08 糧を得よう 後編
「ごちしょーしゃま」
昼食を終え、食後の挨拶をする。
凄いよ、魔王城。半端なく御飯が美味しい。
フランスパン風の丸いハード系のパンは外はカリカリ、中はもっちりで単体でも美味しいが、バターやジャムを付けたら更に美味しい。
クリーミーなコーン(?)スープは粒たっぷりだし、スープの口当たりも味付けも申し分無し。
鶏肉のソテーは塩・胡椒に微量のバジルで味付けて皮はパリッと肉はジューシーに焼き上げられ、仕上げに乗せられた色鮮やかな赤と青の焼きトマトが爽やかな酸味と甘味を、溶けた濃厚なチーズがコクと旨味を与えていた。
サラダは特製ドレッシングが野菜の味を引き出し、更に美味しく引き立てる。
使っている食材は地球の物と違うかもしれないが、味はよく似ていた。
どの食材も新鮮で良い物なのは勿論の事、料理に妥協等一切無く、作り手の技がキラリと光る。
彩りも美しく、正に見事の一言に尽きる。
そして、然り気無くディルナンさんが切り分けて食べやすくしておいてくれた。
これだけ気遣い出来る男の人、しかもイケメンとくれば「惚れてまうやろー!」って言いたくなるね。
でも、私はこの御飯にフォーリンラブなんだ。ゴメンよ、ディルナンさん。美人なお姉さんを見付けてね。そして、私に目の保養をさせておくれ。
そんな事を考えながら食事の余韻にうっとり浸っていると、目の前に座ってるエリエスさんが微笑ましそうにこっちを見ていた。
何かあるのかとディルナンさんを見上げると、エリエスさんと同じ表情で私を見下ろしていた。
二人共、とうの昔に食べ終わってたみたい。
え、もしかして私が食べてる所をずっと見てたの? でも、そんな表情されるのは何故だ。
意味が分からず首を傾げれば、周りから「ごふっ」と咳き込む様な音が聞こえた。
そっちを見れば、口元を手で押さえる人達がちらほらと。
…私はそんなに可笑しいですか。
「…ウチの連中ほぼ全員か」
「…ウチもみたいです。むしろ、全部隊じゃないですか?」
ボソリと怖い事言うね、ディルナンさんとエリエスさん。
私はそんなに多くの人の笑い者なんですか。ショボン…。
食べ終わったし、このまま笑い者は嫌なので、気を取り直してディルナンさんの膝からずり下りた。
椅子からもずり下りて、どうしたのかと見下ろしてくるディルナンさんに、今度は空のお皿のトレーだからと主張してトレーを持たせて貰ったよ。
返却口に届かなかったからそこだけはディルナンさんにお願いしたけど、お手伝いしたもん。情けなくて目から汗が出そうだった。
黄昏てたら、体がフワッと浮いた。
あれ、また抱っこですか? ディルナンさん。
「ユーリ、中の連中に手を振ってやれ」
…何故に?
意味不明なディルナンさんの言葉に厨房を見ると、すぐ近くの見える所にコックさん勢揃いしていらっしゃるよ!
「う?」
「お前がいい食べっぷりだったから、気に入ったんだと」
あの笑いはそんな理由なの。…まぁ、お客さんが美味しそうに食べてくれたら嬉しいのは分かる。
手を振ればいいんだね。
おぉ、振り返してくれるよ。
厳つかったり、怖そうな外見でも優しそうな人達だ。嬉しくて顔が緩むわー。
「…ディル、意地でも負けんじゃねぇ」
「当然だ」
なんか、恰幅の良いマフィアのドンっぽいじいちゃんがディルナンさんに念押ししたよ? 何だろ。
ディルナンさんの愛称はディルって言うんだね。なんか可愛いな。
「こちらも譲れません」
あれ、トレーを返しながらディルナンさんの横に立ったエリエスさんが加わった。
「隊長、頑張って下さい!」
「こっちにも手ぇ振ってくれ!」
え、本当に一体何事ですかい? 今度はホールからお声が。
「ユーリ、いらっしゃい」
エリエスさんのお声と共にディルナンさんの左腕からエリエスさんの腕の中に移動しちゃった。
あれ。ローブに隠れてるけど、エリエスさん実はしっかり筋肉がある。
たおやかな印象が先立ったけど、意外な事にディルナンさんに負けない体つきだ。わぉ。
ってか、エリエスさん超いい香り。匂いじゃない、香りだよ。すんすん。
「あちらにも手を振ってあげて下さい」
お美しいお顔もドアップ。心臓にとても悪いです。変態っぽく香り嗅いでゴメンなさい。
手を振りますから、お願い、下ろして。
手を振って食堂を後にしたのは良いんですが、未だにエリエスさんの腕の中です。色々諦める事にしました。
所で、何処に向かってるんだろ?
「エリエス、お前仕事は?」
「大して問題ありません。私がいなければ何も出来ない部隊ではありませんから」
ディルナンさんの問い掛けにキッパリ問題無いと言い放つエリエスさん、カッコいい。
仕事出来そうだもんな。周囲を笑顔でこき使ってエリエスさん自身もビシバシ仕事片付けてそうなイメージが浮かぶもん。
エリエスさんがいない時に仕事溜めたら、後が怖そうだなぁ。
「此処でいいだろ?」
エリエスさんの仕事ぶりを考えてたら、ディルナンさんが扉を開けた。
小さめの会議室みたいな部屋だ。
入口側の椅子に三人それぞれ座った。私は座らせて貰ったんだけど。
「ユーリ、お前が寝てる間に決まった事をまず説明する。分からなかったら聞いてくれ」
「あい」
レツのもふもふで寝ててスミマセン。お願いします。
「まず、エリエスから仮の入隊許可が出た。
エリエスはこの北の魔王城の書類部隊の隊長で、様々な申請はまずエリエスを通して仮の許可が出る。仮の許可を更に北の魔王城に存在する全十四部隊長の会議で議決した上で、魔王様が認めれば正式な許可となる。
現時点では第一関門は突破した訳だ」
ディルナンさんの説明に理解したとコクコク頷く。
お城に入る時にエリエスさんが書いてた書類が多分それでしょ。
「次に、お前の所属部隊の候補を挙げておかなきゃならない。
十四の部隊は大まかに内勤と外勤の二つに分かれるが、お前は間違いなく内勤だ」
「”ないきん”? ”がいきん”??」
「非戦闘系部隊が内勤、戦闘系部隊が外勤です。まぁ、大まかに戦闘の専門か否かですね。
但し、北の魔王城は少数精鋭でして、人員が最低限です。内勤であっても最低限の戦闘能力は必要ですが」
何ぞや、その種類分けはと思ったら、エリエスさんがディルナンさんに続いて細かく説明してくれた。
…益々凄い所だよ、北の魔王城。道理でディルナンさんがあの恐竜モドキを狩ったりしちゃう訳だ。エリエスさんが細マッチョなのも納得。
もしかしてエリエスさんも、実はあの恐竜モドキを狩っちゃったり出来るんでしょうか? …いや、考えないで置こう。うん。
っていうか、私、内勤でも大丈夫なの?
「…ボクも強くなれる?」
「武器は何でもいい。魔術もありだ。…お前はチビ助だが、モノはやりようだ。食っていける様に仕込んでやるって言っただろ」
「そうですね。武器としては得意分野を生かせばいいんですよ。調理部隊は包丁を使う方が主ですし、医療部隊はメス等の医療器具や薬物を好んで扱います。書類部隊には紙を武器にする強者もいますよ。清掃部隊のモップや箒といった掃除道具に農作部隊の辛いアルグ爆弾、なんて際物武器もあるぐらいですし」
……本当に何でもアリだな!
戦闘系部隊って、門の所にいた警備員さん達みたいに剣とか槍持って鎧とか着てるんでしょ?
それに対抗するのに包丁みたいな刃物ならまだ分かるけど、紙とかモップなんて滅茶苦茶だよ。
っていうか、農作部隊って、武器用に態々作物育ててるの?! しかも、「辛い」って形容詞が付くからには、恐らく野菜、しかも唐辛子の類。
うは、辛過ぎる唐辛子爆弾とか粘膜へのダメージが大きすぎてマジ泣き出来るよね。
「武器も鍛冶部隊にイメージを細かく伝えればオーダーメイドして貰える。だから、武力は後でゆっくり考えればいい。まずは所属部隊決めだ」
想像に惚けていたら、ディルナンさんが補足説明してくれました。
オーダーメイドで何でも武器として作っちゃうなんて、鍛冶部隊とんでもないな。なんか、話の流れからして鍛冶部隊にハンマーが武器な人とかいそう。そんでもって武器マニアが多そう。私の偏見だけど。
でも、本当に戦闘専門職じゃなくても皆が戦える様にしてるんだね。
調理”部門”とかじゃなくて”部隊”が付く訳はこれか。妙に納得。
「ボク、おいしいの作れるようになりたい」
取り敢えず武器の事は右に置いて、自分の意思を伝えてみる。
食べる事こそ私のアイデンティティーだ。迷うはずがない。
「ユーリ、部隊の事を聞いてから決めた方が良いですよ? 内勤にも種類が」
「…あのね、ボク、自分の事何にもわからなかったけど、すごくお腹が空いてたのー」
エリエスさんが説明してくれようとしたけど、これだけは言っておかなきゃ。
「いっしょうけんめい食べられるもの探したよ。食べられそうにもなっちゃったけど、おにいちゃまにあえたの。
んとね、森でおにいちゃまがくれた御飯、涙が出ちゃうぐらいおいしかったのー。だから、ボクも作れるようになりたいなぁ」
真っ直ぐにエリエスさんを見上げて、子供らしい言葉で、でも嘘は交えず正直に。
ディルナンさんが、手を差し伸べてくれたから此処に来たんだもん。可能ならやっぱりこの世界の料理を学びたい。
「…決意は固いんですね」
苦笑するエリエスさん、本当に美人です。でも、私の意思は変わりません。
「…なぁ、エリエス。」
「何ですか?」
「ユーリの正式所属は調理部隊として、第二特別所属に書類部隊は可能か?」
あれ、ディルナンさん? 何でここで書類部隊が出てくるの??
「ユーリはチビ助だ。色々なハンデがあるのはどうにもならない。睡眠だって充分に取らせる必要がある。この辺の条件と賃金は正式決定したら考えてやらないとマズイな。ま、これは後だ。
正直、ウチは内勤とは言っても体力的にキツイ部隊だ。だから、休みとは別に週一でいいから預かってくれないか? 集計位なら、教えてやれば出来るだろ」
「そうですね。それは、必要かもしれません。…ユーリ」
「あい」
…それもそうだよね。本来、こんな子供を雇ってくれる筈が無い。当然だ。
エリエスさんに呼ばれて改めてエリエスさんを見上げると、柔らかい表情で真っ直ぐ私を見下ろしていた。
どうして、そんな表情をしているの?
「週に一日、書類部隊に来ませんか? 美味しいお菓子を用意しますよ。簡単なお仕事を一緒にいかがでしょう」
---何で、この人達はこんなに優しいんだろう。
はっきり言って私の言ってる事は、私の我が儘だ。
調理は肉体労働だって身に沁みて分かってる。こんな小さな子供、戦力になるはずがない。寧ろ邪魔になりそうだ。
それでも受け入れてくれたディルナンさん。
受け入れただけじゃなく、私の事を考えて負担を減らす為だけにエリエスさんに話を持ち掛け、エリエスさんもそれを受け入れてくれた。
その上、エリエスさんは優しく誘ってくれた。
余りにも嬉しくて、我慢出来ずに涙がボロボロ溢れた。いくら子供に戻ったからと言っても、本当に泣き過ぎだよ。
あぁ、ディルナンさんとエリエスさんにお礼を言わなきゃ。
「あい。…いっしょにお仕事、しましゅ。ありあと」
ただでさえ呂律が怪しいのに、嗚咽で上手く喋れないのが悔しい。顔なんか、ぐちゃぐちゃだろうな。
どうにか二人に頭を下げるので精一杯だ。
「取り敢えずは仮だが、よろしくな」
「正式な許可を貰える様に頑張りましょう」
ディルナンさんの手に、すっかりお馴染みになったタオルが出現しました。
優しく撫でてくれるエリエスさんの大きな手が余計に泣けちゃう位に温かくて。
仮だけど、優しい人達がいる居場所と仕事を手に入れました。