69 本日の予定その11 願いごと一つだけ?
楽しい時間はあっという間で、明るくても少しずつ日は傾いていく。
周囲の大人達の視線がチラチラと向けられてくるのに気付く。
日が沈む前に北の魔王城に帰らなければいけないから、恐らくそろそろタイムリミットなのだろう。
クッキーは既に食べ切った。
子竜達はすっかり水を飲み干していたので、コップも回収してある。
私の手元のコップに残った水もあと一口程度。
お茶会の終わりに気付いているであろう、一番最初に出会った光の精霊姫の真っ直ぐな視線が私に向けられる。
私のナンパの本当の理由を求められているのだと直感で理解する。
他の精霊姫は傍観するつもりなのか、水の精霊姫がグラスを消し、訳の分かっていない子竜二頭をあやすかのようにその周囲に移動している。
そんな様子から、精霊姫達はお願いされる事に慣れているのが窺えた。
精霊の中でも上位の存在なら、それも当然なのかもしれない。
最後の一口の水を飲み干して、そのコップをテーブル代わりにしていた岩に置いてから切り出す。
「……光のせいれいひめのおねえしゃまにお願いがあるんでしゅ」
分不相応と切り捨てられてしまうかもしれない。
けれども、もし赦されるのならば。
願う事は決して無駄ではない。
「…………あの二頭は、魔大陸の北の魔王城で今日生まれまちた」
『!』
他の精霊姫達に囲まれている二頭を見て、ありのままを伝える。
大きさの違いが一目で分かる二頭が同時に、それも今日生まれたとは思っていなかったのだろう。
精霊姫に伝わるかは分からなかったけど、精霊姫達の反応からして魔大陸の名称やその環境なんかも理解しているみたいだし。
それに一安心してそのまま言葉を続ける。
「白い子竜は、生まれるかどうかも怪しいくらい弱々しい光しかない中で、それでもいっしょうけんめい孵化しまちた。少しでも元気に育つ方法をみんなで探して、ママ達が勇気をふりしぼって生まれたばかりの二頭と一緒にこの島にきてくれたんでしゅ」
午前中の激動のアレコレが脳裏に浮かぶ。
既に一度流産とも言うべき経験をしたエスメリディアスの憔悴した姿、絶望の涙。
卵の殻を破って見えた小さな白い子竜の姿と鳴き声に、それが歓喜の涙に変わった瞬間は決して忘れることは無いと思う。
我が子を想い、本来ならば安全に群れで囲っておきたい筈の子竜をこうして私を含めた初対面の人達に触れ合わせ、少しでも成長を願う母親の強さ。
そして、それら全てを含めて群れを守ろうとする長老達の決心と行動。
そんな先で出会えたこの稀有で貴重だろう機会をどうしても無駄にはしたくない。
「どうか妹が大きく育つために、光属性のせいれいひめのお姉しゃまの力を貸して下しゃい」
だから、真っ直ぐに私も光の精霊姫を見返した。
なんの偽りも誤魔化しもなく、願いを口にした。
大人達の言葉を借りればもっと上手い口上があったかもしれない。
けれどもそれを求められたのは私で、少しでも周囲に頼ったらきっと光の精霊姫にこの声と願いは二度と届かない。
そんな確信があるからこそ、ここで弱気になったり逃げ腰になったりしない。
互いに真っ直ぐに見つめ合ってどれくらい経っただろうか。
不意に、光の精霊姫の視線が少し困惑したように見えた。
〈………………愛し子、精霊姫は其方自身の願いが無いのかと聞いておるぞ?〉
そっと赤い長老ドラゴンが助け舟を出してくれるが、まさかの言葉に思わず目を瞬かせてしまう。
「もうお願いしたでしゅよ?」
〈そなた自身の光属性の魔術が強くなりたいとか、もっと魔力が欲しいとか、そんなのはないんか?〉
「扱いきれない力は無意味でしゅ」
もともとが魔法と無関係の人間だもの。
そんな願いをしていい事があるとは思えない
〈また別の機会に改めて叶えて欲しいとか…〉
「他力本願はしちゃいけましぇん」
そもそも、もう十二分に他人様に頼りまくってますけど?
光の精霊姫だけじゃなく、傍観してたはずの他の精霊姫達まで揃いも揃ってそんな「もっと他にあるでしょう?」と言わんばかりの表情で見つめられましても。
あ、でも。
「……いっこだけ、ワガママ言ってもいいでしゅか?」
一つだけ思い付いた事があったので恐る恐る聞いてみると、何故か精霊姫全員が食いついてきた。
「今日会えなかった雷属性のせいれいひめにも会ってみたいです」
もじもじしつつ言ってみると、虚を突かれたかのごとく目を丸くする精霊姫達。
とても図々しいかもしれないけど、もしお願いを叶えてくれるなら。
「キレイなお姉しゃま達と、またお茶できましゅか……?」
正直、ダメ元のお願いだったんだけども。
何故かワナワナと目に見えて震えてる精霊姫達は揃って俯いていて。
側にいた子竜達が心配そうにキュッキュと鳴きながら周りの精霊姫達を見回す。
その次の瞬間、両手で顔を覆った精霊姫達が揃いも揃って空を仰いだ。
〈うぉっ!? 精霊姫、其方らそんな大声だせたんかい……〉
〈〈〈み、耳が……!〉〉〉
私には全く聞こえないんだけど、ドラゴン達には余程の大音量だったらしい声が上がったらしく、大人は全頭が首ごと頭を下げて眉間に皺を寄せるかのごとく嫌そうな表情。子竜達も揃って目をシパシパさせていた。
暫くして落ち着いたらしい精霊姫達が、何やら顔を見合わせて頷き合った。
そして、光の精霊姫が白い子竜に。
炎の精霊姫が赤い子竜にフワリと飛んで近付き、小さな額にそっと口付けた。
これには見守っていた面々の中でドラゴンが、それも母竜達が特に大きく息を飲む。
〈精霊姫直々の“精霊の祝福”など……〉
〈あぁ、なんて事かしら……〉
感極まったその声に、意味は分からないけれど“祝福”って言葉からとても良い事が起こったのだと察する。
きっと、私の願いは叶えられた。
安堵したからか、無意識に溜息が溢れた私の元に子竜達が左右から駆け寄ってくるのを抱きしめていると、精霊姫達もフワリと軽やかに飛んで近付いてきた。
「お姉ちゃま達、本当にありがとうございましゅ!」
ニコニコ笑顔でペコリと頭を下げつつお礼を伝えると、光の精霊姫が何故か悪戯っぽく笑っていた。
それに小首を傾げると、何故か更に近付いて私までハグされて左頬に口付けられていた。
それは光の精霊姫だけに留まらず、右側の頬に、額に、鼻先に、髪にと精霊姫達に次々と交代しながらハグとキスをされていく。
これには驚きすぎてポカンとしている私よりもドラゴン達が阿鼻叫喚になり、人型の大人達は何事かと身構える中、満足したらしい精霊姫達は小さく手を振って消えていく。
え。
この状況、一体どう収拾つければいいんだろう…………。
ドラゴン達の阿鼻叫喚はその後もしばらく続き、終いには言葉じゃなくてドラゴンらしい咆哮まじりの鳴き声だったんだけど。
「あー、もう! 騒ぐのは後で!! まずは日暮れまでに北の魔王城に帰りますよっ」
見かねたシエルさんのこの一言で、それぞれの疑問はあるものの質疑応答は後回しにして一先ず北の魔王城に帰ることになった。
他の大人達が騎乗の準備をしている間に私もお茶会の片付けをして、行きと同じようにシエルさんの補助で器具を使ってセリエルさんの背中に乗せてもらう。
「セリエルしゃん、“精霊の祝福”ってなにか知ってましゅか?」
「……言葉だけならな。その辺りは北の魔王城に帰ってからだ。ここで説明しても二度手間になる」
「妹にいいこと?」
セリエルさんに、聞きたかったその部分だけを問いかける。
「…………考えていた他のどの策よりも一番光属性の魔素や魔力の獲得に効果があり、白い子竜のこれからの成長に心配よりも希望が持てることだ」
「良かったぁ」
セリエルさんが言うのならば間違いない。
これ以上は邪魔をしないように、セリエルさんの大きな温かい背中にピッタリ引っ付いて心地良い揺れに身を任せた。