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別視点39 ドラゴンは良くも悪くも我が道を行く(ソフィエ視点)

卵が無事に孵化したのはとても感動的だし、喜ばしい。


最初は素直に喜んでいたオレと騎獣部隊の二人だったが、慌ただしく術式展開や状況確認に動く魔道部隊や医療部隊を見ていればユーリに何事か起きていることに気付く。


しかし、当然ながら生まれたばかりの子竜を抱えるドラゴン達の守りは鉄壁と言うに相応しく。

その子竜達と一緒に眠るユーリに近付くことはできない。


今度はドラゴン達ではなく北の魔王城の隊員側がピリピリと緊張感を漲らせていた。

これにはドラゴン達がせめて様子が見えるように配慮してくれるが、その緊張感は全く和らぐことはない。


流石におかしいと思ったヤハルが魔導・医療部隊の隊長に声を掛けた。


「ヴィンセント、シェリファス、一体何事じゃ?」

「……ユーリが『魔力切れ』を起こしている可能性が高い」

「何じゃと!?」

「ただ疲れて寝落ちただけならいい。だが、孵化直前にはユーリの魔力はほぼ限界だった」


滅多に聞く事のない、けれど魔術を使い始める頃に教えられる魔術使用に纏わる危険の一つ。

そして戦闘職である外勤隊員はその詳細を入隊後に新人教育の一つとして改めて叩き込まれる。


それが『魔力切れ』。


魔大陸の持つ強すぎる環境的魔力である魔素。

そんな周囲に当たり前にある魔素と同等以上の魔力をどんな時でも必ず残存させなければならないと教えられる。

そうでなければ己の魔力で相殺できなかった魔素が身体を侵食し、まず倦怠感や眠気といった症状を齎す。

処置せずに放置すれば症状はどんどん進行し、やがて意識障害を起こしてそのまま眠る様に命を落とす。


もし『魔力切れ』を起こした場合、精密で難易度の高い魔術による処置を必要とする為、専門部隊による迅速な対応が必要となる。


ただし『魔力切れ』による意識障害から回復できても、ごく稀に魔力回路の異常をきたしたという事例もあった。




そんな『魔力切れ』の歴史を紐解くと魔大陸の歴史の最初期に遡る。


この魔大陸は魔素を多く持つ性質から、昔は魔力を持つ者が少ない人間にとっての流刑地…遠回しな死刑執行の地だったと言われている。

初期の終わり頃にその刑を行なっていた国が滅び、新たに人間が増えることは無くなったらしいが。


そんな中で生き延びた魔力を持つ人間達が少しずつ土地を開墾して文化を築き上げ、我々魔族という存在が確立した。


やがて増えた魔族は東西南北の四領に分かれ、それぞれを代表となる魔王陛下が統べるようになり今日に至る。

それが魔大陸の歴史。


初期の頃は『魔力切れ』による死者はそれなりの数が発生していたらしい。

それ故に代々言い伝えられてきた教え。


我々魔族は時間を掛けて魔大陸に適応し、今や魔大陸で生まれ育った者で『魔力切れ』を起こすのは余程の緊急事態のみ。


正直、そこまでの死闘を演じるのは四領同士が本気でぶつかる事態でも無ければ本来はあり得ないと言える。


……まぁ、北の魔王城は何故か南の魔王陛下のストレス発散と言う名の襲撃を受ける為、他よりも危険性が高い事は否めないが。


そんな危険があの幼子(ユーリ)に起こっているかもしれないとヴィンセントは言う。


「今、シェリファス達が様々な術式でどうにかユーリの残存魔力を確認しようとしているが、流石と言うべきかドラゴン達の無意識の魔力網が強力で術自体が届かない。せめて近付ければ話は違うんだが」

「……今の所、呼吸・脈拍は確認できてます。ただ、ユーリちゃんの防衛本能が働いているのか最小限に抑えられています」

「体温も通常より低いです。今の所は低下の一途を辿っている訳ではなく、その状態を維持している状態です」


次々に様々な術式を展開していくシェリファス達魔道部隊の三人とは別に、医療部隊の二人も医療魔術で確認できた事をヴィンセントに報告していく。


「『魔力切れ』の明らかな症状でさえなければドラゴンを刺激するのは悪手だ。そのまま観察を維持。容体の急変があれば必要に応じて人工呼吸と体温維持の魔術使用を許可するのでそのつもりで待機」

「「了解」」


報告を聞いたヴィンセントが指示を出せば、医療部隊の二人の視線が直ぐにユーリへと戻った。


そんな二部隊の様子に、オレやヤハル、ツェンが絶句する。


まさかそんな危険な状態になっているとは露程にも思っていなかった。

ドラゴン達とて、可愛らしい一人と二頭の寝姿にそんな想像もしていないだろう。


状況を訴えたくとも、ドラゴン達の視線がこちらに向く事はない。


「すまない。せめてオレがエスメリディアスの傍に残っていれば……」

「無茶を言うでない、ソフィエ。ユーリに飲み物を届ける事とてエスメリディアスの相棒であるお前さんじゃなければできなかった。あそこで引き上げた判断も間違いない。この状況はユーリが『竜の愛し子』だからこそじゃ」

「……せめてドラゴン達の視線がこちらに向いてくれれば訴えようがあるんですけど。久々の子竜誕生とあって完全に奥に釘付けですからね」

「この状況で下手にドラゴン達を刺激すれば、ドラゴン舎から揃って追い出されかねん」


今、我々ができる事は状況を見守る事のみ。

そんな現状が歯がゆい。


そう思っていたら、不意にエスメリディアスの目がこちらを向いた。


〈騎獣部隊の〉

「なんじゃ、エスメリディアス」


オレではなく、騎獣部隊の二人を呼ぶ声。

これにヤハルが慎重に答えた。


こちらの話を聞いてもらう為にも、ここで下手は打てない。

医療部隊と魔導部隊の面々の視線も微かにこちらに向いた。


〈この幼子の、名は?〉


しかし、続いたエスメリディアスの言葉に、そんな冷静な思考が吹っ飛ぶ。


ドラゴンにとって相手の名を聞く行為は、相手を認めてその懐に入れた時のみ。

そして自身に騎乗を許した現れ。

それは相手を相棒(とくべつ)と認めたと同義。


機動部隊であっても、全員がドラゴンに乗れる訳ではない。

二百人以上いる隊員よりもドラゴンが少ない上、そもそもドラゴンに認められなければ騎乗は叶わないからだ。


竜騎士とは機動部隊の精鋭であり、花形。


ただしドラゴンに騎乗を認められて竜騎士となったとしても、予備の竜騎士も含めて育成している。

新たに入隊があれば後進も育っていく。

それ故に竜騎士となった後もその地位を巡る熾烈な争いは避けられない。


それ故に求められる資質は多く、竜騎士となった隊員達は相応しく在る為に相応の努力を常にし続ける。


オレ自身が竜騎士としてそうであるし、また機動部隊の隊長としてそんな仲間達の努力をずっと間近で見ていた。


笑顔と慟哭が表裏一体の、厳しい世界。


そして、エスメリディアスは五十年程前に先代の北の魔王城のドラゴンの群れの長であった父竜が亡くなった後、新たな群れの長(アルスティン)がやって来る三十年程前まで群れを統べていた上位ドラゴンだ。

実質この北の魔王城の群れの次席である。


だからこそ『竜の愛し子』と言うだけでそのエスメリディアスに名を聞かれたユーリに対して怒りにも似た感情が爆発的に広がった。


〈……あぁ、ソフィエ。勘違いしてはならぬ。妾が騎乗を認めた人型は其方だけ〉


しかしその感情に全身が支配されるよりも早く、エスメリディアスの声が届いた。


ユーリに騎乗を許した訳では、ない?


「ならば、何故…?」


少し掠れた声になりつつその理由を問い掛けると、エスメリディアスの視線が一瞬だけ足元の白の子竜とユーリに向かった。その瞳は普段の凛とした誇り高いドラゴンの瞳ではなく、慈愛に満ちた母の瞳。


〈この幼子を『竜の愛し子』としたのは我が背の君よ。ならば、妾にとっても我が子同然。名を知りたいと思うのは当然の事であろう?〉


そして続いたその言葉に、三秒ほどこの場の時が止まった気がした。


「…………………………北の魔王城の竜の長(アルスティン)が、ユーリと『竜の愛し子』の契約を結んだ張本竜、じゃと……?」

〈妾が我が背の君の魔力を間違える筈があると思うか。…ふむ、この幼子の名はユーリ、か〉


再び時が動き出したと思った時にはヤハルがワナワナと震えながらエスメリディアスの言葉を確認していた。


エスメリディアスはユーリの名を知ってご機嫌に視線を今度こそ足元に戻してしまう。


つまり旦那(つがい)がユーリを『竜の愛し子』としたのだから、自分達の実の子竜(こども)同然として懐に入れた、と。


爆弾発言過ぎて、内容が上手く呑み込めない。


いや、さっきまでのあの全身を飲み込むような膨大な怒りに似た感情までその発言で一緒に爆破されて、混乱していると言っていい。


一体どこでアルスティンはユーリと出会い、『竜の愛し子』にした?

……いや、そんな疑問など最早無意味に近い。


既にエスメリディアスの中でユーリは北の魔王城のドラゴンの群れの長夫妻の長子的存在という事は決定事項で。


それはつまり、ドラゴンの群れにとってもユーリはかなり比重の大きな存在になったという事だ。

現にドラゴン達は誰もエスメリディアスの言葉に反対しない。


正しく怪物親。面倒臭いジジイ付き。何なら群れと言う親族を添えて。


これでもし、ユーリに危害を加える者が現れてみろ。

ドラゴンが揃いも揃って黙っていない。

その対応に追われるのは、間違いなく騎獣部隊と機動部隊の竜騎士(われわれ)だ。


…………ちっとも笑えない。


「何でこんな時に肝心のアルスティンがいないんじゃー!!」


一人と二頭を起こさないように囁き声という気遣いを見せつつ盛大に絶叫するヤハルに、思わず同意して頷く。


一体全体、何だってこんな事になった?


だが、次々と湧き上がる疑問に答えられる存在は今、この場には存在しなかった。

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