぞ」
「他人の物ほど欲しくなるのは定石でしょう?」
それにしても、本当の理由がソレですか。…確かに見れば見る程可愛らしい子供ですよね。
男ばかりの殺伐としたこの職場のオアシスになるのはほぼ確定的かもしれません。
今度、本当にぬいぐるみを贈ってみましょうか。
ディルナンと話をしていると、いきなりレツが鳴き声を上げました。
ディルナンが何事かとレツを呼びます。
ぐーーーぅ
ディルナンの声に少し遅れて、何かの音が鳴り響きました。
それを聞くなり、ディルナンが城門の時計塔に目を向けます。…正午ですね。
「…くっ、はははははっっ! 寝てても本当に正確だな、ユーリの腹時計は!!」
時間を確認するなり、爆笑してディルナンが音の正体を明かしました。ユーリのお腹の虫ですか。元気一杯ですね。
「おや、これは大変ですね。どこに所属するかは後にして食事にしましょうか」
「御飯」
昼食の時間帯ですし、食事を提案すると、ユーリがぐずりもせずにレツのお腹からむくりと起き上がりました。
どうやらこの子は御飯が大好きな様ですね。
「書類部隊には行かねーと思うぞ。ユーリが興味を持つのは食い物だ。飯の一言で起きる位に」
ディルナンが牽制して来ますが、対処の仕様はあります。
「では、毎日美味しいお菓子を用意しましょう」
ぐーぎゅるり
押さえるべきポイントは間違って無かった様ですね。
ユーリのお腹が素直に反応しましたし、ディルナンの微かに苦虫を噛み潰した様な表情からして有効です。
周りにいる外警部隊の面々はそんなユーリの素直過ぎるお腹の虫に笑ってますよ。
「おにいちゃま、お腹空いたの」
そんな中、ユーリがお腹を抱え、ディルナンを上目遣いに切なそうな表情で見上げて空腹を訴えました。
…何ですか、この可愛らしさはっ!? 今までは私の騎獣のフィリウスが一番愛嬌があると思っていたのですが、ユーリはそれを上回っています。
私とした事が思わず「これは…」と呟いてしまいました。
ですが、周囲の外警部隊の面々に至っては鼻血を堪えて鼻と口を手で押さえている位ですから、私はまだマシなのでしょうか。
比較対象が非常に微妙かつ不本意なのですが。
それにしても…
「”おにいちゃま”、ですか」
「あい。おにいちゃまって呼ぶと御飯くれるのー」
衝撃を受けた気になる一言を口にすると、ユーリが情報をくれました。
ディルナン、貴方という人はこんな幼子に何を教えているのです!? 確かに可愛らしいですが。
しかし、それを食事で釣って言わせているなんてうらやまs…ではなく情けない。
思わずディルナンを睨みつけると、周囲も一緒に睨んでいました。
「お兄様だろうが。コイツ最初は”おじちゃん”呼ばわりしたから、修正した」
ですが、続いたディルナンの言葉に思わず噴出してしまいました。
確か、私とディルナンは幾つも違いませんが、私の方が年上だった筈です。
まだ”おじちゃん”とは呼ばれたく無い気持ちは分かりますが、この子の押さえポイントである食欲を利用してまで修正するとは、意外とこの男、愉快かもしれません。
今まで仕事でも接点など無きに等しかったですからよく知りもしませんが、今の所嫌いではありませんよ。
笑っていたら、ディルナンがユーリを抱っこしていました。
少し遅れてディルナンを見上げて「う?」ってまた、反応が可愛いですね。
「腹減ったんだろ? お前の足じゃ飯まで四半刻はかかるぞ」
「お願いします」
ディルナンがユーリに言って聞かせると、ユーリが即頭を下げました。
あぁ、この子は本当に食欲に素直なんですね。
思わず笑うディルナンに釣られてしまいました。
手早く仮入隊許可と入城許可の手続きを終わらせ、城門と共に城の守護結界をくぐりました。
食堂は当然ながら城の中にあります。騎獣のレツは城には緊急時以外は入れませんから当然専用獣舎に戻るんですが…一体、この光景は何なんですか。有り得ないです。
レツを獣舎に連れて行く外警部隊の騎士達も頬を引き攣らせていますよ。
ユーリと離れるのが寂しいと言わんばかりに項垂れるタイガスのレツ。そんなレツにユーリが「またね」と手を振った途端に機嫌を直してぶんぶん尻尾を振って応えています。
ただ一人、ディルナンだけが平然と城内へ歩き出すのに気付き、それに続いて歩きますが、先程の信じがたい光景が目に焼きついて離れません。
ディルナンがさっき遠い目をした理由が良く分かりました。
食堂に着く頃にはどうにか落ち着きを取り戻しました。
昼休憩の今、様々な部隊の隊員が溢れる食堂で醜態など晒せません。
座席の空きが一ヶ所だけなのを見て、ディルナンとユーリに先に食事を取りに行く様に勧めました。
幼子に空腹を強いるのは可哀想ですからね。
空いていた席に座って食事を取りに行く二人を見守っていると、配膳口でディルナンが何やら声を掛けられていました。
例のあの少年がディルナンがビシバシ育て上げている最中の新人君ですね。
厨房にいた他の面々がユーリに気付いたらしく目を丸くしていますが、少年だけは気付いていません。目の前にいるというのに。
そのまま言葉をいくつか交わしていたのですが、
ぐーぎゅぐーぎゅ
ユーリのお腹の虫が「早くしろ」と盛大に抗議しました。
少年がようやくユーリに気付き、まるで珍生物を見付けた表情を浮かべる姿に思わず笑いが零れましたよ。厨房からは囃す様な口笛が上がってますし。
その音はホールにも鳴り響き、何の音かと食事中の面々が音のした方を見てユーリを見付けた様です。
当のユーリは話の邪魔をした事に申し訳なさそうな表情で小さな体を更に小さくしています。
ディルナンが何か指示を出すと、少年が慌てて食事の用意を始めました。
食事を受け取ったディルナンが此方へ歩いてくると、その左腕に抱き上げられているユーリに注目が集まっていました。
テーブルに着いたディルナンと入れ替わりに立ち上がり、先に食べておく様に言い残して配膳口に向かいました。
「あ、エリエス隊長、お疲れ様です!」
配膳口に着くと、少年に声を掛けられました。それに「お疲れ様です」と返します。
「エリエス隊長さんよ、あのちっこいのが新人ってのはマジか?」
少年が食事の用意をしていると、調理部隊の副隊長であるシュナスが声を掛けてきました。
「仮隊員ですが、本当ですよ。正式に隊員になるのはある意味、隊長になるよりも大変でしょうがね」
「そうか」
「…ですが、私個人としては期待しているのですよ。あの子ならやってくれそうな気がするのです」
尤もな質問に答えつつ、個人的見解も付け加えると調理部隊の面々が目を丸くします。
まぁ、珍しい事だと自分でも思いますよ。
「エリエス隊長さんにそれを言わせるか」
「えぇ、中々に楽しみな子ですよ。ディルナンが素質ありと認めて連れて来た子ですから」
丁度食事の準備が出来上がった事もあり、そこで話を切り上げて食事のトレーを手にテーブルへと戻りました。
すると、そこにはお腹の虫が鳴ったままフォークを握って食事を凝視するユーリの姿。
「おや、ユーリ、”待て”と言われた騎獣の様になってどうしたんです?」
思わず立ち止まって声を掛けましたが、全く反応がありませんでした。
代わりに、ディルナンが苦笑して口を開きます。
「早く座ってやれ。お前を待ってたんだ」
「…え?」
思いがけない言葉に、耳を疑って問い返しました。
”私を待っていた”と聞こえた気がしましたが…。
「一緒に食べたかったらしい」
ディルナンが更に代弁するのを聞き、目を瞠りました。
私と一緒に食事がしたくて食べるのを懸命に我慢して待っていてくれた者など、働き出してから一人たりともいませんでしたよ。なんて健気な子供でしょうか。思わず頬が緩んでしまいました。
あぁ、今の私はとても締りのない顔をしているでしょうね。
「大変お待たせいたしました、ユーリ。じゃあ、食べましょうか」
「いたらきます」
声を掛け、ディルナンとほぼ同時にフォークを持つと、ユーリがぺこりと頭を下げて食べ始めました。
礼儀正しく挨拶も出来るなんて、本当になんていい子でしょう。