68 本日の予定その10 新たなる魅力の布教もしてみる
美女五人に囲まれ、可愛い子竜二頭に見上げられて悩んだのはほんの数秒。
よし、大人しく周囲に判断を仰ごう。
大丈夫、ちょっと胃の辺りがヒヤヒヤするだけだ。多分。
ここで黙っていた方が絶対に後が面倒な事になる。
「ママしゃんとセリエルしゃーん!」
すぅっと大きく息を吸い込み、覚悟を決めていざお呼び出し。
元々大人達の目の届く所で活動していたから、声を上げれば他へと散っていた視線がすぐに集まった。
「こちらのキレーなお姉しゃまたちとお茶してもいいでしゅかー?」
「「……きゅー?」」
元気よく手を挙げて質問すると、子竜二頭も一緒に手を挙げてくれた。
うん、可愛い。
声はなくともキャッキャと喜ぶ美女達に対して、大人達の表情がスンっと一瞬で穏やかなものから変わった。
ある大人はよく分からない無表情、ある大人は頭が痛そうな表情、ある大人は呆気に取られていて、ある大人は驚きに目を瞠っている。
そんな中、セリエルさんがこちらへ歩き出すと、ママさん達二頭も近付いてくる。
「ユーリ、状況説明を」
「遊んでたらキレーなお姉しゃま達が近くにいたのでナンパしまちた!」
『は?』
セリエルさんが目の前に辿り着くなり片膝を突くようにして目を合わせて淡々と問い掛けてきたので、ありのままを答える。
思わず問い返すセリエルさん含む周囲の人型の大人達に対して、同じく子竜二頭の元へやって来ていたママさん達含むドラゴン達はと言うと感心したような声を漏らしていた。
〈ほぅ。精霊姫に声を掛けるユーリも、それに応える精霊姫も互いに目が高いではないか〉
〈そうね、精霊姫だってこんな可愛い子達に綺麗と言われて嫌な感じはしないわね〉
「……むしろ、どこで“ナンパ”なんて言葉を覚えて来た」
あ、そっちですか。
「調理部隊の三馬鹿トリオのおにいしゃま達が、お休みにキレーなお姉しゃまをおさそいするんだって張り切ってまちた!」
ちなみに、これは本当。
お休みの日の朝食時にナンパしに行くと張り切る一人を他の二人が失敗しろと呪うまでが一連の流れです。
ほら、北の魔王城の隊員で独身者は基本割り当てられた部屋住みだから。調理部隊は仕事の癖で早起きする面々が多いからか、私服で普通に他の面々と朝食を一緒に食べてる。なんならそれから二度寝するし。
いけない。話が脱線したわ。
それはそうとして、未だにセリエルさんがナンパの件に怪訝そうな表情してる。
これはもう一度再現しないと納得しないよなぁ。
そんな事を考えていると、美女達が顔を見合わせて何やら相談らしき仕草を見せた。
相談する事暫く。
何かを訴える面々と少し渋るように考える面々がどうにか一致したのか、キラキラ輝く美女がもう一度魔法陣を出現させた。
これにはセリエルさんとママさん達だけでなく少し離れて見守っていた大人達が一瞬で警戒態勢に入った。
そんな中で現れたのは他の美女達に比べて随分と若い、漆黒の色を纏う少し鋭いというかキツイ雰囲気の美少女。
うわーい。また増えちゃった(白目)
キラキラ輝く美女が凄く期待した目でこっちを見ている!
どうする?
GOする!
「キレイなおねーしゃんも、ボク達と一緒にお茶しなーい?」
「「きゅきゅーい?」」
三度目とあって、すっかり慣れてしまったナンパ。
黙って見守っていたシエルさんが「うわ、マジで典型的なナンパじゃん」と爆笑している。
黒い美少女一直線に私と子竜二頭が上目遣いにお誘いすると、黒い美少女が少し怒るような素振りを見せる。
「……めー?」
「「……きゅーぅ」」
前の五人の美女達とは違う反応にちょっとしょんぼりしてみると、子竜二頭も寂しそうに小さく鳴く。
これには美少女が凄く焦った素振りを見せてから腕を組んで少しツンとして横を向いた。
でもその視線はこちらをチラチラと窺っていて。
……あれ、この反応、もしかして。
〈……いくら精霊姫と言えど、妾の娘達のお誘いにそのような態度を見せるとは〉
〈……あの精霊姫はお義母様に似てらっしゃるわ。お義母様も、このように反応なさるのかしら〉
そんな中、美女達が美少女を一斉に叱るような仕草を見せ、ママさん達が不快さと心配を滲ませる。
他の大人達も美少女に対してあまりいい視線を向けていない。
そうなると美少女が意固地になってますますツンツンした態度を取っていく。
そんな周囲に子竜達がますますしょんぼりしてしまう負のスパイラル。
こ、これはもしかして日本が誇る“ツンデレ”の概念が魔大陸には無いの!?
最初ツンツン、後のデレデレだったり、表面ツンツンでも本心デレデレだったり、色々な美味しい魅力ある存在を知らない、だと……?
「ちょっと待ったでしゅー!」
これはいかん。
是非ともその魅力を布教せねば。
そう思って今日一番の大声を上げると、場の全員の視線が私に集まった。
まずは、しょんぼりしている子竜達のフォローをせねば。
「いいでしゅか? あのお姉しゃまは素直になれないお年頃なんでしゅ」
「「……?」」
「めー? って聞いたら、ツンっとしつつもボク達をチラチラ見てたでしゅ。あれは「そ、そんな風にお誘いしてくれるなら一緒にお茶してやらなくもないわっ」って言う遠回しな肯定でしゅ」
「「……きゅっ?」」
私が美少女がツンデレだった場合のテンプレを説明すると、子竜達が揃って本当? と言わんばかりに美少女を見上げる。
これに美少女が思いっきり焦りつつも少し涙目で上目遣いを見せる。
「ほら、「そ、そんな事ない……事はな、無くもない、わねっ」って言ってましゅよー」
凄い。ここまでテンプレ通りのツンデレだと楽しい。
そして私の解説が間違っていない事を証明するように美女達が美少女を見てから顔を見合わせている。
「あんな風に素直になれないお年頃が続く女性をツンデレと言いましゅ。本当にダメな時はそれはそれは冷たい視線と態度を向けてきましゅ」
そこまで解説すると、美少女がとどめを刺されたかのように両手で顔を覆ってしまった。
図星すぎて羞恥を覚えたのか、見える耳や首、手まで真っ赤に染まっていて。
そんな美少女を美女達が微笑んで囲いながら慰める。
よし、これはナンパ成功だわ。
子竜達とやったねのハイタッチ。
ドラゴンなのに、ニッコリ笑顔が分かるのが凄い。
〈まさか、嫁もツンデレ……?〉
〈た、確かに言葉はどこまでも遠回しで否定多め……〉
〈そうか、こちらが嫁の性格を理解できていなかったのか……〉
〈時折、自分が否定しておいて何故か寂しそうにしてたのはそういう事かの……〉
そうかと思ったら、長老達も何やら話し合ってるし、母竜二頭も顔を見合わせている。
あれ、もしかしてこの島に到着してからちょっとだけお話に出たドラゴンのおばあちゃんもツンデレ?
しかも、随分とすれ違っていたっぽいのがツンデレ理解で少しは改善しそうな流れ?
何それ、絶対美味しい。その場面を是非とも見たい!
それはそうとして、呆気に取られている人型の大人達よ、これで少しは納得してくれたかしらん?
「……ナンパじゃない?」
「…………ナンパはあまり良い言葉ではない。お茶に誘った、くらいにしておけ」
「あい」
と思ったら、セリエルさんにそっちを訂正された。
大人しく良い子のお返事しておこう。うん。
ところで、大人の面々は綺麗なお姉様方の正体知ってるんですね?
「セリエルしゃん、せいれいひめ、ってなんでしゅか?」
「魔術の七属性、それぞれの魔素から生まれ出でたそれぞれの属性の力を司る力の集合体を精霊と呼ぶ。これらは一般的に小動物の姿を持ち、性別は持たない。だが、精霊の中でも特に魔素を多く取り込んで強い力を持つ女性を精霊姫と呼ぶ。彼女らはそれぞれの属性の精霊全てを司る王の伴侶だ。精霊ならば兎も角、いや、ある意味精霊王以上に遇う事が難しい存在と言える」
「お姉しゃまたちはキレーなだけじゃなくてしゅごいんでしゅねぇ」
セリエルさんに質問すると、返ってきたのは思っていた以上のお答えで。
思わず美女達を見上げて素直に思った事を口にすると、揃ってコロコロと笑う。
美少女はめっちゃドヤ顔だけど。
うん、目の保養です。
ところで今回は六人って事は、見たところ雷属性のお姉様がいないんですね。何か用事があったのかなぁ。残念。
〈妾の娘達がこんなにも可愛い……〉
〈私の息子も可愛いです……〉
ママさん達が美女達をキラキラ眼で見上げる子竜二頭に長い首で天を仰ぐと、何故か美女達が軽やかな笑顔で頷き、ついで何かに気付いて爆笑し始める。
何でかと思ったら、炎を纏った美女さんが指さす先には首を派手にぐねらせるドラゴンの長老達の姿。
「……ユーリ、通常ドラゴンはどっしりとした姿勢を常とする誇り高き生き物。あんな姿を他種族に見せる事はまずない」
「ボクの弟と妹が可愛しゅぎるのも考えモノでしゅね」
「…………そうだな」
セリエルさんは微妙な間はあったものの同意してくれたのに、今度はママさん達までぐねぐねし始めれば、美女達は笑い過ぎてお腹を押さえて撃沈してしまった。
あれだけツンツンしていた美少女までもが涙を滲ませながら爆笑している。
「ユーリ、何故精霊姫に声を掛けた?」
そんな周囲を敢えて遮断し、今度はセリエルさんが質問してきた。
「んと、何だか逃がしちゃいけない気がしたんでしゅ」
「勘、か」
「『好機はすぐに捉えなければ後から捉えることはできない』って。えと、好機の神様のお話?」
何せ、又聞きのうろ覚えだからなぁ。
「好機の神様は長い前髪はあっても後ろの髪がないんでしゅ。だから、神様に遇ったら迷ったりためらわずにその前髪をつかまないと折角の機会が逃げちゃうって」
大元はギリシャ神話で、それを元にレオナルド・ダ・ヴィンチが言った言葉だったっけか?
確かそんなんだったはず。
小首を傾げつつ知識を絞り出すと、黙って聞いていたセリエルさんが少し考える。
「聞いた事のない神だな。面白い考えだが…同時に随分と残酷な考えだ」
「セリエルしゃん、知らない?」
「他の面々は知っているか?」
セリエルさんは淡々としているけど、人型の他の面々はそっと自分の髪を押さえて顔を引き攣らせながら首を横に振っている。
……確かに、迷いなく唯一ある前髪引っ掴めって凄い事だよね。痛そう。
そして、頭って諸々とデリケートだものね。
いけない、いけない。
「………………まぁ、いい。だが、光属性の精霊姫に出会えたのはこの上ない幸運だ」
「! じゃあ」
「我々は少し離れて控えよう。精霊姫が落ち着いたらお茶会を楽しむがいい」
「あい!」
「「きゅ!」」
セリエルさんの許可に喜んで返事をすると、様子を窺っていた子竜達も一緒にお返事。
そうと決まれば、お茶の用意をせねば。
そんな私にやれやれと溜息を吐きつつセリエルさんが立ち上がる。
「セリエルしゃん、お姉しゃま達はクッキー食べれましゅか?」
「本人達に確認してみればいい。精霊姫とお茶をするなど誰も聞いた事がないからな」
「そうしましゅ」
背負っていたリュックを降ろし、ディルナンさんが持たせてくれた水筒と小袋を取り出す。
「この子達の飲み物はお茶じゃない方がいいでしゅか?」
「…空のカップに水の精霊姫に淹れてもらえばいい。それならば母竜も何も言うまい」
聞ける事を聞いて準備していると、子竜達が近付いてきたので予備のコップをそれぞれに持たせて待機。
暫くすると、落ち着いたらしい母竜達がセリエルさんと他の大人達の方へと移動する。
勿論声の届く、すぐに駆け付けられる位置にだが。
美女達の笑いが収まってきたのを見て、水を纏う美女に揃ってコップを差し出して水をおねだりしてみる。
それに快く応じてくれた水を纏う美女は、そのまま自分達用に六人分の水入りのグラスも創り出した。
「もしよかったら、クッキーもありましゅよ」
袋を破って大きく広げながら声を掛けると、美女達全員が手に取ってくれた。
子竜達もちゃっかり手を差し出したので、ママさん達を見ると笑顔で頷いてくれる。
凄いな、ディルナンさん。
すっかりドラゴンに食べ物への警戒は解かれているよ。
幼児用のドライフルーツのクッキーだから、チョコみたいなドラゴンにとって安全が不明そうな食材も使われてないし。
そうして始まった美女達のお茶会は、時々ツンデレ講座を挟みつつも終始和やかで楽しかったです。まる。