別視点41 部隊長会議前夜(ディルナン視点)
いつもの如く風呂で今日の出来事が盛り上がり、上がる頃には半分寝かけたユーリを今回はアルフに預ける。ユーリは明日はアルフと出勤予定だ。
他の調理部隊の面々と別れ、前回ユーリを書類部隊に初出勤させた日の夜に呼び出された会議室に入室する。
そこには既にヴィンセントと天使族であるセリエル殿とシエル殿が着席していた。
「思ったよりも早かったな」
「そっちは随分早かったんだな」
「今日はもうこの二人と息子には北の魔王城に宿泊していってもらうように手配してな。ついでに折角光属性の魔術のスペシャリストがいるんだ。少しユーリについて確認をしていた」
「…ウチのが本当に申し訳ない」
ヴィンセントの言葉にそうなった原因を察して頭を下げると、天使族の二人は苦笑していた。
「まあまあ、こんな機会でもなきゃ天使族が魔王城に泊まるなんてこともないですから。これもまあ良い経験ってことで」
「立ち話もなんだ。座るといい」
促され、三人の側に座ると、持ってきたノートを広げる。
「それは?」
「ユーリのやらかしノートだ」
ノートについてヴィンセントに聞かれるのは想定内で。
そのままを答えると、三人が目を瞬かせた。
前回の部隊長会議までのやらかしは勿論、その後に起きた外警部隊のイオを筆頭とした光属性の魔術と思われるアレコレ、ユーリの思い付いたオニオングラタンスープやちょっとした行動なんかも書いてある。
「たった一ヶ月の間にユーリがすでにどれだけやらかしてると思う? はっきり言って、全部詳細になんて覚えきれん。ましてやロイスに目を付けられてるのが分かってて答えられんようじゃ三ヶ月さえ越えられるか怪しい」
言いつつ目的のページを開く。
この時点で既に数ページを開き、まだその後も開いた形跡のあるノートに、シエル殿の乾いた笑いが虚しく会議室に響く。
「所で、光属性の魔術についてオレも一つ尋ねたいんだが」
そんな中で質問を投げ掛けると、三人揃ってこちらを見てきた。
「ユーリはジーンに『緑の手』なんて称されててな。チラッと調べた所、どうも光属性の魔力が関係ありそうな表記だったんだが」
「……え。まさかユーリちゃん、『緑の手』まで発現してる!?」
「回復系よりも先に、何気なく撫でたトゥートとモコロシの成熟を農作部隊隊長の目の前でやらかしてる。一番最初の休日だ」
やらかしノートから早速引っ張り出すと、シエル殿がセリエル殿を見た。
「つくづく、どこまでも戦闘には向かない性質らしいな。灯すのはただの光ではなく生命力も含むか……」
「どおりで薬への光属性の治癒術の魔力の付与があんなに簡単に出来る訳だ……」
深々とセリエル殿が溜息と共に吐き出した言葉に、シエル殿は複雑そうな表情を浮かべる。
「『緑の手』とは?」
一方で、ヴィンセントがこちらに問いかけてきた。
「魔大陸での現在の意味は、農業において知識や経験を元に緑を豊かに育む者を指している。だが大元は光属性の魔力持ちで、貧しい土地の開墾の際に土壌改良や植物の成長をその魔力で補助出来る者を呼んでいたらしい」
「書類部隊の文献か?」
「農業の棚に『魔大陸の農業 その歴史』というタイトルで三、四代前の農作部隊隊長のまとめにあった」
確認出来ている情報と情報源をヴィンセントに伝えると、ヴィンセントも胸元のポケットのメモに記載する。
「天使族の二人の反応からしても、天使族にも『緑の手』という存在がいるんだな?」
確認すると二人が共に頷くが、反応からしてもかなり珍しい事が窺える。
「光属性の魔術の三要素は攻撃・治癒・防御。これは術者の持つ感覚によって得手不得手が分かれるんだが、天使族は幼少期......光属性の魔術について学ぶ前に自身の三属性の感覚を言語化させて確認する」
セリエル殿の説明に、『緑の手』のページに今日の日付と共に追記していく。
「ユーリの表現は、『灯すもの、癒すもの、包むもの』。物理攻撃の要素が一切なく、治癒防御特化と言える。更に特殊派生の能力もあり、か」
「その『緑の手』というのは、光属性の魔術の中でも特殊なのか?」
「極めて特殊だな。天界での『緑の手』の定義は治癒属性の魔力を常に纏える者だ。この条件を満たして初めて植物や土壌にまで光属性の魔力の影響を及ぼし、自然とその生命力を増強させる。つまりは治癒属性の派生能力だと研究で確認されている。だが、オレはリュシエル......現在の天界の治療院院長を務める大天使以外にそんなことが出来る存在を知らん。通常は特に三要素を持たないただの光属性の魔力のみを纏うのが普通だ」
「話してみるものだな。そうだな、僅かでも光属性の魔術の三要素からの派生があって当然だ」
ヴィンセントが感嘆さえする様子に、オレの頭が痛くなる。
「つまり、ユーリの言う『灯すもの』は灯りとなる光で、無意識に生命力にも影響していて? 『癒すもの』はそのまま医療魔術に通じて、なおかつこの属性の魔力を常に纏っていて?? 『包むものは』???」
「今日、午後一番光属性の防御術基礎を少しだけ実施したっスけど……ユーリちゃん、防御術の才能が凄まじくて。結界の基礎習得完了っス」
「何がどうしてそうなった????」
「あの子の思考回路は本当にどうなってるのか......」
まとめとしてノートに書いてはいるものの、本音が口を突いて出ればシエル殿が乾いた笑み付きで同意してきた。
「更に言うなら、天界では攻撃属性が主になる事が多くてユーリは希少属性の塊みたいだぞ」
「…………そうだったな。ユーリだもんな」
トドメに近いヴィンセントの言葉に、半ば投げやりに返す。
最早、他に言いようがない。
それを書き終えると、タイミングを計ったかのようにヤハル、ソフィエ、シェリファスが入室してきた。
「何でディルナンは既に疲れきっとるんじゃ」
「来て早々にユーリの光属性の魔力の事で色々発覚してな」
ヤハルの尤もな問いかけにヴィンセントが答えると、三人三様に「あぁ……」みたいな表情を浮かべる。
それだけでユーリの今日のやらかしの多さを暗示している。
「お前達のその反応が、余計に疲れる気
しかしない」
「お前さん、そんなんで明日大丈夫か?」
「確実に今日よりはマシだと思いたい」
「その分他の隊長が撃沈するか、暗躍に動くかの」
「なるようにしかならねぇ」
「稀有な能力じゃからの。欲しい部隊は多い」
「ユーリ自身は調理部隊を望んでる。ま、ここまできたら手伝いに出すくらいの妥協は必要だろうがな」
ヤハルと少し言葉を交わしていると他の隊長達が意外そうな表情を作ったが、それ以外に答えようがない。下手に力ずくで奪われるよりマシだ。
「ドラゴンのあんな身内扱いがあって、光属性の魔力のアレコレがあって、実際にもう実績を作り始めている。有用性を対外的に作っておいて、問題の戦力に関する部分の後付けをどうにかするのが手っ取り早い。ある意味、外勤部隊をいかに納得させるかが残れる鍵だ」
「そうじゃの。じゃあ、早速今日の振り返りといくかの」
ヤハルのこの言葉を合図に、遅れて来た三人も着席する。
それを見つつ、新しく記入する為にノートのページを進めた。
「まずは騎獣部隊からじゃの。前々からのディルナンとの約束通り、ユーリをドラゴンに会わせてみたんじゃが」
ヤハルがまず話し始めると、全員の視線がヤハルに向かう。
「入口でまずソフィエに会っての。そこでユーリは竜舎に孵化前の卵がある事を知った。自分の欲より母竜達を気遣える優しい子じゃ。入る前にきちんと入っていいか確認してなぁ。いつもなら奥でどっしり構えておる長老竜達が今回はそんな事情で出入口の側で出迎えに待ち構えておったが、これには気難しい長老竜達も可愛い人型の幼子に会える楽しみに加えてニッコリじゃった」
ヤハルの振り返りにソフィエが頷き、同意する。
「いざ竜舎に入ってドラゴンを目にしても全く怖がらんでなぁ。それどころか【カッコいい】と褒めておって、益々長老竜達は上機嫌じゃ。ドラゴンと会話出来る事にも素直に驚きつつもちゃんと挨拶をしておった。そんなユーリに鱗を触らせて欲しいなんてお願いされて、長老竜達も更にノリノリじゃった」
「流石のタラシぶりだな」
「そこで長老竜達がユーリが『竜の愛し子』だと気付いた。ドラゴンの長が己の子と同義として魔術で契約を交わした、ドラゴンが群れや種族の違いに関係なく全頭で庇護すべきと認定する魔術的な契約の印を持つ存在。......何でもドラゴンまでタラせるツェン以上の魔獣タラシ体質で、ドラゴンの長と肉親並みに相思相愛で成り立つ契約らしくての。しかも、その契約者がアルスティン...北の魔王城の竜の長だと白い子竜の母でアルスティンの嫁のエスメリディアスが卵の孵化後にユーリと触れ合って気付いた。実の我が子の命の恩人にして旦那による種族違いの我が子認定の結果、ユーリは自動的に北の魔王城のドラゴンの長夫妻の長女就任に伴い、ドラゴンは軒並みユーリの爺婆伯父伯母年の離れた従兄弟な親族状態じゃ」
ユーリのドラゴンとの出会いは納得だったが、続いた言葉は爆弾だった。
獣舎でそれを見聞きしていたヤハルとソフィエ以外が呆気に取られる。
「本人には全くそのつもりがないが、無意識下であってもドラゴンの統率力はとんでもない。正直、機動部隊の新人竜騎士訓練の応援に欲しい」
「応援要請など絶望的に近かった外勤部隊の一つにそれを言わせるほどか」
その流れでか、まさかのソフィエからの手伝い要請が上がってきた。
これにはヴィンセントが感嘆の声を上げる。
「話が逸れたのぅ。まぁそんなこんなで竜舎に入ってからドラゴン達を撫でまくってたユーリなんじゃが、気付けば竜舎の奥……孵化前の卵を抱えるエスメリディアスとミルレスティの前に辿り着いとってのぅ。無闇に近付かず、きちんと母竜二頭に許可を取って卵を眺めてたんじゃ。側には赤の長老竜が付いとった」
『竜の愛し子』のせいでずれた今日の振り返りを、ヤハルが元に戻す。
「卵をただ見つめるユーリに赤の長老竜が話しかけたんじゃ。そうしたらのぅ、ユーリの口から卵から見える色の話が飛び出したんじゃ。力強い赤と弱々しいらしい白。……ユーリの話を聞いた赤の長老竜が子竜の適性魔力の色を見とると言っとったが、事実生まれた子竜は朱色と白じゃった」
「これまでもユーリが魔力を目で色や光として認識している疑いはあったが、今回で確定だ。今後、北の魔王城の防衛機構の確認の際に魔導部隊としてもユーリの目を借りる事があるかもしれん」
かと思えば、今度はシェリファスまでもが手伝い要請を上げてくる。
こうなると、流石のヴィンセントも微苦笑を口元に滲ませた。
念の為、今日の行動の箇条書きとそれに対して必要なチェックを入れて書き込んでいるが、大小含めチェックが案外多い。
ヴィンセントから午前中の時点で爆弾二つとは聞いていたが、その威力がえげつない。
「エスメリディアスの出産は二度目で、前回は孵化できなんだ。エスメリディアス自身が追い詰められ気味な所に、生まれる直前になって子竜が光属性の可能性が出てきたうえに生命力が弱々しいと聞かされた竜舎の空気はそれは重苦しくてのぅ。だが、その空気を払拭したのもまた当のユーリじゃったよ」
「そこから『魔力切れ』を知らない故の自分の光属性の魔力譲渡の無茶に繋がる訳だな」
「そのお陰で白い子竜はどうにかギリギリで無事に誕生したが、その子竜と一緒に気絶するように寝入ったユーリがドラゴンの群れに囲まれて近付けなくなったのは流石に焦ったのぅ。ユーリなりに考えて医療部隊と魔導部隊に報連相しようとしとったが、順番がちとまずかったわ」
「『魔力切れ』を起こすと普通ならまず医療部隊か魔導部隊の専門応急処置と治療を受けなければ命に関わる。助かっても三日から一週間は魔力不足による倦怠感・嘔吐・発熱なんかの症状を伴うはずが、ユーリは睡眠のみで普段通りの魔力量が完全回復した。この辺りも検証せねばなるまい」
ヤハルの語りにヴィンセントとシェリファスが加わっての内容はどうしてくれようかと思うものだった。
特にシェリファスの話は洒落にならない。
「ちなみに、この辺りは既にユーリちゃんはセリエル様にガッツリ叱られているんで」
「本人反省して大号泣からセリエル殿介助のあの昼食に繋がる訳だが」
「…………あれか」
シエル殿とヴィンセントに続けられた言葉に、昼の食堂で自分の目で見た光景へと繋がる訳だ。
それでも思わず苦虫を噛み潰したような表情が浮かぶのが自分でも分かった。
「この後からはオレが予定管理受け持ったんで説明交代っスね。午後はユーリちゃんと子竜中心のアレコレ組と仕事組に分かれまして。ユーリちゃんはまず“循環”。その間に白竜についての基礎知識や医療・魔導部隊が食い付いた魔術の説明会。で、ソフィエ隊長含め、隊長達は昼食後は各部隊に仕事に戻る。
ユーリちゃんの“循環”が終わったらドラゴンと一緒に魔力の基礎講義をして、後はソフィエ隊長が合流するまで光属性の防御術の基礎講義。
ソフィエ隊長が必要な処理を終えたらドラゴン・人型揃って光属性の魔力のある島の場所確認兼ねてのお出かけって流れなんスけど」
漸く話は午後に入るとヤハルからシエル殿に代わるが、それでも既に流れが濃い。
だが、オレの書くノートを見て先に箇条書き用に流れを言って貰えるのはありがたい。
「魔力の基礎講義までは平和で。その後の光属性の防御術の基礎講義からまたディルナン隊長曰くのユーリちゃんのやらかしが炸裂っスね。属性関係なく防御術は何だと思うか聞いたら、『盾』とか『鎧』すっとばして『結界』なんて答えが返ってきたんスよ。それだけでも凄いのに、天使族の扱う光属性の結界の性質の説明と実物に触れた後に、そのままだと真似しにくかったのか自分独自の光属性の結界を簡単に作り上げちまって。その発想がパン作りから来てるって言うんスからまぁたまげたもんっスよ。そのままリシューさんにも闇の魔術の結界を教えて貰ってそれもこねくり回すわ、ドラゴンの長老竜達が嬉々として指導に参加すればそれも使いこなすわ、まぁやりたい放題」
「……その件は魔導部隊の指導員からも報告が上がっている。リシューに言わせると、どうも結界術はユーリと相性がいいみたいだな。恐ろしく質が高く、発想力が豊かで試行錯誤も得意なのか、応用も展開も自由自在に出来るようだ。下手に攻撃を覚えさせるよりも防御からの反撃が有効な可能性が高いと報告が上がっている」
シエル殿の感想にシェリファスが部下の報告も加えると、セリエル殿も同意するように頷く。
ユーリの戦術が増える嬉しい情報ではあるが、その手の戦闘様式の使い手が身近にいない。
これも重要検討事項に入れる必要がある。
「そんで、その後。一つ重要なこと忘れてたんスけど、追加でディルナン隊長のオヤツ騒動」
「騎獣部隊の問題はまさにそれじゃ」
ノートに書き込んでいると、続くシエル殿の言葉にヤハルが間髪入れずに食い付いてきた。
そのスピードに、全員が目を丸くする。
「騎獣部隊で働いて早500年。……ドラゴンがまさか焼き芋を覚えるなんぞ思いもしなんだ。食ったドラゴンはまだいいが、食ってないドラゴンがいつ食えるのかとワクテカしとる。儂、あんなドラゴン達を見るんは初めてじゃ。ディルナン、何を準備すれば良い?」
机の上で肘をついて手を組み、ヤハルがそれは深刻な表情で告げてくる。
たかが焼き芋。されど焼き芋。
巨体のドラゴンを賄うにはどう考えても量がいる。
とは言え、こちらの専門は人型の北の魔王城の隊員で、あくまでも参考にしかならないだろうが。
「まず、芋の確保。農作部隊の協力が必須だ。次に焼き場。こっちは設備部隊か鍛治部隊か。火炎系の魔術で焼き芋にする為には都度濡れた紙やら防炎処理した紙やら巻いたりする手間や費用を考えたら現実的じゃねぇ。ドラゴンブレスじゃただの炭焼きで食えたもんじゃねえしな」
「どのくらい食うのか予測がつかん……」
「子供のオヤツは三食の飯を百として十から二十くらいだ。普段のエサの二十を目安に計上しとけ。足りなくてもオヤツだから有無を言わさずそれで終わり。余ったら次回用か子竜用に保存でいいだろ」
「恐ろしい量になりそうじゃ。焼き芋も申請書も。……こんなんで部隊長会議に持ち込む議題一つできるなんぞ昨日まで想像もしとらんかったわい」
ヤハルの、それはそれは深い溜息と共に告げられた言葉に全く否定できん。
明日の昼までに考える事がお互い多い。
「酒の計上もフェシルと散々揉めたのに、芋まで。何とかエリエスを言いくるめられんものか……」
「いざとなったら、ユーリと子竜二頭でエリエスに食いたいオネダリでもさせとけ」
「考えておく」
若干遠い目のヤハルに、その苦労が分かる他の隊長達が同情の視線を向けていた。
天使族の二人は苦笑するのみ。
一つ咳払いをし、シエル殿が話を再開させる。
「最後の光属性の魔力のある島の場所確認兼ねてのお出かけだと、ユーリちゃんによる精霊姫ナンパ事件っスかねぇ」
「なんだ、そのろくでもない事件名は」
漸く最後の項目に辿り着いた筈なのに、まだまだ波乱に満ちた予感しかしない名称に頭痛がする。
「いや、名前の通りですって。なんでも調理部隊の三馬鹿トリオの兄さんとやらが、お休みにキレーな姉さんを誘う術をユーリちゃんに伝授してたらしく? オレ達は御伽噺でお馴染みの精霊姫相手にそれは見事なナンパっぷりを子竜二頭と一緒になってお披露目してたんですけど??」
「三馬鹿ェ……」
どこまでもユーリの教育に悪いことしか教えんのか、アイツらは。
調理部隊は勿論、オレの隣で笑顔で吹雪いているヴィンセントに三人揃って締め上げられてしまえ、マジで。
「ユーリちゃん本人は『好機の神様は長い前髪はあっても後ろの髪がないから、神様に遇ったら迷ったりためらわずにその前髪をつかまないと折角の好機が逃げちゃう』って本能的に動いたみたいなんスけど、実際お茶して“精霊の祝福”貰っちゃったんだから大したモンですよ」
「“精霊の祝福”……?」
そんな事を考えている間に続いたシエル殿の言葉に、ヴィンセントと二人でシエル殿を見る。
「セリエル様とドラゴンの長老達によると精霊は生涯に一度だけ、まぁ精霊姫とか精霊王は一度きりじゃないみたいっスけど、好意を持った相手に己の属性の魔力の消費効率を高める精霊だけの特殊なまじないが使えるらしくて。それが人界全体での大きな争いを呼んだだけじゃなく、精霊までも害した歴史のせいで今じゃすっかり精霊は御伽噺の存在になってるってことらしいっスけど」
まさかの前置きに今日一番の嫌な予感がする。
「ユーリちゃんはこんな時機にその目で精霊姫を見つけてナンパした上、自分の力ではなく白い妹竜の成長の助けを純粋に願い、それが嘘偽りない事を精霊姫に証明できたからこそ、その御伽噺同然の失われたに等しい“精霊の祝福”を子竜二頭とユーリちゃん自身が与えられた。つまり、白い妹竜ちゃんは僅かな光属性の魔力であってもその何倍もの量として成長に繋げ、より確実に生存率を高めることに成功しちゃった訳っス」
「……子竜に関しては何よりだが、ユーリは大問題しかないな?」
「ユーリちゃんは暫く魔力使用中止っスね。色々と確認が必要なので。
あ、そういえばまた精霊姫をお茶に誘ってたっスね。ディルナン隊長が出発前に持たせたオヤツ、精霊姫に子竜ちゃん達も一緒に美味しそうに食べてたんでまたお願いされるかも」
シエル殿は軽く言ってくるが、話はそんな簡単ではない。
と言うか、本当にナンパして茶を楽しむヤツがあるか。しかも二度目の予定まで入れてくるな。
そろそろ手に持ったペンがミシミシと不穏な音を立て始めている。
風呂の時、ユーリはひたすらに子竜の可愛さを中心に起こった事を語っていた。
やはりユーリの視点とはかけ離れて色々と起こっている。
「ユーリの報連相はどうやったら育つ?」
「普通の感覚をできる限り育てるしかあるまい」
やってられんとペンを放り投げ、ヴィンセントを見ると肩をすくめられた。
これからこのノートから明日に報告すべき項目をまとめて、準備していた分と合わせるんだが。
改めて書いていたノートを見て、ゲンナリした。
取り敢えず今日の流れは話し終わったと言う事で、最初に会議室にいた三人以外が自身の部隊長会議の準備の為に離席していく。
それを礼を言って見送り、溜息を一つ。
まだまだ今日は終わりそうになかった。